あらすじ
熊本の高等学校を卒業して、東京の大学に入学した小川三四郎は、見る物聞く物の総てが目新しい世界の中で、自由気儘な都会の女性里見美禰子に出会い、彼女に強く惹かれてゆく……。青春の一時期において誰もが経験する、学問、友情、恋愛への不安や戸惑いを、三四郎の恋愛から失恋に至る過程の中に描いて『それから』『門』に続く三部作の序曲をなす作品である。(解説・柄谷行人)
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Posted by ブクログ
物語としては出来事が無さすぎるが、それがリアルでいい。何も進展していかない感じも、実際にはよくあることなんだろうな。問題を持ってきたり引っ掻き回すのは与次郎くらい。
それにしても美禰子は、三四郎の気持ちを分かった上であのような態度を取っていたと私は感じる。女性特有の承認欲求というか、本命から本質的に手を繋いでもらえないさみしさを、他の男からの好意を仕向けて埋めようとしたんだろうな。完全な思わせぶりと呼ばれる行為。無意識の偽善者だと称されているけど、これは違う。完全に意識的な犯行だ。三四郎があまり積極的でない人間だから、何を起こすこともないし、自分も大事なことは起こさないようにコントロールできるし、だったら永遠に本命にもバレずさみしさを埋められる、ずる賢い相手の性質まで読んだ上での犯行。
Posted by ブクログ
初めて美禰子に会った時の「何を見ているんです」「当てて御覧なさい」が沼の入口を感じさせる、いい女感。
三四郎の「ただ、あなたに会いたいから行ったのです。」いつの時代もストレートな言葉は刺さるね。
見かけただけの女に運命を感じてる広田先生よい。
可能性を感じさせられるとやめられないですね。
Posted by ブクログ
夏目漱石の青春小説。坊っちゃんとは反対の構図(都会から田舎、田舎から都会)で描かれる、学生時代の話。
三四郎と周りを取り囲む人々(世間に駆けて騒がしい与次郎、少し浮世離れした先生たち、三四郎が恋をする女性)が、三四郎の視点で描かれる。
俗世間と精神世界、その中での恋愛感情を、明治の雰囲気と共に「一種の感じ」を持たせてくれる本。
好きなフレーズ
「今の思想界にいてその動揺の激しい有様を目撃しながら、考えのあるものが知らん顔をしていられるものか。実際今日の文権は全く吾々青年の手にあるんだから、一言でも半句でと進んで言えるだけ言わなけりゃ損じゃないか。〜進んで自分からこの機運を拵えあげなくちや、生きてる甲斐はない。〜新しい我々の所謂文学は、人生そのものの大反射だ。文学の新規運は日本全社会の活動に影響しなければならない。また現にしつつある。彼らが昼寝をして夢を見ている間に、何時か影響しつつある。恐ろしいものだ。」(与次郎)
Posted by ブクログ
『それから』を読んだ後に読んだ。
正直、『三四郎』は他の作品と比べて盛り上がりに欠けるかな。
冒頭に人妻の女と一夜を共にするが手を出さなかった主人公を意気地なしと言われる場面で主人公が純真さが現れてて面白い作品になるかと思ったが期待はずれであった。
『それから』ではヒロインを好きになる過程が唐突で女性的魅力を感じないままストーリー展開されるのに対し、『三四郎』では、当時の女性と比べ男勝りで主人公達のような高学歴な男達とも張り合うくらい教養があるヒロインには魅力があり、主人公が惹かれていく過程が分かるため別作品よりはその点は楽しめた。
しかし、主人公があまりにも受け身すぎて結局はヒロインの明確な告白もせずに恋が終わる結末にはモヤモヤが残った。
登場人物や描写などで当時の時代背景などを感じられる点がとても面白いと思った。特に親友の与次郎に関しては、金の面ではだらしないが、友人にこんな活動的な人物がいればとても楽しいのだろうなと思わせるくらい魅力的なキャラクターだ。
東大の三四郎池には行ってみたいな、、
次は初期三部作の『門』を読んでみる!
Posted by ブクログ
ストレイシープ…
人が何をしたのかとか、状況の描写がとても多く、心情の動きみたいなものについて触れられてる部分が少なく、解説を見て当時夏目漱石はそういう書き方をしてたんだと納得。三四郎が美穪子をどうして好きになったのかとかそういう描写はなく、ただ人と人と話したこと、周りがどんな状況であったか、三四郎がどう反応したかとかが淡々と、詳しく書いてある。
三四郎は東京帝国大学に上京までして勉学に励むのに何事も受け身でもったいないなぁと思ってしまった。かと思えば、口数も少なくて自分の意見を言語化することも苦手なようだし、度胸もないし、自分のそんな性格をわかって最初上京した時に不安になったのかなと。
彼に学問を究められるか?その後が気になるなぁ。