あらすじ
沖縄になぜ基地が集中しているのか? 基地問題を理解し、その解消を目指していくためには、沖縄が日本に併合された経緯や、その後何度も本土の犠牲になった歴史を知らなければならない。 【目次】第一章 沖縄の歴史/第二章 構造的差別とは何か/第三章 沖縄から問われる構造的差別/対話 沖縄へのコロニアリズムについて
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Posted by ブクログ
沖縄と日本政府の関係を見ると、
歴史は戦争前後で途切れずに続いていることを思い出させます。
そして、戦争にきちんと向き合いきれていない日本。
本書では、条約文書や史料を参照しつつ、
琉球王国・沖縄がいかに日本政府に扱われてきたか、を論じています。
琉球王国は日本に組み入れられる前には一つの独立した政体として、日本にとっては外国として、存在していたこと。
今の北方領土のように、
沖縄県は中国・清と日本との間で分割案の対象でもあったこと。
第二次世界大戦後にはさらにアメリカとの間で、沖縄という領土の扱いが問われていたこと。
そして、
1951年のサンフランシスコ講和条約では、統治能力を欠く領土において、国連が監督して統治をする信託統治の案を想定し、それまではアメリカが代わって支配する、と取り決められた。
しかしアメリカには国連下に置くという考えがそもそもあったのかは不明。
日米安保条約では、
敗戦によって武装解除が課された日本で、また憲法との整合性もあり、
アメリカが日本国内と付近に軍配備の権利を持つとする。
1960年の安保改定では、
日本の統治能力も回復したという流れなのだろうと思うけれど、
憲法には違反しない形で、日米両国とも、「共通の危険に対処するよう行動」する義務を明記し、米国は引き続き「施設と区域」を利用できるとする。
同時に、日米行政協定の改定として、日米地位協定も締結される。
これが、米軍支配下の人や場所についての治外法権を約束するものだとされていて、
実際にその問題が露呈したのが、1995年の レイプ事件だった。
反米軍運動の高まりから、日米政府は対応として普天間基地返還に合意する。
この返還の条件として、代替施設提供があることが後にが明らかに。(どういうこと)
また、どのように県内の辺野古が候補地として有力になっていったかについては、主に日本政府の推しが初めからあったと論じている。
2014年に工事が開始したものの、
県外移設の世論、民主党のマニフェスト、なども試みられるものの、
方向性は変わらず今日に至っている。
環境評価の点や、法廷闘争の点等は触れられてはいなかったけれど、
そこら辺を全然追えていないので、もうすこし整理したいなーと思った。
沖縄に米軍基地が集中している点(7割とも言われる)については、
基地の本土分担への民意があることを示す調査も紹介されていた。
・・・
年月を経て、
世代も変わり、
戦争を含めた過去との向き合い方も
工夫が必要なんだろうなーと思う。
基地が存在し続ける沖縄では、その現実が常態化しているだろうし、
本土としても沖縄に対する認識は変化していっているし、
過去に起きたこと、どのように扱ってきたかは否定してはいけないと思うし、
どのように真摯に、建設的に、向き合うか、なのだろうと思う。