あらすじ
結婚をめぐる常識は、日々変化しています。事実婚、ステップファミリー、同性パートナーシップ、選択的シングルなど、一対の男女による結婚→出産というモデルではとらえきれない家族のかたちがたくさんあるのです。この本では、国際比較、歴史的比較、理論という三つの視点から、結婚というものを解き明かしていきます。当たり前を疑ってみることで、「ふつうの結婚」「ふつうの家族」という考え方を相対化できるはずです。
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Posted by ブクログ
■なぜ読むか
私自身、最近結婚をしたこともあり、改めて「結婚とは何なのか」を考える機会が増えていた。結婚の捉え方が多様化し、以前よりも難しく複雑になっている一方で、結婚の本質そのものはそれほど変わっていないのではないかとも考えている。
また、「多様化」という言葉を背に、自分にとっての最適化ばかりを追い求め、「結婚するメリット・デメリット」を論じることにもどこか浅ましさを感じていた。結婚は本当に個人の損得だけで捉えるものなのか。そんな疑問を持っていたところ、本書の表紙にある「結婚の常識を疑う」という問題意識に惹かれた。
昔と今では時代や社会のあり方が大きく変わっており、従来の結婚制度や結婚をめぐる「常識」に無理が生じている部分もあるのではないか。私たちを縛っている結婚の常識を問い直し、停滞した状況を打破することで、新たな時代の人間関係やつながりを構想しようとする本書の姿勢に共感した。
『結婚の社会学』というタイトルの通り、未婚化・晩婚化、少子化、子育て、夫婦関係など、結婚をめぐる幅広いテーマを扱っている。自分自身が結婚した今だからこそ、これまであまり関心を持ってこなかった結婚に関する知識を得ながら、自分が当然だと思っている「結婚観」そのものを一度問い直してみたいと思い、本書を手に取った。
■感想
個人的にはめちゃくちゃ良書だと思った。理由は読みながら、自分のステレオタイプな結婚に対する概念が解きほぐされていく感覚を味わえたから。
特に印象に残っているのは性別を3つの観点から見るというパート。生物学的にも、性自認も、性的指向もマジョリティで生きている多くの人にとってはその3つの観点を得ることができるだけでも本書を読む価値があると感じた。
また、その観点だけでなくアセクシャル、アロマンティックなども含むLGBT、SOGIEの人が抱える社会規範に対する自身のアンマッチによる苦痛は想像できていなかった(し、今もできていないが、少なくともあることを認知はできた)。
最後に著者が述べていたことに近いが、「多様性を認める」ということに本気で向き合うならば、本書のように人間の持つコントロールできない性的指向の存在をきちんと認知し、社会の側でそれを受容できるようにしていくことが、最大多数の最大幸福につながるように思う。
どんな生物学的性別、性自認、性的指向を持っていたとしても、世間が3つの観点で捉えることができ、世間にそれを受けいれるグラデーションある制度が整っていれば最高だと思う。その中で、子供を産むことは生物学上女性である人しかできないわけで、かつ異性との性行為が可能な人しかできないわけで。次世代を作る唯一の価値ということも正しく認知された上で、そうでない人はそうでない人なりに社会を支える役割を担えばいい。独身でなくていいし、社会貢献に対してモチベーションを持ち、次世代へつなぐ努力をすればいい。私はそう思う。
(チャッピー修正:子供は現代医療が発達して、性行為ができずとも女性であれば人工授精という手段もあった)
■私なりの一段進んだ思索
この本だけを考えた時に、理想論を語るなら感想部分に記載した内容だろう。しかし、現実世界では資産を持つ人、持たない人。性別云々は別にして「自分だけ最適化されればいい」「自分さえ損しなければいい」という考え方が跋扈する。そう考える人たちが、このような他者受容について真剣に向き合い考えることは難しい。これまで得てきた既得権益を奪われることや、他者が得すること(実際には得ではなく損を取り除くのだが)ように感じるのだと思う。その時、資産は平等ではない資本主義社会の中ではどうしてもその感情を起こさないでいることは難しいのではないか。
人間は不合理で、時に自己中心的であると思う。(自身が精神的にも物質的にも満たされていれば他者貢献も考えうるのだが)
文化資本や教養なども異なる中で、ここに書いてあることは私は本書も読む中で理解できた気がするし、自分のいわゆる前時代的な価値観(シスジェンダーや異性愛を無意識に『普通』とみなしていた価値観)をアップデートできた。
だが、社会全体でこの考え方をアップデートしていくのは非常に困難(宗教的な考え方もあるし、全世界がこれがスタンダードだよね、までいくのは実質実現不可能)と私には思われた。
Posted by ブクログ
結婚は誰が誰とでもしていいものだと思う。どうせ、親は先に死ぬものだし兄弟が頼りにならない人もいる。恋愛や性的な関係がなくとも家族になって良いのでは?共に暮らし協力して生きるため、結婚して家族の地位や権利を得る。何がいけないことだろうか?結婚も多様化し、異性婚も同性婚もその他の結婚諸々も選択肢の1つになってもいいと思う。
Posted by ブクログ
以下、メモ
共同体的結婚→家柄(見合い)結婚(明治以降)→人の流動性が高まり結婚相談所も発達→自由恋愛(皇太子結婚)→近代家族モデル(高度経済成長期)
今自分がパッと思い浮かべる"昔の結婚、恋愛"とは
親の意思のみで決まるお見合い婚が基本で、夫婦は一生添い遂げる、女性は一生旦那に尽くす。
であったがそれも一般大衆においては敗戦後、もしくは明治以降の武家上級国民のみ話であって、
実際の江戸時代や明治の一般大衆などでは村集落内での若者仲間、娘仲間の間での自由恋愛、夜這いが一般的でお堅い「家柄」を意識した結婚は殆どなかった。今より自由すぎて正直意外。
結婚式も神前婚が伝統的だと思っていたが、それも高度経済成長期にキリスト教婚と共に普及したまでで、人前婚が昔から一般的であったそうだ。
とにかく意外だ。
江戸時代(1603〜1807年 一派虚しく大政奉還)
・妾の慣習
・若者組合、娘組合による共同体主義的結婚
明治時代(1868〜1912年 逝く日に明治)
1872:戸籍作成
・一夫一妻制(妾は妻の次位)
・家柄を重視する家族的結婚
・近代化により居住の流動性が高まり結婚媒介業が繁盛
・民法草案「夫婦は結婚後互いに苗字を変えない」
1890:教育勅語により夜這いが一転野蛮扱い
1898:明治民法により家制度、一戸籍同一氏これらの目的は不平等条約の改正のため(戸籍を作成し国民を管理し中央集権的にするため)
大正時代(1913〜1926年 特に無意味の大正)
昭和時代(1926〜1989年 行くぞ約束の平成)
1930:東京に公営結婚相談所、日本民族衛生学会
1937:第一次近衛内閣
1938:厚生省(国民を強く、健康に) →国家総動員法
1940:大政翼賛会
1941:結婚報国懇話会
終戦(1945年)
日本国憲法:結婚は両性の合意のもと成立「家」→「個人」
内縁(事実婚)は戦前の家制度(足入れ婚や妾)を反映していたため封建的と批判され、無くなっていった。法律婚こそが民主的、至上とされた
高度経済成長期(1955〜1973年)
1959:皇太子のご成婚により自由恋愛が広まる
神前式婚の普及
1966:兵庫県不幸な子供の生まれない運動
1970:職縁結婚が地縁結婚を越える
1980後半:再び事実婚が脚光を浴びる(職業に差し支えるなどの理由)
産業構造が変化することで「企業と結婚の結びつきが強まった」結果人口が農村→雇用労働者に変化。それにより「夫はサラリーマン、妻は専業主婦、子供は2人」という近代家族モデルが完成
「異性愛規範に基づく近代家族制度のなかで疎外されるだけでなく家族形成の機会も奪われてきたレズビアン、ゲイはそもそもの家族制度の解体を主張するベクトルと、家族形成の権利を要求するベクトルの間を揺れ動くこととなる」
「同性婚が成立したら、既存の性規範がむしろ強化される。特定のセクシャルマイノリティにとって好ましい制度でもその他のセクシャルマイノリティを置き去りにしてしまう。」
Posted by ブクログ
「結婚するのが善」のような日本全体に蔓延る認識への疑問、選択的夫婦別姓制度に対する批判意見への疑問、パートナーシップ制度を使うか悩んでいる友人2組、と色々重なったのでインプットのチャンスだと思い手に取った。24年4月に刊行されたのでこのタイミングで読むことができてよかった。
考えさせられてしまった話としては、選択的夫婦別姓制度への批判として「旧姓の通称使用で事足りる」というものがあるという話。「旧姓の通称使用」は夫婦別姓が認められないなかで女性が勝ち取ってきた権利であるにもかかわらず、批判派がこれを逆手にとって批判材料としている。
同様に、パートナーシップ証明制度の全国的な広がりには、メリットの裏に同性婚の実現をむしろ阻むのではという懸念がある。これも当事者の努力によって拡大してきたものにもかかわらず、これを逆手にとって同性婚の必要がないことの根拠にされる可能性が考えられる。
この話は自分の生活や仕事でもあり得ることだと思い、気を付けようと思った。
また、事実婚が顕在化したことが、日本でも家族が多様化したことの一例として挙げられることが多いが、日本における事実婚は「夫婦別姓のため」に選択されることが多く特殊である。多様性が尊重されつつある結果ではなく、むしろ多様性を排除する夫婦別姓制度ゆえに生じている事実婚が多い状況である。
(同姓・別姓・結合姓・創作姓が自由に選択できる他国では、夫婦別姓だけを目的に事実婚を選択することはほとんどない)
考えたことのない考え方としては、「国家はなぜ性的関係だけを優遇し特権を与えるのか?性的関係がなければだれかと家族として生活することはできないのか?」とそもそもの結婚制度を見直そうという考え。フランスのPACSやベルギーのパートナーシップ制度は、友人同士でも利用可能である。同居し相互に支えあう友人同士が、税制優遇や病院面会など家族しか受けられない待遇を受けることができる。
結婚に関する考え方について日本はものすごく遅れているということが、歴史、海外諸国との比較により理解できた。
おすすめ書籍がたくさん載っていたので、いくつか読んでみようと思う。