あらすじ
ベネチアのサンマルコ広場を舞台に、流しのギタリストとアメリカのベテラン大物シンガーの奇妙な邂逅を描いた「老歌手」。芽の出ない天才中年サックス奏者が、図らずも一流ホテルの秘密階でセレブリティと共に過ごした数夜の顛末をユーモラスに回想する「夜想曲」を含む、書き下ろしの連作五篇を収録。人生の黄昏を、愛の終わりを、若き日の野心を、才能の神秘を、叶えられなかった夢を描く、著者初の短篇集。
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Posted by ブクログ
てっきりそれぞれの話が完全な独立しているものだと思っていましたが、ちょっとした繋がりもあって、一冊で連作短編集となっているのですね。
そしてその一篇一遍がレベルが高い!
『老歌手』
ヴェネチアという舞台設定がもうロマンチックなんですが、内容もウェット。愛し合っているけど、これからの自分達の先のために別れる、という芸能界ならではの価値観も、元共産圏の主人公だからこそ、色眼鏡がつかずに、スッと読むことができました。
『降っても晴れても』
カズオ・イシグロはコメディセンスがある、と解説で言っていましたが、本作は確かに然り。切れ味のある台詞の応酬もそうですが、散らかした部屋を偽装するために犬の真似をして四つん這いになりながら本を噛み嚙みしているところを家主にみられる、といういたたまれない展開。ホームコメディドラマみたいな情景が浮かび上がってくるような倒錯ぷりでしたが、ラストのダンスは、なんだかんだ情感たっぷりで、展開の乱高下に頭がやられそうになります。
『モールバンヒルズ』
男女間の危機を克明に描いた一作。
背景の山々の情景が対照的に瑞々しくてよい。
『夜想曲』
「これは一種の泥棒じゃないですかね」じゃねーんだよ!演劇の演出のようなドタバタ劇。ほんとにユーモアのセンスが高いです。
そして、『老歌手』にも出てきたリンディが出てきますが、リンディ側の価値観も描写しつつ、改めて我々に問うてきます。
「人生は、ほんとうに一人の人間を愛することより大きいのだろうか」
答えは明示されません。
自分たち自身で、見定めていく必要があるということでしょうか。
『チェリスト』
また、舞台はヴェネチアに戻り。「才能」と「男女」に関する話をずっとやってきた短編集の〆。
ある若手の追想録だが、部外者の主人公から語っているおかげで、客観的でよいです。
結末として、ヴェネチアにふらっと現れた今の彼が現在どうなっているかも明示されず、お気楽に「話をしてみたいな」という感じで留まっているので、読後感も悪くないです。
短篇になっても、カズオ・イシグロの底力がありありと感じられてよかったです。