【感想・ネタバレ】ヤマトタケルの日本史 女になった英雄たちのレビュー

あらすじ

英雄は勇ましく猛々しい・・ってホンマ? 本書は、日本の歴史、文化史をつらぬく「女になった英雄像」へ迫るものである。大日本帝国海軍にまで、女装の文化は伝えられていたという。著者のまなざしは現代の性別越境者にも向けられる。なぜ英雄は「美女」でないと困るのか? 文献史料や風俗画、古写真を博捜した著者が、日本人の隠れた精神性を描き出す。私たちのあこがれの正体をつきとめたいと本書に熱い気持ちを込める井上氏。優雅な文章に図版を収め、見て楽しい読んで学べる一冊にする。

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Posted by ブクログ

女性と会話したい欲求を解消すべく、まるで生物界の擬態のように「ネカマ」という存在があった。しかし、この存在も完全に「異性」に向けたものから、擬似的に女性に変身してみたいという「自己欲求充足」的なアバター、性自認を実現した「同性愛」を目的としたものなど実際には混在している。

リアルな世界に登場してきたコスプレとも混ざったサブカルチャーが「男の娘(こ)」だろうか。本書が取り扱うのは「騙し討ち」のための変装だ。しかし、その行為にどこか「自己欲求充足」を感じてしまうのは、なり手が綺麗な外見だと言われているからだろう。あるいは、人間は潜在的にも異性への変身願望をもつのかも知れない。まんざらでもない、感じがするのだ。

異性のフリをしている時、男性も女性も誇張モノマネのようになり、ヤケに楽しそうで、みんなはしゃいでいる。変身願望を成就させ、諧謔的な滑稽さを自他に楽しむ演技でもあるのだろう。

「男の娘」という現象は、「性別」「美」「承認」の構造が交差する非常に多義的でポリフォニックな現象だ。で、そこに潜むのは自己満足だけではなく、ある種の「戦略」なわけだが、話を戻すと、本書での、その目的は「討伐」である。

女のふりをし、「女」の色香で敵をだしぬいたヤマトタケル。牛若、源義経の女装譚。その巧妙だが卑怯にも見える作戦を批難しない所が、著者は日本文化独特なものだという。あまり事例も多くないため何とも言えない気もするが。

だが、変身願望やごっこ遊びを楽しむ本能は人間に備わっている。イメージの中で他者になりきるのは映画や読書もそうで、これは例えば「お医者さんごっこ」みたいな遊びの発展・自己成就の形であって、その〈模倣と同調、予行の本能〉を満たすために脚本となる物語や設定が必要。それを撮影やコスチュームにより仮想物語として抜き取る娯楽とし、カルチャー化させたのが日本だと言っても過言ではないのかも知れない。

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2025年05月11日

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