あらすじ
参戦各国の指揮官や参謀たちは、いかなるエリート教育を受けたのか。どの国も腐心したリーダーシップ醸成の方策とは何なのか――。「指揮統帥文化」という新たな視座から、日米英12人の個性豊かな人物像と戦歴を再検証。組織と個人のせめぎ合いの果てに現れる勝利と敗北の定理を探り、従来の軍人論に革新を迫る野心的列伝。
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Posted by ブクログ
太平洋戦争を俯瞰する目的で読むのであればあまり役に立たないであろうが、個々の将兵達の活躍に目を向けている点では、戦史好きにうってつけの1冊である。「決断の」とタイトルにつけるほどに日米双方の戦闘における重要局面を拾い上げられているわけではないので、正直タイトル負けしているなとは感じたが、各章の配置、情報の提供、論の展開において興味深いところが見られたので、なかなか侮れない一冊だなと感じた。
本書は日米双方の将校をランダムに取り上げているようで、実は意図して規則的に各人物を配置している。まずガダルカナル島に関連した人物として、三川軍一・神重徳とサボ島沖開戦の中心となった二人を取り上げた後、この作戦によって孤立無援となったヴァンデグリフトが一木隊を一網打尽にした戦闘を紹介することで、個々のエピソードに繋がりを生み出し、ガダルカナル島での激戦を語るにおいて細かい戦闘描写を加えることなく臨場感を与えることに成功している。
また、荒くれ者で有名であった小沢治三郎とウィリアムハルゼーを順番で取り上げている試みも面白い。戦闘狂である二人の経歴が似ていることも興味深く、またレイテ沖海戦での二人の知恵比べとも言える展開も大変面白いものであった。こういった偶然が戦場にあったのかと、何か強い因縁の様な物を感じ、世界とはなんて奥深い物なのだろうと感心してしまった。
それにしても著者が時々鋭く書き記す格言は心に響く。「戦闘に勝つのではなく、戦争に勝たなければならない」とは全ての軍人が行動の前に念頭に置かなければならないことではないだろうか。これはスポーツではない。大局を見極められなければ多くの命を無駄にするだけで終わってしまうのである。戦術面に注視してこの本を執筆している筈の著者からこのような言葉が出てきたのは意外であったが、それをわかって執筆していることがわかり、各章での論の展開に説得力が感じられた。
日本軍の戦術面においては後先考えない甘さが目立つのに、陸海軍どちらにしろマニュアル通りに作戦を遂行することを教えられていたと説を唱えたり、日本軍は現場での決断を重要視して参謀は大きな気持ちで作戦を任せると論を展開したり、と所々首を捻らざるところが多いため最大限に評価はできないが、太平洋戦争の一場面を捉えた書籍として考えれば悪くない買い物であると思えた。
しかしまあ、ハルゼーという男の魅力はなんといったらいいのやら...。東のハルゼー、西のパットンといったところだろうか...。豊富な資源を出し惜しみして劣勢に立たされることもあったアメリカ軍を優位に導くには、現代ではパワハラだらなんだと言われてもおかしくない戦闘狂二人は絶対に必要だったと思う。ニミッツがハルゼーを解任しなかったこと、一度謹慎したパットンが戦場に戻ってきたことなどがそれを証明している。
まさに、戦争は一筋縄ではいかないのだ。
Posted by ブクログ
太平洋戦争に関わった、日英米の将官から、やや知名度は低いながらも、転機となる局面で実際に重要な役割を果たした(と考えられる)人物を選び、生い立ち、性格分析、戦時の行動を評論する。
各国が考えていた将器とはどういうものかを、それぞれに浮かび上がらせる狙いがあるものと思われる。
終章で著者は、昭和の日本陸海軍は、修業時代に拳拳服膺したドグマに支配された秀才型が中枢を占めたがために、骨太な戦略家を持ち得ず、過去の延長から逸脱してでも機先を制することが重要となる戦争のような営みでは、個人の性格のダイバーシティを許容する度量が大きい欧米に劣後することになった、としている。
とはいえ、「戦略」が有効に機能するのは、もともとリソースを備え有利な立場にあるときだけではないだろうか。弱者に戦略なし、だ。あがくだけあがいて、状況改善に努める以外はあるまい。
昭和の日本のコマンド・カルチャーが、まじめさと小手先の頭脳働きを評価し、その埋め合わせかのように、オカルトめいた「気概」を重視するようになり、そして各戦線や銃後で悲劇的な結果を招いたのは、悲しいことだが、無理もなかったのでは。
Posted by ブクログ
雑誌連載を纏めた評伝集。14ページ程の短さながら、「指揮統帥」の面から見た、日本と米英の違いを簡潔に読ませ、対比させることにより、日本の欠点が見える、この欠点は、今でのあまり変わらないように感じる。
Posted by ブクログ
日米英の様々な軍人の生き様を綴った本書。戦略戦術で成功、失敗など記述があるが、特に日本の敗戦の要因が気になる。それは「情報収集・解析力不足」及び「人事権・官僚化」だという。
太平洋戦争では日本の暗号が完全解読され、古い体質の戦略(対米英の最新鋭の武器・船隊対航空隊、レーダー、長距離大砲、燃料・物資輸送確保)のまま、机上学と学歴重視の上から目線、さらに人事にコネ・先輩後輩序列が何よりの組織で「否定できない組織」となった事だ。現代日本の政治家組織も多くが自民党の年功序列に従うだけで規制改革・変化は政治家自身の為のものが多く、国民の立場のものはほとんど無くなった。例:人口減・少子化対策など殆ど効果なしで先延ばしの対策しかできない、10年後20年後の日本を背負う世代に「多額の負債」を残し、国家予算を右肩上がりに使い続けるのはいつまでだろうか。
Posted by ブクログ
軍事史家として個人的にかなり信用している大木氏の著作。まず「あの戦争をなんと呼ぶか」というところで、アジア太平洋戦争が最も適切ながら党派性と結びついてしまっていること、大東亜戦争も学術・文芸の言葉としては用いられないとして、手垢がついた凡庸さゆえに最大公約数的な価値中立性を得ている太平洋戦争を使うというところから激しく同意。
どこかで連載していた太平洋戦争中の日米英の将帥の列伝で、分量的には物足りなさがあるものの、逆に言うとそれぞれの人物の指揮統率を理解するうえで重要なポイントに絞って論述している。
シンガポールで降伏せざるえなかったパーシヴァル、上級司令部の指導なく現場で第一次ソロモン海戦に勝利しつつ輸送船段に手をつけなかった三川軍一、戦術レベルで力を発揮したが戦略レベルで強引な作戦を立て破滅に向かった神重徳、日本軍の伝説を粉砕したヴァンデグリフト、細菌戦の北條圓了、フライングタイガースの指揮官シェンノート、近年過大評価されていたとされているがそれでも独創性を有していた小沢治三郎、比島沖海戦や台風で2度失敗している猛将ハルゼー、独混一旅を東条にバラバラにされ近衛と倒閣運動をした酒井鎬次、実は軍政部門で細やかさを見せていた山下奉文、イギリス軍の人事制度で力を発揮できたウィンゲート、ヨーロッパ戦線で名を挙げ日本を爆撃したルメイを取り上げている。
本書のために書き下ろされた終章では、短いながらコマンドカルチャーについて考察している。平時に形骸化・官僚化する軍だが、日本の場合は第一次世界大戦から教訓を集めたときに持たざる国であったことを直視すると軍人たちは絶望したと、結果現実から最適のドクトリンを追求するのではなく、おのれが取りうる戦術や作戦に都合のいい戦例を並べ立てる「教訓戦史」に走ったとする。
最後に一点面白い指摘をしていて、日本の将校が非常に独善的かつ楽観的な姿勢を示す傾向が強いことは知られているが、それはめっけるがすでに1888年に日本将校固有の欠点の三つのうち第一として「物事が容易に為し得るものと妄想していること」だと断じていた。著者は日本人論の範疇に属する問いかけかとも述べているが、ここを掘り下げた著者の研究を見てみたい。