あらすじ
時代の趨勢を読み、織田陣営についた黒田官兵衛は、瞬く間に頭角を現した。秀吉の右腕として中国経略、九州遠征、小田原合戦など各地を転戦。官兵衛の働きなくして秀吉による全国統一もなかった。「稀代の軍師」とも呼ばれる武将の活躍の実態はいかなるものだったのか。関ヶ原合戦に際して天下を目指したとする説の真偽は――。茶の湯や連歌に優れ、キリスト教信仰を貫くなど、名将の知られざる側面にも光を当てる意欲的評伝。
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Posted by ブクログ
タイトルと異なり天下を狙ってないし軍師でもない
戦国時代という半世紀前のイメージと異なり多くの
戦国武将が文化人なんだなと再確認させる人物
意外なのはキリシタン入信していない説もあったか
の記憶もある官兵衛が思いのほか・生涯にわたって
切支丹信者だった事を知れた
フロイスの記録から入信は天正13年、播磨で多く
の信者を増やした(嫡子長政も17歳で洗礼)
秀吉(天正15年伴天連追放令)も官兵衛の信心を理
由に恩賞(領地)を減らした
家康の時代も内府意向を汲み抑制しつつもキリスト
教布教を容認し、長政も布教用の屋敷地を供与
葬儀もキリスト教式、如水画像の賛にも「一旦入〇
〇宗門」とキリスト教禁止に向かう幕府に遠慮して
数文字削除している
文化人としては茶道は千利休・連歌は里村紹巴とも
行う(特に晩年はのめり込んでいた)
※領地の大宰府は連歌の聖地らしい