あらすじ
☆2023年本屋大賞受賞作 シリーズ最新作☆
第20回本屋大賞受賞作『汝、星のごとく』続編
花火のように煌めいて、
届かぬ星を見上げて、
海のように見守って、
いつでもそこには愛があった。
ああ、そうか。
わたしたちは幸せだった
のかもしれないね。
『汝、星のごとく』で語りきれなかった愛の物語
「春に翔ぶ」--瀬戸内の島で出会った櫂と暁海。二人を支える教師・北原が秘めた過去。彼が病院で話しかけられた教え子の菜々が抱えていた問題とは?
「星を編む」--才能という名の星を輝かせるために、魂を燃やす編集者たちの物語。漫画原作者・作家となった櫂を担当した編集者二人が繋いだもの。
「波を渡る」--花火のように煌めく時間を経て、愛の果てにも暁海の人生は続いていく。『汝、星のごとく』の先に描かれる、繋がる未来と新たな愛の形。
感情タグBEST3
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Posted by ブクログ
『汝、星のごとく』からちょっと間開けて読んじゃっだけど、それを読んだ時の感情とか情景とか全部浮かんできて、暁海のような、櫂くんを思い出す気持ちになった、思い出す思い出はないのだけど笑
これを抱えながら生きるって辛いっていう言葉で表していいのかわからないけど、でも北原先生がいてくれて良かった。
北原先生って、良くも悪くも両親のように生きていて、生きてしまっていて、と言っていいのかなー、
「善であることと弱者であることとは、時に同じ意味を持つ」
これをわかっている北原先生が、自己犠牲して人生を選んでいく、様子がかっこよかったかな、もはやそれを自己犠牲とよぶのは失礼なのかもしれないけど。
そんな北原先生が自分の感情を押し殺してない女2人!奈々さんと暁海さん!芯のある女はかっこいいな
北原先生と暁海さんの子供も見てみたかった。
植木さんと二階堂さん編もよかった。仕事に生きる人ってかっこいい。やっぱりどうしても自分のしたいやりがいのある仕事と私生活って難しいのかな。大人って大変だ。
絶妙なタイミングで今年映画化!!映画館で見る時には、暁海さんと北原先生のよう気持ちになるのかな楽しみ、そのあともう一回本よもっと
Posted by ブクログ
『汝、星のごとく』と同様に、心が動かされる名言が色んなところに転がっていたと思う。
どう生きていたら、このような言葉が思いつくのか。
どう生きていたら、このような言語化ができるのか。
心を動かされる度に感心した。
きっと、これからを生きる上でこの言葉たちに助けられることがたくさんあるだろう。
読んで良かったです。
〈個人的に感心した名言、言語化〉
・SNSが全盛の時代、クリックひとつで誰もが簡単に正義という名の矢を放っことができる。真倍も定かでないまま、櫂くんたちはその矢に申刺しにされた。
・物語を描くという行為を『息を止めて深い海に潜る』
・結局、ぼくたちは約束をしなかった。だからこそ、それは手の届かない星のようにぼくの中で輝くことになった。ぼくはあの星を指針にして、今までがむしゃらに走ってきたように思う。
・『美しく理想とおりに整った愛などない。歪こそが愛の本質なのである。』
・「追いかけるのをやめたら、それが本当の夢の終わりだよ」
・「逆だよ。弱いからふんばらないといけない」
ああ、そうかもしれない。本当に強い人はもっとしたたかに、しなりながら新しい自分を作り直す。わたしは、しなったら折れてしまう気がする。だから必死で曲がらないようふんばるしかない。負けるな、負けるなと自分に言い聞かせて。
・わたしたちは恋をするより仕事をするほうがずっと楽しいし、ずっと自由でいられるし、ずっと遠く高くまで翔べる。そんな存在は恋人よりも得がたいことを知っている。
・彼女はふたたび潜りたくなっているのだ。あの窒息しそうに苦しい、水圧で心をぐしゃりと潰されそうな、深い、深い、創作という底のない海へ。
・「でも、ぼくがなにを語ろうと本当のところは関係ないんだよ。きみの理想を殺せるのはきみだけだ。きみが追いかけるのをやめたら、それが本当の小野寺さとるという作家の終わりだ。でもきみが死にたくないと思うなら、ぼくは全力できみを支える。絶対に見放さない」
・矢を射るほうに自覚はないだろうが、小さな矢でも千本射れば相手は血塗れになる。下手したら人生ごとねじ曲がる。なのにそのころには相手は自分が失を射かけたことすら忘れている、もしくは自分は正義を行ったとじている。
物事の一面しか見ずに、なにが正義だ。
・どれだけ近くに寄り添って物語を共に作ろうと、ぼくたちは星にはなれない。けれどぼくたちは光り輝くそれを愛して、編んで、物語を必要としている人たちへとつなげることができる。ぼくたちは、ぼくたちの仕事に誇りを持っている。
・今日も、明日も、それぞれの胸に星のように輝く物語を編むために、ぼくたちは地上を歩む。
喜び、怒り、哀しみ、愉しみながら日々を紡ぐぼくたちを、黄昏の空に浮かぶ夕星が静かに見下ろしている。
・物語は不思議だ。内容は同じなのに、自分の気分や状況によって胸に残る場面や台詞が変わる。以前に読んだときはあまり好きではなかった人物をなぜか好きになったり、苦手なままだけれど気持ちを理解できたりする。物語は「今の自分』を映す鏡のようであり、言葉という細い細い糸を手繰って、今も櫂と手をつないでいるように感じさせてくれる。
・『けれどただ生まれ与えられるだけでは、人は人になれないのだと思う。』
・あのときああしていたら、こうできていれば。あとになって言うことはたやすい。実際のところ、ぼくたちは失敗を繰り返してしか前に進めないのに。
・できないことがあって当たり前という感覚が普通になり、それは他者への優しさになった気がする。それまでのぼくは「大変なこと』を投げ出さずに遂行することで自分を支え、それはぼく自身を縛る不自由な鎖になっていたのだ。
・「人の気持ちは変わりますよ。互いに助け合いながら、それもひとつ屋根の下で暮らしを共にしていれば尚更です。今までなかった気持ちが生まれるのも普通です」
・どんな親びも、製しみも、時間は留め置いてくれない。優しく人を癒やす、あるいは残酷に殺す薬のように、ぼくたちを次の場所へと連れていく。
・的外れ、プラス手な決めつけ。それもしかたない。自分の価値観の中で盤合性の取れる物語を作る、それが一番簡単で気持ちのいい他者への理解の方法だからだ。
・自由とは哀しみや痛みを伴うものだということ
・生活って、積み重ねるほど色褪せていくものだよね。どんなに好き合って結婚してもだんだん新鮮みは薄れていく。でもさ、ときめきとか、そういうのじゃないもので補い合って、支え合って、一生やっていこうと決めるのが結婚だよね。夢のない言い方したら、確実になにかを諦めることでもあるじゃない。それでもいいから、それ以上のものを得られるって肩じて、ふたりでカを合わせて生きていこうって約束することだよね。
・時間は蛇行する川のようにゆるやかに、あるいはごうごうと流れていく。川幅は次第に広くなり、やがて海へと辿り着く。波間から顔を出すと、頭上には煌めく夜空が広がっている。
・失って、二度とは取り戻せないからこそ夢は眩しく光る。
・みなそれぞれの人生を精一杯生きていた。客観的に見れば愚かで、歯がゆく、だからこそ愛しい。もう永遠に届かないあの時代のぼくたちが、眩しいほどの光の中で確かに息づいていた。
・「自由になりたいけど手放したくはない、それは果たして愛なのかしら」
・愛する人を永遠に失うということは、心の一部に鍵のかかった部屋を作ることに似ている。
・手をつながずともよい強固ななにかをあの人たちは築いているのだ。
では、ぼくと彼女はどうして手をつなぐのだろう。ぼくと彼女の間にある温かく、けれど膨いなにかが、ぼくたちの手をつながせる。それをもう愛と名づけていいだろうか。
・世間の尺度で測ると、瞳子さんは正しい人ではなかった。けれど正しさからこぼれたものを掬い上げてくれる人だった。若かったわたしに与えられた言葉が、手の優しさが、今のわたしの思考として蘇る。血縁でなくとも、家族でなくとも、わたしにとってへつながる)とはそういうことだ。
・精神的にも経済的にもひとりで立てるからこそ、大事な人が転びそうなときに支えることができるのだ。
・常になにかしら言う人はいた。ぼくと暁海さんと櫂くんがどういう仲であろうと、他人には関係がなく、なにひとつ迷惑もかけていないのだが。
けれと、どうしても無視できない人たちの気持ちもわかる。彼らが恐れているのは、それらがいつか自分の身に降りかかるかもしれないという危機感だ。そんな不道徳がまかり通る社会であってはいけないという自己防衛の一種が、他者への攻撃や無理解に転じるのだろう。
けれどぼくは、晩海さんは、権くんは、暁海さんの両親は、瞳子さんは、それぞれが個であり、自らの人生を生きているだけであり、それを他へ啓蒙したことはない。自分は自分、他人は他人、とそれぞれが別の個であることを理解できさえすれば、自身の暮らしと関係ない他者への攻撃が無用かつ無駄であるとわかるだろう。そう思うたび、
ー言うは易く行うは難し。
という格言を思い出し、偉そうなことを言うぼく自身を振り返ったりもする。古希を迎えても達観からは遠く、逆に自由であることの難しさに気づく。
・けっして自分の人生の手綱を手放さないこと、世間の正しさに背いても自分を貫かなくちゃいけないときがあること。
・わたしの人生に起こるすべてが櫂を軸に回ってはいない。
・留めておきたい喜びも悲しみも押し流され、どれだけ抗おうと朝陽と共に次のページがめくられ、また似たような一日がはじまる。それが現実を生きるということだ。物語のように美しいエンドマークはない。積み上がった記憶は警理も回収もされず、ある日、散らかったまま終わる。
・血は水よりも濃く、つなげていくことの意味は大きい。その一方で、わたしたちのこの連帯をなんと呼べばいいのだろう。ぼんやりと、ゆるやかに、けれど確実につながっているわたしたちの「これ」を。よく言われるのは「疑似家族』だろう。けれどわたしたち自身のものを『疑似』と名づける、どんな権利が他人にあるのだろうか。
・わたしたちはずっと必死で生きてきて、誰の手も届かない暗い場所でんだときもあったけれと、あの苦しさも含めてすべてがここへと辿り着くのならば、わたしたちはけっして独りではなかったのだろう。やがてつながる人たちと、わたしたちは常に共にいたのだろう。
・いつかわたしの命が尽きるときがきても、この海に還るのならば怖くない。燃え尽きて、煌めきながら海へと還っていく幾千の光の行く先を、わたしたちは見つめ続ける。
Posted by ブクログ
汝、星のごとくの続編。
さらに長い年月をかけた話だった。
個人的には暁海の中年以降の部分は穏やかですごく好みだった。色々苦労してた暁海が人並みのごく普通の夫婦のような事で悩んだり。
ご飯の描写もすごく素敵だった。
この部分をもっと掘り下げて一冊の本に出して欲しいくらい、素敵な島の日常だった。
北川先生の最初のストーリーは悲惨というかどうしようもなさすぎて読んでてイライラするくらいしんどかったけど、後半は本当素敵な生活を送られて良かった。
所々好きな表現もあったのでメモ。
じわじわときました
物語が素敵すぎて、その温かさにじわじわしました。
北原先生と暁海さんの関係が普通では理解できないと初めは思いましたが、こんな繋がりもあるのだなと
良かったです
Posted by ブクログ
「春に翔ぶ」「星を編む」「波を渡る」の3編。
「汝、星のごとく」のそれぞれの登場人物の前日譚・後日譚を描いた作品。
すごくおもしろかったが、「汝、星のごとく」が綺麗に終わりすぎた以上、あまりなくてもよかったのかなと思う部分もあり。(個人的感想)
2,3か月をかけて読んだこともあり、記憶がまばらながら感想を記載。
「春に翔ぶ」・・・先生と生徒の出来事を描いていたが、あまり記憶なし。お金が足りず大学院を中退してしまった先生の「他人にはお金を貸すのに、実の息子にはお金を渡さないのかと父親に対して思う。」という表現は「汝、星のごとく」で櫂と暁海とは違った性質のクソ親だと思い、なかなかに良かった。
「星を編む」・・・編集者の二階堂さんと植木さんが櫂の遺作小説及び漫画を刊行するまでの物語。あれほどアツい情熱をもって仕事ができたらどんなに楽しいのだろうと思いながら見ていました(小並感)
「波を渡る」・・・これが一番面白かった。暁海と北原先生の夫婦像は本来の形決まった夫婦像ではなく、様々な家族愛があるものだと感じた。
「櫂は煌めく火花、北原先生は海」という表現には暁海にとってどちらも大切な存在で代えがたいということが詰まってると感じた。