あらすじ
なぜ聖徳太子は天皇になれなかったのか。その出生の秘密とは…? 崇仏か排仏かの議論に決着をつけ、仏教支持を明確にした用明大王の死後、後を継いだ崇峻大王が暗殺された。暗殺に自ら手を下したのは、用明の遺児、厩戸皇子(聖徳太子)だった。叔母・推古天皇の摂政となった厩戸は、罪を重ねつつも蘇我馬子に対抗し、民衆を救う仏教王国の建設を志す。聖徳太子の暗黒面に光をあてて話題を呼んだ古代史小説の傑作、文庫化!
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Posted by ブクログ
面白かった!
久々の歴史小説、楽しかった。
歴史小説の面白いところは、史実をもとに隠された秘密や経緯が、作者の想像力(創造力)によって、ものすごく壮大に、あるいは、逆説的に描かれたりして、「そういうことだったのか!」とか「そうきたかー!」的な、一種の感動的な発見があるところだと思う。
その意味では、この小説、最高だった。
「血ぬられた手で仏を求めて彷徨する、聖徳太子の光と影を見事なまでに描ききり、古代史小説に新生面をひらく傑作の登場」!
「近親相姦の果てに産み落とされ、叔父・崇峻天皇を我が手にかけ、殺生と偸盗と邪淫の三悪に染まりつつも、この国を仏教によってまとめようとする、悪行の…いや、逆説の聖者である」
・実は、聖徳太子は(摂政の地位を利用して)わざと天皇にならなかったのではない、なれなかったのだ
・なぜなら、彼は、用明天皇と推古天皇の実の兄妹の間に生まれた「犬畜生」の子供だったから
・母:間人と仲が悪かったのも、聖徳太子がもつ気持ち悪い霊力が原因ではなくて、同じ夫(用明=橘豊日)をもちながら、自身の子として育てざるを得なかった嫉妬からくるものだった
・その用明天皇は、実は、間人の実弟であり、のちの崇峻天皇にあたる泊瀬部によって毒殺された
・その泊瀬部に崇峻暗殺をけしかけたのは、蘇我馬子
・蘇我馬子と推古天皇は、叔父と姪の関係だけでなく、愛人関係にもあった
・泊瀬部を暗殺したのは、東漢直駒(やまとのあやのあたいのこま)とされるが、小説のなかでは父の仇てして聖徳太子が手を下したとなっている
・聖徳太子と刀自古は、後世は不仲だった
・真の仏道に目覚めた聖徳太子が、自身で斑鳩宮(法隆寺)を焼いた
・聖徳太子と竹田皇子(推古天皇の子供)は仲が悪かった。
・竹田皇子は、実は戦で死んだわけではなく、蓬莱の山にこもって導師となった
・実は、菟道貝蛸妃は聖徳太子の実兄にあたり、二人は許されない関係で姻戚関係を結んでしまった(だから子供ができたとき、彼女は自害した)
・馬子蝦夷父子と聖徳太子は昔から相容れない関係にあった
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作者の経歴もおもしろい。
農業版勘定奉行のIT会社を経営するかたわら、趣味で「古代ロマン小説」家の肩書き。
日本古代史で有名な小説家といえば黒岩重吾さん。この分野では、異分野からの新星。
あとがきの縄田一男さんのコメントもよかった。
いやしくも人民のリーダーであるならば、己の手を血で染める覚悟がなければ、一国の政治は覚束ない。然るに、我が国のリーダーの体たらくといったらどうだ。(中略)本書は、古代史を材にとりつつも実は現代小説なのである。
…笑
無理やり感が否めないけどね笑。
いいあとがきだった。
続編があるらしいので、是非読みたい。
あと、八木荘司さんの古代史が気になる。小説だったら読みたいな。