あらすじ
遺伝が学力に強く影響することは、もはや周知の事実だが、誤解も多い。本書は遺伝学の最新知見を平易に紹介し、理想論でも奇麗事でもない「その人にとっての成功」(=自分で稼げる能力を見つけ伸ばす)はいかにして可能かを詳説。教育の可能性を探る。
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Posted by ブクログ
一読推奨。
親として肩の荷が軽くなる本です。
【全体要約】
結論は、学力や身長のような指標には相応の遺伝率が存在しつつも、学習機会・家庭文化・しつけの在り方など“環境”も確かに効く、ただし効き方は領域ごとに異なる――という二層構造である。教育の実践論としては、読み聞かせ等の文化的環境の付与は効果があり、統制的・暴力的な関わりは逆効果になり得る一方、人格・社会的態度は「非共有環境」主導で親の影響は限定的、という冷静な見取り図が提示される。
章立て(本文)
第1章 行動遺伝学の基本:遺伝×環境の相互作用
第2章 遺伝率とランダムネス:きょうだい差と「遺伝は遺伝せず」
第3章 学力・知能:共有環境が効く領域と親の出番
第4章 パーソナリティ・発達特性:非共有環境と親影響の限界
第5章 社会階層・制度・自由:遺伝の可視化と抑圧のリスク
第6章 親と教育実践への含意:何を“足し”、何を“引く”か
各章の詳細(本文)
第1章 行動遺伝学の基本:遺伝×環境の相互作用
ふたご研究は遺伝の影響を測るが、同時に環境の影響も浮き彫りにする。
「遺伝の影響を受ける」と「遺伝で決まる」は別概念。決定論を退ける立場。
遺伝子は環境に応じて発現を変える。親の関わりも“環境”として遺伝子表現に影響。
子は環境の受け手であると同時に、遺伝的素質を通じて環境を“能動的に選び・解釈”する。
教育議論では、遺伝と環境の分割ではなく“相互作用の設計”が焦点となる。
第2章 遺伝率とランダムネス:きょうだい差と「遺伝は遺伝せず」
身長の遺伝率は高い(80–90%)が、残りは環境で説明される。
能力・顔立ち等は“多因子”で、メンデルの独立の法則に従う組合せのランダム性が大。
同じ親から生まれても、きょうだいの外見・能力差は“ありふれた現象”。
「遺伝は遺伝せず」とは、個別の遺伝子が子へ必ずしも同じ形で伝わらないという確率論的含意。
子を“親の複製”とみなさず、独自の個性として観察する姿勢が重要。
第3章 学力・知能:共有環境が効く領域と親の出番
知能・学力には共有環境(家庭の学習資源、語彙・読書文化など)が顕著に現れる領域がある。
読み聞かせ・読書機会は成績分散の一部を有意に説明し、遺伝的素質に関わらず“上積み”が可能。
「勉強しなさい」は平均的には“成績が良いから言わなくて済む”という逆因果の含み。
それでも遺伝要因は無視できない規模(しばしば20–50%超)。
親の働きかけと子の遺伝的素質の“駆け引き”が、行動・成績の動態を形づくる。
第4章 パーソナリティ・発達特性:非共有環境と親影響の限界
パーソナリティや社会的態度は、共有環境の影響が乏しく、非共有環境(個々の経験)が主。
同じ家庭で育っても、別々に育っても、人格の類似度は大差ないという知見。
多動・不注意の高い子ほど、統制的子育てが問題行動を増幅しやすい(悪循環に注意)。
遺伝子検査の“神話化”には警戒が必要。実際の実践的行動変容の方が予測力を持つ場面が多い。
「まっとうな環境」(虐待・極端な貧困なし、社会に開かれている)を前提にすれば、親の効果は限定的。
第5章 社会階層・制度・自由:遺伝の可視化と抑圧のリスク
高い社会階層では、選択の自由が広がることで遺伝的個人差が“表出”しやすく、相対的に遺伝率が高く見える。
低い階層では、選べる環境の幅が狭く、共有環境(親の作る環境)の寄与が大きく出やすい。
制度や文化が強く統制すると、遺伝の影響は“見えにくく”なるが、消えてはいない。
自由が拡大すると、遺伝的ばらつきがより可視化され、分断の力学が強まる可能性。
政策は、自由と包摂の両立を意識し、環境改善による“発現機会の平準化”を狙うべき。
第6章 親と教育実践への含意:何を“足し”、何を“引く”か
“足す”べきは、読み聞かせ・音楽・文化的刺激・規律ある生活習慣などの環境的資本。
“引く”べきは、暴力・恐怖・過度の統制。とくに特性に課題のある子ほど逆効果になり得る。
子の反応は遺伝的素質を通じて生じる“選択と解釈”であり、親の意図通りには受け止められない。
親の最重要任務は「親以前に一人の人間として、まっとうに生きる姿を示す」こと。
子どもが“思い通りにならない”ことを前提に、投資は冷静に、しかし機会提供は怠らない。
各章の要約(本文)
第1章 要約:遺伝は“決める”のではなく“影響する”。環境は受動的に与えられるだけでなく、子の遺伝的素質によって能動的に選ばれ・解釈される。教育はこの相互作用をどう設計するかが核心である。
第2章 要約:高い遺伝率でも、個別の発現は確率的組合せで決まる。きょうだい差は当然であり、子を独自の個として観る態度が必要だ。
第3章 要約:学力には共有環境が効く領域がある。読み聞かせ・学習資源の付与は有意な上積みを生むが、同時に遺伝の分も確かに存在する。
第4章 要約:人格・社会的態度は非共有環境主導で、親効果は限定的。統制的育児は特性によって逆効果になり得るため、関わり方の修正が実践的論点。
第5章 要約:自由度が高いほど遺伝的個人差は表面化しやすい。制度はそれを抑えも可視化もする。環境整備は“機会の平準化”として位置づけるべき。
第6章 要約:足すべきは文化資本と秩序、引くべきは暴力・恐怖・過干渉。親は“生き方のモデル”を示しつつ、子の独自性と反応の多様性を織り込む。
Posted by ブクログ
遺伝について興味があり、この手の話は何冊も読んできました。
結果、無慈悲にも遺伝は努力ではどうにもできないという研究結果がいくつもあることを知りました。
本書でもそれを裏付けた内容ですが、遺伝的特徴を活かしたアプローチをすることによって教育が勝つというか、教育の意味があるんだなあと思いました。
私には子供がいないので、もっぱら自分の親を思い浮かべで読みましたが、実際結婚し親元を離れて何十年も経った今の方が親の遺伝の影響を受けているとあらためて感じます。将来、両親のような心待ちで老後を過ごせる可能性が高いことはとてもうれしく思っていますが、今自分が出来ることも自分の特性を鑑みながら努力していきたいと思いました。
繰り返しになりますが、実際親がどのような子育てをしようと、子供はその中から、その子の遺伝子的素質を通して取り入れられるものを取り入れ、そうでないものには距離を置いて、その子自身の心で自分の人生を築き上げていくのです。
それを実際のデータで示してくれるのが双生児による行動遺伝学研究です。
同じ親に育てられても、別の親に育てられても、子供は同程度に類似してしまい、環境の変化はもっぱら非共有環境の影響のみであることは、行動遺伝学の発見した重要な原則。要するに、どこで誰に育てられようと、子供は「おおむね同じように」育っていく。
環境が自由になるほど、選択肢が広がって遺伝的な差がはっきりとあらわれる社会になる可能性が高くなるのです。面白い。
Posted by ブクログ
親が期待するほど、子は家庭環境の影響は受けない。影響度の大きさは「遺伝子>非共有環境>共有環境」の順になる。とはいえ、知能や技能の形成には、共有環境の累積的な影響も受ける。
自由で平等な環境(社会階層の高さや社会体制)は、遺伝子の影響を増幅させる。一方、貧困状態や制約の高い環境では環境要因が強く働き、遺伝の影響は抑制される。
子どもが健やかに成長するための最低限の環境整備は欠かせない。一方で、親としては子どもの遺伝的特徴を「良いもの」と信じたくなるが、必ずしもそうとは限らない。そう考えると、遺伝の影響を過度に強めるような環境づくりが本当に望ましいのかなと考えてしまう。