あらすじ
大藪賞&推協賞W受賞! 新鋭が放つ骨太ミステリ
昭和29年の大阪で起きた連続猟奇殺人事件。中卒叩き上げの若き刑事・新城と帝大卒の警察官僚・守屋は戦後日本の巨大な闇に迫る。
※この電子書籍は2020年8月に文藝春秋より刊行された単行本の文庫版を底本としています。
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Posted by ブクログ
「インビジブル」
見えない真実が炙り出す、戦争と人間の闇
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●第一章:引き込まれた「読みたい本」との出会い
数年前、ふと目に留まった一冊のタイトルがあった。「インビジブル」。その当時、まだ手に取る機会はなかったが、「いつか読みたい本」リストの奥深くに、その名は確かに刻まれていた。そして今、ようやくそのページを捲る時が来た。
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●第二章:戦後大阪に交錯する、二人の刑事と「満州の影」
物語の幕開けは、敗戦の傷痕が生々しい大阪。そこに登場するのは、対照的な二人の刑事だ。一人は理論的でスマートなキャリア組、もう一人は叩き上げで泥臭いノンキャリア。彼らが追う事件の背後には、想像を絶する闇が広がっていた。
そして、物語に重くのしかかるのが、満州で捕虜となり、奇跡的に帰還した一人の男の存在である。彼の過去こそが、この物語の核心をなす。
当時の日本が、戦況を有利に進めるため、満州で大麻の栽培・販売に手を染めていたという衝撃の事実。軍の士気を高めるためと称し、兵士に薬物を供給し、その利益の半分を国に上納させていたという、まさに「常識が見えなくなる世界」がそこにはあった。大麻事業で働かされていたのは、日本から移民した日本人。彼らは酷使され、敗戦とともに捕虜としての過酷な運命を辿ったのだ。
この事実は、戦争というものが、いかに人間を非人間的に変え、倫理観を麻痺させるものなのかを痛感させる。
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●第三章:「インビジブル」が照らし出す、戦時と戦後の人間の姿
「インビジブル」というタイトルは、この物語の多層的なテーマを見事に言い当てている。戦争という狂気は、まさに常識を「見えなくする」世界だった。勝利のためならば、人に薬を与え、機械のように酷使する。そんな非人道的な行為が、国家の目的としてまかり通る。
そして、戦時を生きた父と、戦後に育った息子。息子から見た父親は、酒や薬に逃げ、かつての生き様が「見えない」。しかし、それは父親だけの問題ではない。
戦時中に「見えない」形で進行していた大麻事業は、戦後も形を変えて、社会の「見えない」場所で暗躍している。
表向きは社会貢献を謳う政治家が、裏では麻薬製造会社の
実質的なオーナーとして、誰にも見向きもされない浮浪者たちに薬を売りつけ、利益を得ている構図は、戦後の社会に潜む「見えない」闇を象徴している。国の目が行き届かない、社会から「インビジブル」な存在である人々を食い物にする。
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●第四章:今こそ問い直す、「見えない」ものの存在
「インビジブル」は、単なる犯罪小説ではない。
戦争の持つ狂気、その中で失われた人間の尊厳、そして戦後の社会に横たわる倫理観の崩壊を、生々しく描き出す社会派作品だ。
敗戦から長い年月が経ち、戦争の記憶が薄れつつある現代において、本書は私たちに改めて問いかける。
あの戦争の裏側で、そして戦後の復興の陰で、一体何が「見えなく」されてきたのか。
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●さいごに
この物語は、過去と現在を繋ぎ、我々が見て見ぬふりをしてきた「不都合な真実」を突きつける。
そして、私たちの日常の中にも、果たして「インビジブル」な存在がいないだろうか、と問い直すきっかけを与えてくれるだろう。真に恐ろしいのは、狂気が「見えない」形で社会に浸透していくこと。この小説を読み終えた時、私たちはきっと、今まで「見えなかった」ものに気づかされ、深く考えさせられることになるだろう。
Posted by ブクログ
坂上泉『インビジブル』文春文庫。
初読み作家。日本推理作家協会賞、大藪春彦賞のダブル受賞の警察小説。
水と油の正反対のコンビが連続殺人事件の謎に迫るという有りがちな設定なのだが、戦後間もない大阪が舞台とあって、なかなか興味深いストーリーが展開される。
また、メインの物語とは別に描かれる満州に渡った男の過酷な物語からすると、間違い無くこの男が犯人なのだろうと思うのだが、犯行動機が見えて来ない。
戦後の昭和29年。大阪城近くの三十八度線と呼ばれる場所で政治家の秘書が頭に麻袋を被せられた刺殺体となって発見される。
大阪市警視庁の若手、新城洋巡査は初めての殺人事件捜査に臨むが、警視庁上層部の思惑により、国警から出向してきた帝大卒のエリートである守屋とコンビを組ませられる。
その後、政治家の秘書と同様に頭に麻袋を被せられた右翼団体の主宰者の轢死体が発見され、事件は同一犯による連続殺人事件の様相を呈する。
新城と守屋の全く正反対の2人は衝突を繰り返しながら、事件の謎に迫る。
そんな中、さらに安治川から頭に麻袋を被せられた刺殺体が発見される。
本体価格870円
★★★★★
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戦後日本の社会、戦争被害者の境遇、それらの要素を全てが正反対な2人の主人公が事件解決のために紆余曲折しつつも進むという王道ミステリー小説にうまくまとめ上げた作品。文字数も難しい文字も多く、会話にはその当時さながらのこてこての関西弁が多く、読みづらい部分は多かったが、それ以上に物事のテンポが良く、ストーリーの進展が気になって熱中して読むことができた。
Posted by ブクログ
大阪市警視庁・・・GHQが産んだ時代のあだ花である自治警察が警察法改正で現在の警察体制になる時代背景が、物語の本筋によく絡み独特の景色を読者に見せてくれる
若手である新城洋巡査にとっては初めて帳場がたった殺人事件捜査だが、鼻持ちならぬ国警出向者(帝大卒エリート)守屋と組ませられ衝突しながら相手を理解する構図がうまい
この時代の一面を知った気分にさせる一冊です
Posted by ブクログ
戦後間もない大阪。警察は地方自治体が運営する「自治警」と、より広範な領域を担当する「国警」の二つに分かれていた。そんな中、議員秘書が殺害される事件が発生し、次々と同じ手口の殺人が続く。大阪府警視庁(自治警)の叩き上げの若い巡査・新城と、国警から派遣されたエリートの守屋は、異なる価値観や立場を持つ者同士ながら、コンビを組むことになる。対立しながらも互いの過去や信念を知るにつれ、少しずつ信頼を築き、事件解決のために奔走していく――。
本作では、戦後の混乱期における大阪の街や人々の姿が生き生きと描かれ、時代の息遣いが伝わってくる。歴史に疎い読者でも、その世界観をしっかりと味わえるほど、細部まで丁寧に構築されているのが印象的だった。物語の序盤は、当時の警察制度や戦争後の国家のあり方についての説明が多く、やや硬めの印象を受けたが、登場人物の内面が徐々に明かされるにつれて、それぞれの信念の背景にある人生を理解し、共感するようになった。異なる立場の者同士がぶつかりながらも協力し合う様子は、緊張感がありつつも胸が熱くなる展開だった。
Posted by ブクログ
敗戦後10年頃の混沌とした社会
「戦後」という言葉の時期と意味は、人によって異なる。
いつの時代もうまく立ち回り自己の利を溜め込みのしあがる人、前を向いて進むことができずに過去を引きずりながら底辺で死んだように生きる人。
横溝正史の描く風景と松本清張の描く社会情勢が生暖かい空気のなかで匂い立ち、横山秀夫の警察小説の雰囲気も醸し出してくる。
極めて重い題材を関西弁の軽やかさでかわしながら核心へと迫っていく展開で、直木賞候補にノミネートされたのも頷ける。
えーもんみせてもろたわ、おおきに。
Posted by ブクログ
舞台は戦後の大阪。政治家秘書の殺害事件で招集された大阪の警察官の新城と、東京から派遣された堅物のエリート警察官の守屋が、衝突しながらも事件を追って行く話。
感想をまとめるのは難しいなあと思いつつ読み進めていたのだが、やはりなんとも難しい。しかしながら、事件解決に向けて面白く読み進めた。
戦後のまだ本当に汚くて先の見えない時代だなあと感じた1冊だった。
Posted by ブクログ
成長期の国家は、フロンティアを必要とするが、そこでは既存の秩序を超える荒ぶるものがおそらくある。そして、国家の進路が暗転し、そこから這い上がろうとするとき、従前の仕組みが孕んでいた矛盾を解消しようとして、無秩序、無頼、混沌が生まれる。そんな時期の大阪を舞台として、匂い立つようなリアルを感じさせる面白い小説だった。
Posted by ブクログ
戦争の傷跡が色濃く残る時代の警察の話。なるほど、こんな時代かと味わい深く読みながらも、ストーリー自体は特に深いようにも感じず、淡々と進んでいった印象。