あらすじ
職場、取引先、身内、ママ友、ご近所…
イヤなことをされる、困っている、本当は言い返したい。
だけど、この関係性は壊せない――
つい「この場さえ我慢すれば」と思ってしまう自分を救う知的戦略
――――――――――――
「本音は正義」「嘘をつかないことが、無条件にかっこいいことである」
という話が、最近、いろいろなところから聞こえてきます。
しかし、本当にそうでしょうか?
その場限りの、二度と会わない相手ならばいいかもしれませんが、
壊してしまったらあまりにも失うものが大きい関係性に対しては、
「別の戦略」を考えてもいいように思います。
イヤだ、不快だという自分の気持ちを無視したり、
心を殺してなかったことにするのではなく、
返す言葉に、「エレガントな毒」として含ませる。
言いたいことを言うけれども、
相手を直接傷つけたり、関係性を破壊してしまったりしない。
そんな「大人の教養」と「古都・京都が育んだ人間関係のエッセンス」を、
一緒に学んでみませんか。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
この本を読んでる途中、つくづく思った。
人間、毒を吐くにも品がいるって。
中野信子さんの『エレガントな毒の吐き方』。
タイトルからしてもう、毒が上等。
銀座のバーで出てくるウイスキーのように、
三回ぐらい喉の奥で転がして味わうタイプの毒だ。
読んでいると、京都の人がどうやって
「結構なお味どすなぁ」で相手を撃沈させているか、
そのメカニズムが実に理路整然と説明されている。
脳科学まで持ち出されて、「扁桃体がどうの」「前頭前皮質がこうの」とくる。なんだか毒のレシピを、理科の実験みたいに解説されている感じで。
でもね、これがまた妙に説得力がある。
怒鳴るより、にっこり笑って「まあ、そう感じる方もいるんですね」と言う方が、相手はずっと効くらしい。
なるほど、毒というのは声を荒げて吐くものじゃなくて、
香水のようにふわっと漂わせるものなのだ。
思えば私達の世代なんか、職場でも家庭でも「言いたいことははっきり言え!」と育てられた。
でもこの本を読むと、「はっきり言う」は、案外、野暮なのかもしれない。
京都式の毒は、相手の心にスッと刺さって、あとでジワジワ効いてくる。まるで上等なワサビのように、、
ただし、毒を吐くにも「心の余裕」がいるという。
余裕のない人が吐く毒は、ただの悪口だ。
つまり、本当にエレガントな毒を使える人というのは、
怒っていてもどこか楽しんでいる。
そういう人は、たぶん人生の達人なんだろう。
読み終わってから、思わず鏡を見た。
「おまえ、最近ちょっと言葉が角ばってないか?」
そう自分に問いかけてみたら、鏡の中の顔が、
ほんの少し照れくさそうに笑った。
毒も、笑顔で吐けるようになりたいもんですね
Posted by ブクログ
京都人の考えが言語化されており、とても勉強になった。闇雲に恐れるのではなく、考えを理解することにより、京都人への対策や、その思考の学ぶべきところは学ぶなど、教養の一つとしても役立つ一冊。
Posted by ブクログ
サブタイトルをまったく見逃して読み始めたけれど、京都の人は言いにくいこととエレガントな言い方で賢く伝えている。伝わる人には伝わるし、伝わらない人には伝わらなくてもよいというスタンス。京都人ってそういう感じなのねと思う反面、東京や東北の人を思い浮かべると、京都人の伝え方では伝わらないだろうなと思う。
Posted by ブクログ
p203
世界におけるアメリカ、日本における東京
江戸/東京というのは、徳川家康が江戸幕府を開府してから現在までで約400年という年です。太田道灌が江戸に築城して約150年後に、家康が関東に入り、河川の流れを変更したり、新田を開発したりなど本格的な造成が始まっていきます。それまでは小田原や鎌倉が関東の中心地であったわけですから、首都としての歴史は約400年ということになります。これはアメリカの歴史とほぼ同じ長さです。
もともと江戸に住んでいた人よりも多くの人間が職を求め、あるいは移住させられるなどして急速に流入してきました。
Posted by ブクログ
京都人のイケズを参考に毒を吐く。
キラーワードも学べます。
代々東京育ちの著者は、京都人の言葉の裏の意味が気になって怖くなるとか。
無神経な私はそこまで考えたこともなかったわ。
でもせっかく学んだので、ココぞというとき真似して毒吐いてみようかな。ムリかな。
Posted by ブクログ
読みやすい。
そうだなぁと納得しながら読んだ。
相手を傷つけない、怒らせないようにし、且つ周りの人を不快にさせない言い方というか、考え方、コミュニケーション術なので、知らずに実践してることもあるが、あぁこんな言い方もあるんだなって学ぶ部分もあった。
相手の言動に、感情のまま言い返してしまうのではなく、伝えずに静観して若干ほくそ笑むくらいの余裕を持っていたいものだ。イライラより「静観」。
Posted by ブクログ
江戸風のはっきりした物言いで相手を打ち負かす(論破)のはスマートでない、というのは同意できるけれど、京都風のいわゆる「嫌味」を言うことで推し量るというのは疑問が残りました。
人は馬鹿にされると腹を立てるものではないだろうか?エレガントというよりは上から目線に感じられたので、余計に関係を拗らせるような…。
巻末のブラックマヨネーズとのやり取りも、私の頭の中では小杉さんの声で「考えすぎちゃいます?」が再現されました(笑)
ただ、昨今の思っていることをハッキリ言おう、自己主張が正義!みたいな風潮もどうかと思うので、いろいろ考えさせられる一冊ではありました。
⭐︎どんな本でも読み方次第で知見を得られる!がモットーです。
Posted by ブクログ
タイトルから中身が予想できなすぎる笑
京都の人と東京の人の話し方についてだった。京都の人のしゃべり方に敬意を証している様子。そんな見方もあるのね、、、とはおもうけど、反論する人は絶対いるんだろうな。思考の転換という意味では面白かった。ただ、やはりタイトルが中身と合ってない感は否めない。
Posted by ブクログ
普段から毒を吐く人がエレガントな言い方にできる本ではなくて、「NOをなかなか言えない人が遠回しにNOと言う本」だった。内容は良かっただけに、タイトルのせいでターゲット層にこの本が届いていないんじゃないかな~と感じて少しもったいない気がした。
Posted by ブクログ
「エレガントな毒の吐き方」という題名に誘われ、本を手に取りました。
私の近くに毒を吐き続ける方がおり、一緒にいるのがたまらなくイヤなのです。
最近、はっきり物を言うコミニュケーションが流行っているせいか、私もその方の「毒」にヤラれ、ほとほと疲れているところでした。
この本では、京都人のコミニュケーションを例に、言いにくいことを上手く伝えることの有意性がかかれています。
「ぶぶ漬け食べてはります?」みたいな京都コミニュケーションを「はっきり言えばよいのに」と思っいましたが、長〜い歴史の中で培われた知恵であり、没コミニュケーションでギスギスした現代社会を上手く生き抜くため、「ぶぶ漬け」も大切だと感じました。
Posted by ブクログ
京都人の言い回しを紹介。相手を傷付けずに断りや注意表現を入れる。
権力者がコロコロ変わっていた頃の歴史的背景からそのような表現を身に付けたという視点が一番ためになった。
Posted by ブクログ
歴史の古い京都で人間関係を重視するため生まれた京都人の毒の吐き方についての解説
スカッと打ち負かすのがすべてではない
活用はできないけどおもしろい
太ってることをからかわれた時「うちのデブとそっちのハゲで勝負しまひょか?」は返しとして強すぎる、おもろいこと言いはりますわ
Posted by ブクログ
エレガントという言葉には、ちょっと引っかかるが、概ねなるほどという感想。言い方というのは大切だ。が、トゲトゲした言葉にならない程度に主張するのは、なかなか難しいことで、私は言わないという選択になることが多い。首肯する部分はあったが、自分には無理だ。(^_^;) 京都1000年の歴史を垣間見た感じだ。
Posted by ブクログ
「本音よりも、お互いを大事に思いやる気持ちのほうに目を向けさせるのがまさに多くの人のいう人間性というものでしょう。私たちにとっては冷たくざらついた本音よりも、あたたかくやわらかなうそのほうが大切で、知的な財産でもあったのではないでしょうか。」
私たちのコミュニケーションには多かれ少なかれうそが混じっているが、生きていれば誰もがどこかで、素直でありなさい、自分の心に正直でありなさいと言われるものだろう。指導されるときはまるでそれが人間本来の正しいコミュニケーションであるかのように感じられるのに、実直なコミュニケーションを続けられる人はそう多くない。
私たちは相手を傷つけないように、そして自分が傷つかないように、言葉を選び、言い回しを変えて、気持ちと言葉を離していく。そのために時にうそもつく。
悪いことなのだろうか。悪いことなのかもしれない。しかしわたしも筆者と同じように、それは大切で知的な財産なのだと思いたい。社会で生きていく人間として。
会話は情報伝達の手段ではなく、関係構築の手段であると、わたしは思う。本音をぶつけ合う直線的で断続的な関係の新構築を繰り返すのではなく、遠回りでもしなやかに、付かず離れずでも末長く、やわらかに増やしながら関係継続していく螺旋形の人生を歩みたい。
Posted by ブクログ
ハウツーものとしても弱く、エッセイの域を出てない。後半が同じことの繰り返しで冗長。ブラマヨの対談(?)もどうしてあのような書き方をしたのか。微妙。
Posted by ブクログ
【気づき】
・論破するとその一瞬は気持ちいいが、そのあと気まずくなる
・その時は嫌な相手でも、時が経てば必要な存在となるかもしれない
・だからやんわりと伝えてその場をやり過ごす
・京都のひとは意地悪であのような言い回しをしているわけではない。京都の人なりのやさしさである
Posted by ブクログ
以前から気付いていた。
何故か中野さんの本は酷評されることが多い。
しかも「TVで見ていて中野さんが好きだったから読んでみた」人が多いのに、本は酷評。
私も中野さんの個性的なところも含めて好きなので、真剣に考えてみた。
内容はとても良いのだ。
脳科学者だからこそ見える視点もたくさん盛り込まれているし、京都人が発した発言に対する分析力たるや、凄まじいものがある。
京都人が発した1、の発言をここまで深く分析できるのは、脳、心理について学んでいるからだろうと思う。
酷評の理由は、
文章を組み立てることが苦手、これに尽きるかと。(笑)
ご自身文中で「喋るのが苦手」と言っていたが、文章もなかなかに……。
同じ内容ではないんだけど、同じ趣旨のことがまた出てきた、え、また出てきた、章でまとめて書けば良くない?と思ったらいきなりクイズ形式!?おっ今度は突然の箇条書き!?…という調子で、読者は「で、今は江戸の話?京都の話?脳科学の話?(笑)」と、主語に翻弄され、振り回されっぱなし。
そして、江戸、京都、というデカめの主語でほぼ決めつけで結論付けている。
江戸にも全然知的な毒盛り(褒めてる)、おられますけどね…。中野さんご自身の京都に対する羨望とコンプレックスの表れなのか。
これは、出版社の方も、もうちょっとヘルプしてあげるべき(まぁ本人言うこときかなそうだよね、てやんでぇ江戸っ子だからね、分かるよ(にやり))、読者が疲れるわけだよ…と思った。
脳科学を研究し、人間観察眼がずば抜けているのは間違いない、だからと言って文章を書いたり、構成を考えて人に伝えるのが上手いとは限らない。
そんなことを改めて学んだ1冊でした。(学ぶのそこじゃない(にやり))
Posted by ブクログ
コミュニケーションが何となくおぼつかない(ことはないのかもしれないが、どうしても完璧になれない)私が求めた「エレガントな毒の吐き方」は、やむを得ない事情で中野信子さんの講演会に行けなかった不満を解消してくれる1冊だった。
京都人をリスペクトしすぎていて少し壁を感じたが、エレガントさは相手に棘を刺すことを目的にしていないことを学べただけでも私にとっては大きな一歩だ。
とは言っても、次の日に打ってつけの戦場があったにも関わらず、やっぱりエレガントに毒を吐くこともダイレクトに毒を吐くこともできずに盛大に泣き酒をかましていたので、エレガントは1日では身につかないことを体感した。
Posted by ブクログ
効率化、時短のためや自分にストレスため込まないために、ストレートに物を言う事が多かったが、この本読んで、ユーモアのある、含意のあるハイコンテクストな表現も、自分のメンタルを維持しながら実行可能な事が分かった。ただ、それなりの訓練や頭の回転の速さが必要そうで、簡単には取り入れにくいが、著者内のシーン別回答例を覚えて、少しずつ取り入れていこうかと思いました。
Posted by ブクログ
店頭で気になって購入。もともと知らないうちに我慢してることが多いようで、自分の気持ちを上手に伝える方法を知りたいなと思っていました。ただ、読み進めるうちに、自分の求める内容はあまり書いてないなと感じるように。言い方の問題はあるかもしれないけど、やはり自分の気持ちを大切にして、伝える意思が何より大事だなと当たり前のことに気づきました。京都人?のコミュニケーション方法はたまに使ってみたいと思いました。
Posted by ブクログ
自分のせいだったり、相手のせいだったりで乱暴なのとを言ってしまうことあります。あとから反省、後悔したりして。そうゆう時に参考になる話しでした。中野さんって、テレビでのコメントが優しいですよね。
Posted by ブクログ
京都は長らく日本の都であり、人が集まる誘引力のある地だった。戦乱などをもたらす人も含まれ、次に誰が権力を持つかも分からない。だからどこにも敵を作らず、誰とも仲良くし過ぎないというのは生き延びていく上で基本だった。
立ち位置が変化した時に、切らずに曖昧な形で塩漬けしておいた相手との関係を復活させ、良好な関係としてコストもリスクも最小限に抑えた形で再構築できるのがこのコミュニケーションの大きな強み。
島田久仁彦さん
・交渉ごとというのは相手の言葉や言い回しをなるべく使う
・相手から聞かれるまで自分の意見を言わない
・できるだけ相手に負けたと思わせないようにする
・論破は最悪の手
Posted by ブクログ
東京に住んでいますが、京都出身の人と東京で1人しか出会った事が無いです。この本によると、京都は閉鎖的だそうなので、京都の人はあまり東京には出て来ていないのかな…
ちなみに、大阪、岡山、広島の人とは仕事で関わった事が沢山あります。みんなハイペースでどんどこ進むので、着いていくのが大変でしたが、 (大阪の人はボケたり突っ込んだりするし、車乗ると人格変わるし )
最終的には皆さんいい人でした。
本音で付き合えてましたけどね。
京都おそろしや
Posted by ブクログ
京都人の洗練された「遠回しな毒の吐き方」を、脳科学的視点で体系化したユニークなコミュニケーション本です。
論破よりも人間関係を壊さずに本音を伝える術が知りたい人にぴったりです。
この本の魅力は、中野信子氏が京都人の“イケズな言い回し”をリスペクトしつつ、脳科学という知的枠組みで読み解いた点にあります。
コミュニケーションで相手を打ち負かすのではなく、「角が立たない伝え方」を実践的に学びたい人にとって価値ある一冊です。
それでも、「言いづらいことを上品に伝えたい」「人との関係を壊さずに自己主張したい」と思う人には、非常に示唆に富んだ読書体験になるでしょう。
言葉を武器ではなく知恵とするための、「戦略的あいまいさ」を身につけたい方におすすめです。
Posted by ブクログ
京都の方が腹黒いと思っていたが、背景を知ると仕方の長いことなのかなと思った。はっきり言わないのはあえて相手を傷つけないことだと分かり、必ずしもはっきり言うことが正義ではないと思った。褒められたときに言えっ自分なんてそんなと使うことがあったが、相手が褒めたことを否定している言葉だと知った。かと言って自慢するわけにもいかないので「なにもでませんよ笑」これを使うのは良いなと感じた。ただ怖いと感じる部分もあり、京都の方のイメージを完全に払拭できなかったため、⭐︎3。相性が分かれる本だと思う。
Posted by ブクログ
京都の人、と聞くと、閉鎖的でいじわるというイメージが先行する。
おたかくとまっている。
そんな怖さを感じる。
そして、それはやはり正しい感覚だったのかもしれない。と、この本を読んで思った。
結局、洛中以外の人間を見下しているではないか。
その土地に対する猛烈に強いプライドがあって、それがベースになった人間関係なのだ。
超村社会。
そんな中で隣近所の目を気にして、よそ者を見下している。
それをうまく褒めているかのような本だった。
京都風に毒を吐いても、人を怒らすよ。
毒は毒、や。
論破する必要がない・人に100%分かってもらう必要もない、というのは、本当にそうだと思った。
Posted by ブクログ
とても軽い読み物だった。
京都風の言い回しは相手の頭良くないと通じないので、逆にこっちのストレスが溜まることもあるし、仕事の場で上司が常時この調子だと部下のストレスがヤバくてお勧めはしない。
とはいえ、波風立たないように本音を吐き出すという意味では有用な方法なので、そこはどう上手く自分で使いこなすか、ではなかろうか。
とはいえ、実は本書で紹介されたやり方は結構ハードルが高い。頭の回転が速くないとできないので、使いこなすには訓練が必要。
そこまで時間をかけても、この言い回しを使いたいか?
という問いへの答えは人それぞれだろう。
私はそれこそ厨二病だった時にこの言い回しを頻用していたので、しばらく忘れていたが、昔取った杵柄で最近のストレスを吹き飛ばそうかな、と思うきっかけを、この本で貰った(それが良いかどうかはわからない)