あらすじ
父と、黒川先生とが、あの日道後の茶店で行き会った、酒飲みの乞食坊主は、山頭火だったのではなかろうか。横しぐれ、たった1つのその言葉に感嘆して、不意に雨中に出て行ったその男を追跡しているうちに、父の、家族の、「わたし」の、思いがけない過去の姿が立ち現れてくる。小説的趣向を存分にこらした名篇「横しぐれ」ほか、丸谷才一独特の世界を展開した短篇3作を収録。
...続きを読む感情タグBEST3
このページにはネタバレを含むレビューが表示されています
Posted by ブクログ
今回、文庫で再読したが、「文庫版のためのあとがき」を読んでびっくり。なんと、ひらめきはグレアム・グリーンの自伝中のエピソードだったという。グレアムの父親が旅先のナポリのカフェで機知に富む男と一緒になり、飲み物をおごった。後年、あれは出獄したばかりのオスカー・ワイルドだったのではないか、と……。かくしてカフェは茶屋になり、ワイルドは山頭火に変身した。
「わたし」の父が茶屋で出会ったという坊主は山頭火では? ストーリーは「謎解き」なので、「ミステリ」に分類されることがあるのもうなずける。しかも、緻密に錬られた上質のミステリだ。
山頭火、しぐれ、そして山頭火の日記の欠落の時期をもってくるあたりは、さすが丸谷才一。日にち、恰好、見かけの年齢、話の内容、そして山頭火もどきの漂泊の坊主であった可能性について、「わたし」は推理を重ねる。読むほうも、晩年の山頭火にはまってゆき、横しぐれのなかを茶屋から出てゆく姿までが見えてしまう。そしてなんと、その茶屋での謎は最後は「わたし」に帰って来る。