あらすじ
村にやってきた美しい美術教師。悲劇はここから始まった。老弁護士の回想で語られる事件の真相とは? 傑作ミステリがついに復刊
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Posted by ブクログ
まさかのトマスHクック、緋色の記憶、版元を変えての新版。20年ぶりくらいに再読。
村に降り立った美術教師が同僚を愛した。その結果、悲劇が起こる。過去を悔やむ老弁護士が語る、チャタム校事件の真相とは。
過去を振り返る系の小説としては、完璧。最高の小説だと思う。
あの日あの時、誰が何をして、誰に何が起こったのか。徐々に明らかにする読ませ方が良すぎる。
全編を通して漂う悲劇の匂い。合間合間に幸せだった頃の思い出がカットバックする。そこがまた、最後の悲劇をより強いものとし、胸が締め付けられる。
ミステリというより、文学か。
緋色の記憶で海外ミステリの良さを知り、どっぷりとはまってしまうことに。感慨深い小説。
しかしまさか新版で出るとは思いもよらず。このまま夏草の記憶、死の記憶、沼地の記憶も続けて出て欲しい。
Posted by ブクログ
1926年、アメリカ。ケープ・コッドにあるチャタム校に、新しい美術教師のミス・チャニングがやってきた。校長の息子ヘンリーは絵の才能を見込まれ、放課後や休日も黒池のほとりにあるチャニングのコテージを訪ねるようになる。だが、チャニングが同僚の文学教師リードと親しくなりはじめてから、少しずつヘンリーの世界は歪みはじめた。少年時代の記憶の澱を揺さぶるミステリー。
完成度が高くて面白かったんだけど、最後まで読んで語り手がやらかしたことを知ると、途中で何度も「しんどい記憶だけど、今思えばあれも青春だった……」みたいな感慨を漏らしてたのが後からムカついてくる(笑)。最終章は激しい罪悪感から生みだされた捏造記憶の可能性もあると思うけど。
これは保守的な父母や村の人びとを見下し、外の世界に飛びだしていきたいという憧れに目が眩んだ思春期の認知の歪み小説だ。前半は、村の異物でしかないチャニングの教養豊かで凛とした姿をきらきらとした理想化込みのヘンリー目線で追う心地良さがあり、たしかにヘンリーが”青春の日々”としてチャタム校事件を追憶する気持ちもわかるのだ。一方でチャニングが村に降り立ったその日から、絶え間なく悲劇がほのめかされ続けるのだが。
認知が歪んでいたのはヘンリーに限らないのだと思う。棄てられるという不安に怯え続けたアビゲイルも、チャニングにファム・ファタルを見いだしたという意味で似た者同士のリードとパーソンズも。灯台での最後の会話からして、リードはアビゲイルを棄ててもメアリは連れていくとチャニングに話したのだろうし、その身勝手さに父の面影が重なり、チャニングは絶望したのだろう。ヘンリーもリードもチャニング自身とチャニング父の放浪癖を同一視しすぎていた。そして、生徒に詩を読み聞かせるリードの姿を眺めていたチャニングも、リードを誤解しながら恋に落ちたと言えるのかもしれない。そんななかで、思春期のヘンリーからつまらない人間と決めつけられていた父(校長)だけは噂に惑わされず、目先のわかりやすい”正しさ”に飛びつくこともない静かな真心に溢れた人物として面目躍如する。
少年時代の回想と証人となり裁判で語った言葉、そして弁護士になった老ヘンリーの現在と、何層もの時間が重なり合い、悲劇をほのめかしながら丹念な心理描写で焦らしに焦らす。思わせぶりなミスリードの匙加減がとても上手く、死ぬのがサラだと察した瞬間が一番悲しかった。チャニング、サラ、アビゲイル、メアリが悲劇のなかに閉じこめられ、ヘンリーの母も(奥行きのある書き方はされているが)倦怠感に飲み込まれ怒り続けた女性として退場することを思うと、本書は女性の苦しみ、特に女性が一人で生きていくのがまだ難しかった時代の苦しみをテーマの中心に据えていながらも、老いた男の後悔と甘美な思い出から奥へ踏み込み切れてない、前時代的な”リアル”を感じられる物語だとも思う。