あらすじ
酒と女に明け暮れる無頼派の作家。26歳のその妻は夫の尻ぬぐいに奔走するが……。古い価値感が失われ新しい価値観が生まれようとしている戦後の混乱の中、必死に生き抜こうともがく男と女の愛のかたちを繊細に描いた表題作。その他太宰晩年の好短編を多数収録。
感情タグBEST3
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「悲しみとか怒りとかいう思いよりも、呆れかえった馬鹿々々しさに身悶えしました。」
感情を表す言葉はちゃんと出てくる。それなのに、読んでいると感情がきれいに整理されていく感じがしない。悲しい、怒っている、苦しい、という言葉では処理できないカオスを、家庭というかなり狭い場所の中でずっと見せられている。
しかも文章は読みやすい。だから混沌としているのに、どんどん先へ進んでしまう。この、処理できないものを処理しないまま読ませていく感じ。
「命は大事」「女性は強い」みたいに分かりやすい意味を置いて読もうとすると、どんどん作品から置いていかれる。今とは家庭環境や男女関係が違う。一方で、太宰作品に出てくる男には妙に共感する。
何かにつけて理由を無理やりこじつけて、結局は欲望のまま生きる。欲望を欲望のまま認めず、自分の行動にそれらしい理由や思想をつけてしまう。これはめちゃくちゃ男だと思った。
自分でも自分をうまく説明できない。つかみどころがない。どうしようもないと分かっていても、欲望や感情に引っ張られる。そういうところが自分と重なることが多い。ただ、それだけで大それた感想を言えるわけでもない。そこは太宰作品らしくて、あんまり好きじゃない部分でもある
太宰を「無頼派文学」と一言で名付けるのは嫌いだ。
文学史上の分類として必要なのかもしれない。でも「無頼派」という言葉を先に置くと、酒、女、破滅、自堕落みたいなイメージだけで作品を読めてしまう。そうすると、妻から見た男の馬鹿々々しさや、欲望を思想に変換してしまう滑稽さ、家庭の中にある処理不能な混沌が見えにくくなるし、読みが浅くなるとおもう。
この短編集は「無頼に生きる男たち」の話というより、どうしようもない人間がどうしようもない理由を抱えながら、それでも生活だけは続いていく、その混沌を見ないと勿体ない気がする。
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「ヴィヨンの妻」
女性の強かさと男性の弱さが丁寧に対比されている。家父長制の価値観が跋扈していた当時は、太宰の書く「男性の弱さ」はとても新鮮に受け取られたのかも。最後に「生きてさえいればいい」と結んだのは太宰自身が自分に言い聞かせたかった言葉なのかもと解釈できる。
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興味深いストーリーばかりを揃えた短編集。
『父』、義のために放蕩するところが太宰っぽいなぁと。蟻の足跡のような無意味な文字という比喩も分かりやすくてすごい。奥さんがとても可哀想……。
『親友交歓』なんという人物や。
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道徳的?倫理観?が強い人だったんだろうな。でないとこうも思い悩み罪悪感に陥ったりしないだろうし。こうも詳細に自分や人の気持ちを読み取れると、もう何が正解か分からなくなりそうだ。自分を常に処罰し続けていることでしか許されない。
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再読。『家庭の幸福』が、いちばん抉られた。「家庭の幸福のため」に行う、自分では善いこと、と思って行うそのことが、誰かを傷つけ、苦悶させることがあるという真実。「家族の幸せ」と思い続けて生きていれば、罪悪感を持たずに生きていける。その傲慢さ、自分勝手さ。
『曰く、家庭の幸福は諸悪の本(もと)』。すごいなぁ。こんなふうに鋭い感性を持って生きていたら、さぞつらかったに違いない。
一般的な幸せの内にある、残酷な真実を抉り出された気分。
すごいなぁ、この人。本当に。
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家庭の物語が多かった。「家庭の幸福」や「桜桃」が印象的だった。
堕落した主人公が家族を悲惨な目に合わせつつも、でも仕方ないのだみたいなかんじになってるのはなんか上手く言えないけど、いい!と思った
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## 感想まとめ
太宰は意外と家族のことを想っていたのだなあと思う。
家族を想い、仕事に苦しみ、そして家族との関係に苦しみ、自分を追い詰める。
それが作品にも滲み出る。
太宰治の作品は最近少しずつ読んできているが、『人間失格』の息苦しくて暗い雰囲気から、『富嶽百景』の爽やかな雰囲気まで、色々な作品が書ける素晴らしい作家さんだなと思う。
しかし、素晴らしい作品を生みだせる感性は他人とは違うものがあるからこそだと思うが、それがあるからこそ世間からは浮いてしまって生きづらさがあるはず。
そう思うと、素晴らしい作品を届けてくれる芸術家の皆さんたちの苦労には頭が上がらない。
そしてその作品を何十年経ってもこうして読むことができるのも、出版社をはじめ、たくさんの人の努力あってこそ。
たくさんの素晴らしい仕事の上に、世の中は成り立っている。
この本の解説の中で、「太宰治の作品は『罪悪感』を宿している」とあって、納得した。
太宰治の作品から私が感じた、家族への申し訳なさ、開き直り、だらしなさ、憤り、これらをまとめて、『罪悪感』と言えば腑に落ちた。
この短編集の中にある複数の短編から、『生きづらさ』を感じる。
生きている上で、人は誰しも何かしらの罪悪感を抱え、生きづらさを覚えるのかもしれない。
だから、太宰の作品には惹きつけられるものがあるのかもと思う。
## 親友交歓
突然やってきた親友を名乗る平田。
平田は太宰秘蔵のウイスキーをがぶがぶ飲み、妻を呼びつけお酌をさせ、迷惑をかけまくる。
こういう無遠慮な人、お酒で暴れる人はたくさんいるし、たくさん見てきた。
太宰の冷めた物言いが面白い。
高いウイスキーを惜しく思ったり、昔の偉人の忍耐伝説を思い出して「やっぱり俺には無理だわ」と考えたり、太宰の人間らしいところに共感できる。
私なら即座に追い返している。
## トカトントン
恐らく太宰宛てのファンからの手紙という文章。
こんな小説の書き方もあるのかと面白く思う。
途中、マラソン選手を見た男の語りがある。
マラソンを「無報酬の行為」と言う。
たしかに、職業になるほどのプロでない限り、誰から何を求められるでもなく走っている人は大勢いる。
みな、それでも走る。気持ちいいから。自分を試したいから。また理由はないかもしれない。
ただ楽しいからやる。報酬をもらえなくてもやりたいからやるということがあるのは豊かだと思う。
また、伯父に「人生とは何か」を聞いた返しの
> 「人生、それはわからん。しかし、世の中は、色と慾さ」(p62)
>
は、なかなか真理だと思った。
## 父
子がいながら浪費に走ってしまう男の胸の内が語られる。
たぶん太宰治本人の気持ち?
私も子を持つ父だが、父になったからといって、体に何かの変化があるわけではないし、一人の人間だから、自堕落な部分は大いにある。
親も万能ではない、ただの人間。
しかし、こうした昔の文芸作品を読むと、男は今の価値観で言えばかなり破天荒だ。時代が変われば良しとされる価値観は変わるものだなあとつくづく思う。
## 母
> 「わざと身をやうして行くのです。水戸黄門でも、最明寺入道でも、旅行する時には、わざときたない身なりで出かけるでしょう?そうすると、旅がいっそう面白くなるのです。遊び上手は、身をやつすものです」(p89)
>
わざと汚い服装で太宰を訪ねてくる小川新太郎の言葉。なんだか粋な雰囲気。
> 「日本の宿屋は、いいね」「なぜ?」
「うむ。しずかだ」(p101)
>
おしゃれな締め方。
若い帰還航空兵が電気を付けようとして女中が拒む。それを盗み聞きする主人公の先生。
この短編集は全体的に戦争の気配を感じさせるものが多い。
戦争が与えたのはただの経済的なダメージだけでなく、文化的にも大きな影響を与えている。
## ヴィヨンの妻
先にある『父』を読むと、その妻目線の話かなと思える。今は父親も家事育児を共同で行うのが当然というような価値観が作られつつあるけど、この時は破天荒な父親はたくさんいたし、それが格好いいとさえ思われていたかもしれない。
めちゃくちゃな飲み方をして周りを不幸にしていく大谷さん(太宰?)。とにかくモテるのか色々な女性と飲み屋に来てはただ酒を飲む。なかなかロクでもない。
> 「僕はね、キザのようですけど、死にたくて、仕様が無いんです。生れた時から、死ぬ事ばかり考えていたんだ。皆のためにも、死んだほうがいいんです。それはもう、たしかなんだ。それでいて、なかなか死ねない。へんな、こわい神様みたいなものが、僕の死ぬのを引きとめるのです」
「お仕事が、おありですから」
「仕事なんてものは、なんでもないんです。傑作も駄作もありやしません。人がいいと言えば、よくなるし、悪いと言えば、悪くなるんです。ちょうど吐くいきと、引くいきみたいなものなんです。おそろしいのはね、この世の中の、どこかに神がいる、という事なんです。いるんでしょうね?」(p138)
>
太宰治自身の胸の内なのかも、と思う言葉。
辛い、死にたい、でも死なない。
作品を書くことは止められないが、その評価は人が決めることで、自分ではどうしようもない。
そんな夫に妻が言う。
> 「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きたいさえすればいいのよ」(p145)
>
強い言葉だ。
どんなに辛くても、他人からどう思われようと、ただ生きていればそれでいいと。
この話に出てくる妻への私の印象は、強いところと弱いところが混ざっている。
夫が飲み歩く店で働き出すことを名案と言い喜んで働く姿はたくましい。
しかしその前の夫の仕事について書かれたポスターを電車で見かけたときに流した涙は、色々と辛いものが溜まりに溜まって、堪えきれなくなったのかも、と思う。
夫婦は違う人間同士が共に生活するのだから、相容れない時が必ずあるものと思う。
しかし、その中で折り合いをつけていくものでもある。
この妻の場合は夫は折り合いをつけてはくれなかったが、自分が変わることで、結果的に関係を変えられることになった。
お互いが歩み寄る姿勢が大切だ。
## おさん
> 男の人って、死ぬる際まで、こんなにもったい振って意義だの何だのにこだわり、見栄を張って嘘をついていなければならないのかしら。(p168)
>
妻と子どもを残して、「ジャーナリストだ」「革命だ」と手紙を残して愛人と心中した夫の手紙を読んだ妻の言葉。
「本当につまらない馬鹿げたこと」とバッサリ切り捨てる。
妻は、ただ夫が家にいてくだらないことや取り止めもないことで笑い合って生きていられればよかったのに、大義のためと嘯いて死んだ夫に呆れている。
ほんとうに大切なのは、近くにいてくれる家族だ。
## 家庭の幸福
> 家庭の幸福は、或いは人生の最高の目標であり、栄冠であろう。(p183)
>
と言っておきながら、最後には「家庭の幸福に全力を尽くす余り、知らぬうちに他人の不幸を招いてしまった」という短編のアイデアを出す。
恐ろしい。
誰かの幸せの裏には、誰かの不幸があるかもしれない。
## 桜桃
> 私は家庭に在っては、いつも冗談を言っている。それこそ「心には悩みわずらう」事の多いゆえに、「おもてには快楽」をよそわざるを得ない、とでも言おうか。いや、家庭に在る時ばかりでなく、私は人に接する時でも、心がどんなにつらくても、からだがどんなに苦しくても、ほとんど必死で、楽しい雰囲気を観る事に努力する。そうして、客とわかれた後、私は疲労によろめき、お金の事、道徳の事、自殺の事を考える。いや、それは人に接する場合だけではない。小説を書く時も、それと同じである。
私は、悲しい時に、かえって軽い楽しい物語の創造に努力する。自分では、もっとも、おいしい奉仕のつもりでいるのだが、人はそれに気づかず、太宰という作家も、このごろは軽薄である、面白さだけで読者を釣る、すこぶる安易、と私をさげすむ。
人間が、人間に奉仕するというのは、悪い事であろうか。(p192)
>
太宰治の本心が滲んでいる気がする。
芸術家と自身を称する短編もあったが、作品を生み出すという仕事においては苦しみもがきながら奉仕の気持ちで取り組み、家庭においては必死に楽しい雰囲気作りに努める。
そうして、いわば自身を犠牲にしているうちに擦り減ってしまうのかもしれない。
> ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハッキリ主張できるひとは、ヤケ酒なんか飲まない。(女に酒飲みの少いのは、この理由からである)(p195)
>
辛さから酒に逃げる太宰治の、酒に対する考え方。自分の思っていることを主張できる人はヤケ酒なんか飲まないというのは、なんだか納得できる。
## 知らない言葉
- 空空漠漠(くうくうばくばく)
- 上州(じょうしゅう)
- 寸善尺魔(すんぜんしゃくま)
Posted by ブクログ
特に印象に残ったのは『ヴィヨンの妻』『おさん』
破滅的な生活をする夫との家庭が、妻目線で語られています。
これを太宰治が著しているというのが、余計になんとも言えない気持ちになりました。
特に『おさん』のラスト。
この妻の心情を綴っておきながらの、太宰の現実。
重いし、切ないです。
『親友交歓』は、呆れつつもクスっと笑えるおかしみがありました。
Posted by ブクログ
おさん、ヴィヨンの妻、家庭の幸福、桜桃と篇を追うごとに作品が暗さを増していく。
特に家庭の幸福で書いてあった役人への不満は圧巻だった。
東大という、国内で一番役人や政治家、経済に明るい人たちを輩出する学校に通っていた人間が、ここまで税金や政府の発言を忌み嫌う言葉を紡ぐ様子はさすが太宰治だと思った。
生きることへの絶望、自殺への執着心がありありと感じられる作品だった。
だいぶ病んでいるけど、アフォリズムが散りばめられているので現代人にも共鳴できる部分がある。
Posted by ブクログ
ダメな夫を支える妻の話
ダメな夫なんだけど憎めない。妻も妻で仕方ないなーという感じで生きている。どうにか生きていく、怒っても仕方ないもの〜という雰囲気がちらほら見えていてでもそれは物分かりのいい妻ではなくて、妻は妻で夜の世界を知り、時には客と関係を持ったりしている。生きるためには強くいなくてはとその当時の生き様みたいなものが見えた。
Posted by ブクログ
太宰治晩年の短編集
戦中の疎開中の出来事としての話しが多い
そして晩年ということで
なかなか苦しい生活の家庭や
それをかえりみずに
家に寄りつかない男の姿
健気に子供を抱えながら支える
妻の大変さ
などなどまるで自分のことのようだけれど
はたして本当に
こんなふうだったのか
それとも自分の不甲斐なさを
嘆きつつそんな男ばかり
物語上に登場させているのか
「おさん」では
愛人と出かけたまま帰らず
妻は諏訪湖まで遺体を受け取りにいく
いつしか心の中は
こんな将来でなければならないと
思い込んでいったかのよう
軽快な楽しい、しかもオチがあったり
そんな文章からは
お茶目な一面をうかがわせるが
本当の太宰治は
はたしてどんな人物だったのか
会ってみたいものです
Posted by ブクログ
自分が買ったのは昭和54年の異なる短編集でした。
ヴィヨンの妻はじめ、第二次世界大戦前後の時代背景描写が良い。物資は薄いけど人が濃いというか、、
ヴィヨンは、ダメ男を守る健気な嫁の話だけど、最終的に女性の器の大きさを感じる素敵な話でした。
しかし、、この時代の男はろくなのいないな笑
Posted by ブクログ
初読、2026年2月。表題作が特に印象的だった。キリキリと切迫していながら「傑作意識」に変に囚われていない、初期とも中期とも違う読み心地で一気に読んだ。
Posted by ブクログ
まじでどうしようもねえ〜って感じなのに一気に読んじゃった。晩年の短編が収められているからか、全体的に陰鬱とした暗いものが漂っているけれど、でもやっぱり面白いんだよなあ。なにがどうしてこんなにぐいぐい読ませられるのか、自分でもわからないけれど。はっきり言ってしまえばとても自己中心的だし、別に感情移入するわけでもないのに…面白いとしか言えないのが悲しい。語彙力求む。
特に「おさん」すきだったかな。
Posted by ブクログ
男性の存在意義はなんなのだろうか。
自分にも家庭にも臆病で、自信がなくて。後ろめたいことがあると、真っ向から向き合うことに怯えて短略的に怒鳴ることしか出来ない。仕事をしてお金を家に入れることだけが役割だったのだとしたら、今は女性もお金を稼ぐ。夫にも気を遣え、子供も育てられ、配給の情報を取り生きるために食べ物や衣服を揃えることもできる万能な女性。
男性に出来ることってなんなのでしょう。
などと、男性の家庭での必要性について考えさせられるお話でした。
ふと時間を置いてみると、この作品は男性を頼りなく魅せるために、女性の忍耐美のようなものを際立たせている気もする。私が悶々と考えた、男性の家庭での必要性についても太宰治によって必然的に考えさせられていたのでは。と感じた。
Posted by ブクログ
▷親友交歓
内心快く思っていないのに社交的であることを「軽薄」と表現しているのが、太宰治がいかに人間の裏表・処世的な振る舞いを忌み嫌っていたのかが現れていて良かった。
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親友交歓は好き、横暴な田舎者をよくぞここまで歓迎できるなあ
ヴィヨンの妻は好き。どのようにしてでも生き残ろうとする苦労が、妻の冷めた態度から描かれている。だれしもが戦後はこのように苦労して生きていたのかな
Posted by ブクログ
太宰治については正直あまり知らなくて、作風が暗いイメージだけあった。読んで自分もそちら側に引き込まれるのが怖くて、『走れメロス』以外は今まで読んだことなかったけど、これは思ったより大丈夫。
時代柄や戦争の影響もあるんだろうけど、男性性とは?みたいなものも考えさせられる。なんやかんやで正当化、現実に向き合わない、向き合えない逃避。そうしないと自分を保てない不安定さ。どうしようもなく人間臭い。
罪の意識に苛まれるのは倫理観があるから、か。
私小説なのか?どこまで自分を投影しているのかわからないけど、これは生きづらそうというか、追い詰められていて救いがないね、不穏。世紀末ぽさを感じた。
現代に通ずる部分もあって、なんとも。
Posted by ブクログ
現代とはまるで違った価値観、経済状況での生活であり、今の自分の悩みや不安はどれだけ贅沢なものなのかを痛感した。これからのことはとりあえず生きて、生きながらゆっくり考えようと思う。
Posted by ブクログ
相変わらず陰鬱で独特の空気感があった。夫は妻に働かせたお金で酒を飲むどうしようもない男だが、妻はそれが幸せだと言う。何が幸せか本人にかわからない。
店の大将の、「お金は自分の手の中に握るまで、どうなるかわからないよ?」ってセリフが面白かった。
実際その通りだと思うし、含み益みたいだなとも思った。
Posted by ブクログ
昭和21年から23年にかけて発表された八編が収録。
「ヴィヨンの妻」は、太宰の妻からの目線で描かれています。苦労が滲み出ているものの、懸命に生きていると感じさせる小説です。しかし太宰は自分の都合の良いように解釈しているようですが‥。この小説の最後に、妻のセリフで「人非人でもいいじゃないの。私たちは、生きてさえすればいいのよ」は、何だか切なくなりました。
こちらとは対照的に、「おさん」では妻と太宰の本音がぶつかり合っているような小説が書かれています
社会に馴染めず、孤独な太宰治は聖書の引用と共に小説にしがみついて生きている‥そんな惹きつけられる力強い文章に魅力を感じます。
Posted by ブクログ
人の幸せの感じ方、文学などの作品の評価は、人によってそれぞれ違う。お酒を店で飲んで、お金を払えば喜ばれ、お金を払わなければ、やっかい者になる。そんな常識と非常識を疑う主人公は、非常識の行動をし生きていく。それを心地よく寄り添う奥さんの心は、主人公より満たされ、好き放題している主人公は実は苦悶して生きている。それは太宰治自身の心の中だったのかもしれない。よい作品だが好き嫌いがわかれると思う。
Posted by ブクログ
70年以上前に書かれた作品が今も多くの人に読まれていることが、ただただすごいことだと思う。
太宰治の本名の津島修治が作中に出てくるのも楽しい。
個人的には、「親友交歓」と表題作の「ヴィヨンの妻」がよかった。
「親友交歓」は、実際にこんな図々しい同級生が訪ねてきたら絶対嫌だけれど、読んでいる分にはおもしろい。
「ヴィヨンの妻」も、妻子がありながら借金までして飲み歩く夫は絶対嫌だけれど、奥さんのさっちゃんはたくましい。
「男には、不幸だけがあるんです。いつも恐怖と、戦ってばかりいるのです」という夫の言葉に、太宰本人の思いが重なっている気がして、切ない。