あらすじ
東京オリンピックを翌年にひかえた1963年、東京の下町・入谷で起きた幼児誘拐、吉展ちゃん事件は、警察の失態による犯人取逃がしと被害者の死亡によって世間の注目を集めた。迷宮入りと思われながらも、刑事たちの執念により結着を見た。犯人を凶行に走らせた背景とは? 貧困と高度成長が交錯する都会の片隅に生きた人間の姿を描いたノンフィクションの最高傑作。
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Posted by ブクログ
私が生まれた年に起きた事件にも関わらずその名を何故か知っていた、当時、戦後最大の誘拐事件といわれた「吉展ちゃん事件」。今はもう知る人も少ないかもしれない、この事件の詳細をこの作品を読んで初めて知った。
逆探知、通話記録の提出、報道協定・・・今なら当然のように行われている捜査手法が当時は一般的でなく、この事件を契機に行われるようになったという戦後犯罪史上ターニングポイントにある事件でもある。
この作品は、オリンピック前年の1963年、一億総中流へと向かう行動経済成長期の日本で、時代に置き去りにされた、東北の寒村出身の不具の男が、このやるせない事件を起こすに至る経緯を、緻密な取材によって丁寧に描く。
一方、初動捜査で犯人を取り逃がした警察の失態、2度取り調べするも決め手がなく結局事件解決まで2年3か月を要した警察のあせり、迷宮入りかと思われた本件を決着に導いた現場刑事の執念が臨場感をもって描かれる。
高度経済成長期の犯罪、特に、社会のひずみの中で追い込まれていった多くの犯罪を見るにつけ、時代のせいとは言いたくないが、加害者のその境遇が少し違う方向へ転んでいたなら、こんな痛ましい事件は起こらなかったかもしれないのに・・・という犯罪がある。
貧困、生い立ちの問題、根強い差別、村社会からの排斥など、現在は想像もつかないほど過酷な環境が犯罪への道筋を作ったのか。
こうした時代の隙間に零れ落ちた人間たちを、国は掬いとることが出来なかったのか。
最終章で、小原受刑者が教誨師の勧めで始めた短歌の作品の数々を目にするにつけ、彼がもっと違う環境で生育していたなら、吉展ちゃんも死なずに済んだのかもしれないと思わずにはいられない。
死刑執行の日、自分を逮捕した刑事へ向けて、看守にことづけた一言が哀しい。
「真人間になって死んでいきます」
Posted by ブクログ
事件の名称だけは知っていただけで読んだため、被害者の結末も犯人も分からない状態であり、まっさらの状態で読むと確かに犯人が犯人たりうるかは特定できない。疑わしきは罰せずであれば見逃してしまったのも仕方がないと思える。ただ、どう考えてみても初動捜査が悪い。本文中にもあるが、ここで番号でも控えていれば犯人逮捕までそこまで多くの歳月が掛かることも、証拠不十分で流されることもきっとなかっただろう。また、ノンフィクションとして優れていたのは、こうした警察の混乱と同時にいわゆる「世間」の反応を具に描いている点である。善意が負担となり、傍観者の立場から非難を行い、悪意で被害者家族を蹂躙し、厚意が他者から恨まれる、日本中の注目を浴びる一方で、こうした人間性が発露していた事実にこそ怖さを感じたのだった。