あらすじ
人はみな必ず死ぬ.死なないわけにはいかない.それなら,人間らしい死を迎えるために,深刻ぶらずに,もっと気楽に「老い」「病い」,そして「死」を語りあおう.本書は,全国津々浦々を旅するなかで聞いた,心にしみる庶民のホンネや寸言をちりばめつつ,自在に書き綴られた人生の知恵.死への確かなまなざしが,生の尊さを照らし出す.
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Posted by ブクログ
死について考えさせられる新書だった
「「天涯孤独っていう人がいるじゃない、あァいう人がうらやましいわ。 呆けた両親を見ていると、老人とかかわらないで一生が終われるなんて最高よ!」」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「☆二十歳の頃から、自分が三十歳になったら、四十歳になったら、六十歳になったら、八十歳になったら、ということを考えている人は上手に歳がとれるという。若者から、「歳をとったら、あァいう老人になりたい」と憧れられてこそ、本当の老人である。くれぐれも「あァいう老人になりたくない」と言われないように。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「「私の障害は一級一種です。 障害者の中ではエライんです」 ☆盲人で車椅子の方が、そう名乗ったとき、僕は「エライ」という発想が面白くて笑ったが、これがテレビだったために問題になった。障害に「エライ」という区別はないというのである。福祉の世界では洒落や冗談が通じないことが多くて残念だ。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「「死ぬということは、 宇宙とひとつになるということ」」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「「病院で死ぬか、在宅で死ぬかじゃありません、誰に看取られて死ぬかなんです」 ☆病院の集中治療室で、医療器具と技術者に囲まれて死にたくない。家族や仲間に囲まれていたい。遺族になる家族が納得のゆく臨終でありたい。 これには病院の協力が必要だ。死への協力も病院の仕事と理解してほしい。病院は生だけでなく、死についての学習を。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「「日本もひろいねェ! 毎日、六十人が自殺しているんだって!」」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「「人さまの前で「人の世話にはならない」という人がいますが、自分で墓の穴を掘るんでしょうか」」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「山崎 どうも皆さんいろいろな意味で誤解しているのではないでしょうか。ホスピスというのは決して死ぬ場所ではなく、最後まで生きるところなんです。だから、ホスピスの考え方でいけば、淡谷さんのように舞台の上で歌を歌って最期を迎える、というのは非常に自然なことだと思いますね。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「山崎 まず、財産では救われませんね。それから医療だけでも救われませんが、かたい信仰をもっている人はそれで救われると思います。しかし、日本人は信仰をもっていない人がほとんどです。結局、患者本人と周りの人たちとの深い友情関係によって出てくる「愛」の世界によって救われるのではないでしょうか。愛の世界というのは宗教に共通するものですよね。永 日本人には信仰があるんでしょうか、ないんでしょうか。無着 日本には仏教があるんだけれども、お坊さんたちがお経をきちんと読めるようにしなかったわけです。つまり日本の宗教それ自体が、教祖のやったことをみんなに話すチャンスを奈良時代以後失って、読経仏教になってしまったという問題がありますね。そのために、日本人が宗教に対してオンチであり、宗教オンチの国になってしまった。だから、世界でも極めて特殊な状況下にあるんですね。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「山崎 まず、財産では救われませんね。それから医療だけでも救われませんが、かたい信仰をもっている人はそれで救われると思います。しかし、日本人は信仰をもっていない人がほとんどです。結局、患者本人と周りの人たちとの深い友情関係によって出てくる「愛」の世界によって救われるのではないでしょうか。愛の世界というのは宗教に共通するものですよね。永 日本人には信仰があるんでしょうか、ないんでしょうか。無着 日本には仏教があるんだけれども、お坊さんたちがお経をきちんと読めるようにしなかったわけです。つまり日本の宗教それ自体が、教祖のやったことをみんなに話すチャンスを奈良時代以後失って、読経仏教になってしまったという問題がありますね。そのために、日本人が宗教に対してオンチであり、宗教オンチの国になってしまった。だから、世界でも極めて特殊な状況下にあるんですね。永 そうすると、世論調査にあったように最後は財産を頼りにして死ぬしかなくなってしまうんですか。無着 そうですね。死をどのように受け入れるか、ということが一番発達していないのが日本なんですよ。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「永 そういう淡谷さんの強さを支えているどこかに信仰ってあるんですか。淡谷 あります。お不動様と観音様。毎朝お明かりあげて拝むの。子供の時からやってます。前に、心霊の人のところへ行って、死んだ母を呼んでもらったことがあるの。そのとき母が「あんたはお不動様に助けてもらったことがあるんだから、しっかりご信心しなきゃだめよ」って言ったの。永 お不動様に助けられたことは自覚していますか?淡谷 はい。ハルビンへ巡業でいったとき、ホールの屋根が落ちたんです。ほんとでしたらそこにいたはずなんですが、あんまり人さまが来て下さって、ホールに入りきらないんで、収拾がつくまでホテルにいなさいって言われて、そこで待機してたんです。そのとき、お不動様に助けられたんだと思うの。永 でも、そこが大切なところで、子供の時からお参りをしているから助けられたという考え方と、偶然いなかっただけだと考えるのでは、ずいぶん違いますよね。無着 いよいよ死ぬという時に、自分の信じるものをもっている人の場合には死を納得させることができるけれど、信じるものをもっていない人は、ほんとに死ぬことが納得できないんです。だからその人に何を信じ込ませて死を迎えさせるか、というのは一番重大なことでしょうね。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「永 そういう淡谷さんの強さを支えているどこかに信仰ってあるんですか。淡谷 あります。お不動様と観音様。毎朝お明かりあげて拝むの。子供の時からやってます。前に、心霊の人のところへ行って、死んだ母を呼んでもらったことがあるの。そのとき母が「あんたはお不動様に助けてもらったことがあるんだから、しっかりご信心しなきゃだめよ」って言ったの。永 お不動様に助けられたことは自覚していますか?淡谷 はい。ハルビンへ巡業でいったとき、ホールの屋根が落ちたんです。ほんとでしたらそこにいたはずなんですが、あんまり人さまが来て下さって、ホールに入りきらないんで、収拾がつくまでホテルにいなさいって言われて、そこで待機してたんです。そのとき、お不動様に助けられたんだと思うの。永 でも、そこが大切なところで、子供の時からお参りをしているから助けられたという考え方と、偶然いなかっただけだと考えるのでは、ずいぶん違いますよね。無着 いよいよ死ぬという時に、自分の信じるものをもっている人の場合には死を納得させることができるけれど、信じるものをもっていない人は、ほんとに死ぬことが納得できないんです。だからその人に何を信じ込ませて死を迎えさせるか、というのは一番重大なことでしょうね。山崎 特定の宗教だけではなく、例えば家族の愛とか、そういうものが信じられれば、信仰がなくても大丈夫だと思いますよ。つまり、兄弟の愛とか家族の愛というものを信仰ととるか、とらないかによるんですけど。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「無着 生きている目的は死ぬことですよ。だとすれば、見事に死んでみせようとするためには、今死んでも大丈夫なように生きるしかないんですよ。死ぬことを語るのは縁起の悪いことではなくて、楽しいことなんです。淡谷さんのように、このように死にたい、あのように死にたい、と語るのはうんといいことなんですよ。淡谷 そうです。だから、あたくしは、皆さんにご迷惑だけれども、ステージで死にたいと思ったんですよね。きたやま 死ぬということを言葉にして皆さんと話をするのは非常に難しいですね。宗教の話でいくと、日本には神道がやっぱり根強く残ってます。日本の神様はどちらかというと死に弱いんですね。むしろ死を正視できないというか、死を受容できない。心理学の立場から言うならば、生き生きと美しく輝いていたものが突然何も言わなくなるというあの落差がすごく痛ましいわけですね。ですから、淡谷さんがむしろ堂々と「人前で死んでやる」とおっしゃってくれるのは、日本人が変わるチャンスかもしれないし、すごく画期的なことではないかと思いますね。でも、見る側にとっては大変な課題を押しつけられたことになりますね。それを見つめてくれっていうわけだから……」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「きたやま 亡くなっていく方の気持ちをうかがうということは、私たちも非常に苦しいわけですね。これはやっぱり宗教がないとなかなかできない仕事なんです。ガンだと言われても、やっぱりみんなどこかでそれを「疑う」んですね。「そんなことはないだろう」「そんなはずはない」って。だから、それを信じ切る気持ちというのはなかなか生まれてこないんです。 それが、一定期間たつとだんだん実感になってきて、今度は何で自分が死ななきゃならないんだという「怒り」がわいてくる。ここですごく重要なのは、それをしっかりと受けとめてくれる神様や友人やお医者さんに囲まれているということ。その怒りを周りに迷惑だからと我慢してしまうと、当人は非常に辛いんです。だから僕は、その時はしっかり腹を立ててもらわないと困ると思っています。 そしてどんなに腹を立てても死は免れられないとなると、「憂鬱」とか「絶望」とか「悲しみ」というのがあって、分かち合える相手がいるといいけれど、これは一人で嚙み締めねばならないものというふうに言われています。 そして最後に、冷静に自分の死を迎えるという心境の「受容」の時期が来ると一番素晴らしい。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「永 さっきのアンケートで日本人が最後に頼るのは財産だとありましたが、でもやっぱり信仰をもっているほうが強いとお感じになりますか。山崎 それは感じますね。宗教を本当にかたく信じている人たちの場合には、いろんな状況を乗り越えて最期を迎えますけれど、それはやはり世の中を信じられるからなんでしょうね。しかし、特定の宗教をもたなくても周りの人たちと生きることを共有してきた場合には、お互いにその場で信じあえるという状況が生まれると思います。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「永 ぼくはよく「死亡率一〇〇パーセント」と言うんですけど、人間は必ず死ぬ。その最終的な死の場面をどうやって迎えるかは、当人にとっても家族にとっても、たいへん重大な問題なんですね。 わが家を例にすれば、父の希望通りに最期は家で見送ろうと決めまして、お医者さんには「家へお連れしたら、それでお終いですよ」と言われたけれど、帰ったんです。帰ったら、父はにわかに、あれが食べたい、これが食べたい、と言い出して、病院にいたときより元気になっちゃったんですよ。今度は食べ過ぎだったんでしょうね。また救急車で病院に運ばれて、最後はそこで亡くなったわけですが、でも、ぼくはとてもよかったと思っています。退院させてくれたお医者さんに感謝しています。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
「永 ぼくらの世代がギリギリなんだけど、かつてはだれもが家で生まれ、家で死んでいましたよね。それがごくふつうの人生の舞台だった。ところが、現在はほとんどの人が病院で生まれて、病院で死ぬ。家は、その間を通過する仮の舞台に過ぎなくなってしまったわけ。ぼくらには、人間が生まれたり死んだりするときのドラマが記憶のなかにある。あの部屋でおじいちゃんが亡くなって、そのときに親戚のあのおじさんが活躍したとか、反対に、弟妹が生まれたときに近所のおばさんが集まってきて、子供は向こうに行ってらっしゃいなんて言われながら、お産婆さんが駆け込んできたりして、オギャーッて生まれたところへ間接的であれ立ち会っていたんですね。命の誕生とお終いには。そんな生活体験が、いまやまったくなくなっちゃったわけでしょう。その代わりに、何かをしなければいけない。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
本日の注目本
#永六輔 『大往生』(岩波新書 赤329)
90年代後半、よく売れていた一冊でロングセラーです。
永六輔さんは、港町の清水を愛して下さったので当地の書店・戸田書店にもよく来てくださいました。サイン会も懐かしいです。
「山崎 死とはだれにも訪れる通り道なんですね。どうしても避けられない。その意味で、さきほどのロマンティックな死に方だけを言っておくのはどうも不十分で(笑)、もうひとつぼくの頭のなかに理想的な死の形があるんです。 これは本にも書きましたが、ぼくは一九八三年に調査船に乗って南極へ行ったときに氷山の氷を拾ってきて、家の冷凍庫にしまってあります。それから、ぼくの医者としてのものの考え方を根底から変えた『死ぬ瞬間』の著者、キュブラー゠ロス女史に三年前にアメリカでお目にかかったとき、手作りのクッキーをご馳走になって、そのうちのいくつかをこっそり持ち帰り、冷蔵庫にしまってあるんです。もう黴が生えて食べられないかもしれないけれど(笑)。つまり、冷凍庫に南極の氷が、冷蔵庫にロス女史のクッキーが入っている。それは、ぼくの人生にとってかけがえのない場所と人の記念です。だから、ぼくは人生の最期のときを自分の家で、その氷で作った水割りを飲み、クッキーを齧りながら迎えたいと思いますね。そして、やはり家族に「いい人生だったね」とお祝いしてもらって、ぼくも素直に「さよなら」と言えたら、これはとても安らかな死だろう、と。永さんが言われたように、死とは決して恐怖ではなくて、自然の道筋のうえにあるものだと家族に伝えられたらいいですね。」
—『大往生 (岩波新書)』永 六輔著
永 六輔「大往生」を読み切る。
著者が伝聞した一般人の「名言」や、自身の近しい人々を通した経験を交えつつ、生老病死をあくまでも明るく考えようという一冊。
それだけあり終始軽やかな気持ちですらっと読める。
「名言」は現在からすると時代錯誤なものはあれどユーモアや説得力に溢れていて良い。
Posted by ブクログ
タイトルから生死に関するものだと分かるけれども読んでみるといやはや面白い。
今の社会が抱える医療や生死についてざっくばらんに書いてある。
散文的な文章を集めたのも面白い。
病院へ行くと大量の薬を処方される皮肉の文章だったり死にゆく人の尊厳を考えさせられる文とか色々ある。
著者はお寺の子供なので死生に関して敏感に育ったのかなと思いながら読んでました
死ぬことは悪いのかいいのか色々書いてるものを集めたのでうまい具合に読んで納得する部分もある。
これからは病院も無理に患者を延命処置して長生きさせることは減っていくように感じる。
尊厳死もこれから増えそうだなと思いながら読んでました。
死にそうな人をスパゲティと呼ぶと聞いてどういうことかというのも点滴、胃漏、酸素吸入、排せつの最低4つのチューブが体に付けられることから見た目からスパゲティと言うそうな。
そこまでして生きたいとは思わない人は多い気がする。
長生きがいいのか自分で死を決めるのがいいのか考えたい。
Posted by ブクログ
現代を生きていくうえで、生老病死を意識することは処方箋になる。日々の辛さや雑事、面倒くさいと思う感情は、それに比べれば些末なものであるからだ。そのことは、「メメントモリ」という言葉が古来から残されているとおりである。
その意味で本書、「大往生」は処方箋以外の何物でもなかった。
辛くなったとき、しんどいと感じるときにこそ、読めて良かったと痛感した。
続編はまた辛くなった時に読もう。良い薬を見つけたと思った。
Posted by ブクログ
面白かった。
川柳も読んでいて楽しい。
記憶に残った1節は
過去の人生で考えれば今が一番年寄り、
これから先の人生で考えれば今が一番若い、との言葉。
コップ半分が空とみるか満たされているとみるかという話があるけど、それの人生版みたいな感じ。
今を後悔しないように精一杯生きるということでしょうか。
明るく死にたいとは思うけど、これはできるかどうかあまり自信はないです。
死んだ後のことは遺族に任せる。それも大事かなと思いました。
借りを作らない、も気に入りました。
生きているということは借りをつくるということ、
生きていくということは借りを返していくということ。
そういう心持は持ち続けたいです。
Posted by ブクログ
繝?Μ繧ア繝シ繝医↑繝??繝槭↑繧後←縲∵ァ倥??↑莠コ縲??險?闡峨r蠑慕畑縺励◆繝「繧カ繧、繧ッ縺ョ繧医≧縺ェ縺セ縺ィ繧√′縺ェ縺九↑縺玖憶縺??よュサ繧偵?√ち繝悶?縺ァ縺ッ縺ェ縺上?∬コォ霑代↑繧ゅ?縺ィ縺励※蜿励¢豁「繧√?∵律蟶ク逧?↓隧ア鬘後↓縺吶k縲ゅ?る?ュ縺ァ繧上°縺」縺ヲ繧ゅ??屮縺励>縺ェ縺√?ゅ?
Posted by ブクログ
「待合室患者同士が診察し」
「フルコース食後の薬飲んですみ」
こうした句にひそむ実感こそ、この本の姿勢としたい。
「人は死にます
必ず死にます
その時に 生まれてきてよかった
生きてきてよかったと思いながら
死ぬことができるでしょうか
そう思って死ぬことを大往生といいます」
で〆られていた。
老人の日常に落とすことばが深くておもしろい。
歳を重ねるほどに、このことばを実感していくのだと思う。
Posted by ブクログ
死に直面しながら 庶民は 明るい。
その明るさが 楽しい。
老い。病い。死。仲間。父。
テーマが いいねぇ。
こうやって、読んでいると
年をとり 病気になり 死ぬのは 当たり前なんですね。
長生きするのが あたりまえ。
そんな時に 長寿 とつけるのもおかしいと言う。
長命で いいじゃないかと。 ガッテン!
ニンゲン 今がイチバン若いんだよ。ガッテン!
今はただ小便だけの道具かな 圓正師匠。
おじいちゃんは 仏様になる。
客様は 神様ですが、死んだら仏様になる。
中国では お客様は、帝王なので、死んだら 何になるのかな。
ストレスはスパイスみたいなもんで、ストレスがまったくない人は、
ニンゲンとしてもお粗末です。
痔とか、腰痛と言うのは、ニンゲンが立って歩くようになってからです。
動物には、痔も腰痛もありません。
死にたいように死なせてあげたい。
こういう死に方をしたいというイメージのない人ばかりなんです。
ペットは死んでも、気が楽なのは 遺産がないことである。
ふーむ。
死んだら 天国ではなく 極楽に行きたい。
死んだ当人が 死んだとわからなければ、それは 大往生なんですね。
昔はね。ぼけるほど長生きしなかった。ガッテン!
それは、ガンではなく ガンモドキだ。
ふーむ。
明るく死にたいね。
Posted by ブクログ
どうやって死の恐怖を乗り越えていくのか、ということに関するヒントが満載の本。
いつものように寝て、そのまま死んでしまうとか、苦しまないという意味で、とてもいいなあと思う。
Posted by ブクログ
尺貫法に対する永六輔の取り組みには感服した
職人とか,人に対する接し方が独特だ。
大往生もそういう永六輔の永六輔らしい文脈で読むと納得できる。
自分が永六輔ほど,真正面から向き合えていないことが恥ずかしい。
Posted by ブクログ
タイトルに反して時に笑ってしまうこともありますが、死をテーマとした感動映画なんかよりはよほど考えさせられる内容だと思います。面白いのですがとても深いです。
Posted by ブクログ
生きて行くこと
死んで行くこと
誰にでもいつまでも付き纏う問題について、面白く考えさせて頂いた。
死についての(この柔らかい哲学)本に評価を付けるのは気が引けるが、星は上記の数である。
最近はもっぱら外国人著者の本を手にする機会が増えていたが、日本人が書く思想も捨てたものじゃないね。
Posted by ブクログ
生と死についての本。
生きることについての本は多くあるが、
死についてこんなにネガティブでなく潔く書いてある本は出版当初珍しかったと思う。
死への向き合いかた、受け入れ方など勉強になった。
そして生の尊さや儚さなども同時に感じる一冊。
Posted by ブクログ
永六輔が亡くなった際に、あまりテレビを観てなかったし、新聞を読んでなかったけど、どんな風に報じられていたんだろう。
読んでる途中に祖母が亡くなったので、ちょっと驚いた。
死について考えるいいきっかけになった。
Posted by ブクログ
永六輔が1994年に発表した、発行部数200万部を超えるベストセラー。
「人はみな必ず死ぬ。死なないわけにはいかない。それなら、人間らしい死を迎えるために、深刻ぶらずに、もっと気楽に「老い」、「病い」、そして「死」を語りあおう」と、著者が全国津々浦々を旅する中で聞いた、巷に生きる人々の語る寸言を集め、著者が実父の死に際して思ったことなどを綴っている。
市井の人々の本音には、はっとさせられるもの、わかっちゃいるけどそりゃ無理だよねと思うもの、思わず笑ってしまうもの。。。様々である。
(子供電話相談室への質問)「どうせ死ぬのに、どうして生きてるの?」(著者、絶句。。。)
「人生ね、あてにしちゃいけません。あてになんぞするからガッカリしたり、悩んだりするんです。あてにしちゃいけません。あてにしなきゃ、こんなもんだ、で済むじゃありませんか」
「病人が集まると、病気の自慢をするんですよね。もちろん、重い人が尊敬されるんです」
「死にたいように死なせてあげたい。ホスピスの医者としてはそう考えるのですがね。こういう死に方をしたいというイメージのない人ばかりなんです。生き方ばかりじゃ最後に役に立たないんですけどね」
「人生五十年というのは寿命のことじゃありません。五十過ぎたら人間みんな同じだっていうことです」
「生きている目的は死ぬことですよ。だとすれば、見事に死んでみせようとするためには、今死んでも大丈夫なように生きるしかないですよ」等
自分が重病になったときや死に直面したとき、いや、(とりあえずは)元気に毎日を過ごしているときにも、こんな風に考えられたらというヒントが沢山。
(2005年3月了)
Posted by ブクログ
死についてもっと身近に感じるべき、学ぶべきという考えはこの当時から話されていた。
高齢者に高齢者行政を考えてもらうべきで、行政は雇うべき。
高齢者は好きなものを好きなだけ食べられることが大切。
スパゲティ症候群は20年前からあった。
Posted by ブクログ
[ 内容 ]
人はみな必ず死ぬ。
死なないわけにはいかない。
それなら、人間らしい死を迎えるために、深刻ぶらずに、もっと気楽に「老い」「病い」、そして「死」を語りあおう。
本書は、全国津々浦々を旅するなかで聞いた、心にしみる庶民のホンネや寸言をちりばめつつ、自在に書き綴られた人生の知恵。
死への確かなまなざしが、生の尊さを照らし出す。
[ 目次 ]
1 老い―「人間、今が一番若いんだよ」
2 病い―「医者に文句をつけるのが大切なんです」
3 死―「生まれてきたように死んでいきたい」
4 仲間―「怖がらなくてもいいと言い」
5 父―「死にたくはないけれど」
[ POP ]
[ おすすめ度 ]
☆☆☆☆☆☆☆ おすすめ度
☆☆☆☆☆☆☆ 文章
☆☆☆☆☆☆☆ ストーリー
☆☆☆☆☆☆☆ メッセージ性
☆☆☆☆☆☆☆ 冒険性
☆☆☆☆☆☆☆ 読後の個人的な満足度
共感度(空振り三振・一部・参った!)
読書の速度(時間がかかった・普通・一気に読んだ)
[ 関連図書 ]
[ 参考となる書評 ]
Posted by ブクログ
市井の人の言葉を集めた本。西洋医学への疑問に満ちあふれている。人間ドックに行って痔になり、薬を勧める薬剤師が卵酒を飲むのを見、ちょっとおかしいを病気にしてしまう人間ドック。健康を病気としてしまうのが、今の医者の仕事なのか?と思ってしまうこともある。東洋医学に関してこうした苦情?がないのは、絶対数の少なさか?2000年と200年の年期の差なのか?議員さんの診療所では、東洋医学も併用していることを聞き(読み)絶句した。
Posted by ブクログ
著者が20年に渡って続けてきた「無名人名語録」というノートから、「老い」「病」「死」というテーマに関する言葉を抜き出してまとめた本です。著名人でも何でもない市井の人びとの言葉の中から、人が死と付き合うための知恵をくみ取ろうとする試みだと言えるように思います。
そのほか、中村八大、いずみたくの死に際して著者が発表した追悼文、さらに歌手の淡谷のり子や日本にホスピスを広めるために尽力している山崎章郎といった人々が参加したシンポジウムの記録、著者の父である永忠順の「絶筆・死にたくはないけれど」なども収録されています。
Posted by ブクログ
タイトルに恥じず「死」について徹頭徹尾書かれている。今の日本、宗教画人々に根付いていないため、人々は「死」に対して異常に恐怖を覚えている。という言葉に興味を持った。
水無昭善の本の中でも必ずと言っていいほど「死」への恐怖を持ち過ぎないこと。それは「生」への執着に変わる。と書かれている。実際の宗教関係者の話を読んでからこの本を読んだので、内容がすとんと落ちてきた。
宗教というのは有事の際の最後の拠り所だと思う。
宗教というのは本来、生きる道や心構えを示すものであって、特に日本の宗教にはその色が強いと感じる。
最近では宗教と聞くとネガティブなイメージが先行してしまうが、日本では神社に手を合わせた帰りに寺に行こうが、全くお構いなし。
これだけ寛大なのだから、心の拠り所の一つとして仏教の教えを紐解いてもよいと思う。
Posted by ブクログ
死に対する意識というものが、自分の中で変化したのだろうか?
高校生時代に読んだときには面白いと思ったのだが、今読むと、本の内容にそれほどには心を揺り動かされるところはなく、一部の一般人コメントにううんとうならされたり、クスリと笑う程度であった。
ただ、読み終えてみて、少なくとも「死」や「老い」「病」について、考えるきっかけにはなる。これらに人間がかかる率は100パーセントであるが、どうにも僕はまだそういうものを直視、考察を出来ていないらしい。
そうしたことを経たうえでなら、本書で理想として描かれているような、明るい死、理想的な死、というのにも、より思いが至るのかもしれない。
そういう意味では、「死」や「老い」などについての「入門書」的役割を果たす一冊、といったところか。
Posted by ブクログ
物凄い話題作なので。でもこれはまあ、まだターミナルケアの概念が殆ど話題になっていなかった頃のもので、既に古臭くなってしまった感が否めないですね。常日頃から医療に携わる立場にいなければ、多少なり死生観について考える一助にはなるかもしれないけど、少なくとも現在の医療は、ここに書かれている状況からは進歩しているはずです。大切だけど、なかなか明確な答えはなく、これからもずっと我々が向き合い続けなければならない領域には違いないので、概念自体がどうでもいいと言っている訳では決してないですが。
Posted by ブクログ
【目次】
1. 老いー今が一番若いんだよ
2. 病いー医者に文句を付けるのが大切なんです
3. 死ー生まれたように死んでいきたい
4. 仲間ー怖がらなくてもいいと言い
5. 父ー死にたくはないけれど
6. 弔辞ー私自身のために
【概要】
前半は、老・病・死について、無名の人々の言葉を集めたもの。
後半は、永六輔の友人や父による、死についての対談やエッセイを集めたもの。
【感想】
いい人生を送るためには、そのクライマックス、つまり死を、どのように迎えたいのかを考えなくちゃ行けない。
そのためには、まずは、死を日頃の話題にするところから始めよう。
気に入った言葉。
「ターミナル・ケアの一部に医療があるべきなんです。」
「病院で死ぬか、在宅で死ぬかじゃありません。誰に看取られて死ぬかなんです。」
あと、所々に漂う宗教礼賛の香りが好きになれなかった。
Posted by ブクログ
うちは母がTBSラジオの熱心な?リスナーなので毎週土曜は永六輔とその新世界を聞くとはなしに聞いております。今骨折で入院されているので早くよくなられると良いな、と思います。
で、中身ですが半分色々な人の一言と親友への弔辞と対談とお父様が書かれたと言う文章で構成されており、簡単に読み終わってしまいました。個人的にそうだよなあ、と思う色々な方の一言があったりこれは違うだろうと言うのがあったりで1章が一番面白かったです。
私なんかは永さんの作詞家としての時代よりもマルチタレントの時代の方が長く知っているのでそれほどあの大ヒット作、と言われてもピンと来ませんでした。それでも上を向いて歩こうとか見上げてごらん夜の星をとかこんにちは赤ちゃんとか知っている曲ばかりではあるので凄いなあと思いますが。
個人的に一番面白かったのは淡谷先生の演歌歌手を束にして火をつけたい。ついでにジャリタレも燃やしたいってとこでした。過激だ(笑)
Posted by ブクログ
目新しさはないけれど、
市井の人々の生の声は貴重だ。
でも、著者の解説等々は蛇足に思われる。
というかもっと、
「こんな考え方があったか!」と、
思わず膝を叩いてしまうような金言を期待し過ぎたかもわからない。
また、
"病い"のところで、
「医者に文句をつけるのが大切なんです」とあり、
著者はこれをかなり肯定的に捉えているけれど、
医療っていうのは、
クレームをつければサービスが向上するような、
そんな類の職業ではないと思う。
隣人として文句を言うのならまだしも、
消費者として文句を言うのは、
医療をさらに沈下させる結果になるだろう。
※ほぼ内田樹先生のパクリな意見
さらに言えば、
医療から切り込むのだったら、
福祉からも切り込んで欲しかったな~、と。
うーん、やはりいまいち物足りない。