あらすじ
生きることのたくましさと可笑しさと
九州を主な舞台に、生きることのたくましさをおおらかなユーモアで描きつづけて四十五年。黒澤映画『八月の狂詩曲』の原作になった「鍋の中」(芥川賞)、「白い山」(女流文学賞)、「真夜中の自転車」(平林たい子賞)、「蟹女」(紫式部文学賞)、「望潮」(川端康成文学賞)など、各種文学賞の折り紙つきの傑作短篇八つを一冊に。
解説:池内紀
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
町田そのこさんが少し前に、村田喜代子さんの新聞連載コラムを激賞、先日は同氏の講演会に参加しサインもいただいたと、少女のように嬉々とSNSで投稿していました。これが村田喜代子さんに興味をもった単純な理由です。
本作は8編の短編集で、いずれも25〜40年前に発表され、5編が芥川賞を始め様々な文学賞受賞、1編が芥川賞候補と傑作揃いのようです。
何気ない日常を描きながら妙に刺さる読後感でした。大きな出来事も心情描写も少なく、掴みどころのない展開だと思っていると、徐々に心の底の澱が掻き回される感覚です。人生の奥深いところを平易な言葉で書き表す凄みからでしょうか…。
村田さんは一部を除き、中心人物ではないものの様々な"老婆"を登場させます。老婆の雰囲気、曖昧な記憶、謎、不穏さなどを扱い、重要な要素が低そうに見えて、中心人物に影響を与えていきます。
その影響とは、中心人物の現実に基づいた想像が膨れ、次第に現実との区別が曖昧な思い込み、妄想により生ずる日常の変化とズレかと感じました。
村田さんの想像世界は幻想とも思えますが、決して奇想天外な空想ではなく、現実世界と地続きの異空間でしょう。だからこそ、悲壮感のない明るさと怪異ではない怖さが迫り、奥深さを感じます。小川洋子さんの世界観との類似点を思い浮かべました。
おそらく、読み込むほどにハマるのかもしれません。機会を見つけて長編小説やエッセイも読んでみたいと思いました。
Posted by ブクログ
8篇の村田喜代子傑作集。
このひとは「おばあさん」を描かせたら最高。
ほのぼのあり、しみじみありだ。
中でも「白い山」の中にたくさん出てくるおばあさんのなかで、腰がひらがなの「く」の字ではなく「つ」の字になっているおばあさんがあったという、卓越した表現にはまいってしまった。
いるいる。「つ」の字ねぇ!ご本人はつらくて大変だろうけれども笑えてしまう。
ほんと、うまい作家と思う。
Posted by ブクログ
何が言いたかったのか全く分からない作品ばかりだったが、不思議と読んで損したなどとは感じず、最後まで読んでしまった。情景の描写が個性的ではありながら豊かで、空気の匂いまでも伝わってくるよう。これまで読書は主にストーリーを楽しむものと思っていたが、描写や表現そのものの味わいを楽しむという読み方もあるのだと知らされた。
Posted by ブクログ
「熱愛」とあれど緩慢な「ぼく」による殺人に見えた
1987年に97回芥川賞を受賞した「鍋の中」を含む短編集です。芥川賞に女流文学賞、平林たい子賞、紫式部文学賞、川端康成文学賞と諸々の賞を受けている大作家さんですが、お恥ずかしながら初めて知りました。
最初の「熱愛」が短いのだけどもぐいっと惹きつけて離さない力量のある作品で。
1980年代後半という30年近く前の世界が、私にとってはとても古い時代であるのですが、この文章の中にはその古さが無いなあ、なんて思いながら、相当バイク好きなのだろうか、と思わせる臨場感あふれるツーリングの描写。
「熱愛」というタイトルではあるが緩慢な「ぼく」による殺人に見えてしまうのは
「どれも新田の方が上だが引張るのはぼくだ。一種の精神的力関係。いいだしたらぼくはしつこい。新田は折れるしかない。」
「ぼくはしつこい、新田はやがて陥落する。いつものことだ。」
というような描写が何度も続くため。自分はスピードを上げるのに、新田がいざ前にたち、スピードを上げていくと「距離をあけた方が自由に走れる」と距離をあけてしまう「ぼく」に物凄い傲慢な気持ち、残酷さを感じびっくりしました。
全く語られないのですが行間から感じられる新田の行動にジェームスディーンのエデンの東の兄だったり、理由なき反抗のチキンレースを思い浮かべながら、ページを行きつ戻り反芻つしながらラストに行かないようにしていましたがいよいよラストに。
物語が終わった後の世界を想像して、ああ、と重たい気分になりましたが、夢中なひとときを与えてもらい残りの短編に期待が高まります。
「鍋の中」から「望潮」に至るまで全体的に夢うつつな気分にさせられることが多いです。何が真実でありほんとうなのか。これは記憶違い、これは本当、と思っていてもその地平が揺らぐような展開があり、大きい桟橋にいるような心持がしてきます。
そんな気持ちを最後「茸類」というこれまた短い、30ページにも満たない短編で夢うつつの意識はぱっちり。克明な描写により下手なホラーよりも激しく恐怖に叩き付けられてしまいました。
静かな田舎の宿に泊まる時に持って行って、この話に出てくるように「清冽な飲み物」である焼酎を喉に通してこの本を読みながら眠りたい、なんて思いました。
素敵な本と出合えて良かったです。
Posted by ブクログ
「熱愛」「白い山」「蟹女」が圧巻だったんだけど、でも正直短編集でいうと『鯉浄土』のほうが数段好みだなあ。あの薄氷みたいな張りつめた雰囲気の短編がまた読みたい。
「熱愛」のオートバイを運転している時の描写がすごすぎた。こういう作品は村田さんの中では珍しい作風なのではないだろうか。
村田さんの作品は家族を取り扱っているものが多い。
幼さと老いの醜さ、原初的な、欲望に名前がつく前の状態とか(幼)、逆に欲望の名前でしか表せないようなシンプルなこころとか(老)。その真ん中に閉じ込められてしまったのがきっと「蟹女」なんだろうな。
Posted by ブクログ
おばあちゃん文学。と言っても文体や目線は瑞々しくどこまでも温かい。8つの短編の中でも「望潮」は特にその傾向が強く、お年寄りに向けたまなざしと生活の細かな描写は秀逸。自分は「蟹女」の昔を振り返って語る老婆の心理描写が、妙に強く心に残っています。