あらすじ
元奴隷のセサとその娘は幽霊屋敷に暮らしていた。怒れる霊に長年蹂躙されてきたが、セサはそれが彼女の死んだ赤ん坊の復讐と信じ耐え続けた。やがて、知人が幽霊を追い払い、屋敷に平穏が訪れたかに見えた。しかし、謎の若い女「ビラヴド」の到来が、再び母娘を狂気の日々に追い込む。死んだ赤ん坊の墓碑銘と同じ名を名乗るこの女は、一体何者なのか?ノーベル賞受賞の契機となった著者の代表作。ピュリッツアー賞受賞。
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Posted by ブクログ
読み応え抜群の小説。一行一行をじっくり味わいながら読み進めるにふさわしい作品である。
主人公は、奴隷として働かされていた農場から逃げ出してきた黒人たち。登場人物たちはそれぞれ、思い出したくない過去を抱えている。基本的には時系列で進むが、過去の出来事は彼らの回想の中で少しずつ明かされていく。
主な登場人物は、4人の子を産んだセサ、その末子デンヴァー、セサと同じ農場で働いていたポールD、すでに亡くなっているセサの義母ベビー・サッグス、そしてデンヴァーの姉であり幼くして命を落としたビラヴドである。ほかにも、セサの夫ハーレ、奴隷仲間のシックソウ、逃亡を助けたスタンプ・ペイドとエラといった印象的な人物が登場し、それぞれのエピソードが重く心に残る。
タイトルにもなっているビラヴドの死は、セサの過去に深く関わるある行動の結果であった。その過去の過酷さを物語るには十分すぎるほどの説得力がある。名付けたわけではなく墓石にそれしか彫れなかっただけなのだが、その子はちゃんと「愛されし者」と呼ばれるようになった。
物語の終盤、ビラヴドは再び姿を消す。しかし残されたデンヴァー、セサ、ポールDそれぞれに未来への希望が見え、救いのある結末を迎える。特にデンヴァーの成長が印象的だった。
Posted by ブクログ
誰にも話せない(話したくない)過去を持つセサとポールD、母親への気持ちが絶えず変化するデンヴァー、謎の存在のビラヴド、全ての登場人物の心理描写がとても丁寧だった。
また、徐々に過去が明らかになっていく構成が見事で、とことん引き込まれてしまった。
奴隷制度を扱う作品はたくさんあるけど、本作を唯一無二にしているのは、やはりビラヴドの存在だろう。幽霊なのか、何者なのか?最後の最後まで読み応え抜群だった。
結局、誰しも過去を忘れることはできないけど、前を向いて生きていくしかない。そのためにも、まわりの人々と助け合っていく必要がある。
まだまだ黒人差別が残るアメリカにおいて、もっと多くの人が本作を読んで、あらためて自国の歴史について再考すべきだ。
セサがどんどんビラヴドに沼っていき、生活がめちゃくちゃになっていく様の描き方もとてもリアルだった。その後の、デンヴァーが母親への愛を取り戻して、地域社会との連帯を強めていく描写にとても感動した。そして、最後のセサとポールDのやりとりは、本当に泣きそうになった。
最後はあえて、「これは人から人へ伝える物語ではないのだ。」と訳されており、物語の凄惨さを際立たせている。もちろん、僕たちはこの歴史を語り継いでいかないといけないのだが。
アメリカの奴隷制度を題材にした様々な作品を読んできたが、ここまで文学的な美しさを備えている作品は初めてかも。個人的には最高傑作。
随所にトニ・モリスンの思いやメッセージが散りばめられており、胸を打たれた。
作品全体の構成・文体・情景描写・翻訳も非の打ち所がなく、文句なしに黒人文学の最高到達点といえるだろう。
Posted by ブクログ
奴隷としての厳しい生活の過去、亡霊ビーラブドととの毎日、最後は社会へのつながりを持とうとする
デンヴァーを描く。とても長い物語だが読み切った。一回読んだだけではこれまた解読できない。
■第一部(〜P.336)
セサの母、ベビーサッグズの死、セサの息子二人は既に家出、かつて一緒に奴隷として働いていたポールDがある日18年ぶりに現れ同居することになる。
■第二部(〜P.477)
幼児の亡霊ビラブドととの絡み
■第三部
空腹の為、日々の暮らしが苦しくなる中、デンヴァーは、共同体に助けを求める。
Posted by ブクログ
重いかもしれない。のっけからキツい展開が続く。けれど、物語の牽引力がものすごく強くて、ほとんど一気読みのようにして読み切った。
奴隷制の下では、愛することすら特権になってしまうというメッセージが突き刺さる。
自分の子どもも、伴侶も、友人も、自分の過去も、自分自身の体も、自分の置かれた世界の風景さえも、何もかも愛しすぎないことでしか生き延びられない世界。それが、人間としての尊厳を奪われ、奴隷という動物に堕とされた過去をもつ人々が生きる世界なのだ、ということなんだろうか。
白人の魔の手から子どもを守るには、子どもを殺すしかない世界って……しかも、実話に基づいて構成されているって……(けど、近いことが第二次世界大戦中にもきっと起こってるはず。中国大陸とか南方戦線とか)
「ビラヴド」は最後、また姿を消してしまうけれど、解説によればあれは奴隷船の船底で名前も知られず死んでいった何万人もの黒人たちの怨念なのだという。とするならば、何度でも「ビラヴド」は現世に姿を現し続けなければならないのかもしれない。正視したら正気を保てないかもしれないけれど、忘れてしまうことの許されない記憶なのだから。
その意味で、「ビラヴド」は単に「愛された者」というよりは、「たしかにかつて愛された者ではあるが、今、そうであるとは限らない者」「人間として愛し、愛される存在であったにも関わらず、それを暴力的に奪われた者」、つまり、奴隷制によって人間性を徹底的に踏み躙られた人々と、その過去を引き継ぐ人たちのことなのだと思った。
「BLACK LIVES MATTER 」の流れで読み進めてしまったけれど、それが正解なのか分からない。ただ、物語の締めくくりに「これは人から人へ伝える物語ではないのだ。」とあることに、忘れたいけど忘れてはいけない、けれど思い出したくもない記憶なのだ、という切実な思いを感じる。それを知らずにこの運動に加担しても上滑りになるのだろうな、とは思った。
そして、アメリカにおける奴隷制の悲惨、という特殊な文脈に嵌め込まずに、母娘の物語として見返してみると、ゾッとするほどのリアリティを感じた。「あなたは私のもの」「おまえは私のもの」という母娘の互いへの執着が、エコーチェンバー現象を起こして互いを狂わせて社会との断絶を招く様子は、日本の親子関係では見慣れた風景かも……