【感想・ネタバレ】四角形の歴史のレビュー

あらすじ

犬は風景を見るのだろうか? 四角い画面。四角いファインダー。その四角形はどこからやってきたのだろう……。前衛美術家・漫画家・芥川賞作家である赤瀬川原平が、晩年に遺した「こどもの哲学 大人の絵本」第2弾。文明論的な考察にまで思索をめぐらせ、読者を「眼の冒険」にご招待します!

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Posted by ブクログ

「?」と思ったこともないようなことに疑問を持っていること、またその疑問に読者が興味を持って読み進められるように構成されているところがすごいと感じた。絵と文字の配置も面白く、歴史のようなものを語っていても長々と話しているなぁという印象はない。気づいたら読み終わっているほど引き込まれていた。

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2025年05月07日

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毎度毎度面白いし、絵本という構図上、純粋な気持ちで読み進められて楽しい。書店をあちこちまわって見つけられなかったが、個人書店に置いてあってすぐに手を伸ばした。

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2025年04月20日

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2022.08.30~08.31

小学生の時、担任の先生が算数の時間に、「点がいくつも集まって線ができる。そして、その線がいくつも集まって、くっついて四角形ができる」と話していた。
確かに、そうだな、と思っていたが、その歴史については考えたこともなかった。
考えさせられることがさらっと表現されていることに、凄さを感じた。素晴らしい本です。読めて良かった。

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2022年08月31日

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著者である赤瀬川原平らによる『路上観察学入門』に書かれてあった「子供の科学」というものを体現したような本だった。
赤瀬川氏の好奇心と着眼点にはいつも目からウロコで、日常の目線に奥行きが出る感じがする。

四角形は自然界には存在せず、人が生活の中で見つけた合理的なカタチである。納得。

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2023年10月18日

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荒木博之さんのvoicy、マイブックカフェのコーナーで紹介されていた本。
赤瀬川さんの著作は新解さんの謎以来で2作目。

確か、子どもと一緒に読み継ぎたい本として紹介されていたのだが、鉛筆描きのような、ゆるく味わい深いタッチの絵に、そこまで長くないセンテンスが添えられていて、大人なら10分あれば読み通せる。
絵だけ眺めるのも楽しいが、文章が秀逸。
こんなに簡単で短い文章なのに、今まで考えたことなかった、わりと本質的な問いに気づかせてくれて、その問いを考えることで、今まで見てきた世界の、新たな面白さを教えてくれる。
赤瀬川さんなりのこの問いに対する探究は、最後にはクルリと一周して、なんとも言えない心地良い余白と余韻を残す。

読書に不慣れな人でもたぶん楽しめて、何度でも読み返したくなる本。

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2023年08月27日

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絵のルーツ、風景画のルーツ、四角形のルーツを探っていくうちに、キャンバスの余白→人生の余白へと。
肩の力を抜いてくれるいい作品。
ヨシタケシンスケが好きな人はきっと好き。
赤瀬川さんといえば、亡くなったあと、ニラハウスはどうなったのだろう。

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2023年02月25日

Posted by ブクログ

四角形の始まりなど考えたこともなかった。
言われてみると、なるほどと思った。
意外と簡単な事で全て繋がっているのかもしれない
この本も「ではないだろうか」と言っているように、そうやって考えることが
無意味な余白を眺めることなのかもしれない

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2022年10月05日

Posted by ブクログ

四角形が如何にして生じてきたのか、純粋な疑問をどんどん深掘りしていく形で進んでいく絵本。疑問を追求していくということへの構えを示しながら、こうした推論や歴史の追い方を、絵と文章を駆使して平易に伝えられるのは稀有なことだと思う。

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2022年07月31日

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「犬は風景を
見ているのだろうか?」
素朴な疑問から始まる
四角形への旅。

犬は食べ物などの
物件を見ているだけで
風景はぼんやりと
しているのではないか。
赤瀬川はそう考えた。

それでは人間は
いつから風景が見えるように
なったのだろうか。

それは窓の発明によってだと
赤瀬川は想像する。

自然界は曲線ばかり。
直線はめったに見られない。

しかし、人間は
同じものを並べるという
行為から直線を認識。
それを重ねるようになり、
そこから四角形が
生まれたと考えられる。

そして、洞窟から
石造りの家へ。
四角い窓が生まれる。

直線から四角形へ。
洞窟から石造りの家へ。
長い年月をかけて
人間は窓を手にする。
風景までもう少しだ。

ある雨の日。
狩りにも出かけられず、
家のなかで
ボーっとしていたとき、
人間は突然に風景に出合う。

しかし。
それを確かに認識し、
絵画として描き始めたのは
印象派まで
待たなくてはならない。

こうして、人間は
四角形から風景へと
たどりつく。

ゆるいイラストと
短い文章で
展開するこの旅。

軽やかでありながら、
哲学的でもある思索は、
雨の日、
私たちがふと眺める
窓の外の風景に、
新鮮な驚きをもたらしてくれる。

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2025年09月04日

Posted by ブクログ

 表紙にもなっている、コーヒーカップと雨の日の窓(兼風景画)の絵のページが好きだな。絵自体もいいし、章の切れ目になっていて、雨の音が聞こえてくるような余韻がいい。ヨシタケさんの解説によれば、こういう間の取り方が絵本としてとても上手いらしい。
 四角形はどこから生まれたのだろう。この本は、その問いに対して答えを出したり、実証的な推論をしたりはしないが、想像力豊かに思索する楽しさを教えてくれる。

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2023年04月07日

Posted by ブクログ

ネタバレ

まとめ
 自然界には四角形がほぼ無い。四角形に近い形であっても曲がっているものが多い。四角形は生活の整理整頓から直線が生まれ,その重なりが四角形として生まれた。
現在自分達の身の回りにある物,大きいものから小さいものまでが四角形である。家やビル,携帯や教科書。 つまり生活の基盤となる物の形が四角形なのであり,人間が合理的に考えて,生まれた形が四角形なのである。
 その四角形が「窓」として現れたとき,人間は初めて風景を見た。それまで意識していなかった奥の方にまで意識が向くからであろう。絵画の「フレーム」として現れたときは人間は余白を知り,また風景を見た。大昔のラスコーの洞窟壁画には周りにいた動物は描かれているが,風景は描かれていない。フレームが無く,目の前の物だけを描くことだけに集中している状態だからである。
 例えばある野原に立つ人物を描くときに,真っ白なキャンバスに人物を描くと,キャンバスには白い余白が生まれる。フレームがあるとこのような現象が起き,そして人は余白を認識し,野原という風景を見て描いたのだ。この時に余白から風景を見たのだ。
 
感想
 犬は風景を見るのだろうか?人間はいつから風景を見るようになったのだろうか?という問いから始まり,四角形の歴史を著者の考察を交えて振り返る。物の見方が少し変わったような気がして,面白い体験ができた。

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2022年07月08日

Posted by ブクログ

お札もノートもスマホも、気づけばどれも四角形。身の回りに存在するこれら「人間が使うのに合理的な形」のものは、けれど赤瀬川さんがおっしゃるように、自然界には存在しない形だ。

人間はどのようにして四角形を生み出したのか、四角形というフレームがあることで、世界はどんなふうに見えるのか。素朴なイラストとシンプルな言葉でわたしたちの視界をクリアーに(あるいはもっとぼんやり広大に)してくれる一冊。

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2022年04月04日

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