あらすじ
ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。そんな戦争に現実感を抱けずにいた「僕」に、町役場から一通の任命書が届いた…。見えない戦争を描き、第17回小説すばる新人賞を受賞した傑作。文庫版だけの特別書き下ろしサイドストーリーも収録。
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Posted by ブクログ
地域振興事業の一環としてとなり町と戦争を始める舞坂町。しかし開戦の9月1日になっても一見何の変化もない。そんな中僕に、戦時特別偵察業務従事者の任命書が届く。
役所の決めた通りに淡々と進められる戦争。戦争があることを前提として受け入れてしまっている住民たち。戦争はとなり町との協力のもと何年も前から計画され、大きく経済を動かす。その裏で目に見えないまま増えていく戦死者数。クリーンセンターことゴミ焼却場で処分されることになった戦死者の遺体。香西さんの弟の遺体を包んでいた防水袋は、その元恋人が「地域振興事業」のために発注したものだった。誰もが無意識のうちに戦争に手を貸している。
平和に生きているようなこの日常の裏側で進行している「戦争」を、文字通り戦争として描いた作品だと思った。料金を滞納してガスと水道を止められ、餓死した家族の話が象徴しているように、お役所仕事をする側にはそうしないと回らない現実があるし、その結果個別の配慮がされずに社会の片隅で犠牲になる人もいる。何気ない日常が、他方で戦争に加担している。便利な生活を求めた結果のコンビニが環境を破壊するように。不要な物を買わないようにしようと謳ったところで、それをみんなが実行すれば経済が破綻するように。そうした構造的な暴力、無意識の加害に目を向けることが主題だと思った。リアルが感じられない世界、この資本主義社会、現代社会を生きる上でどうしようもない、他者の犠牲の上に成り立つ自分の生活。それを、自分の手は汚れていないなどと思ってはいけない。そういうことを、となり町との戦争という形で見事に描き切った作品だと思う。