あらすじ
近代化は、煎じ詰めれば、西洋化の過程だった。西洋に生まれた制度や文化やアイデアがそのローカリティを払拭し、グローバル・スタンダードになる過程が、近代化であった。ところで、その「西洋」とは何であろうか? いつ西洋ができあがったのだろうか? どうして、西洋だけが、そのような特権的な文明となったのだろうか?/……西洋が形成されたのは、「中世」と呼ばれる期間である。だから、本来の意味での中世は、西洋にしかない.そう断じて過言ではあるまい。本書の主題は、まさにその中世、西洋が形成された時代である。/……われわれは、本書で、中世が、キリストの死なない死体に取り憑かれた時代であったことを示すだろう。中世という時代を探究していると、われわれは、SFやホラー映画で何度となく繰り返されてきた紋切型のシーンを連想せざるをえなくなる。主人公が、宇宙人や怪物と闘い、彼らの身体を徹底的に破壊し、ついには「人間」的な原型をまったくとどめないまでにしてしまう。怪物たちの身体は、小さな断片やスライム状の物体にまでなっている。主人公は、怪物たちを殺害したと思って安心して背を向けるのだが、その途端に、断片化したり、粘液化したりした怪物の身体が再び動き出し、集合して、もともとの「人間」のような姿を取り戻す……。中世におけるキリストの身体──とその代理物──は、この種の身体を思わせる。(「まえがき」より)
本書によって西洋中世史は書き換えられた! 都市はなぜ死体を中心に繁栄したのか。愛を説く宗教がなぜセックスを原罪とするのか。誰もが知っているのに誰も明確には答えられない世界史史上の謎。平易に語られる瞠目の真実が中世史を書き換える!
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
キリスト教についてさらに詳しくわかりました。
映画か小説なども具体例に出して説明されているので、わかりやすい部分も多くありました。
哲学なのでわからない部分の方が多いですが、大澤さんの本はいつも読み応えがあります。
次は3の分厚い東洋篇に行こうと思います。キリスト教は遠い存在ですが、東洋は近いので、自分がどのように感じるかも楽しみです。今後も文庫化されたら続きを読んでいきたいです。
Posted by ブクログ
本書では前作に引き続き「普遍性の起源」のありかが模索される。前作では主にヘレニズム/ヘブライニズムの相補性に焦点が当てられていたが、本作はその相補性を基盤として生じた「西洋」という普遍性の生じたメカニズムに、主に「三位一体」を巡る論争を軸に迫る。前作に引き続き思索の端緒となるのは「矛盾」、特に「原因と結果の転倒」だ。「因果関係の矢があるべき向きと逆であるにもかかわらずそれを用いた論理が温存されているならば、そこには何らかの重大な意味が隠されているはずだ」と考えるのである。矛盾の起源とその定着の原因を突き止める著者の推論は刺激に満ちており、まるで安楽椅子探偵ものの推理小説を読んでいるかのようなスリルを味わうことができる。また論点ごとにまず著者の抱いた疑問が提示され、各種資料をもとに自らこれに答えていくというオーソドックスな自問自答形式が用いられているので、極めて読みやすい。
(以下はまとまりのない要約)
第1章
すぐれて文化的に特異的な出来事、特に「資本主義」とその起源である「西洋」が普遍的な訴求力を獲得するという交錯的なメカニズムはどのように生じたのか?そしてローマ帝国の東西分裂に伴って分裂した「ギリシア正教」と「カトリック」したキリスト教のうち、後者のみが「西洋」を成立させる普遍性を獲得したのはなぜなのだろう?
イマニュエル・ウォーラーステインの「世界システム論」によれば、「世界=経済」は「長い16世紀」を通じて西ヨーロッパを中核として(そしてアジアを周辺=搾取される側として)形成された。しかし近年エリック・ミランなどから、資本主義的な経済システムは中世後期の12世紀にすでに始まったとする説が提起されている。この「世界=経済」では、都市国家間のネットワークが中核をなす一方、搾取されるべき周辺をなすのは東ヨーロッパだった。ではこの東西ヨーロッパの格差が生じたのはなぜか?
東西ヨーロッパを分ち隔てた正教/カトリックの宗教原理の違いとして、著者は前者が「隠蔽/不可視化」を指向するのに対し、後者が「顕示/可視化」を特徴として持つことを指摘する。偶像崇拝を禁止した正教に対し、カトリックは聖画像などの視覚イメージを積極的に布教のために用いたが、この相違は両派間の「フィリオクエ(Filioque)」という一語を巡る論争と対応関係にある。三位一体の定義を巡る論争において、「聖霊は父から生じた」として「父の有意」を堅持する正教に対し、カトリックは”Filioque”という一語を挿入し「聖霊は父と子から生じる」と主張したのだ。正教では「聖なる権力」を有する「父」即ち教皇の優位のもとで「俗なる権力」即ち国王が権力を行使するという「聖俗一元」だが、カトリックでは父と子が同格である「聖俗二元」であり、聖なる権力(父)と地上の権力(子)が拮抗しているのだ。
ところで「子」とは十字架で死んだ「イエス」であり、まさに「死んだ」というその事実によって彼が人間であることが示される。中世は聖人の「死体」やその残額である「聖遺物」への執着を顕著な特徴としているが、この死体や聖遺物こそが中世における都市ネットワークの中核をなし、ひいては中世に「西洋」なるものが生じた起源なのではないか?
第2章
ラカンの言説の4分類のうち、事実確認文の集合である「大学の言説」に「大学」の文字が用いられているのは、事実確認の象徴が「大学」であるのが自然であるような社会的状況の中にラカンが生きていたからだという。ではなぜ中世の西ヨーロッパ(ラテン語圏)でのみ大学が発展したのだろうか。大学は「開放性」と「世俗性」を特徴とするが、これは中世ヨーロッパにて知(学問)が信(宗教)から分離したことを意味している。確かに、トマス・アクィナスが「哲学は神学の婢女(はしため)」と言ったように、中世期の知は信に従属してはいた。しかし18世紀後半にはカントが哲学の宗教からの独立を果たしたことからもわかるように、キリスト教の最も興隆した時期である中世期に、同時にキリスト教を相対化/否定するような動きが生まれていたのだ。
哲学の内部にも、宗教に対する哲学の違和感は〈神の存在証明〉として痕跡を残している。アンセルムスやアクィナスは、信仰を一旦「カッコに入れ」、その信仰を新たに批判的考察の対象とすることで信仰の合理性を示そうとしたが、「神の存在を証明せねばならない」という事実そのものがすでに信心の喪失を表しており、神の存在を危うくしているという逆説である。のちに学問発展の端緒となったこの懐疑が、キリスト教が最も隆盛を誇った中世に生まれたのは不思議なことだ。
アンセルムスやアクィナスがわざわざ神の存在証明を試みたのは、同時代の「普遍戦争」におけるアベラールなどの「唯名論者」が、存在するのは個別の事物のみだとして普遍者の存在を否定したことの対抗である。だが、キリスト教がユダヤ教を「乗り越え」る形で成立したことに鑑みれば、もともとキリスト教には自己否定的な両義性/逆説が内在していたとも言える。
アクィナスは、神の存在を我々の経験的な感覚に基づいて証明しようとしたが、神を経験可能な通常の事物として扱ってしまうと、神の現象世界からの超越性が毀損してしまうという矛盾に陥る。従って、神の超越性を温存するため、神の普遍的な存在のありようはその他の事物のそれとは全く異なるのだが、同じ語を用いて隠喩的に「存在する」ということが可能である、とする〈存在の類比〉なる概念をひねり出した。これに対しドン・スコトゥスは神と事物の存在のあり方は全く同一である、とする〈存在の一義性〉を主張したが、そうすると神は特異性を備えた一介の人間でしかないことになり、無限定性・普遍性を喪失することになる。
このまったき逆説は、「神の人間世界との間の超越性と連続性を共に確保せよ」という無理な要請に由来する。そしてまさにこの条件に合致するのが「完璧に神でありながら同時に完璧に人間である」というイエス・キリストに他ならない。トマスはイエス・キリストの普遍性を、スコトゥスは特異性を温存しようとしたが、両者ともにその反対方向のベクトルの間にいるイエス・キリストを捉え損なっていると言えるのだ。
第3章
西洋キリスト教(カトリック)の権力の二元性は西欧のみで見られる現象である。フーコーは権力を分類(主権領土国家の権力・近代社会の規律メカニズム・人間たちの統治)した上で、18世紀に「主権と統治の分離」が生じたとするが、「主権から区別された統治」の根源には教会による「魂の統治」があったと見ていた。では初期キリスト教の司牧の統治と18世紀以降の近代の統治とはどのように連続しているのか。
中世の物語「円卓の騎士」に「足萎えの王」なる逸話があるが、この不具の王は傷のため具体的な統治は何一つできないが実質的には君臨しており、主権と統治の分離、そしてその統合を象徴する存在と言える。そして無力な彼が威厳を維持するのに一役買っているのがキリストの血である(ロンギヌスの槍)。
中世のキリスト教社会は死体に魅了されており(第1章)、聖遺物=アルマ・クリスティが繰り返しイメージとして用いられた。各種資料によれば、キリストの身体は磔刑に処せられた時の脇腹の傷口を媒介にして信者を引き寄せる力を持っていた。さらにキリストがその傷口から乙女(エクレジア=教会の寓意)を出産するイメージが当時流布していたことから、著者はキリストの身体は教会を生み出す女性器のような役割を有していたと主張する。キリストの身体/死体は、出産と育児のように、分離と再結合を寓意する存在として用いられたというのだ。
そもそも2種類の権力(権威・世俗)が要請されるのはなぜなのだろう。ジョルジュ・アガンベンの近年の主張では、中世キリスト教神学には〈存在論的パラダイム〉と〈オイコノミア的パラダイム〉(オイコノミア:「家の」。economyの語源)という2つのパラダイムが存在しており、前者は「神の存在」を、後者は「神の活動、神による世界統治の活動」を問う。そして前者が権威的/霊的権力に、後者が世俗的/統治的権力に対応している。この〈オイコノミア〉は古代ギリシャでは明確に政治と区別されていたが、パウロの「テモテへの第一の手紙」ではオイコノミはメシア的共同体(教会)と整合的な用語として用いられていた。ここで前章の〈普遍論争〉を顧みると、それは存在論的パラダイムの文脈での論争であり、超越的な審級にただ君臨するのみの「霊的権力」に関するものであった。翻って「神の実践」に関するオイコノミア的パラダイムが焦点を当てるのは、三位一体における〈子なるキリスト〉、現象世界に受肉して救済を実践する位格に対応する「世俗的権力」である。
ではそもそも三位一体などという面倒な教義がなぜ存在するのか。神はなぜ子として受肉しなければならなかったのだろう。全知全能なる神は恩寵の分配に不公平があってはならないが、現実的には分配に偏りが存在する。ここから「むしろ神は人間の個別の事情に通じていてはならず、我関せずとばかりに超越していなければならないのだ」という転倒した論理が生じる。すると、個別具体的な恩寵の配分にあたっては、神の代務者、即ちイエス・キリストが、神の普遍的法則である〈一般摂理〉を基調としつつ個々の偶然的な事情を加味しながら行っている〈種別摂理〉のだ、とする了解が説得力を持つ。前者に対応するのが権威的権力であり、後者がオイコノミア的な統治的権力ということになる。
しかし、なぜ一般摂理だけでは足りないのか。なぜ、超然とした神は個々の救済や恩寵に全く無関心である、とするのではいけなかったのか。神の受肉=子なるキリストが要請されたのは、ユダヤ教の硬直した律法主義を脱構築するためだとされるが、一方で新約聖書には「律法の無化はそれ自体新たな律法の真の成就である」ともある。つまり、イエス・キリストは、ユダヤの律法や規範を一度停止した上で、キリストに媒介されキリストの意思を反映した独特の仕方で受け取り直すために受肉したのだ。すでに存在する超越的な規範(霊的権力)を一旦宙吊りにした上で、改めて個々の具体的な命令(俗的権力)へと転換する地上の指導者、それがイエス・キリストなのだ。では、そのような存在を要請した必然性とは一体なんだろう?
第4章
ジャック・ル=ゴフによれば、中世では四旬節(断食や節制が要求される復活祭の前の46日間)と謝肉祭(四旬節の前の肉食を伴う饗宴)が共存していた。また、肉食を罪悪としながら、キリストは最後の晩餐で肉食を薦める。キリスト教はこのように「禁止を規定しながら、その禁止の対象となるべき行為が許容される」という矛盾に満ちた断絶を内に抱えていたが、著者はこれを前章のイエス・キリスト、法を終わらせるためのキリストという要素の存在で説明しようと試みる。
中世においては肉食と同様、性欲も蔑視の対象であった。1215年のラテラノ公会議で一夫一婦制が制度化されて以降、「正当な性交」のみが許容され、聖職者のみならず俗人もよくこれを守ったという。そして、中世のキリスト教は「原罪」を基本的に性的な罪であるとみなした。それまでの聖書解釈では原罪に性的な含意はなかったにも関わらずである。このことは、キリストが法(ユダヤ律法)を愛(隣人愛)へと置き換えたことを想起すれば非常に奇異に見える。ここにも肉食に対するキリスト教の態度と同じ矛盾があるのだ。即ち「キリストが肯定的に示したまさにその営みが、同時に最悪の罪と見做される」という矛盾である。
中世期のキリスト教においては、身体から生じる二つの液体、即ち精液と血液に強い忌避感情が見られた。しかしイエスは最後の晩餐で肉と同様に自らの血であるとしてワインを弟子たちに薦めるのである。さらにキリストの聖痕が当時最も強い崇拝の対象となったということもこの血液忌避感情と矛盾する。どうやらキリスト教の教えそのもの、特に「愛の教え」そのものの中に矛盾の源泉がありそうだ。「愛が法を成就し、まさにそのことが法を棄却する」とはどういうことか?
第5章
前章の矛盾(二律背反)はなぜ生じたのか。法を本体とするユダヤ教の脱構築として生じたキリスト教は、もともと法(律法)を持たない。そう考えると、キリスト教とユダヤ教の関係が、キリスト教の内部で生じたときにこのような矛盾が生じるのではないか。
そもそもなぜキリスト教はユダヤ教に後続したのだろう。なぜいきなりキリスト教が生じたのではないのだろう。ユダヤ教はキリスト教にとっていかに重要な前提であったかは、キリスト教が旧約聖書を重要な正典とし引き継いだことからもわかる(イスラム教では新旧聖書はクルアーンと同等には扱われていない)。キリスト教がユダヤ教との関係でしたこと、それは「法を愛で置き換えた」ことに尽きるが、しかしユダヤ教を単純に否定したわけではない。新約聖書は「法を成就した」としていることから、キリストは「法を成就することで法を無効化」したことになるはずである。
ユダヤの最高神ヤハウェは見れば死ぬとされ、人間に現前しない神である。ということはそれは存在しない、むしろ死んでいるに等しい。つまり、ヤハウェは人間に法を授与した後は事実上死に、「足萎えの王」さながら無為のまま君臨するのみの存在となる。すると神の残したはずの法は神の管理下を離れ、人間の恣意的な解釈に対し無防備となってしまう。これは法の不在と同じ事態である。カフカの小説「法の門」では、法は人間の欲望の相関物、欲望の投影であることが示唆されるが、ユダヤ律法のもとではそのような法が完成を見たとき、同時に神の死=法の死が起こっていたのだ。
ではこの法が愛に転換されるとは?よくある弁証法的な説明は、最初に愛があり、そこから生じる不公平や贔屓を是正するものとして法が導入されるが、この法が原初的な愛にとっては抑圧的であるため、最後に法の否定として愛と法との統合が生じる、というものだ。つまり「愛の普遍化」、愛そのものが法である、ということだが、著者はこの説明を否定する。愛がすでに法であれば、結局人々は欲望のままに好き放題やれば良いということになるし、また法がすでに愛を規定しているのであれば(仮に「神/隣人を愛せよ」という法があれば)自発的な愛が不可能となり、愛の実質的な意味が失われるからである。当時ユダヤ人に蔑まれていたサマリア人を隣人愛のモデルとして描く「善きサマリア人」の喩え話は、「より強い嫌悪の対象、より疎遠な者を愛せよ」と説くが、これは身近な者よりも疎遠な対象にのみ同情の念を抱くというコスモポリタン的な転倒に通じてしまう。
したがって、キリストの「法の成就」はこのような意味ではあり得ない。そうではなく、著者は、「罪」と「法」の間の内在的な相互媒介関係(法が罪を誘発し、罪が法の構成的な契機となる)をベンヤミンの「暴力批判論」の〈神話的暴力〉に対応させ、その対立項としての〈神的暴力(法を否定し破壊する暴力)〉がキリストの「愛」と厳密に同じ働きを持つと喝破する。キリストが「私が来たのは…(中略)…平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。私は敵対させるために来たからである(マタイ10章34-35)」と述べたのは、愛が敵対/暴力の形で現象しうることの表明だという。
結局、愛(性愛)と罪(姦通)は本質的に同じ内容を持つ。しかし、法との関係で置かれている形式な構造が異なるのである。愛は法のもとでは罪となりうるが、法から完全に切り離された時、「法が目指していても到達し得なかったこと」を実現する潜在力を持つ。ということは、イエス・キリストは、罪と法との相互媒介的な関係を断ち切るためにこそ必要とされたのだ、と結論できそうだ。ここで、第3章で言及された、ユダヤ律法を一旦棚上げし、その律法と同一命題をイエス・キリストの意志に帰属するものとして「受け取り直す」ための「神の子」の機能的役割と、同一の構造が見て取れる。本来、天上の超越的な「第三者の審級」に帰せられるべき法の妥当性を、全き人間としてのイエスとの特異的な関係に置き換えた時、罪は「生」として法の領域から完全に引き離されるのだ。では、「法が目指していたが実現し得なかったこと」、つまり〈普遍性〉を愛であれば成就できるのだろうか?むしろ愛は特異的な相手への執着を特徴としているのではないか?
第6章
キリストの説く隣人愛の「隣人」とは誰だろうか。当時蔑視されていたサマリア人を隣人の代表とする一方、肉親や自分の命までも憎めとするキリストの言葉(ルカ14-25)からすると、「隣人」とは最も縁遠く嫌な人間のことだが、さらに敷衍すれば「任意の他者」である。従って隣人愛とは普遍的な愛であり、無制限の包摂力を有する普遍的な共同体を可能とする紐帯の役目を果たす。この共同体をキリスト教では「聖霊」と呼び、神と人間を繋ぐ媒体のようなものとして扱われる。
ではこの聖霊は神そして神の子キリストとどのような関係にあるのか。三つを対等の超越的実体とみなせば一神教の原則が破られ、いずれかを他に還元してしまえば(アリウス派)、ユダヤ教との差異が失われる。従ってキリストは真正の神性を備え、神と全く同一の実体であるとする「アタナシウス派」の説がキリスト教公会議で正当協議として採用された。父なる神と子なるキリストと聖霊とは、同一の「ousia(実体)」であり、かつ三つの異なる「hypostasis(位格)」である、というわけだ。正教会はこの「3であり、かつ1でもある」という矛盾を受け入れず「(父の)1のみ」としたが、カトリックはこの矛盾をそのまま継承していることになる。
神と聖霊だけなら矛盾はないのに、なぜ子なるキリストが必要なのか。フォイエルバッハによれば、神とは人間の〈類的本質〉の疎外された形象のことだが、だとすると神と類的本質は同一実体を持つということになるが、それでは宗教の持つ神秘性をただ類的本質に移行させただけとも受け取れるため、マルクスはこれを批判して、「社会的関係性の特定形態」が物象化され対象性を帯びたものが「神」であるとした。この「社会的関係の特定形態」を「聖霊」に置き換えれば二位一体が導かれる。ここにわざわざ神と反対に血肉を有する死すべきキリストを挿入した理由は、ヘーゲルがすでに考察しているという。神は〈即自〉、即ちそれ自体として超越的かつ必然的な存在であるのに対し、聖霊は〈対自〉、信者たちの活動を通じて賦活する想像上の共同体だ、という。〈即自〉から〈対自〉への直接の移行が不可能なため、この2項を接続する存在、つまり神の必然性と対立する偶然的な人間であり、また聖霊の普遍性と対立する特異的な人間なのだ。
神による救済を「神との契約」とみなし民族単位で考えるユダヤ教に対し、キリスト教はキリストを境に契約が更改され救済は個人単位になったと考える。かくてキリスト教は民族的特異性から解放され普遍宗教となったのだが、ではそもそもなぜ神は直接自ら契約を更改せずキリストを遣わしたのか。ユダヤ教もキリストなしで当時すでに普遍宗教の特質を備えていたし、イスラム教のように預言者ムハンマドを置くのみでも良いではないか。可死的なキリストはなぜ必要だったのか?
ここで西洋中世の都市環境の特徴を考えると、まず中央集権的な支配形態が存在せず、領主等から特権の保障を受けた都市自体が重要な権力の担い手であったこと、そしてその都市間にネットワークが形成され、資本主義的な近代世界システム(世界=経済)が発祥したことが挙げられる。そして、著者はその都市ネットワークの中心に「死体」があったのではないかというのだ。当時、都市の発展の鍵はいかに重要な聖人の遺体や遺物を収集し得たかにかかっていた。都市における宗教ギルドとしての「兄弟会(信心会)」は特定の守護聖人、神の国への「とりなし」を斡旋する聖人への信仰を媒介に形成されたが、その紐帯として機能したのが聖遺物であった。聖遺物は、死んだキリストの身体の代理物として中世の諸都市に散種されたのだ。三位一体の教義では神と共同体(聖霊)の媒介物として可死的な神の子キリストが観念的に要請されていたことが、ここでは現実の都市の社会過程として具体化されているのである。そのことはアルプス以北の都市で盛んに挙行されたという「プロセッション」という行事を見ても確認される。
中世後期、聖フランチェスコに代表される「托鉢修道士」が都市に拠点(修道院)を置くと都市が発展し、巡礼者が都市間を移動し始めた。すると彼らは商隊のように経済活動を始めたというのだ。貨幣経済や商業活動に批判的だったカトリック協会とは対照的に、托鉢修道士は商工業からの利潤を正当な対価として積極的に承認したという。著者はこれが資本主義経済の萌芽ではないか、とする。フランチェスコがキリストを模したことを考え合わせれば、死せるキリストの代理物である聖遺物を媒介とした中世都市間ネットワークが、生けるキリストの代理物である修道士によって資本主義的システムの原型を獲得した、というわけだ。
第7章
キリストの死体と見做される聖餐を食すことを通じて、キリスト教徒は聖霊的な共同体への連帯を獲得する。また中世後期の西欧で流行した「死の舞踏」という絵画では死者に導かれて墓地へと行進する人々の姿が盛んに描かれたが、これは前章の都市の守護聖人のためのプロセッション(行進)が重要視されたことを想起させる。なぜかくも人々は死に惹き寄せられたのか。
キリスト教的共同体〈聖霊〉の基底をなす「隣人愛」とは、どのくらい自分のものを放棄することを言うのだろうか。「善きサマリア人の喩え」によればそれは完全な放棄、つまり「持っているもの全て以上のものを放棄すること」であることが示唆されているが、それはどのようにして可能なのか。人が「持っているhaving」ものを全て放棄したのちに残るもの、それはその人が「何であるかbeing」、即ち存在の水準である。これは自尊心や自己満足に関わる領域と考えることができるが、この水準を放棄してようやく完全な放棄と言えるのだ。このことから、托鉢修道会が蓄財により裕福になったという逆説は以下のように説明できる。「善き者」として認められるには神すなわち〈第三者の審級〉の承認を得なければならないため、人々は托鉢修道士に対し施しをすることで承認され、存在の水準での利得を得る。同時に托鉢修道会の側でも所有の水準を放棄した自らを存在の水準では「善き者」とみなしているので、施しを受けることを正当化することができると言うわけだ(つまり、修道士側も施す側も、所有の水準の放棄によって神に承認されることが目的化しており、本来の隣人愛という理念が忘却されてしまっている)。
では存在の水準で善き者となるにはどうすれば良いか。アゴタ・クリストフ「悪童日記」に登場する双子は、いかなる自己陶酔、即ち「我々は善人だ」と言う自己同定とはかけ離れた行いをする。ここで示されるのは、〈隣人愛〉は「他者が必要としているものをいかなる思い入れもなく、ただ与える」という単純さの中にその本質がある、ということだ。(修道士への施しのように)「所有の水準の放棄を、存在の水準での利得のために行う」という転倒はここにはない。
中世期の「普遍論争」とは、普遍的なもの、即ち「類」や「種」が実在するという〈実在論〉と、普遍的なものはただ名前を持つのみであり、実在するのは個物のみだとする〈唯名論〉の争いであった。通常、ドンス・スコトゥス(旧派)を実在論に、オッカム(新派)を唯名論にあてがうの通常だが、チャールズ・S・パースによれば、実在論とは「確定されないもの」を原初的で優先的なものとみなす立場であり、その逆に「確定されたもの」を第一義とするのが唯名論だという。スコトゥスの実在論は、個物は本来的に非確定的なものであり、それゆえに普遍性へと開かれている(普遍性を分有している)と考えるのであり、これに対しオッカムの唯名論は、個体は直接与件でありその何たるかは一義的に確定可能だとする。
オッカムの唯名論に従えば、特定の個体(固有名)はその個体の性質に対応する〈普遍概念〉(…である)を十分積み重ねることによって記述可能である(記述説)。しかしソール・クリプキは、記述に用いられる述語のそれぞれに反実仮想が可能であることから、固有名には記述に還元されないものがあることを指摘した。個体はどのような規程からも逃れ得る、本来的に不確定なものなのであり、スコトゥスのいう「個体性」はこの不確定性を含む、どのような差異をも受け付け可能な基体なのだ。
そして、著者はこの普遍性へと開かれた個体の至高のケースがイエス・キリストだと指摘する。「神の圧倒的な超越性を否定神学的に理解するには、神を規定する述語として、人間などの被造物に用いられるのと同じ述語を用いることはできない」とする立場に対し、スコトゥスは〈存在の一義性〉、即ち「神にも被造物と同様の存在概念を用いることができる」と主張した。それは、イエス・キリストが実際に被造物と同様に(プラトンのイデアのように特殊な在り方ではなく)存在したからだ、と著者はいう。全き個人でありながら、全ての被造物の贖罪のために死んだキリストは、特定の個人でもあり且つ任意の個人でもある、という、スコトゥスのいう根源的に不確定な存在なのだ。
第8章
中世期に「早すぎる埋葬」が恐怖された背景には、聖人の死体が保持する生きている兆候に積極的な意義を認めるという、死体に対する視線の変化があった。キリストは弟子たちに自分の身体だと言ってワインとパンを与えたが、これは一種のカニバリズムと言える。
では人間にとってそもそも食とは?フッサールの現象学によれば、世界が人間に対して現前する場合、真か偽か(認識の水準)だけでなく、善か悪か(実践の水準)も問題になる。知覚される世界がまずあり、その上に実践的な関心に基づく価値が張り付く、というのだ。しかしハイデガーの〈世界内存在〉はこれを逆転させ、人間は最初から実践的関心をもって世界にいる、という。「目」ではなく「手」を規準にすれば、「手」の前にある存在者は様々な「道具」として現れており、そしてどの道具も他の道具と関連して有意義性をもつ。道具は常に何かの目的のためにあるのであり、だから世界は道具のネットワークだというのがハイデガーの主張だが、では究極かつ最上位の目的とは何かといえばそれは「生」であり、とりわけ「食」である。全ての世界内存在は「口」に対してあるのだ。
現象学では世界は常に〈私〉の世界という形式で現象しており、〈私〉の意識は諸対象を身体を中心としてとりまとめるが、これを自分の身体に内化すればそれは享受=消費となる。これに対し、享受に暴力性・可傷性があることを指摘して食=同化の受動的な側面を強調したのが後期レヴィナスだった。〈私〉が傷つけられるということは、〈私〉を傷つける主体=〈他者〉が外部にいるということだが、この〈他者〉の能動性は〈私〉の方から捉えようとすれば〈私〉の受動性に変化してしまうため捉えることができない。つまり〈他者〉は〈不在〉とでしか感じることができないのだ。
このことは「食」における〈私〉と食物の関係にも言える。食物もやはり〈他者〉性を帯びているのであり、だとすれば「食」の本質はカニバリズムだということになる。激しい性交や露骨な性器描写のようなしばしば嫌悪感を催す対象が、恋人同士では最も強く欲望される のと同じように、極度の嫌悪感と最高の快楽は一致するのだ。ラブストーリーでは性交の場面は直接描写されず暗示されるのみであるように、食においてもカニバリズムは(レヴィナスの愛撫のように)不在としてのみ追求され、そして暗示される代わりに「料理」という技術が用いられるのではないか。聖餐においては、このような形で食の本質が呈示されているのではないか。
第9章
聖霊が普遍的な共同体となるのに「子なるキリスト」はなぜ必要だったのか。樺美智子、山崎博昭、内ゲバの犠牲者の例を挙げながら、著者は〈死者〉としてのキリストのイメージが聖霊という共同体の形成に寄与していた可能性を示す。
ギリシャ哲学では〈本性〉と〈存在〉は不可分であったが、これは神性と人性の二つの本性を同時に担いながら位格(ヒュポスタシス=ペルソナ)は一つであるキリストの存在と矛盾する。これを解消するため、カトリックはキリストのヒュポスタシスと本性を切り離し、どのような性質も担わない裸の存在を想定した。ギリシャ哲学の「本性→個体」の構図を逆転させて「まずペルソナとしての個体があって、それが本性を担う」のだとされ、このキリスト像が西洋の「個」の概念の出発点となったという(坂口ふみ)。スコトゥスの示す通り個体は本来不確定なものであり定義され尽くすことがない。著者は、通常、個体を重視するスコトゥスが〈実在論〉者に分類されるのは、個体の不確定性が極限まで推し進められたとき、個体の個体性・単一性までが不確定化され否定されることで、個体そのものの中に普遍性への通路が見出されるからだ、という。すると、「個」の源流たるキリストの中に、この特異性(単一性)と普遍性を架橋する機能があるのではないか。
レヴィナスの「愛撫」が示す通り、他者は不在として私に現象するが、しかし他者の存在が私にとり疑わしいものだというわけではなく、むしろ他者の存在は私の存在と同様に自明である。つまり〈私〉の存在と〈他者〉の存在は全く同値であり、スコトゥスの個体概念が示す通り〈私=特異性〉の中に〈他者=普遍性〉がいるのだ。この〈私〉と〈他者〉が邂逅には求心化作用と遠心化作用が同時に作動せねばならないが、著者は、共同体としての聖霊を個体が普遍性に出会う場とするため、この作用を促進する触媒として、無限に〈他者〉を共同体の中に吸入する開口部=傷をもつキリストの死体が用いられたのではないかとの説を呈示する。
では、「父なる神」を省略することはできないのか。著者は映画「綴り字のシーズン」の、綴り字コンテストで父の期待を裏切りわざと間違えることで家族に連帯を取り戻す娘を紹介する。聖霊の維持のために、神性を否定し人間性に置き換える子が必要だったのだ。父なる神が措定した普遍性は実は不完全であり、その未了性を開示した上で荒々しくこれを否定し、更なる普遍性を推進する存在が子なるキリストである。否定されるべき契機として父なる神はやはり必要なのだ。
しかし中世社会は普遍的共同体とはかけ離れた多元的な封建制ではないか。それはなぜなのか?
第10章
中世ヨーロッパでは、「玉座の準備」という誰も座っていない玉座の絵が盛んに描かれた。この図像はヨハネの黙示録における終末論的幻視と深く結びついたものだが、ではなぜ空座なのか。イエスの死後、マグダラのマリア達が墓を確認すると空であったことが福音書に記されているが、著者は「玉座の空虚」はこの「墓の空虚」の反復ではないのかとの仮説を立てる。「古代編」第二章で見たように、〈第三者の審級〉としてのイエスの身体の民族的な限定性を超えた普遍的領域への置き換えが「墓の空虚」にはあるのだとすれば、「玉座の空虚」は抽象化された偏在を意味すると言える。また、イエスの死には〈第三者の審級〉を普遍的実体として投射しつつ(人間は神)、その超越的な実体を現象世界のうちに解消する(神は人間)という二つの側面があったが、聖餐や三位一体は後者のアスペクトを継承したものであるなら、前者を継承する契機が「空虚な玉座」なのではないか。
謝肉祭/肉食の抑制、イエスの血を擬したワイン/忌避される血液。中世に見られるこれらの二面性は、神なるキリストが人間として死んだことに対応している。しかしその逆、すなわち「具象なる人間が抽象なる神に転化する」というダイナミズムもそこに含まれているはずだ。しかし前章で見たように、子なるキリストが死ぬことで信者の共同体=聖霊として復活する(神→人間)側面では、(キリストの)死と(聖霊の)復活は一体化している。すると「人間→神」のダイナミズムが機能するのは、「キリストの死から分離された、自立した復活」が確立されたときなのであり、それは抽象化され尽くした神(空虚)を墓=玉座の位置に措定することなのではないか。アガンベンは、神(第三者の審級)を抽象化する操作のことを〈栄光化〉と呼び、その栄光化にはある視覚体験が重要だとしている。神はモーセに自らの顔を見ることを禁じたが、完全なるものが到来する終末の時には、神は「キリストの顔において」栄光の認識の顔を輝かせる、という。つまり、栄光化が完成した状態では神自身は全く抽象化されており人間は認識できないが(玉座の空虚)、その栄光化の原点となるような体験(キリストの死)の中では「顔と顔を突き合わせるように」神を見ることができる。つまり求心化-遠心化作用が活性化されている状態が、キリストの死(神の具体化)の見ならず、神の栄光化(神の抽象化)に至るメカニズムの原点にも置かれているのだ。
この神の栄光化は、中世の聖(協会)と俗(権力)の二元性の起点ともなっている(第3章のアガンベンの二つのパラダイム…存在論的/オイコノミア的)。この二元性を現実化した秩序こそが「封建制」だが、封建制とは絶対優位者なきままに諸権力が分散している状態である。「子なるキリスト」を契機に普遍的共同体を手にできたはずの西洋が、なぜこのように権力を散在させていたのか。封建制とは小領主や戦士が有力支配者に奉仕し、その見返りに封土(Lehen, fief)を与えられる制度だが、封土とはそもそも紛争解決のために双方が互酬的に交換した物のことであり、つまり封建制とは主君と臣下の双務的な契約関係であった。臣下は、支配者に対する強い人格的忠誠心と、自立者としての自尊心という、相反する態度をともに十全に維持する必要があった。ヴェーバーのいう「家産制(帝国・王国)」では被支配者は官僚だが、その報酬は給料という形で(個人ではなく)官職に応じて与えられた。そこでは官僚の王や皇帝に対する忠誠心や献身的態度が重要視されることになり、これを維持するために王や皇帝は絶えず臣民の福利厚生に配慮する必要が生じる。これに対し封建制では、臣下は双務的契約の当事者として自立的である必要があり、完全に依存的な関係は成立しない(この双務性が日本の封建制では希薄である)。これが忠誠心と自尊心の均衡を成り立たせる要因ではないだろうか。
騎士が貴婦人に敬愛の念を抱く「宮廷愛」では、しばしば彼らが愛し合いながらも最終的な結合に至るのを回避するような展開が描かれる。このことの一般的な説明は、騎士が愛するのは具体的な婦人ではなく抽象化された概念としての婦人である、とするものだが、著者はこれにジル・ドゥルーズのマゾヒズム研究による知見を加える。ドゥルーズの考えではサディズムとマゾヒズムは相補的な関係にはなく、サディズムの特徴は直接的な暴力や拷問という形式を伴う「否定」だが、マゾヒズムのそれは「本当はPだがQであるかのように振る舞う」という「否認」である。マゾヒズム的関係では、一方は他方の忠実な奴隷であるかのように「振る舞っている」のであり、これこそが宮廷愛の騎士と貴婦人に見られる関係(make-believe)だという。ドゥルーズはサディズム的関係が「制度」により代表され、マゾヒズム的関係は「契約」として記述されると述べているが、まさにサディズムとは支配者による(カントの定言命法のように)厳密な制度運用であるのに対し、マゾヒズムでは被支配者たる奴隷が主導権をもち、契約により主人を縛り、従属するかのように振る舞うのだ。そしてこれが封建制の「支配され忠誠を誓いながらも自立する」という態度を容易にしているのだという。被支配者が本当に従っているのが抽象的な〈第三者の審級〉なのだ。
そもそもどうして騎士と貴婦人は結ばれてはならないのか。それは単に侵犯に快楽が伴うというのでは説明がつかない。ラカンの「性的関係の不在」理論によれば、元々不可能なことをわざわざ禁止すると、その不可能なことが「実際には可能なのだが、禁止されているがためにできないこと」に転化するという。回り道が設定されているからにはゴールには余程貴重なものがあるはずだ、という「回り道の理論」よろしく、貴婦人への愛が禁止された途端に、「禁止されているが故に不可能な、抽象的で超越的な崇高な対象」が現れるのだ。同様に、キリストという障害物が存在するが故に不可視の神=玉座の空虚が存在し始めるのであり、現実の主人という障害物の向こう側に〈第三者の審級〉が措定可能となるのである。
第11章
西洋社会において元来恥ずべき不正とされた利子(ウスラ)の徴収が、なぜ許容されるに至ったのか。ヴェーバーの研究が示す通り、初期資本主義の萌芽に寄与したのは熱心なキリスト教徒だったのであり、世俗化を利子の普及の原因とするのは不適切だ。利子はなぜ禁止されまた許容されたのか?
高利貸しは特別に蔑視された職業だった。聖アンブロシウスや聖ヒエロニムスは、高利が罪であるのはそれが不当な余剰だからだという。正義の原点となる等価性が否定されているからだ。それが14世紀末には「インテレストinterest = 中間期間」と呼ばれ、スコラ哲学者のオリヴィ等の擁護を経て正当なものとみなされるようになった。
利子の寛容さへとつながる経路は、まず現実的に経済が拡大したため、極端に高利でなければ教会もこれを認める必要があったというもの。もう一つは観念的に「宥恕条件」を設けてこれを正当化しようとした動きがあった。それはまず「利子も一種の報酬、労働の対価と見なすことができる場合」であり、「確実なものと不確実なものの交換とみなされる場合」であった。しかしこれは利子の普及という結果の説明であり原因の説明にはなっていない。
ル=ゴフは、高利貸しは「時間」という本来神の所有に属するものを売って利子を得ているのであり、自分のものでないものを売って利益を得ているとして「時間についての罪」を問うていた。これが許容されたのは時間の概念に斬新な改訂がもたらされたからであり、それこそが12世紀末の「煉獄」だった。煉獄とは、本来天国には行けないはずの小さな罪を犯した死者が、そこで罪を償えば地獄行きを免れるという場所であり、いわば執行猶予中のい罪人が収容される場所だ。そこで生者(遺族)の「とりなし」による罪の軽減を待つのであり、いわば終末の一段階先送りである。これが高利貸しにとって「敗者復活戦」として機能したのだ。interestという語が示す通り、貸金によって高利貸しが得た利子は、煉獄という「中間期間」を経て浄化されることになる。では、なぜ煉獄などという中間的な終末がカトリックのみに生じたのか?著者は、地獄と煉獄との関係を、神と子(キリスト)の関係に類比的であると見る。神:キリスト=地獄(サタン):xとしてxについて解いたものが煉獄だというのだ。
神がキリストの形をとらなければならなかったのは、「愛する者」としての神はその愛の対象である人間に触れることのできる存在でなければならなかったからだ。そして愛とは「私が持っていないものを他者に与えることである」というラカンの格言を考え合わせると、中世の高利貸しはまさに自分が持っていないもの=時間を与えているのではないか?
男に激しく愛される女は、自分が愛されるその理由”y”を見出すことができず、愛される対象としての自分を見失うアイデンティティ・クライシスに陥るが、反対に男を愛し返すことでこの難問を回避する。これは男の側から見れば、自分が女に見出したあの”y”を女に贈り返されたのであり、つまり女は「自分が持っていない”y”」を他者に与えたことになっている。信者と神の関係もこれに似て、元々なかったはずの余剰”y”、自分が持っていないbeingの水準を神に捧げることで、信者の罪が贖われるのだ。
そして、著者はこの”y”の物質的・貨幣的表現こそが利子だという。利子は、神が人間としての立場で(キリストとして)人間を愛するという構成を導入したことの反射的効果ではないか、と。
第12章
ヨーロッパからの移民のみに見られる特徴として、入植地の地名を出身地の地名に「新〜」をつけて名づける慣習がある。オリジナルの都市が存続しているにもかかわらず、新旧の都市を併存させるようなこの命名法は、彼らが帝国・本国との独特の関係を保持できていたことの現れである。そしてヨーロッパ人固有の移動・移民の原点は中世にこそあるのだ。
そしてその原点とは、つまり「大航海時代」の端緒にある航路は、海路、特にヴェネチア共和国の海上支配に求めることができる。当時は陸路が移動の中心であったとはいえ、その延長線上に大航海があった。中世の旅の本質は聖地巡礼と商人の移動にあったが、その至高の形態といえばエルサレム奪回を目的とした十字軍の遠征である。著者はその遠征を駆動したのは、自分たちキリスト教徒が創造したにもかかわらずそこから排除されているエルサレムというユートピアで、他者すなわちイスラム教徒や正教徒が快楽を享受しているという「嫉妬」であったという。
しかも、十字軍の遠征は結局は全て失敗に終わり、エルサレムに到達することがなかった。この到達不可能性という否定性が、決して成就されない宮廷愛と同様に、対象となる聖地エルサレムを崇高な場所へと格上げするのである(第10章・回り道の理論)。この理論を形而上学のレベルで作用させれば〈否定神学〉となる。中世期に影響力を持った「義ディオニシオス文書」によれば、神へと至る道は肯定の道と否定の道があるが、重要なのは後者であるとされる。すなわち崇高な神は一切を超越しているので感覚によっては捉えられず、従って「…である」と肯定的に記述することはできず、ただ「…ではない」と否定的に語りうるのみである、というのだ。
神は「知り得ないものとして知るのみ」だというこの理論は、宮廷愛や十字軍の根底にある思想の変奏であり、対象が理解を超えた在り方で存在していることを否定や禁止の形で実定しているものと言える。11世紀末、突如として発見された「ユスティニアヌス法典」は、「解釈者革命」を通じて「教会法」、すなわち民法に相当する法体系整備の元となった。ユダヤの律法を否定する形で勃興したキリスト教が法の積極的な措定に向かったのは、やはり法の否定が法の肯定につながるという、宮廷愛の論理に従うものと言える。
ユートピアは到達不可能性により措定されるが、それだけでは憧憬の対象となったことが説明できない。否定神学における神とユートピアは、人間の認識・到達が不可能という意味でカントの〈物自体〉と等価だが、ドゥルーズは〈潜在的なもの/顕在的なもの〉(=物自体/現象)の区別が現象の中に内在していると主張した。カントは一般の哲学者と逆に、当為が事実に先立つ(当為が事実の前提となる)「なさねばならぬ、故になし得る」という〈定言命法〉を主張した。しかしこの命題の「裏」、すなわち「なしてはならない、故になし得ない」も時に真ではないか、と著者はいう。蓮實重彦の9.11テロの映画化不可能性、ナチス政権下ユダヤ人強制収容所の「ムーゼルマン」を引き合いに、〈物自体〉が認識できないのは、実は現象世界に存在しているにもかかわらず、それらが人間性の最小限の条件、人間の尊厳を保つ最低の条件に抵触するようなものを含む故に、我々にとって「見てはならぬ、故に見えない」対象だからだというのだ。しかしその一方で、人間はそのような悍ましいものを見たいという欲望を持っている。この嫌悪の対象であると同時に憧憬の対象でもある〈物自体〉、それが十字架上のキリストの惨めな死だったのではないか?