あらすじ
「高貴な人々」のイメージ・誤解・実情
イギリスの20世紀以前の小説や演劇には、アッパー・クラス(貴族だけでなく、ジェントリと呼ばれる地主を含む)の人物が必ずと言ってよいほど出てくる。それは、彼らが政治だけでなく、文化の形成にも大きな役割を占めているからである。イギリスの国民性とされるもの、たとえば冷静さも、もとはアッパー・クラスのものだという。
彼らは、長男がすべて受け継ぐ相続制度によって爵位と土地を守ってきた。一方でこの制度は、相続する長男にも、もらえるものがはるかに少ない次男以下にとっても、それぞれに苦労をもたらした。そしてそうした苦労が、しばしば文学や芝居のテーマともなってきた。
では、アッパー・クラスの人々は、イギリス国内でどういうイメージをもたれ、その裏側にはどういう苦労や事情があったのか? 財産を維持する手段としての結婚、知的でないと言われてきた彼らの教育、次男以下の職業事情、そして奇人伝説の裏話までを、本書は文学や著名な人々の例を通して、背景事情とともに読み解いていく。人気のweb連載に大幅加筆のうえ、イギリス人ですらしばしば間違える、貴族の称号の複雑なシステムの一覧表を収録。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
18世紀から20世紀にいたるイギリスのアッパークラスとアッパーミドルクラスの生活、教育などを小説(新しいところはアガサ・クリスティ―まで)などを題材に開設したもの。
大陸の貴族と最も違うところは、長子相続が一般的であること。広大な屋敷の維持にお金がかかり、女子の教育はないがしろにされがち。それでもお金が足りないので、19世紀になるとアメリカの新興富豪(古くからの富豪の輪にはいれてもらえない)の娘と結婚したり、と、なかなか涙ぐましい。
イギリスの小説が好きな人は是非。
Posted by ブクログ
これまでアッパー・ミドルについての本を何冊も出してきたが、とうとう本丸のアッパー・クラスへ乗り込んだ。記述が明快・明晰、しかも精悍、迷いがない。
とくに、カントリーハウスと相続問題、アメリカの富豪の娘との結婚、子女の教育の章が興味深い。アッパー・クラスはつらいよ、かな。
イギリス王室やイギリス貴族についての理解が深まったし、本書を読んだからには、シェイクスピアやオースティンなどの作品の読みにも厚みが出るに違いない(そうであってほしい)。
Posted by ブクログ
知っているようでほとんど知らないイギリス上流階級。
彼らは一体いかなる存在なのか。
貴族の称号はどのような仕組みなのか、遺産相続の仕組みはどうなっているのか、カントリーハウスの成り立ちや今それをどのように維持しているのかなどなど、刺激的な情報が満載です。これは面白いです!イギリス文化を知る上で非常に興味深い作品です。ぜひぜひおすすめしたい1冊です。
Posted by ブクログ
アッパークラスについてよく理解できた。
世界広しといえど、どの国にも身分の違い、格差や差別というのは当然にあるという、当たり前のことを再認識した。人間が存在する限り、たとえ資本主義が崩壊してもこの仕組みは存在し続けるだろうと思う。
人が人である限り仕方ないことだと、それを承知の上で今自分がどのようにして生きるか。なんてことまで考えさせられすごく「為になる」本でした。
これとブレイディみかこさんの本も読むと、イギリスという国への興味が尽きなくなります。
Posted by ブクログ
今の知識レベルでは、なかなか太刀打ちできない難しさ。
同著者の、『〈英国紳士〉の生態学 ことばから暮らしまで (講談社学術文庫)』は、わりとわかりやすく書かれていたのだが、アッパークラスともなると、掴みにくい所があるかもしれない。
日本とは異なる貴族制度であるために、なかなかイメージしづらく、付け焼き刃の知識では耐えられないことを思い知らされました。
Posted by ブクログ
イギリスの上流階級(アッパー・クラス)は、イギリスのみならず、多くの人の興味の対象である。イギリスの歴史を作り、文化の源となり、彼らの礼儀作法が社会の行動規範となってきた。
一般人にとっては「雲の上」の人々。好奇心やロマンを誘う存在でもある。
著者は、英文学・比較文学の研究者。
18世紀以降の英国上流階級の実態を文学作品などから紐解いていく。
それは実のところ、そんなに楽でもないようで・・・。
アッパー・クラス(upper class)はnobilityとも言われる階級で、爵位のある貴族だけでなく、「ジェントリ」と呼ばれる地主も含む。爵位は、君主が新たに授与する(主に政治的理由から)こともあれば、経済的に成功したものが「買う」こともあり、必ずしも古い家柄とは限らない。
イギリスのアッパー・クラスの特徴は、原則、長男が継ぐことになっている点である。対象は爵位や土地、財産すべてである。つまり、次男以下は基本、何ももらわない。彼らは別途、なんらかの職に就くわけである。ただ何でもよいかといえばそうでもなく、軍の士官や外交官、聖職者、法律家(法廷弁護士)といった紳士にふさわしい仕事を選ぶ。こうしたヤンガー・サン(年下の息子)は、アッパー・クラスから少し下がるアッパー・ミドル・クラスに属することになる。
一方で、アッパー・ミドル・クラスには、下から上がってくる人々もいる。こうした職業ではコネが大切ではあったが、時代が下るにつれて、ミドル・クラスから訓練を受けて入ってくる例が増えていくのである。これは法律家や聖職者がアマチュアからプロフェッショナルに移行していったことにも関連する。
そうはいってもそこには厳然と差があり、かつてアッパー・クラスに属していたヤンガー・サンは、「貴族的」な言葉や慣習を叩き込まれているわけである。
同じクラス内でも、アッパー寄りなのかロウワー寄りなのか、見る人が見ればわかってしまうのだ。
20世紀半ばに、小説家ナンシー・ミットフォードは「Uと非U(アッパーとそうでないもの)」と称する論を自らのエッセイで紹介する。アッパーとそうでないものとでは、使う言葉が違うというのだ。そもそも別の教授の考案であり、また彼女のエッセイでそれほど大きな部分ではなかったにも関わらず、これが爆発的に受ける。曰く、
Cycle(自転車)は非UでbikeがU
Greens(付け合わせの野菜)は非UでvegetablesがU
Sweet(食後の甘いもの)は非UでUはpudding
といった具合である。ふざけ半分の話だったのだが、境界の階級にいる(主に下から上がってきた)人々を振り回す結果となった。つまり、sweetと言わずにpuddingというようにしよう、というように。自分が単なるスノッブなのか、上流階級なのか、人々が気にするリトマス紙となったのだった。
一方、アッパー・クラスの娘たちはどうだったのかといえば、とにかく「よい」結婚をすることを目指していた。
次男以下は、長男に何かあったときに家を継ぐことになるので、その面からも教育はないがしろにできなかったが、娘たちはそうではない。ある意味、よい嫁ぎ先を見つければよいのだ。すべての親が娘の教育に力を注がなかったわけではない。が、女子校の場合、勉強に苦労していたら無理はさせないという方針のところも少なくなかったという(もちろん、これは現代の話ではないが)。
家を継いだ長男には、次男以下や娘たちとはまた違う苦労がある。
タイトルにもある「ノブレス・オブリージュ」は、貴族の義務を指す。
貴族たるもの、所有している屋敷と土地を管理し、そこに暮らす者や近隣住民の生活を守り、屋敷や土地をそっくりそのまま次代に引き継がねばならないのだ。
この意味では、彼らは「所有者」というよりも「管理者」である。
屋敷は社交の場でもあり、そこで開かれるハウス・パーティは政治的な会合となることもあった。
二十世紀に入ってからは、貴族の邸宅は荒波にもまれる。高い税金が掛けられ、維持費も馬鹿にならない。ツアーを開催して入場料を取るもの、ナショナル・トラストのような団体に託すもの、と、取る策はさまざまだが、優雅な暮らしに明け暮れているのかといえばそうとは言えないのだ。
継いだ長男だって大変なのである。
こうした話に加え、アメリカン・マネーとの関係、パブリック・スクールの成り立ち、17~18世紀に盛んにおこなわれていた「グランド・ツアー」と称する見聞を広める欧州旅行など、読みどころは多い。
J.オースティンやA.クリスティ、W.シェイクスピアなどの作品の背後には、なるほどこんな事情があるのか、というのも窺われて楽しい。
Posted by ブクログ
イギリスの学寮舞台のミステリ読んでて、いまひとつピンとこなかったあれそれが、なるほどそういう仕組みになってるのか!ってのが分かって良かった。
また、ややこしい貴族の呼び方(称号)についても(デュークなのかロードなのか…)一覧でわかりやすくまとまってて良いですね。
比較文学の研究をされてるだけあって、いろんな作家の作品から例示されながらの解説なのでとてもわかりやすいし、実際その本を読んでみたくなる、ブックレビュー的にも面白い一冊でした。
Posted by ブクログ
イギリスの貴族制度に詳しい著者による、イギリスの上流階級、中上流階級に関する本。「ダウントンアビー」などのドラマをはじめ、新聞報道や文学作品、回顧録、伝記などを基に、それぞれのシーンの意味や背後にある階級制度について詳しく説明している。とても興味深い。今でもイギリスでは、王室や貴族を中心とした、上流階級の存在感が大きいことがわかった。
「イギリスの貴族の称号はかなり複雑で、その細部まで頭に入っている人間は少ないだろう」p32
「イギリスの貴族がヨーロッパの貴族と違う最も大きな点は、爵位が長男にしか継がれないことかもしれない」p36
「イギリスの文化においては、知識や教養があっても、あるいはスポーツ、楽器などのスキルであっても、がむしゃらに勉強して「専門家」になることが高く評価されないという傾向がある」p43
「(嫌われる人間にならないための基本的ルール)臭わないこと、そわそわしないこと(脚を組んで足をぶらぶらさせている人間を見ると気が狂いそうになる)、話している相手に急接近しないこと、劇場でチョコレートを食べないこと、指輪をはめるなら左の小指にすること。ベストの一番下のボタンはしめないこと。ネクタイと同じ柄のハンカチを持っているのはおぞましいことだった。オープンシャツを着ている場合は、襟を上着の上に広げてはいけない」p52
「ヨーロッパ大陸の貴族と比べてイギリスの貴族は自分の土地を「より効率よく、より容赦なく」守ってきたと書いている。長男のみが爵位と屋敷と土地を相続する「長子相続」の制度に加えて、息子がいない場合、最も近い男性の親戚に相続を限定する「限嗣相続」の制度によって、土地や財産が分けられて小さくなっていくのを防いできたのである」p78
「相続した屋敷と土地を維持し、社交を怠らず、毎週末にハウス・パーティを招く、このような「ノブレス・オブリージュ」には相当の財力と、それをなしとげるだけの気力、体力と資質が伴わなければならない」p100
「ヨーロッパのアッパー・クラスにおいて(裕福で社交的な)アメリカ人女性が圧倒的な人気を得た」p116
「ブレナム宮殿ほどの邸宅と土地を維持する責任を受け継いだ公爵にとって、財産家の娘と結婚するのは「義務」だったのである」p123
「「持ち主が暮らしているからこそ価値がある」という、アッパー・クラスに対する期待の要素も間違いなく存在するのである」p136
「ある日、男爵夫人が(公開している自宅の)売店のレジでおつりを渡すのに時間がかかっていたら、客のアメリカ人女性が苛立って、「こういう人をなんで雇っているのかしら!」と聞こえよがしに言われたそうだ。また、男爵自身はしょっちゅう庭師や、入場料を徴収する係と間違えられているという」p227