あらすじ
死者の身代わりの世代
吉田満『戦艦大和ノ最期』が刊行されて半世紀以上が経過した。同書は、吉川英治の勧めで僅か「一日を以て」書き上げられ、小林秀雄に見出されて『創文』創刊号に掲載されるも、占領軍によって発禁処分となった衝撃の初出から今日まで、絶えることなく読み継がれてきた戦争文学の不朽の名作である。
狭義の文芸の世界にとどまらず、組織人にとりわけ愛読されたのは著者の来歴が大きい。
吉田満は1923年生まれ。府立四中、東京高校、東京帝大法学部とエリートコースを歩むが、太平洋戦争末期、学徒出陣に伴い海軍に入隊。少尉として戦艦大和に乗り込み、大和を旗艦とする第二艦隊の沖縄特攻作戦、「天一号作戦」に参加し、奇跡の生還を果たす。この記録が『戦艦大和ノ最期』である。
戦後は日本銀行に入行。ニューヨーク事務所や人事課長といった要職に就き、考査役、政策委員会庶務部長、局長を経て、監事にまで登り詰めるが、この監事在職中に56歳で急逝した。
戦後、鶴見俊輔、江藤淳、加藤典洋らによって論じられてきた吉田。本書は「キリスト者」吉田に力点を置きながら新事実によって新たな吉田像を模索する試みである。戦中派の死生観の内奥へ。
感情タグBEST3
Posted by ブクログ
著者は博報堂勤務を経て研究者に転じたメディア論の専門家。日銀関係者に加え、吉田が長い間コミットを続けた教会関係者への取材を重ねることで、吉田の書き手としての側面と職業生活・信仰生活との関わりをバランスよく描き出している。
宮城支店長時代の吉田を知る牧師は、吉田を「真向き」=戦艦大和の学徒兵としての顔、「横顔」=日銀行員としての顔、「うしろ姿」=クリスチャンとしての顔の三つを持っていた、と語ったという。「真向き」が社会生活の中心としての日銀ではなかったことがポイントなので、それだけ彼が「大和」の記憶にとらわれ、その経験を思考の起点とし続けてきたことが伝わってくる。
全体としてエピソード中心の構成で、テクストの解説や位置づけという点では物足りなさも残る。だが、それは文学研究者がなすべき仕事なのだろう。