【感想・ネタバレ】親孝行の日本史 道徳と政治の1400年のレビュー

あらすじ

孝とは、親を大切にすることで、儒教の基本的徳目だ。律令で孝行者の表彰が定められ、七一四年に最古の例が見られる。以来、孝子は為政者から顕彰され、人々の尊敬を集めた。特に江戸時代は表彰が盛んに行われ、多くの孝子伝が編まれた。明治に入り教育の中心に据えられるが、戦後、軍国主義に結びついたとして否定された。それは常に支配者の押しつけだったか。豊富な資料で「孝」を辿り、日本人の家族観や道徳観に迫る。

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Posted by ブクログ

ネタバレ

読みやすい本だった。
「親孝行」とは何か
道徳の根っこにあるようなこの問いを、歴史をたどりながら丁寧に整理してくれる一冊だ。

そもそも孝行という考え方はどこから来たのか。当然ながら中国からだ。そしてインド発祥の仏教が中国を経由して日本に入ってきた際、孝の思想も仏教に取り込まれた。だから日本のお坊さんが親孝行を説法することがあるが、もともとの仏教にその概念はないのだ。(悪いことすると畜生に生まれ変わるとか、そういうのも同じ)

また、親孝行とはいえ「親への無条件の服従」ではないと、孔子自身も言っている。
とはいえそれが難しいことも認めており、古来の中国社会でも簡単ではなかったようだ。

世の中が落ち着いてくると、孝行者を探して表彰する動きが出てくる。江戸時代には各藩にそういった制度があり、表彰者は4万人にものぼったという。面白いのはその表彰される人たちの態度で、「私はそれに値しません」「表彰などやめてください」と遠慮深く辞退しようとする人ばかりだったという。慎み深さこそが孝行者の条件だったのだろう。
さらに有名な孝行者の家には観光客まで訪れ、サインをねだられたというから、一種のエンターテイメントとして機能していた側面もある。「する孝行」の極みとしての敵討ち話なども含め、孝行話が広くコンテンツ化されていたわけだ。
する孝行、聞く孝行というのもあとは読んでみてください。

江戸中期以降、国学の隆盛とともにナショナリズムが高まると、「孝行の発祥が中国とは外国の思想ではないか」という問いが生まれ、日本独自の孝子像を神武に求める流れが生まれる。

そして明治以降は教育勅語によって孝行が制度化され、やがて「国のために死ぬことが親孝行より上」という軍国主義的な「忠孝」道徳へと変質していく。

今も「孝」という言葉は道徳的に使われるが、実態としては国への「功」を求める経済主義的な文脈に近いのではないか個人的に思う。
だからか表彰制度はあるが誰も表彰されないのだ。(個人情報の強さもある)

道徳の教科書を読んで道徳を身につける人はいない。私たちの頭の中にある価値観や常識というのは、こうした長い歴史の堆積の上に成り立っている。

ただ、自分が依拠しているその絶対的な価値観の裏側を歴史的に見ることは重要で、それこそ本書の一番の読みどころだと思う。

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2026年06月26日

Posted by ブクログ

 「親孝行」と聞くと、何やら胡散臭さを感じてしまう。儒教思想、封建制、教育勅語、軍国主義といった言葉が連想されるのだ。

 といっても、近代以前は、人権や平等といった概念自体がなかったし、親あるいは祖先を敬う、考を尽くすといった考えを否定する気はない。また江戸時代などは、幕府や藩によって盛んに顕彰が行われていたこともあり、考思想や考子(孝行する人)が、世の中で好まれてきたのも事実である。 
 
 しかし、それが為政者の支配体制強化に利用されてきた事実があることも確かだろう。考は忠につながるからだ。しかし、太平洋戦争のさかな日本の敗色が濃くなるにつれて、考よりも「忠」自体を、教育勅語より軍人勅諭を重視するようになったりもした。場当たり的というか、(為政者側の)ご都合主義と言わざるを得ない。
 そもそも考思想は、忠義・愛国と必ずしもセットで考えなければならないものではない。そして戦後は軍国主義につながったと、考思想もセットで否定されてしまったのだ。

 それでも「孝行」を顕彰しようという動きは戦後もあった。しかし今度は、別の問題が出てきた。プライバシーや個人情報だ。家が貧乏、親が病気といったネガティブな情報を知られたくないのだ。
 時代によって、世の中の考え方も変わっていくのだ。

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2022年06月24日

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