あらすじ
孝とは、親を大切にすることで、儒教の基本的徳目だ。律令で孝行者の表彰が定められ、七一四年に最古の例が見られる。以来、孝子は為政者から顕彰され、人々の尊敬を集めた。特に江戸時代は表彰が盛んに行われ、多くの孝子伝が編まれた。明治に入り教育の中心に据えられるが、戦後、軍国主義に結びついたとして否定された。それは常に支配者の押しつけだったか。豊富な資料で「孝」を辿り、日本人の家族観や道徳観に迫る。
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Posted by ブクログ
「親孝行」と聞くと、何やら胡散臭さを感じてしまう。儒教思想、封建制、教育勅語、軍国主義といった言葉が連想されるのだ。
といっても、近代以前は、人権や平等といった概念自体がなかったし、親あるいは祖先を敬う、考を尽くすといった考えを否定する気はない。また江戸時代などは、幕府や藩によって盛んに顕彰が行われていたこともあり、考思想や考子(孝行する人)が、世の中で好まれてきたのも事実である。
しかし、それが為政者の支配体制強化に利用されてきた事実があることも確かだろう。考は忠につながるからだ。しかし、太平洋戦争のさかな日本の敗色が濃くなるにつれて、考よりも「忠」自体を、教育勅語より軍人勅諭を重視するようになったりもした。場当たり的というか、(為政者側の)ご都合主義と言わざるを得ない。
そもそも考思想は、忠義・愛国と必ずしもセットで考えなければならないものではない。そして戦後は軍国主義につながったと、考思想もセットで否定されてしまったのだ。
それでも「孝行」を顕彰しようという動きは戦後もあった。しかし今度は、別の問題が出てきた。プライバシーや個人情報だ。家が貧乏、親が病気といったネガティブな情報を知られたくないのだ。
時代によって、世の中の考え方も変わっていくのだ。