フョードル・ドストエフスキーのレビュー一覧

  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    ネタバレ

    公爵のナスターシャとアグラーヤへの煮え切らない態度に、途中までもやもやしていた。しかし、結末を知ると公爵への評価は変わる。ムィシキンはこの世界で生きるには純粋すぎたのだろう。或いは、この世界はムィシキンのような人物を生かすには、残酷すぎたのかもしれない。ナスターシャもムィシキンもアグラーヤも、ロゴージンさえも時代や社会の犠牲者だった。

    0
    2023年06月06日
  • 白痴2

    Posted by ブクログ

    (意外と重要なことではないかと思うのだけど)この河出文庫版の『白痴』全三冊、表紙がいいですね。本当にイメージどおり。

    0
    2020年06月17日
  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    バフチンの”カーニバル的”という表現が、少なくとも『カラマーゾフの兄弟(途中まで)』と『罪と罰』を読んだ限りでは全然ピンと来なかったのだが、これを読んでちょっとわかるような気がした。入れ代わり立ち代わりのたくさんの登場人物とそれぞれの勝手な、つながりのあるようなないようなエピソードの怒涛。最後の寂寞。

    0
    2020年02月05日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    江川卓訳『罪と罰』(岩波文庫)に続き、『白痴』はこちら河出文庫の望月哲男訳を選びましたが、(他と比較した訳ではないので絶対評価として)正解。読みやすく、かつ作品のストーリー・テイストに合った訳文と感じます。

    0
    2019年07月07日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    スピード感溢れる翻訳がすばらしい。『白痴』は展開が速いので、このリズムに乗って読み進められるのはとてもいい。

    0
    2018年09月04日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    自分はこの小説の主人公ムイシュキン公爵を"あの程度の人物"と言う大江健三郎が嫌いだ。誰とでも屈託なく接し、銃殺刑やギロチン刑にされる囚人のプロファイルを行い、自分を白痴と侮る人には決然と対処する、政略結婚の犠牲にならんとする女性を解放する、自分はそんなムイシュキン公爵が大好きだからだ。初めて本当の人間を見た、と言われるぐらいのヒトは中々いない。彼が莫大な遺産の継承者であることが分かり、ナスターシャの結婚話をぶち壊してからの人間関係が見もの。相手を見て態度を変える、或る種の人間の本質をズバリ突く一文がある。

    0
    2015年09月06日
  • 白痴2

    Posted by ブクログ

    第1巻がムイシュキン公爵とその影ロゴージン、更にはエパンチン家の秘書ガヴリーラという3人の男対ナスターシャの"恋の空騒ぎ"ならば、第2巻はムイシュキン公爵とガヴリーラ、そして途中から将校ラドームスキーの3人対アグラーヤのそれに変わり、あろうことかナスターシャがそこに介入するという、バブル期のトレンディドラマ真っ青の構図、結核で余命幾ばくもないイッポリートの自殺未遂が次のステージを用意するが、ナスターシャもアグラーヤも真意が図りかねて、無垢なムイシュキンが浮き立つばかり。つくづくロゴージンは人間臭い奴だ。

    0
    2015年09月06日
  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    ムイシュキンとナスターシャが互いに補完して、其々の生い立ちを乗り越える未来。ここまできた読者には、そんなことを夢想させる。でも2つの三角関係が、それも2人の女性の真意が表に出ないまま深く静かに進行し、ラストの悲劇へと繋がる。美しき我らがヒロインがあんな啖呵を切った上に迎える運命。ロゴージンもまたムイシュキンを補完する存在だから、自分は責める気になれない。轟音、叫び声、絨毯に散った高価な破片、驚愕、動転-コレでも表しきれないムイシュキン公爵の状態って?満場の悲鳴って?紛れもなくドストエフスキーの傑作の1つ。

    0
    2015年09月06日
  • 白痴2

    Posted by ブクログ

     ここでは第2・3部について。
     第1部が終わったのち、2部が始まる前にナスターシャがロゴージンやムイシュキンの所へ行ったらしいのだが、そのあたりの詳細が殆ど描かれておらず、また2部に入ってもなかなか言及されずじれったい。
     また、当時のロシア情勢やキリスト教観について様々に語られるが、生憎その辺りにはさほど興味を持てなかった。その方面に知識が無いことが原因であり、作品を十全に味わえていないのは残念だが・・・仕方ない。

    0
    2011年11月01日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

     小説を読み始めた頃、それこそ白痴のように読み漁ったドストエフスキーの長編小説。中でも白痴は一番好きだったので、新訳が出ていてとても嬉しかった。
     ムイシュキン(ムィシキン)公爵が列車でペテルブルクに来る所から始まるストーリーは、今まで良くも悪くも保たれていた均衡が崩れ始めるような・・・例えるならジェンガを一本一本抜いていくような緊張感があり、もうわくわくがとまらない。作者は本小説が失敗作だと自分で評していたようだけど、個人的には大満足。
     第一部で印象深いのは、やはり主人公ムイシュキンが持つ周囲の人間を引き寄せる力だと思う。列車の中でのロゴージン、エパンチン家の召使をはじめとして、白痴白痴と

    0
    2011年02月01日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    いわゆる5大小説の中では最も読みやすく、19世紀末のペテルブルクを楽しめました。世俗にまみれた人々の中に天使のような人物が舞い降りたらどうなってしまうのか。

    0
    2024年01月07日
  • 新訳 地下室の記録

    Posted by ブクログ

    言い回しを現代風にするなど、読みやすさに特化した新訳です。
    うだつが上がらない地下室人の雑記がひたすら続くという内容ですが、この整然としていない点に人間性があります。
    普通の人間が無理矢理に自分の思いを書いている勢いを感じました。
    引っ込み思案で苦労する彼の手記には続きがあることになっていますが、その後の人生を色々想像してしまう一冊。

    0
    2019年06月16日
  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    ドストエフスキー(1821-1881)の後期五大長編のうち『罪と罰』に続く二作目、1868年。『罪と罰』がラスコーリニコフらにより思弁的な哲学議論が展開される思想小説であるのに対し、『白痴』は一般には恋愛小説として括られる。しかしそこで描かれている恋愛は、もちろん単なる男女の抽象的な交情というだけではなく、当時のロシア社会の歪んだ病的な相貌を――さらには近代という時代精神が必然的に到り着かずにはおれない或る種の地獄の姿を――映し出す鏡の役割を果たすことになる。

    物語では、多数の登場人物の感情や思惑が複雑に錯綜する。それぞれの感情の細かな動きを正確に追うことすらも難しく感じられた。ナスターシヤ

    0
    2018年07月23日
  • 新訳 地下室の記録

    Posted by ブクログ

    正直に言うと、前半は読み進めるのがしんどかった。
    読み進める度に、「こんなに自意識過剰なのでは、どうやって生きていけるのか」と頭を抱え、思考がそこにとどまってしまった。
    しかし、後半を読んでなぜ主人公がこうなってしまったのか、納得ができた。
    「罪と罰」の主人公には、助けようとする友人や家族、恋人とのやり取りがあり、他者へと開かれている部分があり、それが救いにつながっているような印象を受ける。
    そういった他者への希求が全て内向きになってしまっているから、救いのなさのようなものを感じさせるのだろう。
    風穴という言葉の大切さに気付かされた。

    0
    2017年10月29日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    ムィシキン公爵は好感が持てる。白痴というより純粋。

    ナスターシャは美しい人ということだけど、やってることは、なんだこの女は?って思うんだけど…
    2、3巻読めばわかってくるのかな。

    0
    2017年03月14日
  • 白痴3

    Posted by ブクログ

    本編で黙示録から度々引用されるのが示唆する通り、逃れられなかった悲劇で幕を閉じる。ムィシキンがイエスの再来だとするならば、彼が再生する可能性もまた残されているという事か。またドストエフスキーの長編作品の魅力は本筋から外れた(ように見える)サブストーリーがどれも強烈な自己主張と輝きを放っている所だろう。一押しはイーヴォルギン将軍。『罪と罰』のマルメラードフ、『悪霊』のステパン先生を彷彿とさせる残念な酒飲み耄碌ジジイ枠(しかも全員死ぬ)なのだが、彼らの様な人間こそドストエフスキー作品の個性であり象徴なのだ。

    0
    2013年05月16日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    ムィキシン公爵の存在は何を表しているんだろう?ある種の二面性(賢さとお馬鹿さん)を持つ純粋無垢な青年として描かれているけれど実際は…?ナスターシャの最後の行動の意図は…?ムィキシン公爵の死刑に関する話はかなり興味深い。

    0
    2012年12月24日
  • 白痴1

    Posted by ブクログ

    3巻中の1巻を読み終えたところです。

    きっと題名だけなら^^誰もが知る名作です。
    でも、若い時から読んでみようと思ったことはありませんでした。
    ロシア文学は小難しくて暗いというイメージがあったから(読んだこともないのに^^)

    今回、お友達のレビューを読んだことをきっかけに、、
    帯にあった「真実美しい人・・ムィシキン公爵」という主人公にぜひとも出会いたいと思った。

    白痴と呼ばれるほど純真無垢な公爵と
    公爵を取り巻く個性豊かな登場人物の名誉欲、金銭欲、色欲といった大人の汚らしい部分の対比が
    この話面白くしている。

    この長編を流れる大筋の話の中に「アネクドート・・小話、エピソード」がたくさん

    0
    2012年09月10日
  • 新訳 地下室の記録

    Posted by ブクログ

    トルストイ(1828〜1910)、ドストエフスキー1821〜1881)と時代が重なり合う同士であったが、若い頃のドストエフスキーは社会主義の運動で逮捕、死刑執行直前で保釈、小説家となりこの「地下室の記録」をあたかも病んだ、意地悪い男として表現、社会に間接的に抵抗していたのである。巨匠二人ともに時代の背景にある合理化一辺倒の社会主義国ロシアで「幸福、希望、夢」を追った作品は現代では理解できない厳しい規制社会だったに違いない。

    0
    2022年07月11日
  • 新訳 地下室の記録

    Posted by ブクログ

    筑摩版小沼文彦訳に較べると、亀山訳の主人公は、やや男性的な感じ。

    ただ、主人公は、もっとだらしなくみっともない、卑小な人物のはずなので、小沼訳の方が、本来のイメージに近いのではないかと思う。

    それから、亀山訳では、「まったく」を「ったく」と訳すなど、ウケを狙っているのか、妙な言葉遣いが違和感。
    こういう「新しい」コトバは、すぐに古びるし、作品の品格も落とすので、やめた方がいいと思う。

    0
    2017年09月16日