角田泰隆のレビュー一覧
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建長寺の宿泊坐禅会で聞いた「仏道を習うとは…」の文言の出典が正法眼蔵と知り、ひとまずとっつきやすそうな本だったので手にとった。曹洞宗の僧侶でアカデミックな背景もしっかりした著者で、しかも自分もまだよくわからないことがあるが、今の自分の解釈はこうというスタンスで、語り口も読みやすく嬉しい。
現成公案、有時、三界唯心、夢中説夢、空華、坐禅儀、魔訶般若波羅蜜、仏性、礼拝得髄、山水経、洗浄、菩提薩埵四摂法の各巻を取り上げている。
面白いのが坐禅のノウハウだけでなく、便所の仕方や歯磨きの仕方なども丁寧に説明しているところ。特に最近の中国は楊子が廃れてみな口臭いみたいな話とかは笑える。
道元の考えていることは現在の哲学や科学でも言われていることのように思う。ものの認識の仕方、今の私の中にすべての時があるとかは時間とは脳内で存在するものという考え方とか、山が歩くとか。
この世に存在するあらゆるものは心。人生に成功も失敗もなくそれぞれの日常があるだけ、その世界を仏の世界にする。坐禅をすると何になるのか、「何にもならん!」という澤木老師の回答。
スティーブジョブズのstay hungry, stay foolishの原典的な「潜航密用は愚のごとく魯のごとし、ただよく相続するを主中の主と名づく」が『宝鏡三昧』という禅籍にあることも知った。
ちょっと誤字も多かったので、直感に反する読み方のふりがながあっているのかどうかは不安。
道元の考えにめっちゃ興味が出たのでまた何か読みたい。今自分が好きでやっているお茶にも取り入れるべき考えがいっぱい、といか茶禅一味というのがわかってきた気もする。坐禅もできる範囲で再開する。 -
ネタバレ 購入済み
禅宗(曹洞宗)を学ぶには最適。
2024年10月読了。
長らく積ん読状態だった本の中から、今年の《余りにも異常な夏》に苦しめられた心から、『何か自分の心を落ち着かせるものを…』との思いで引っ張り出した。
日本史において「曹洞宗は只管打坐」「臨済宗は公案」と教育されてきた私からすれば、道元と云う人は『多くを語らず只管に座禅せよ』というイメージが強く、ここまで饒舌に(=懇切丁寧に)仏道について語っていた事 自体に驚いたし、又感動した。
そもそも私自身、臨済宗系の学校に通っていた事も有り、曹洞宗とは距離を感じていたが、有る御縁で、今は亡き佐藤俊明先生の著書と出会い、禅宗の奥深さに触れてはいた。だが中々『正法眼蔵』そのものにまでは手が伸びず、この《随聞記の解説本》である本書に辿り着いたと云う次第である。佐藤先生の著書は宗派に拘らず《広く禅のこころを伝えたい》と云う啓蒙書であったが、本書は『正法眼蔵』の解説書の解説書という趣きで、心を打たれることが多く、(戯れに言えば)鎌倉時代の偉いお坊さんから長〜い棒が伸びてきて、愚かな私の頭を叩いて戴いた気持ちになった。
禅宗は、大きな三宗(臨済宗,曹洞宗,黄檗宗)の下に、更に「○○寺派」が十数派も枝分かれしており、個人的にそれらが「宗派同士で仲違いしているのなら嫌だなぁ」と思っていたが、本書と、そして嘗て読んだ佐藤先生の書も同様に、宗派に囚われず又「自力」「他力」等に拘っているのは大変愚かなことで、全ては『仏力本願』なのだと喝破されていた事に、非常に強い感銘を受けた。
とは言え『公案等を弄り返すような事はせず、只管座禅を全ての大元』にする宗派(=曹洞宗)でも、学びの段階では公案は勿論のこと故事,説諭話を沢山学ぶ行程がある事に、矛盾と納得も感じたのは素直な気持ちである。
と、ここまで語っておいて、自身は実は日蓮宗なのだがww、仏道は広く融通無碍であり、やはり日本人には『大乗仏教』が一番こころに響くものがあると強く感じた。本書も二読,三読するに値する貴重な本である。又、現在絶版している佐藤俊明先生の書も、本書より更に初心者向けの好著なのだから、曹洞宗本部からの再版を強く希望する。 -
Posted by ブクログ
”私は、それほど多くの修行道場を巡り歩いたわけではないが、ただ、たまたま先師天童にお会いすることができて、たちどころに眼横鼻直というあたりまえのことをはっきりと会得して、それ以後は誰にも惑わされることがなく、何も持たずに日本の故郷に帰ってきた(空手にして郷に還る)”。
道元禅師のことばがわかりやすく現代語で書かれている。道元禅師のことばはこころに響く。とくにこの眼横鼻直、空手にして郷に還る、は印象的。普通なら中国に留学してたくさん学んで、貴重なお経をたくさん持ち帰ってきた、といいたいところだが真逆なのが禅的。欧米のアドヴァイタのスピリチュアルティーチャーたちが時々道元に言及しているのを見るが、やはり道元の言葉は切れ味鋭く響く。 -
Posted by ブクログ
禅に関する本の二冊目。前回読んだ「禅とはなにか」で、太極拳は動禅だという話を読んでから、「禅」とは何を目指しているのかを理解することが、太極拳をやるにあたって何を目指すべきかを探し当てるヒントになるのではないかと思って、この本を読みました。
こんな一説を見つけました。
「身体をととのえ、呼吸をととのえて心が静まり、身も心も仏に任せて、仏の姿をまねて座ってみると、なんとも言われぬ平安に包まれます」
太極拳は単なる踊りではなく、単なる武術でもありません。この一説のように身体をととのえ、呼吸をととのえて、心を落ち着かせることも大きな目的です。
ただ、この本には随所に何かを求めて坐禅をしてはいけない、ということも書いてありました。「悟りをもとめず、ただひたすら行う修行」だそうです。
まだまだ理解は不十分ですが、とりあえず、太極拳はやり続けることで本来の自分を見つめることができるのではないか、ぐらいに考えて、毎日続けていきたいと感じています。
この本は、内容をさらに理解するために、引き続きもう一度読んでみたいと思います。