あらすじ
道元の教えを弟子の懐奘禅師が記録した『正法眼蔵随聞記』を分かりやすく解説。
「ただひたすら坐る」「修行と証りは一つである」心の平安へ至る道の在り方を、道元の言葉から学ぶ。
第一章にて「仏道の手引き」として、『正法眼蔵随聞記』や道元の思想などの概観を説明し、第二章以降で具体的な道元の言葉を紹介する。「出世」「物欲」「我執」などに対し人はどのように向き合うべきか、悟りを開くにはどのような行いを積むべきか、道元の思想を引用し、現代にも通じる事例を用いながら読み解く。
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禅宗(曹洞宗)を学ぶには最適。
2024年10月読了。
長らく積ん読状態だった本の中から、今年の《余りにも異常な夏》に苦しめられた心から、『何か自分の心を落ち着かせるものを…』との思いで引っ張り出した。
日本史において「曹洞宗は只管打坐」「臨済宗は公案」と教育されてきた私からすれば、道元と云う人は『多くを語らず只管に座禅せよ』というイメージが強く、ここまで饒舌に(=懇切丁寧に)仏道について語っていた事 自体に驚いたし、又感動した。
そもそも私自身、臨済宗系の学校に通っていた事も有り、曹洞宗とは距離を感じていたが、有る御縁で、今は亡き佐藤俊明先生の著書と出会い、禅宗の奥深さに触れてはいた。だが中々『正法眼蔵』そのものにまでは手が伸びず、この《随聞記の解説本》である本書に辿り着いたと云う次第である。佐藤先生の著書は宗派に拘らず《広く禅のこころを伝えたい》と云う啓蒙書であったが、本書は『正法眼蔵』の解説書の解説書という趣きで、心を打たれることが多く、(戯れに言えば)鎌倉時代の偉いお坊さんから長〜い棒が伸びてきて、愚かな私の頭を叩いて戴いた気持ちになった。
禅宗は、大きな三宗(臨済宗,曹洞宗,黄檗宗)の下に、更に「○○寺派」が十数派も枝分かれしており、個人的にそれらが「宗派同士で仲違いしているのなら嫌だなぁ」と思っていたが、本書と、そして嘗て読んだ佐藤先生の書も同様に、宗派に囚われず又「自力」「他力」等に拘っているのは大変愚かなことで、全ては『仏力本願』なのだと喝破されていた事に、非常に強い感銘を受けた。
とは言え『公案等を弄り返すような事はせず、只管座禅を全ての大元』にする宗派(=曹洞宗)でも、学びの段階では公案は勿論のこと故事,説諭話を沢山学ぶ行程がある事に、矛盾と納得も感じたのは素直な気持ちである。
と、ここまで語っておいて、自身は実は日蓮宗なのだがww、仏道は広く融通無碍であり、やはり日本人には『大乗仏教』が一番こころに響くものがあると強く感じた。本書も二読,三読するに値する貴重な本である。又、現在絶版している佐藤俊明先生の書も、本書より更に初心者向けの好著なのだから、曹洞宗本部からの再版を強く希望する。