市川力のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
子育てをするようになり、何が子どもにとって好いことで何が悪影響を与えるのかというのも気になるようになったが、自分の幼少時代とは全く異なるこの先の世界において、この子が迷ったり辛い思いをしたりすることが少しでも無くなるようにするには、どのように子供と向き合っていけばいいのだろうか、と考えるようになった。
そんな中で出会った本書。著者は「深く考え、自ら創造し、行動する人になるために必要なスキル」として、Content(読み書き計算)、Collaboration(仲間とアイデアを出し合う)、Communication(発見をまとめる)、Critical Thinking(冷静な見極め)、Creativity(新しいアイデアの創造)、Confidence(困難を乗り切る自信)の6Csが必要になると主張している。
この中で、従来の学校教育で評価されるのはContentのみ。この先、頭にどんなに事実を詰め込んでも、ウェブ上で検索すれば簡単に答えに辿り着けるため、成功には結びつかない。大事なのは大量の情報を仕分けし、優先順位をつけ、活用していくことである、と。そのために必要なのが6Csである、という論。
1章から4章までは「成功」の定義や現在の学校教育の迷走、子どもの潜在能力等についての話。5章から10章までは6Csが一つずつ扱われている。ここでは各Cの熟達の程度が4段階にレベル分けされており、今、自分や自分の子どもがどのレベルにあるのかをチェックできるようになっている。11章はまとめ。
6Csの詳しい説明は省くが、面白いのは子どもの成功への道が、大人にとっても成功する道であり、この6Csは大人が成長していくためにも子どもと同じように適用することができる、という点。例えばCritical Thinkingは、「見かけをそのまま信じる(Level1)⇒私の考えを絶対に正しいと信じる(Level2)⇒どんな意見も正解である(Level3)⇒根拠づけて上手に疑う(Level4)と発展していき、これは大人の情報処理能力にも当然通じる。
著者は6Csを「何度も同じプロセスを経て洗練され」、「あるスキルがほかのスキルの成長を助け」、「お互いに関わり合いながら発達し」、「学ぶことで常に伸ばし続けることができ」、「教師や親ではなく学習者に焦点が置かれた」、「学校外の様々な文脈で活用できる」スキルとしている。この点で、生涯学習であると言える。
子供がどんな環境に置かれても成功できるようにしてあげるのは素晴らしいじゃないか、その学びのプロセスに関わることで自分たち大人もせいちょうできるなんてさらに素晴らしいじゃないか、ということを著者は言いたいのだろう。
障害をかけて学ぶこと。学校教育とはまた別に、人とかかわり続けるためにスキルを磨くこと。
そういう点で、「子育て」をしていない人にとっても学びの多い本である。 -
Posted by ブクログ
こ、これは… 子どもに早い時期から英語を学ばせようという親御さん、そして現地で子育てをする駐在員必読です。
市川さんの説く内容は、理屈じゃなく、ご自身が実際にアメリカで日本人のお子さん向けの塾を開き、1000人以上のお子さんの「実例」を見てきたことがベースにあるだけに説得力があります。
帯には「早期教育は、英語も母語もダメにする」とありますが、「必ず」ダメにするということではなく、「安易に行うと」ダメにする、という意味です。内容的には。
では、ダメにしないためにはどういう意識・行動(親の接し方、言語環境の与え方)が必要か?についても説かれており、私自身子どもの英語教育についてはまさに悩みどころなだけに、大いに考えさせられました。
そういう意味で、書名も正確に言えば、『英語を子どもに「安易に」教えるな』となります。
ごく一言で言えば、学校任せ、環境任せにすると「必ず」失敗します。親の関わり方がとても大切です、そして、それはとてもシンドいことを親も覚悟しなければなりません、ということになるかと思います。 -
Posted by ブクログ
この本を読んで,これまでいろいろ誤解していたなあ,と反省しています。
これまでも安易に子どもに英語を教えるより,日本語をきちんとして,と訴えてきました。とにかく自分の国語を大切にすることだと。英語を話せると確かにかっこいいし,外国人と話をして得をすることもあるでしょう。しかし,それよりも中身が大切だよ,と。
でも,この本では,それだけではない面を見ました。たぶん多くの人はぼくと同じように誤解をしているのではないでしょうか。
● わが子に英語を習わせたいと考える親のほとんどが、自分が英語嫌いになったり、英語力を身につけられなかったりした原因は、自分の受けた学校英語教育にあったと考え、さらに、乳幼児期から英語を教わらなかったために、自然に英語力を獲得する機会を逸したと悔やんでいるのではないだろうか。
( はい,ぼくはそのように悔やんでいるところがありましたね。ただ,子どもができなかったから,それで子どもに英語を,とはいかなかったけど,いたらたぶん考えたでしょう )
● しかし、ここに「甘い幻想」が生まれる素地があることに気づかなければならない。たとえ母語とともに外国語を学習する能力が子どもに潜在的に備わっているとしても、「動機づけ」「適切な環境」「適切な方法」のすべてがそろっていなければ、バイリンガルとして育たないという認識が抜け落ちている。
( はい,抜け落ちていましたね。もっと簡単なものだと思っていました)
● 私は、アメリカで育った日本人駐在員の子どもたちとの関わりを通じて、英語環境の中にどっぷりつかることで、ネイティヴ並みの発音で日常会話はできるようになっても、なかなか十分な読み書き能力は身につかない、母語である日本語の力を育てるのが難しい、母語喪失のりスクを負ってまで獲得した英会話の力も日本に帰国して使う機会がなければみるみるうちに失われていく、といった事例に数多く接してきた。この経験から、いくら早い年齢から子どもに英語を教えたとしても、並大抵のことでは、母語・外国語ともに、「話しことば」だけでなく、「書きことば」でも優れた能力を発揮できる、バランスのとれたバイリンガルにはなれないことを痛感した。
( バイリンガルって大変なことなんだなあ,とつくづく思います。 英語だけでなく母語の日本語も難しい )
● 日常会話レベルを超えて英語を使いこなすようになるためには、ある時期にー定期間英語漬けになって相当の訓練をしなければならない。と同時に、言語の違いに関係なく、論理的に物事をとらえる力、相手にわかるようにきちんと説明する能力、そして説明に値する内容のすべてを備えていなければ、高度な語学力は身につかない。英語を使って読み、書き、聞き、話せるようになるためには、単に子どもの時から始めれば済むわけではなく、英語自体の訓練以上に、思考力を高めることと伝えたい内容を持つことが大切であることを、私はアメリカで英語を身につけた日本駐在員の子どもたちに教えられた。
( 「思考力を高めることと伝えたい内容を持つことが大切であること」については,そう思っていました。しかし,こんなにきびしいとは思わなかった )
● 「僕のことを帰国生だとわかると、僕の人格なんてまったく消えちゃうんですよ。帰国生だから英語がしゃべれるんだね。帰国生だとアメリカ人の友だちもいっぱいいるでしょう。帰国生は入試で優遇されるからラッキーだよね。自分の意見をはっきり言うなんてさすが帰国生だよね。すべてがこんな感じです。帰国生という環境に偶然生まれたことで、僕の人生が決まったとみんな思いたいんでしょうね」
( ぼくもそのような傾向がありますね。帰国生に知り合いはいないけど,外国に住んでいた人は数人知っています。英語使えるのは当然でしょう,という感じのことを言ったかもしれない。反省。反省 )
● 私は、多くの帰国生と出会ってきて、幸一君のようにサバイバルできた例は、一部に過ぎないことをまざまざと見せつけられてきた。幸一君とまったく同じような状況で育った子が、結局、英語もうまく使えるようにはならず、日本語も中途半端なまま日本に帰国し、それを恥じた親が、アメリカに駐在したことをひた隠しにしたというケースも多い。私の心の底には、うまく救い上げることができなかった子どもたちへの思いが沈んでいていつまでも消えることはない。
( 英語圏に数年住んだら,みんな話せるって思っていました。一部にすぎないんだ )
● 帰国生に対して、日本での教育体験しか持たない人たちは、自分にもあの環境さえ与えられていたら、英語もマスターでき、いい学歴を獲得するにも、就職するにも有利だったろう という感情をどうしても抱いてしまう。帰国生が外国で苦労したといっても、自分たちだって日本で苦労したという気持ちがある。海外駐在員の家族は、現地で優雅な生活を送り、1いい思いをたくさんしたのだから、同情する気にはなれないと理解を示そうとはしない。
( はい,まさにそういう気持ちを持っていました。いいなあ,というあこがれがありましたね )
● 道代さんのように、相手の期待する「帰国生らしさ」に見合うだけの英語力を持ち合わせていないと感じた時に、日本に戻ってから、わざわざ努力して、そのイメージに近づこうとする帰国生は多い。帰国生自身とそして彼らを取り巻く人々との共同作業によって、「帰国生らしさ」という幻影はますます強固になっていく。
( 人の期待にこたえたいという気持ちが起こるのは,とても理解できます。ただ,それができてうまくなった人はいいでしょうが,それに押しつぶされてしまう人もいるのでしょう。かわいそう。 )
● オーストラリアの言語学者ギボンズは、「遊び場言語」と「教室言語」との二種類の言語があることを示した。
「遊び場言語」とは、子どもが友だち同士で会話をしたり、一緒に遊んだりする時に使う「日常会話のための言語」である。目に見える具体的な場面で使用されることばなので、言語以外の、表情や動作、声色などの手がかりを利用できる。したがって、省略されたり、不正確な表現があっても、理解可能なのだ。
それに対して、「教室言語」は、先生が教科内容を説明する際に用いる「教科理解のための言語」である。教科書に使われている「書きことば」はまさに「教室言語」だが、「話しことば」も、論理的な説明や議論、問題解決の筋道を説明する際に使われる。このことばは、抽象的な思考のために使われるので、言語以外の手がかりを利用することはできず、正しい語彙を用い、文法的にも正確に表現しない限り、相手には通じない。
( これは感じていました。そして現在行われている会話中心の英語教育は「遊び場言語」しかできないようにしてしまう。文法をきちんと教えましょう,というのは,そういう意味だと思います。 )
●「日常会話言語」を習得したしベルに甘んじてしまい、「教科理解言語」をないがしろにしたままだと、子どもは、日本語も英語も「教科理解言語」の面で不完全な状態、いわゆるセミリンガルになってしまう。子ども本人もそして親も「英語がぺらぺらになった」と思った時が、実は正念場なのであ る。
( セミリンガルって初めて聞きました。でも,一見するとセミリンガルをバイリンガルって見てしまうのでしょうね。でもどちらも不完全では,それからの人生,大変です。)
● 「せっかくアメリカに来たのだから、子どもに英語を身につけさせないで帰るのはもったいない」と安易に発言する親が多かった。しかし、それは、大人の自分勝手な発想に過ぎない。英語を身につけながら、日本語を維持することは並大抵のことではない。比較的低年齢からアメリカに来ているのに英語力の伸びが芳しくない場合や、日本でもあまり読書習慣がなく、豊かな日本語体験があったとはいえない場合、英語も日本語も両方ともセミリンガル状態になる可能性が高いので、まずは母語である日本語の力を養う指導に重点を置くべきであろう。
(同感です。この本を読んでさらに強く思うようになっています) -
Posted by ブクログ
帰国子女だったら、インターナショナルスクールに通ったら英語がペラペラになるんだろうな、子どももそうさせようかな、となんとなく思っていたけれど、「自然にバイリンガルになる子はいない、そんなのは幻想だ」という著者の主張に驚かされた。
確かに、帰国というだけで英語力を期待されるプレッシャー、日本語がおろそかになるセミリンガルになる可能性だってある。
そもそも、英語がペラペラとは何か?
大切なのはその中身だと、当たり前のことを再認識させられた。
周りが続々と英語教材を導入しているのをみて少し焦りを感じていたが、流されて始める必要はないと思い直した。
ただ、幼少期からの方がリスニング力は身に付くようには思うので、もっと他の本も読んで研究してみたい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ[ 内容 ]
英語も日本語も身に付かない「帰国生」を数多く指導した経験をふまえ、著者は早期教育の現場をルポし、警鐘を鳴らす。
国際社会を生き抜くために必要な力を問い、それを養う方策を提案。
[ 目次 ]
第1章 在米日本人子女と過ごした一三年
第2章 セミリンガル化する子どもたち―母語喪失の危機
第3章 バイリンガル幻想を検証する
第4章 日本で進む早期英語教育の実態
第5章 外国人との「対決」が育む国際感覚
終章 親が留意すべき10のポイント
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[ 参考となる書評 ]