ラディゲのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
三年半ほど前、高校生のときに古書店で古い文庫を買って
積んだまま読まずに〈引っ越し処分〉していたことを思い出し、
反省しつつ光文社古典新訳文庫を購入。
早熟・夭折の天才と言われるレーモン・ラディゲの(短めの)長編小説。
1920年2月、パリ。
高等遊民の一種である二十歳の青年フランソワ・ド・セリユーズは、
社交界の花形アンヌ・ドルジェル伯爵およびマオ夫人と出会った。
フランソワの友人で外交官のポール・ロバンも交えて
サーカスを楽しんだり非合法のダンスホールで踊ったりして、
彼らは親交を深めていった。
フランソワは次第にマオ夫人に恋情を覚えるようになり、
距離を取るべきか縮めるべきか思い悩む。 -
Posted by ブクログ
三年半ほど前、
高校生のときに古書店で古い文庫を買って積んだまま
読まずに〈引っ越し処分〉していたことを思い出し、
反省しつつ光文社古典新訳文庫を購入。
早熟・夭折の天才と言われる
レーモン・ラディゲの(短めの)長編小説。
作者の分身と思しい語り手〈僕〉の思い出。
分けても15歳からの激動の日々について。
第一次世界大戦下のフランス。
〈僕〉は四つ年上の画学生マルト・グランジエと出会い、
興味を募らせていったが、
彼女には婚約者ジャック・ラコンブがいた。
しかし、彼女が予定通り結婚した後も
互いに秋波を送り続け、
ジャックが戦線に送られた不在のうちに、
当然のように一線を超えてしまった―― -
購入済み
難しい
難しいですね。
若いうちに読んでたらなにか思うところもあったかもしれないけれど、
今の私にはなんと言ったら良いのかわかりません。
私の感受性の問題だろうか。
ともかく一つ言えるのは、若いうちに読んだほうが良いと思います、そのときは理解できないとしても。
初めて読むのが歳を取ってからだと、
理解はできてもどう評価したら良いのかわからない感じになってしまいます。 -
Posted by ブクログ
訳者中条省平さんの解説から引くと、筋書きは、
早熟な少年が、人妻に恋をし、その夫が戦争に行っているのをいいことに肉体関係を続け、彼女の生活をめちゃめちゃにしてしまう、
というもの。
作者の実体験に基づいて、16〜18歳のときに執筆されている、というのが、まず驚き。
ヒロインであるマルトの人格がよく分からないというか共感し難いのだけど、古典新訳の対象として選ばれたのは何となく理解できるような。
『カフェ古典新訳文庫』で思い入れのあるひとの文章を先に読んだからかもしれないが。
少なくとも100年前の小説には思えなかった。
三島由紀夫が惚れ込んだ作者と作品らしい。
赤ちゃんの父親が誰か、とい -
Posted by ブクログ
ラディゲと言われても良く知らない。コクトーと言われると「オルフェ」を思い出す。その程度の知識で読んでみた。
物語自体は刹那的で破滅的なひたすら身勝手な若者の恋愛悲劇で、正直、だから何?的なものではある。だがしかし、一人称の語りが一貫して第三者的であり、なおかつ詩的で、この小説を単なる恋愛悲劇と呼ばせない文学的な厚みを持たせている。実際、その表現力は実に的確で、詩的だ。
「猫だって一生軽いコルクに悩まされるより、ひと月だけ重い鍋を引きずるほうがましだと思うにちがいない。」
「この残忍な愚弄は、愛が情熱に成長するときの声変わりだった。」
「妻を亡くし、これほど誇り高く絶望を克服する男を見て、いつか -
Posted by ブクログ
二十歳で夭折した20世紀フランスの小説家レイモン・ラディゲ(1903-1923)による、自伝的要素を含んだ処女小説、1923年。
本作品の舞台が戦時下であると語るところから、物語は始まる。
「僕はさまざまな非難を受けることになるだろう。でも、どうすればいい? 戦争の始まる何か月か前に十二歳だったことが、僕の落ち度だとでもいうのだろうか?」
第一次大戦という、深甚な虚無に否応もなく曝された少年。時代が少年にも強いる精神の屈折。無邪気で在ることを許さない、屈折。
それでもこの少年は、子どもじみた万能感から、自分が子どもであることを否定して成熟した大人であろうと、心理に於いても行動に