遠藤秀紀のレビュー一覧

  • 絶滅危機動物

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    絶滅危惧種をまとめた学研の図鑑ポケット版。ポケット版でありながら、情報量は満載で様々な動物(哺乳類、爬虫類、鳥類、両生類、魚類)の絶滅危機状況を知る事ができる。AR写真機能もあり動く動物が楽しめるが、一部だけ。しかし何より絶滅しそうな理由というのが全て記載され、今どのような状況なのか判るという点で、これ以上ないくらい手軽で読みやすくこれからも繰り返し読んでいこうと思える良書。

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    2019年11月09日
  • 人体 失敗の進化史

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    「進化とは、新しい動物を白紙から創作することではなく、数々の設計変更が自然淘汰を受けて生き残っていく、継ぎ接ぎだらけのプロセスなのだ。」
    生物の進化は面白い!
    元々あったものを、別の役割・機能のために使い回す。設計変更を加えながら。必要のためなら生物はそんな離れ技をもやってのける。
    本書は、様々な事例を紹介しながら、その面白さを伝えてくれる。

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    2019年01月22日
  • ニワトリ 愛を独り占めにした鳥

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    ネタバレ

    自分の仕事に誇りを持っていらっしゃる
    遠藤秀紀さんの著作が好きで、
    数年前に集中して読んだ時期がありました。

    最近(養鶏をやってみたいな)と思い始めたため、
    改めて読み返してみました。

    本書の執筆動機は
    ・読者へのニワトリに対する関心喚起
    だと思いますが、私の読書動機が
    ・養鶏で成功するためのヒントがないかな?
    なので、読書中は常に
    (知りたい事がなかなか出てこない)
    という感じを持っていました。

    ただ、養鶏家にならなくても、
    (いつかニワトリを飼いたい!)
    と読後に私が改めて感じるほどに
    筆者の強烈な“ニワトリ愛”が刺さりました。

    また読後の今、ニワトリ以外に類似した家禽が
    この世に存在しないことが不思議でなりません。

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    2017年10月04日
  • パンダの死体はよみがえる

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    自分にとって必要なくなったものは早く捨てるという考え方は、自分の身の回りをすっきりさせ、仕事を円滑に進めるためにも大切なことだと今の時代は教えられます。
    しかしそれは自分という人間を中心に考えた生き方であって、自分の持ち物や自分の生活空間の中でのごみに対してはそれでもいいけれども、こと動物の遺体に関しては死んだから焼いて捨てればいいという考え方は正しくないのだということを知った。
    息は途絶え生物としての役割は果たせなくとも、学術研究として後世に貢献していくという第2の偉大な役目が始まっていることを知り、遺体科学の人類の未来に果たす役割の大きさを感じることができた。
    死んでしまったパンダが生き返ることはないけれど、パンダの手の作りを知ることで、その動物が生き抜くために柔軟に進化しており、決して神が作ったものではないことを知ることによって、我々が正しい知識を享受することができたと思う。

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    2014年11月09日
  • 見つけるぞ、動物の体の秘密 : 動物かいぼう学者が挑む進化のなぞ

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    どうぶつの体のしくにみついておもしろいことがみつかりました。たとえばクマからパンダにしんかしたことです。たしかににているなと思いました。あと、6本のゆびがあり、びっくりしました。

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    2014年02月06日
  • 人体 失敗の進化史

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    戦う遺体科学者の姿である。人間をこれほど進化の過程を描きながら明らかにしていく本も珍しいと思われる。

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    2012年09月19日
  • 人体 失敗の進化史

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    大変、興味深い本でした。ホモ・サピエンスは、50キロの身体に1400CCの脳をつなげてしまった哀しいモンスターである、との形容と、これに続く一連の文章が心を打つ。是非、一読を。

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    2012年07月30日
  • 人体 失敗の進化史

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    ネタバレ

         -2006.09.02記

     著者の遠藤秀紀は、現役の動物遺体解剖の泰斗であろう。動物の遺体に隠された進化の謎を追い、遺体を文化の礎として保存するべく「遺体科学」を提唱する第一線の動物学者である。
    この人の著書は初めて読むが、「人体 失敗の進化史」は決して奇を衒ったものではなく、専門の知を真正面から一般に判りやすく論じてくれた好著だ。
    失敗ばかり、間違いだらけの進化史、その言やよし、ものごとはひっくり返してみるくらいの方がいいと常々私も思う。諸手を挙げて賛成だ。

    「偶然の積み重ねが哺乳類を生み、強引な設計変更がサルのなかまを生み、また積み上げられる勘違いによって、それが二本足で歩き、500万年もして、いまわれわれヒトが地球に巣喰っているというのが真実だろう。」という著者は、本章の1・.2章で、耳小骨の話を軸に、爬虫類から哺乳類、さらにヒトへと、顎と耳の作り替えの歴史を、見事に具体的に語り、われわれヒトの手足が、3億7000万年の魚類の肉鰭へと遡ることをこと細かに解き明かしたうえで、「脊椎動物の多くは、設計変更と改造を繰り返した挙句、一皮剥がしてしまえば、滅茶苦茶といっていいほど左右非対称の身体をもつことになってしまったのである。その典型が哺乳類などの高等な脊椎動物の胸部臓器なのである。脊椎動物の5億年の歴史のなかで、我々ヒトの心臓や肺に見られるごとく、脊椎動物がどう酸素を取り入れて、血液を流すかという作戦は、身体の左右対称性を継ぎ接ぎだらけに壊しながら、改良に改良を重ねてきたものなのである。」という。もちろん、心臓や肺について、あるいは腰椎や骨盤について、いかに設計変更や改造をしてきたか、具体的な説明にはこと欠かない。

    著者いうところの「前代未聞の改造(第3章)」が、ヒトのヒトたる所以の二足歩行であり、自由な手の獲得であり、直立したヒトの脳の巨大化であるのだが、一方でそれらは垂直な身体の誤算-かぎりない負の遺産を我々にもたらし、現代人の誰もが悩まされる数知れぬ慢性病として現前しているのだが、著者は「ヒトのトラブルの多くは、ヒト自身の設計変更の暗部であると同時に、ヒト自身が築いた近代社会が作り出す、予期せぬ弊害なのだ。」と説き、われわれホモ・サピエンスとは「行き詰まった失敗作(第4章)」であり、「ヒトの未来はどうなるかという問いに対して、遺体解剖で得られた知をもって答えるなら、やはり自分自身を行き詰まった失敗作と捉えなくてはならない。」と結論づけている。

    年間200から500頭の動物の遺体を、毎年のように、解剖し標本にしてきたという著者は、終章において、自ら立ち上げた「遺体科学研究会」の名で、動物の献体を声高に一般市民に呼びかけている。
    行政改革の大号令のもと、全国各地の動物園や博物館には指定管理者制度の導入や民営化の嵐が襲い、著者の遺体解剖の現場も研究も、現状を維持していくことがより困難になりつつあるのだから無理もない。

    最後に、これは著者には関わり合いのないことであろうけれど、遺体・献体の話題といえば、この数年、日本の主要都市で連続的に開催され、多くの観客を集め注目されている「人体の不思議展」について、嘗て私は「学術に名を借りたいかがわしい見世物」と批判しているのだが、是非にもご意見を拝聴したいものである。

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    2022年10月14日
  • 人体 失敗の進化史

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    ネタバレ

    初めて読んだ遠藤先生の本。
    書名から「文化人類系の本かな?」と思って手にしたら、全然違いました。
    が、面白かったです。
    生物としてのヒトがいかにいびつに出来ているかが分かる。

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    2012年05月11日
  • 人体 失敗の進化史

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    遠藤秀紀さんは獣医師で動物の遺体を通して動物の進化の歴史を研究している方です。
    現在の肩書は京都大学霊長類研究所教授となっています。前職は博物館の研究官を務めていたこともあって遠藤さんのところには動物の遺体が持ち込まれる。解剖してひとつひとつのパーツを調べるのは地道な仕事ですが、進化の歴史を示す重要な証拠が隠されています。
    この本のところどころには、そんな動物の遺骸や内臓や骨格の写真や図が載っています。
    学生の頃の解剖学の教科書を思い出すのですが、あの頃は不真面目だったことが災いし未だにうろ覚えな知識しか持ち合わせていません。しかし、この本を読むと七面倒くさいとしか思えなかった筋肉や骨の名称もなるほど!そうだったのか・・と思ううちにすんなり頭に入ってくるから不思議です。
    地球誕生から46億年、動物の原始的な祖先のほやなどからヒトの祖先が誕生するまで約5億年、それから現在までざっと370万年くらいの歴史ということです。
    だから、たかだかそのくらいの時間で、四本足の獣から二足歩行になったヒトは、いかに身体に数々の無理な設計変更を来してきたかというのが遠藤さんのこの本での主張です。当然、我々が今悩んでいるような腰痛や股関節異常、ヘルニア、貧血や冷え性、浮腫や肩こり・・・のような数々の人間にしかない症状をもたらし、そして優秀すぎる大脳が産んだ近代社会は、多くの病を克服し長生きの社会を実現し、女性の妊娠や出産を遅らせたり阻んだりしています。
    奇しくも、名古屋で生物多様性の会議が開かれています。詳しくは分かりませんが、食物連鎖の世界が地球だからそのバランスが崩れると、どんどん生物は死に絶えていくのでしょう。
    遠藤さんは最後に、私たちホモ・サピエンスの将来を占っています。
    内容は衝撃的ですが、今までの進化の歴史を考えればこの結末も致し方ないのでしょうか。

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    2011年09月24日
  • 人体 失敗の進化史

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    「進化」についてまじめに考えたことはあるだろうか。単純な適者生存モデルを鵜呑みにしているのではないだろうか。例えとして正しいかどうかは謎だが、野球において右バッターと左バッターどちらが有利でどちらが生存可能性が高いだろう。どちらかを滅ぼすほどの絶対性のある差異など存在しないのだ。生存可能性とは環境との相関によって生まれるものであって、能力の絶対値が決めるというものではない。もし仮にそういう欠落がある場合、それは、すでに生存していないものであり、それこそが逆に単純な適者生存モデルにあてはまる忘れられた存在になるといえる。
    私がこの本のタイトルに惹かれるのは人類が、「失敗」の進化史という何度も書き換えられ修正された「ぼろぼろの設計図」(遺伝子)を持ったままここまできている事を如実に教えてくれるからである。例えば二足歩行を始めた人類がもつ「人間病」のなかで、貧血、冷え性、脳梗塞、脱腸は同列に語るべき事象である。心臓から全身の細胞までの距離と血圧との関係が適正でない場合に起こりやすい病気である。例えば、ヘルニア、外反母趾(内反小趾)、肩凝りもまた二足歩行によって生まれる人間病である。
    あらゆる身体的リスクの可能性が設計図に残され、それを消しては書き直して維持され続けているといっていい。そういった「病気」を設計図の中で維持し続ける意味があるのかというと実はある。答えは簡単だ。
    「想定外」に対応するためである。失敗の蓄積とは「想定外」を「想定内」にしてしまおうという意志なのである。心して失敗せよ。

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    2011年08月22日
  • ニワトリ 愛を独り占めにした鳥

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    2010年に感動した本BEST3に入る名著。文体や内容に感動したのではなく、「ニワトリはたった一種類のセキショクヤケイを改良したということ」に感動した。「ニワトリは地域環境社会を選ばないということ」に感動した。「ニワトリは世界中で110億羽いるということ」に感動した。「ニワトリは卵・肉・骨全てが絶対的な『食料』であるということ」に感動した。「ブロイラー(品種名ではない)がいかに効率よく生産されているかということ」に感動した。これらのあらゆる事実は全てタイトル「愛を独り占めにした鳥」に表現されている。
    愛するものを食べ(食用)、また愛するものの卵を食べ(食用)、愛するものを戦わせ(闘鶏)、愛するものの姿の美しさを鑑賞する。
    人類はなぜ、本来戦闘的である野生種セキショクヤケイを家畜化しようと試みたのか。興味深い内容のオンパレードだ。
    ニワトリの食肉化を見ると、安藤百福の世紀の大発明インスタントラーメンの世界進出を髣髴とさせる。そして、インスターラーメンの元祖が「チキンラーメン」というのは決して偶然ではない。
    世界とはそういうものだ。

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    2011年08月18日
  • 人体 失敗の進化史

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    「私たちヒトとは、地球の生き物として、一体何をしでかした存在なのか」二足歩行という、ある意味とんでもない移動様式を生み出した私たちヒトは、そのために身体全体にわたって、「設計図」をたくさん描き換えなくてはならなかった。そうして得た最大の“目玉”は、巨大で飛び切り優秀な脳だったといえるだろう。
    ホモ・サピエンスの短い歴史に残されたのは、何度も消しゴムと修正液で描き換えられた、ぼろぼろになった設計図の山だ。その描き換えられた設計図の未来にはどういう運命が待っているのだろうか。引き続き、描き換えに描き換えを続けながら、私たちは進化を続けていくのだろうか。

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    2011年07月16日
  • 人探し

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    幼少の頃に母親を殺され自らを陵辱したコウタを探すため、能瀬はシステム工学を学び歩行解析から目的の人間を見つけるラミダスを作り上げた。

    執拗なまでの執念から、自らの顔にコウタへの怨念を刻む能瀬の思いは鬼気迫るものがあり、この能瀬の周到な復讐にいつしか読者も加担していく気持ちになっていく。
    余韻を持たせたエンディングも良かった。

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    2025年04月05日
  • 人体 失敗の進化史

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    面白く読んだ。
    文章のノリがちょっと好みが分かれそうな感じ。私は別に嫌いじゃないけど、だるいなって思う時はあった。


    本のテーマとはズレてしまうのだけど、何故ひどいつわりがあるのか不思議だった。生物の最優先事項は子孫を残すことだ。こんなに進化した生物が、何故生み育てるために体調を崩すのか?

    元々、赤ちゃんは卵黄嚢で成長していたものを、ある程度大きくなるまで体内に留めておくことを決めたのが哺乳類だ。
    「異なる遺伝子的基盤を持つ細胞が混ざり合い、片時も休まずに物質のやりとりをするのだから」体調を崩すのは当たり前なのかもしれない。

    これからの進化の過程で、つわりがなくなれば良いな…と思った。人間は環境を変える生き物だから、つわりを軽くする薬を発明することで進化するのかもしれない。


    生理についても不思議だったけど、触れていた。

    人間は、数より質で育てることを選んだ。妊娠〜授乳中は生理は来ない。妊娠出来る年齢になったら妊娠して、30代で死んでいく。昔は生理が不利になるほど頻繁に起きるものじゃなかった。

    だから生理がなくなるように進化してこなかった、ということらしい。なるほどなあ。

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    2021年10月16日
  • 人体 失敗の進化史

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    クレイジージャーニーを観て。遺体科学という中で明らかになった骨格の進化。必ずしもデザインされたものではなく、前適応としてたまたま役に立つという。進化とは面白いものだなと思った。自分の体、動物の体を改めて見つめなおして意味付けを考えると、その不恰好な進化の歴史が感じられるようになった。

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    2018年05月01日
  • 人体 失敗の進化史

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    ネタバレ

    ヒトが二本の足で立ち上がり、自由になった前肢で道具を作り、使い、大きくなった脳で物を考え、文明を作る。
    二足歩行がどれだけ画期的で、歪で、奇跡的なものなのか、全然理解していなかった私には、とても新鮮な本でした。
    そしてまた、その二足歩行が起こす弊害。タイトルの「失敗」はそういうことかあ。腰痛も肩こりも、そもそも生き物が二足歩行すること自体に無理があったことと、現代人の“ありさま”を「進化」が想定していなかったことから起こった悲劇がもたらしたもの、っていうのもおもしろかった。
    そして、筆者のこの先の「進化」についての見解が切ない。

    終章で、先日読んだ「沈没船が教える世界史」の筆者と同じく、この本の筆者である遠藤先生もその研究環境の貧弱さを訴えておられることに考えさせられます。

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    2018年02月04日
  • パンダの死体はよみがえる

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     珍しい死後動物の解剖の専門家の本。初に近い著作なのか、若干の気負いが見られるも、内容が特殊で興味が湧いた。各動物の解剖所見の話がやはり一番詳細で面白い。パンダの手の構造説明などは工学的に見ても価値がある。少々思い入れが強すぎ、何がどう世の貢献につながるのかが見えにくいかも。表現も変な小説風になってたりする場合も見られるので、もう少しリラックス?体がうれしかったりして・・・。
     もっと他の動物の専門的解剖所見を知りたい。別書、論文等を見てみたい。

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    2017年06月14日
  • 人体 失敗の進化史

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    動物は基本的な「設計図」を持つ祖先がおり、次の段階では「設計変更」によって、新たな動物を創り出すとする。
    その変遷を見ると、結果オーライの行き当たりばったりなものだと著者は言う。

    ほ乳類の内耳の骨はアゴからの借り物で、アゴのほうは頭骨や歯の骨を細工してやりくりしたとかの話は面白く読めた。

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    2016年07月16日
  • ニワトリ 愛を独り占めにした鳥

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    ニワトリについて、ひたすら書かれた本。日本人は平均、年間300個の卵を消費し、2羽分の鶏肉を胃袋に収めている。全世界では、総人口の約2倍=110億羽のニワトリが存在していると言われており、文句なく世界で最も繁栄している鳥類である。

    とはいえ、ニワトリの運命はあくまで家禽として人間による寵愛を受けることで成り立っている。セキショクヤケイ(赤色野鶏)という、東南アジアに住む野鳥を8000年前の祖先が飼おうと思わなければ、今我々が目にしているニワトリの姿はないのだ。

    卵もロクに生まず、肉も大して多くないセキショクヤケイをどうして私たちの祖先は保護し、改良を加えていったのだろうか。そこには時間通りに鳴くといった性質だったり、自分の縄張りに入ってくる動く者をすべて攻撃する闘争心だったり、突然変異で秀麗な姿形を見せる愛玩性といった要素が複雑に絡み合い、人間にとって他の鳥類とは一線を画す魅力を発揮してきた歴史が存在する。

    これらニワトリの進化論を単なる遺伝子の変化だけで追いかけるのは、無味乾燥かつナンセンスな話である。むしろ文化人類学や民俗学、そして自然環境学や生物学といった学際的な研究を進めながらニワトリの魅力を紐解いていった方が、焼き鳥を食べるにも味わい深くなると思うのだ。

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    2014年09月07日