Adoの楽曲については知っていても、人物についてはほぼ何も知らなかった。
一般的なアーティストのように姿を見せないし、アー写もイラストだし、ミステリアスな存在だなと思ってはいたものの積極的に調べる機会もなかったけれど、ちょうどAdoの半生を描いた自伝的小説が発売されるということでちょうど良い機会だと思い購入して読んでみた。
ここ数年でスターダムを駆け上がった歌姫、という印象だったのでシンデレラストーリー的なものを想像していた。
確かにシンデレラストーリーな部分もあったけれど、それまでの、というかその裏の暗い部分、また暗い部分からいかにして光を見出したかというところに焦点を当てて描かれていたと思う。
この本を出した時点でまだ23歳。この若さで自分の辛かった過去や自分の弱さをさらけ出せるというところがすごいなと思った。
すでに成功しているからということもあるだろうけれども、年齢を重ねてもなかなか過去に向き合えなかったり、弱い部分を認めれらないことのほうが多いと思う。
若い頃は外面も内面も虚飾に溢れることが多いものだと思うけれども、この年齢でこれほど自分をさらけ出せる強さがカッコ良いなと思った。もはや悟りと言っても差し支えない気がする。
これを世に出すということにためらいや怖さもあったと思うけれど、おそらくAdoのように日々悩んでいたり生きづらいと感じている若い世代に届けたくてこの本を出版するという決断をしたんだと想像している。
その決断をしたことに尊敬と感謝。
自分自身は大人なので、逆の立場から読むことになる。
繊細な子どもの心を壊してしまう存在、のほうである。
不登校になったきっかけ、過保護ぎみな育児方針、父親との確執、アクターズスクールへの不信感など、これまで経験してきたネガディブなことが語られる中で、果たして自分は子どもにちゃんと向き合えているか?気持ちを踏み躙ってきていないか?身につまされる思いで読んだ。
全ての子どもに共通するわけではないと思うけれども、子どもの心はこんなにも繊細で傷つきやすく、本当にちょっとしたことでも大きな影響を与えてしまうのだということを知った。
それは育児書に載っていたかも知れないし、知識としては知っていたことかもしれない。
ただ抽象的な事実として知っていても、具体的な事象として知らなければあまり役に立たないこともあるのだなと思った。
もっともっと大切に扱うべきだったなと思うし、子どものちょっとした言動の裏の心の動きにもっと敏感にならないといけなかったと思うし、もっと寄り添ってあげるべきだったと思う。
これまで私は大人の視点でしか理解しようとしていなかったけれど、大人の眼鏡を外して、こどもの視点で一緒に考えなければならなかったな、と。
うちの子どもに限ったことではないと思うけれど、何か感じたり思ったりしてもそれを言語化できないことのほうが多いだろうから、そこをきちんと観察して、細部まで見極める必要があった。
また、子どもは両親が不仲であるというだけでも傷ついてしまう存在だということにも気付かされた。
子どもの年齢によるところも大きいかも知れないけれど、やはり自分が愛する人同士がいがみ合っているのは悲しいし、今後どうなるのかという不安がある状態では情緒は安定しない。
それもこれを読んで知った新事実というわけではないのに、これを読んで胸がきゅっとなった。
ここまで書いたように、育児に関しての学びが色々とあったものの、自分に個人的に刺さっているだけなので、他の面についても書いてみたいと思う。
本書の魅力はAdoというアーティストが何者なのか?いかにして生まれたのか?が過去の体験や感情、思考などから丁寧に描かれているところにあると思う。
私自身もAdoについてあまり知識のない状態で読んだけど、彼女が歌手ではなく「歌い手」であること、また自分を育ててくれたボカロ文化を大切にしていることなど、Ado自身についても知ることができた。
この本の帯には「クローゼットから世界へ。」と銘打たれていて、読む前は比喩的な表現なのかな?ちょっと大袈裟なコピーなのかな?と思っていたけれど、実は本当にクローゼットの中で歌っていたのだと知って衝撃だった。
それを知って最初に連想したのはドラえもんやぼっちざろっくの主人公だった。
確かに押し入れやクローゼットの中というのは設定としては面白い。
そういう意味ではクローゼットの中で歌うという発想自体は多くの人がするかもしれない。
でもわざわざ狭苦しくて、おそらく夏は暑く冬は寒いクローゼットにわざわざ篭ってしまうというのはなかなかできることじゃないなと思う。
それは彼女自身の家庭環境のせいもあったと思うけれど、クローゼットでの音楽活動なんて唯一無二だと思うし、その経験もAdoを形作る要素のひとつだったんだと思う。
デビューするまでは色々な辛い過去もあったようだったけれど、彼女にとっての幸運は千木良さんと出会えたこと、それに集約されるんだろうと思う。
信用できない大人ばかりだった中で、千木良さんだけはちゃんと向き合ってくれて、真摯に話を聞いてくれた。
そればかりでなく一緒に夢を実現するために精力的にサポートしてくれた。
この本を読んで、Adoについても興味をそそられたけれどそれ以上に千木良さんに興味をそそられた。
一般社会を生きていて、なかなかこんな善人?には出会わない。ましては音楽業界ともなると擦れた人ばかりなのではと思ってしまうのに、こんなに才能に惚れ込んで才能を信じてくれる人がいるというのは驚き。
とはいえただのお人よしではなく、確信があったからこそだったと思うし、そういう意味では審美眼があったというか、見る目があったというのが本当のところだとは思うけれど。
あらゆる面ですごい人だな〜と思った。
私たちが今Adoの曲を聴けるのは千木良さんのおかげだと思うと感謝の念が湧いてくる。
千木良さんが契約してくれるレコード会社を探すときにボカロと歌い手の可能性を丁寧に説明しつつ、Adoの「『歌ってみた』の継続」、「インストの無料配布」、「ニコニコ動画へのMV投稿」、「顔を出してのプロモーションはしない」という希望を守ってくれたというのも素晴らしいなと思う。
無名の新人と契約してくれる会社なんてそうそうない中でここまでの強気の条件はなかなか提示できるものではないと思う。
そこを曲げずにいてくれた配慮は気概は本当にすごい。
高校もきちんと卒業できるように配慮してくれたというのも、まともな大人だからこそだと感じた。
ビジネス的に考えるともっと音楽活動に専念したほうが利潤を追求できるんだろうけど、Ado自身の人生や将来のことを尊重していることが窺えた。
Adoの成功は千木良さんと出会ったお陰ではあるけれど、彼女の実力やオリジナリティは彼女自身が悩みながらも築いてきたもの、というのもまた確かだと思う。
それはもしかすると陽の当たるところにいたら築けなかったものかもしれない。
困難な状況の中で見出した没頭できる世界、生きていく喜びや自己承認、帰属意識。
普通に学校に行って充実した学校生活を送っていたら出会わなかった世界かもしれないし、自分の内面ととことん向き合ったり、歌や音楽に向きあうこともなかったのかもしれない。
苦しい思いをしていた過去の回想は読んでいても辛い部分はあったけれど、人生万事塞翁が馬とはよく言ったものだ。
どんなに悪いことや辛い過去があったとしても、あとで振り返るとそれが幸いすることもあるのだと思った。
最後に、彼女を支えたお母さんの存在もなくてはなかったもののひとつだと思う。
家族関係で色々あり、ずっと良好な関係だったというわけではなかったと思うけれど、彼女の意思を尊重してくれて、それを支えてくれたということは大きい。
通信制高校に通いながらアクターズスクールに通うという選択肢もお母さんの提案だったようだし、仕事を増やして費用の工面してくれたり、Adoの才能を肯定し続けてくれたりと影響は大きかったと思う。
もちろんお父さんも影響を与えていると思うし、その他の友達やネット上で繋がった人たちにも助けられてきたと思うけれども、やはりお母さんの存在は大きいなと思う。
この本を読んでから、もう一度Adoを聴くとこれまでとは少し違う響きを感じる。
一人でレコーディングしている光景を想像しながら聴く。
色々な苦悩を乗り越えた魂の叫びのようなものが聴こえる。気がする。