映画『桐島です』(2025 高橋伴明監督)の脚本家の自伝というので、映画パンフで知って手に取ってみた。
映画で描かれた爆弾事件による指名手配犯桐島聡の逃亡劇というか、潜伏生活の大半が、著書自身の親(桐島ではない別の爆弾犯)と、家族の実体験に基づくものと知って驚きを隠せない。
事実は小説より奇なり、を地で行くような半生記だった。
素性を明かせない、名前も不明の謎の男が家に居る。それだけで異常な家庭環境で、著者幼少期の家庭には様々な掟が存在していたという事実が次々と語られていく。
幼い頃から「警察は怖い」としつけられていた、自宅に友だちを呼んではいけない、家の所在地も友だちに教えてはいけない。そして、「君が代」も歌うことを禁じられていた。なるほど、思想的に世情や時代に抗った、いわゆる活動家の一家だったということだ。
しかも、タイトルにあるように、父親は、爆弾犯だったことが、のちに、著者が中学に上がるまえに知らされ、そして父は自首して服役する。
幼少のころから、母親に
「明日の朝、私たちがいなくなっていても一人で強く生きていってね」
と言い聞かされ、その時が来たら中を見てよいと、お守りの小さな袋を渡される。中身はこっそり確認して知っている。1万円と知らない電話番号を記したメモ。
そのままドラマにでもなりそうな特異な少女時代を過ごしてきた著者。その出自を知っているからこそ、高橋伴明は映画『桐島です』を撮ると決まった瞬間、著者に白羽の矢を立て、「5日で脚本を書いてこい」と命じたのだろう。
『桐島です』の中で、主人公の桐島(毎熊克哉)が取る潜伏中の行動様式、エピソードが、この著者の家庭で実際に行われていたことの一部だという驚き。
そんな、父・梶原譲二との摩訶不思議な生活を描いた前半は実に面白い。後半、梶原が服役してからの暮らしはやや中だるみ。
役者だった父の後を追うように、役者になり、やがて脚本家となる流れを外しては、冒頭に記された、高橋伴明からの「桐島やるぞ!」の声掛けのクダリへと繋がらないので、やむなしではあるが、前半の常軌を逸した生活があまりのインパクトだったため、そのギャップから中盤以降やや退屈してしまう。
ただただ奇異な人生を垣間見る野次馬根性で一気読みしてしまうが、果たしてこの著書は、誰に向けて、どんなメッセージを放ちたかったのだろうか。あとがきで著者はこう語る;
「うまくいかないこと全部を「自分のせい」だと思わずに、適度に親のせいにしたり、他人のせいにしたり、社会のせいにして生きていきましょう。そして自分に余裕ができた時には、その社会全体をみんなで変えていきましょう。やさしさを組織していきましょう。」
親の業に翻弄された自身の幼少期を思ってのことだろうが、抑制された生活とはいえ、どうやらお金に困ることなく(母親の手芸店が繁盛したこともあるが、要は、活動家からの何らかの支援もあったと思う)、貧困だったというわけではなさそう(幼少期にバイオリンなどの習いものもしてたりするのだから)。
楽天家の母の性格もあるが、「うまくいかないこと」を抱えた人たちに、どれほど訴えるのかと、少し訝ってしまう。
それに、本書を通して、爆弾犯にも、人としての生活があり、家庭があったということがクローズアップされ、そして梶原譲二の裁判での冒頭陳述の、
「目まぐるしい激動の日々、冷静に自らを問うことなく疾走し、時代の傍観者となることなく、安全地帯からではない行動を考えていた。」
という主張や、“「おれは走る。おれはとぶ。おれは闘う。おれは爆弾を投げる」 父は、現実世界でもそれを実践したのだ“と、ややもすると、行為を正当化しかねない筆致も伺える。
爆弾事件で、重傷を負った被害者への配慮が、一切記されていない点も、少し気になった。それは、父・梶原譲二の負う責ゆえ、娘の著者とは無関係ではあるのだが……。
「いつか私も、私と家族の物語を作品にする日が来るのだろうか。」
と、著者は記す。
この自伝を元に、もうドラマが出来上がる様子が見える気がする。爆弾犯の父、都会での異常な隠遁生活、伊豆の置屋の祖母の存在、芝居仲間(石橋蓮司や蜷川幸雄など著名人も絡んでくる)、役者、脚本家を志してからの若松孝二の登場など、登場人物、その個性的なキャラも、もうすっかり出来上がっているような人生だ。
すでに、ドラマ化、映画化の話が動き出しているのではなかろうか? とさえ思ってしまうほどの内容だ。
「お父さんはね、役者で爆弾犯なの」
「君は時代の当番だったんだよ」
と、印象的な台詞が並ぶ。幼少の子どもが大人たちのこうした会話を、意味が分からないなりにも、よく覚えているなと感心する(あるいは脚本家ならではの創作部分か)。
そして家族でいる意味を失った父、母、娘は、「闘争を逃走で支える同志としての役目はすでに終了している」(← この闘争、逃走という表現も実にいい)として、母のひと声、
「今までお疲れ様でした。今日から私たちは別々です。解散!」
と、別々の人生を送る。
どこをどう切り取って、このセリフでラストシーンを〆ようか? と、食指を動かしているクリエイターが、いや、著者自身がすでに脚本化を始めているのではなかろうかと思うほど、ドラマチックな内容だった。
面白い!