五十嵐絢音のレビュー一覧

  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    タイトル、表紙、あらすじ、全てが刺さって手に取った。
    名前も語られぬ「わたし」の視点で語られる、親友のイソラと過ごしたとある十歳の閉塞的な夏休みのひと時。舞台はスペインのカナリア諸島。
    猥雑で下品で、性的に早熟で、背伸びもして、でもどうしようもなく子供で。
    内気な「わたし」は、イソラはとてもすごい、強い、羨ましい、と感じているけれど、描写されるイソラは不安も強そうで、イソラも「わたし」がいなければならなくて。まさに共依存的関係性。
    この子たちはどうなってしまうのだろうと眩暈を覚えながらも、目が離せない。

    元の文章は方言を駆使して書かれているとのこと。
    どうしても方言までは感じ取れないが、主人

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    2026年08月16日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    とにかく素晴らしい作品だった。たまたま去年の今頃Twitterで見かけて、タイトルだけで読むべきだと確信した。Twitterはクソだが、これに関してはTwitterをやっていてよかった。

    私はアンドレア・アブレウより一回り年下で、カナリア諸島はおろかスペイン本土にすら行ったこともないが、これは完全に私の話だと思った。
    同じクラスの女の子の1人と四六時中一緒にいて、その子を崇拝したり、その子に見捨てられたり、その子の過激な行動についていけなかったりする感覚を私は知っている。でも私にはイソラほどの聖女は現れなかった。(訳者あとがきによると、この小説はオートフィクションであり登場人物はあくまで架空

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    2026年06月28日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    ネタバレ

    共依存には違いないんだけど、依存の仕方が違うような気がする。語り手は、自殺したイソラのお母さんのパンティを履いて同じベッドでイソラと転がり続けて、急に止まってイソラの上に乗っていたとき、わたしはイソラの母親で、イソラはわたしの肌を裂いて生まれてきた四十キロの子供なんだって思ってる。イソラはなにか目的を持ってシットと呼ぶ語り手と居るように思えるかも知れないけど多分違って、イソラは普通の女の子って感じがする。子供の女の子が同性の友達に向ける最大限の感情プラス三十パーセントでいて、自分の持つ知識とかをすべて報告したいし、自分だけ持っていて、相手には持っていないそれの存在を誇りに思っていたいし、その場

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    2026年06月23日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    スペイン領カナリア諸島での
    10歳の少女たちのひと夏を描いた物語

    暇をもて余し楽しむ日常、
    ふとした瞬間に覗く
    破滅的な投げやりさと早熟な性意識

    国や環境、貧困、娯楽の乏しさが
    人にもたらす影響の凄まじさを
    突きつけられた
    その場所にある選択肢の少なさを前に、
    「平等」という言葉が
    いかに虚構であるかを思い知らされた

    ​文体も強烈で、帯に
    「決壊する文体」「反文学的饒舌」
    とある通り、時に数ページも読点が
    消えるほどの圧倒的な饒舌さ
    この帯文のキャッチコピーを
    考えた人は天才ですね

    あとは、かなりド直球で
    粗削りな言葉も出てくるけれど、
    作品の持つ性質上、
    必然的な描写として納得できた

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    2026年08月23日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    スペイン・カナリア諸島発の文学作品。予約して購入したのだが、そのきっかけが思い出せない!まあXのタイムラインを眺めて衝動買いしたのだろうが(どうでもいい)。

    舞台は、スペイン・カナリア諸島にある小さな集落。10歳の"わたし"と親友のイソラ。内気な"わたし"に対して、誰に対しても物怖じしない勝気なイソラ。「イソラの飼い犬になりたかった」―――"わたし"は崇拝に似た感情でいつもイソラの側に居り、イソラもそんな"わたし"とどんな時も一緒に過ごしていた。共依存的関係。本書は、そんな二人のひと夏を描く。

    天使のような無垢

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    2026年07月19日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    ネタバレ

    十歳の少女たちのお話とは思えないほど、彼女の周りの人たちや彼女たち自身まで綺麗や純粋と言った言葉からは遠く、いたたまれなくなった。しかし、そんな中にも少し垣間見える子どもらしさや純粋さが少しほっとしたり、逆に心を痛めつける場面もあった。
    スペインの言葉と十歳の主人公の言葉づかいがそのまま翻訳されているので、読みづらいと言ってしまえば簡単だが、そこが本作の魅力でもある。また、わからなかった言葉を調べながら再読したい。

    イソラは正直「良い子」とは程遠い子どもで、主人公は大人と喋るのはまだ苦手という内気な性格。その主人公がここまでイソラに惹かれているのは、子供時代特有の狭い世界の中にいるからなので

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    2026年03月24日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    スペイン・カナリア諸島の島に住む10歳の少女二人の夏。少女らしいかわいらしさとは正反対ではあるが、ついつい読んでしまった。
    はっきり言って読みにくいところも多かった。そこを、読みにくいと感じるかどうかが、この本なのかなぁ。

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    2026年03月17日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    何か言いようもない切なさを感じてしまったが、そのこと自体が彼女たちにとってはすでに傲慢だ。そんな安い感情は瞬時に切り捨てられるだろうから。10歳の少女たちは手探りで外の世界に足を踏み出そうとしている。粗削りな行動の中に一瞬垣間見える仄かな光。だが、それは振り返った者だけが見ることのできるものなのかもしれない。
    全篇を通して、空から落ちてくる息苦しいほどの空気の重みの中、主人公の「わたし」はこれからどこに歩いていくのだろう。

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    2025年07月22日
  • 両膝を怪我したわたしの聖女

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    カナリア諸島のテネリフェ島。といえば、かの悲劇的な飛行機事故しか知らない状態で読んだ。リゾート地として観光業が盛んでありつつ現地にはおそらく深刻な貧困問題があり、同じ国であっても大陸からの観光客を「ガイコクジン」と呼ぶ。どことなく沖縄と通じるものも感じた。
    そんな環境下、貧困地区で暮らす少女を描いた本作は、目を背けたくなるような不潔描写・性的描写・卑猥な言葉に満ちており、決して万人に薦められるようなものではない。しかしだからこそ、村の貧しさやどうしようもない閉塞感と、自身の未来の選択肢が限られていることを本能的に察している少女の満たされない思いや狭いコミュニティでの共依存的関係が、小綺麗に漂白

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    2025年06月08日