パク・ソルメのレビュー一覧
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民主化した韓国の現在が80年に起きた光州事件に対する高神大学の学生ムン・ブシクが中心として起こしたアメリカ文化院放火事件が契機となっていることの示唆とその緩やかな接点を「私」と「スミ」という二人の人物を通して描かれている。
一つの作品の中に「私」と「スミ」の時間を曖昧な形で共存するように描くことは、小説でよくあるストーリーインストーリーのような入れ子構造でもなく、パノラマ写真のような異なる時間を並列に収める構造も独特で面白い。
ユンミ姉さん、キム・ウンスクといったアメリカ文化院放火事件の実行犯も未来練習した人であり、本作の登場人物たちも未来散歩練習をしながら過去に未来散歩練習をした現在にいる。
高神大学の学生が起こしたこと、聖堂や教会や十字架といったキリスト教に関しての描写は読者に殉教者へのまなざしを喚起する。 -
Posted by ブクログ
終始不思議な本だったけど、この本にしかない不思議な時間が心地よくて、時々何を言っているのかわからない(わかるけど、意味するところがわからない)こともあったけど、それすらもフワフワと心地よかった。読んでいる時間に自分の心をそのままにしておけるような丁寧さがあって、自分も自分の心に無理せず素直にいられるような気がした。
手繰り寄せたい未来のためにどんな今を反復すべきかという問いの意味は私にはまだしっくりと分からなくて、未来なんて来なければわからないし、きっとここでいう未来は、想像した先の未来のことも含んでのことだと思うんだけど、それがどうも自分にはカラダで理解できてる感覚じゃなかった。
もしかしてその感覚を私は知っているけど、書かれていることとこれが同じだ、ってまだ気づいていないだけなのかもしれない。
私もチボー家の人々読みたいなーとか、英語の勉強しようかなーとか他愛もないことを思った。 -
Posted by ブクログ
2026.25
静かで、穏やか
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P161 散らばった思いはどこかに全部あるよ
P191 カンヘリム/装丁家
二つの世界は分離されているにもかかわらず触れ合っている、という確かな感覚は、ある瞬間の連続とは何かに到達するのを待つ過程ではなく、ある意味ではもう完成しているのだという認識をもたらし、私は冬眠とガイドと影犬が存在する世界にいながらにして自分の世界も大切にできる力を手に入れた。パク・ソルメを読む前は、そんな時間があることを知らなかった。しかし確実に言えるのは、何を食べようが、どこへ行こうが、夢を見ていようが目覚めていようが、持続させることであれ抜け出すことであれ、苦しみもあるが楽しみも作り出せるということ、そして何より、読んでいる自分自身を疑わなくていいという事実で、私はそれをここに書いておく。
P197 訳者あとがき
誰もが複数の時間を同時に自然に生きており、誰かの記憶はその誰かだけのものではない。影犬と一緒に散歩して一、二、三で目を開ければ、自分と時間との関係は回復し、悲しみは薄まっている。
P198 最初から日本の読者にも向けて書かれた小説が二つも入っていることは、海外文学を読む喜びを倍増させる。世界も社会も、隙あらば絶望を補給しようとしてくるが、それを拒否して生きつづけるためには散歩と友情が要る。パク・ソルメのお話はそのためのエネルギーを着実に補給してくれる。 -
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韓国の手芸ポシャギを連想するような淡い色彩の表紙が印象的な本作は、身体的・精神的回復を目的とした医療の一環として長期の休暇で冬眠をする患者と、その様子を終始見守る冬眠ガイドとの共同生活を描いている話の連作になっているが、実際には冬眠ガイドという職業は存在しないのでSF的短編集と言えよう。人間も古の時代では、食料のない季節に冬眠していただろうという説はあるようだが、絶望と疲弊に満ち溢れた日常生活を送っている現代人にも長期の休養は必要だ。でも、薬による長期間の睡眠は体に良くないのでは?と心配になったが、寒い季節が苦手な自分は冬眠願望はあるので、一度経験してみたい。巻末の訳者あとがきで触れているように、パク・ソルメの描くこの不思議な世界は、睡眠と散歩と友情が大切なものだということを感じさせてくれている。冬眠者を見守りながら、散歩したりランニングしたり読書をしたり編み物をしたりというゆったりした時間を過ごせる冬眠ガイドという仕事は、時間拘束があるため終始緊張感はあるものの、自分の心をじっくりと見つめ直す時間もありそうで、意外と魅力的な仕事かもしれない。不安定な現代社会だからこそ創造された職業だと思う。タイトルにある「影犬」という言葉は初めて目にしたが、犬を大事にするお国柄なのか、もうこの世にいない犬の影法師が、心の病んだ人間の側に寄り添ってくるという。影犬と散歩して、ゆっくりと呼吸を整えることで、自分の心と時間の関係を修復できるという話が、とても素敵だ。韓国都市の地名と食べ物がたくさん登場して、現地に行った気分にもなったし、札幌や旭川が舞台になっている話は、日本人の自分には情景が浮かびやすかった。著者の他の作品にも触れて、パク・ソルメの世界を深掘りしたい。
(登場人物)ホ・ウン:歯科医、7年前も冬眠経験者、猫のチャミと同居、
先生(私とホ・ウンの大学時代の担当教員):温陽でも会ったが、20年以上一緒に暮らした奥さんと離婚して20代の弟子と再婚し子供を授かり、釜山に暮らしている。
テシク:私が温陽でガイドをしている時に近所のグラウンドでランニングをしている時に知り合ったガイド仲間。元サッカー選手だったが負傷のために選手を辞め、ソウルの大学の大学院でリハビリ学を勉強している。背は若干高めで痩せ型だが平凡な体型で、もの静かな印象。何年かぶりに会ったシオンからガイドを頼まれた。
テイン:テシクと8歳違いの兄。ガイドの資格をとって間もないテシクに、勤続10周年の長い休暇で旅行に行った後の冬眠ガイドを依頼した。
キム・シオン:職場が近かったテシクの冬眠ガイドを務めてその後も二人でよく会っていた。春には韓国を離れてカナダにしばらく住むことになっていた。 -
Posted by ブクログ
医療行為として冬眠がとれるようになり、冬眠者を見守る「ガイド」という職が生まれた社会が舞台。といってもSF小説ではなくて、ちょっとした会話とか動物のしぐさとか風景のことがふわりふわりとか書かれている、装丁のほんの少し黄味がかった淡いシアンのような地色の短編小説。カルグクス(包丁麺)とかタコ炒めといわしの包みご飯(ミョルチサンバプ)とか豆腐トゥルチギとか、おいしそうな韓食がしばしば登場するのがたまらない。
P58 こういう冗談は冗談でしかないのに、なぜ、口の外へ出してみるといい気分になるのだろう?完全に冗談だとわかっていても、ほんのちょっと、三秒くらい、誰かが私にこのマンションをあげると言ってくれるところを脳のどこかが想定するのだろう。言葉は怖くて、言葉は楽しい。脳は素晴らしく、私は脳がほんとに好きだ。
P169 当時も今も韓国は、さっさとやれない人やぼーっとした人には過酷な国だけど、孫樹はさっさとできない法、私はボーっとしているほうだった。ぼーっとしているのにどうしてさっさとやれたの?と聞かれるかもしれないが、時々そういうこともあると思う。