マンモス再生計画に携わる研究者たちを追うノンフィクションである。
類書に比較して読みやすい1冊である。研究者の人となりにもフォーカスし、彼ら彼女らがどのような経緯でその研究に携わることになったのか、人間ドラマとして読むこともできる。
軸となるのはハーバード大学のジョージ・チャーチと彼が率いる研究室
...続きを読むである。チャーチはヒトゲノム計画や次世代シーケンサー(遺伝子配列解析装置)の開発に携わってきた遺伝学界の「巨人」である。
チャーチのグループは、永久凍土に残るマンモスから、クローンをつくることを目指しているわけではない。マンモスの特徴を持ったゾウを作り、マンモスを復興(リバイバル)させることを目指している。彼らの計画は:
・マンモスの特徴を抽出する
・マンモスのゲノムデータを手に入れる
・マンモスの特徴をコードするDNAを特定する
・CRISPRを使って「マンモス遺伝子」をゾウの細胞に書き込む
・遺伝子が変換された幹細胞を作る
というものである。
厳密にはそれはマンモスなのかという点では疑問が残るが、マンモスのように振る舞うであろうとは予測される。
彼らが特に重要な特質としたのは、密生した毛、暑い皮下脂肪、小さく丸い耳、氷点に近い温度でも機能するヘモグロビンである。
マンモスゲノムは他の研究室により解読が進んでおり、これらの特徴を司る遺伝子は特定可能であった。
こうして特定した遺伝子を近縁であるアジアゾウのゲノムに切り貼りして「マンモス化」することも、CRISPR-cas9の技術により、実行可能となった。
次の山は、幹細胞である。遺伝子の書き換えができたとして、そのゲノムをさまざまな細胞に分化可能である細胞に入れなければマンモスの個体を作るという目標には近づけない。
実はゾウは幹細胞の得られにくい生物として知られていた(一方でゾウは癌にならないことも知られており、この2つには関連がある可能性もある)。
しかし、iPS細胞の技術を使用することで、これもどうにかクリアできそうになっている。
研究にあたっては、アジアゾウの細胞試料が多く必要だった。チャーチはその「お返し」として、ゾウにとっては命取りのヘルペスウイルスに対する治療法を確立することを目指し、そちらの研究にもあたっている。
実際にマンモス個体を得るには、もう1つ大きな、おそらく最大の山がある。
それは、受精卵を得て、それにマンモスゲノムを移植し、そして個体になるまで育てなければならないことである。近縁種から受精卵を得て、またその腹を借りるというのがまずは考えられる手法だが、現存のゾウは絶滅が危惧される動物である。妊娠期間も2年間と極めて長い。希少な動物の受精卵や子宮を、別の種の仔を生み育てるために借りるということが許されるのか? すでに絶滅した動物と、絶滅が危惧される動物が入れ替わるだけではないのか?
チャーチらは「人工子宮」という驚くべき策を検討している。これが成功するのかどうか、本書の時点ではわからないが、さてこの先、どのような結果が待っているのだろうか。
遺伝子編集、幹細胞操作といった分野は発展も目覚ましいが、倫理上の問題の整理が追い付いていない感がある。新たに生じる境界上の問題を解決できる倫理が育っていないと言った方がよいのかもしれない。「できること」を突き詰めていったその先に何が起こるのか。
人は本当にそれをすべきなのか。それともやめるべきなのか。それは誰が決めるのか。決めてもそこに実効性はあるのか。
毛深いマンモスの物語の向こうに、そんな不安も見え隠れする。