中澤俊輔のレビュー一覧
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同法の成立は、1925. 普通選挙法の施行とともに、共産主義への脅威を背景としていた。すなわち、社会が共産化してしまう懸念があったのだ。当初、若槻礼次郎内閣により、成立する。つまり、民主主義の支持を得た政党内閣が成立させたのだ。法の適応としての効果はまだ当時低かったようである。
1930年代 徐々に取り締まりは強化される。日中戦争、太平洋戦争と、同法は改正を経て、共産主義=国体変革を目指す ことへの取り締まり この考えは、一人歩きを続ける。
法律が、制御を外れてしまう。政党の自殺、とも筆者は述べていた。
現在、破防法への反面教師として、その役割を果たしているという。秘密保護法案が成立した -
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1枚の写真が証拠とされ、共産党再建の為の集まりだとの特高警察
の主張から発生した「横浜事件」。1944年のことだった。
事件は明らかなでっち上げ。しかし、特高警察の過酷な取り調べの
過程で犠牲者も出ている。
戦後、元容疑者の名誉回復の為の再審が行われたが、事件の際の法
律が既に存在しないことから免訴の判決が出た。そうして、2010年になり
実質無罪とも言える刑事補償が決まった。
適用された法律は「治安維持法」。元々は共産主義への警戒から
結社を取り締まる為に生まれたものだった。民主主義・自由主義の
転覆を計るものから、国体を守る為のものだった。
1925年に成立した治安維持法の内容は漠 -
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悪名高い治安維持法の成立から、その拡大的適用、そして廃止に至るまでの歴史的経過を、中心的役割を果たした機関や政治的状況に焦点をあてることで克明に描き出している。本書によれば、治安維持法は加藤高明内閣の下で、共産党を具体的な対象と考え、デモクラシーを破壊しようとする結社に制限を加えようとして制定された。議会では反対意見も強かったが、政党人は成立した以上遵守するのが政党政治の精神だと理解していた。それが、次第に拡大解釈され本来的には共産党員でない人々にまで適用されていった。名前は知っているが、詳細には理解はしていないという歴史的に有名な事象は数多くあるが、治安維持法もその一つだったということに気づ
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中澤さんはぼくより20歳も若い政治学者で、博士論文をまもめた力作。
治安維持法という悪法が、どうして、護憲3党が連立したときにできたか、から切り込んで分析している。
3党が連立することによって、当初の法案から宣伝を規制するなど牙が抜かれていくが、最後に、結社の自由を制限するという観点に絞って治安維持法ができていく。その解釈も厳密と抽象的の間の中庸できまっていく。
現時点で民自公がまとまったような時代だったということか。政党政治は、いままで与野党で争っていた政党が大連立するとたががはずれるいい例だと思う。みなさん、よく記憶しよう。
また、2回目の強化のときは、国会で廃案になった -
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ネタバレ【75冊目】若き研究者による本。取り締まるべきなのは、言論ではなく暴力の方だったという最後の考察が地味に心に残った。
「復活説」等、当時の法学説の勉強になりました。
それと、共産党(赤化)とテロの脅威が治安維持法を後押ししたみたいだということは勉強になりました。年齢的に、共産党の脅威というのは実感しにくい世代ではあるのだけれども。
治安維持法が拡大の一途を辿っていく過程は興味深く読みました。以前読んだ「許される悪はあるのか」に書いてあった、lesser evilの基準を意識しながらもう一度読みたいです・・・読まないと思うけどww