朴沙羅のレビュー一覧

  • ヘルシンキ 生活の練習

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    すっごい面白かった。これは本買って手元に置くことにする。
    真正面から社会学的な視点に立つのではなく、ユーモア交えて進んでいくのが良かった。ユキちゃん面白い。

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    2026年10月03日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    ヘルシンキ生活の練習

    子育てに疲れたとき

    ステップ1
    準備
    ・一週間くらい前に、これから起こる新しいプロジェクト(この場合は「子どもだけで眠る」だけど、引越しやオムツはずしゃ断乳でもOK)
    について説明する。
    ・そのとき、このプロジェクトを完遂したら家族それぞれにとってどんないいことがあるかを、シンプルにはっきりと強調するのが大事。
    ・そのあと一週間ぐらいをかけて、何度かリマインドして気持ちを盛り上げる。

    ステップ2
    実施
    ・前日まで気持ちを盛り上げるけど、当日はひたすら淡々と過ごす。
    ・保育園から家に帰って夕方〜夜にやることの順番や内容、時間帯などは一切変えない。
    ・寝る時間になったら、子どもたちを部屋に連れて行って、「おやすみなさい」と言って電気を消して去る。
    ・子どもが起きてきたら(たぶん起きてくる)、淡々と、しかし断固として(no pressure!)「寝ようね」と言って部屋に連れて行く。
    ・これをひたすら繰り返す。

    ステップ3
    定着
    ・ステップ2を一晩できたら、次の日の朝にご褒美(シールなど)をあげる。
    ・ステップ2を三日、一週間、二週間できたらそれぞれの場合にご褒美(絵本をたくさん読む、お絵かきパーティをするなど)を与える。


    反抗期
    ついでに、クマが最近になってかなり反抗期らしい反抗期を迎えてきたことも話した。
    「三歳になる下の子が、何かにつけて嫌がり、とても激しく怒るんです。つられて私も大声を上げてしまい、あとで嫌になります。どうしたらいいでしょうか」と。
    リータの答えは次の通りだった。
    「あなたにもお子様にも、怒りたいときに好きなだけ怒る権利があります。ただ、怒りで他人を動かすことはできないことも、同時に学ばなければなりません」
    「怒りで他人を動かすと、その人間関係は壊れるでしょうし、ヘルシーなものにはなりませんね。お子様にはそのようにわかりやすくお伝えなさってはいかがでしょうか。怒ってもいい、でも私はあなたが怒ったところで対応は変えません、と」
    「もちろん、あなたご自身も、怒りでお子様を動かすことはできません」「お怒りの際は、お子様に大声を上げるのではなくこちらにお電話ください」
    怒っちゃだめ、と言われるのかと思ったら違った。でも、「怒るな!」と言われるより厳しいかもしれない。

    腹が立ったり怒ったりしたときの具体的な対策として、以下のことを提案された。
    1「トウンネプ<tunnepuhe」(emotional speaking、自分の感情を言語化すること)
    「母ちゃん今めっちゃ腹立ったわ!せやしちょっとトイレ(庭・寝室・玄関などどこでも)行ってくる!」
    と言って席を外しましょう。
    子どものいないところで物を起げるなり花を限るなりご自由に。

    2「セルヴィッテリュ selvittely」(rewinding、ときほぐし)
    あるいは「ベルタイスソヴィッテル vertaissovittelu」
    こういうことで腹が立った、と確認しましょう。
    「母ちゃんがさっきこう言ったとき、あんたこう言い返したやん、あれがこういう具合で嫌やってん」
    のように、過去のどの発言や行動に自分が腹を立てているか説明し、相手側からの説明も求める。
    お互いに過去に起きたことについて共通の理解に達しましょう。

    3嘲罪
    もしあなたが abusive な発言・行動をしたと思うなら、その点について謝罪しましょう。
    子どもは身近な人間から、怒りの表現方法と謝罪の方法を学ばなければならないので、あなたがその手本になります。

    ソサエティ
    私が「フィンランドで出会う人たちはみんなとても自分のペースを大切にするから、ソサェティを作るのは不思議だ」と言ったら、
    ライヤさんは「自分の好きなことを友人とやるのは最高。
    誰とやるかも大事だが、一番大切なのは何をやるかで、誰と一緒にやるかというのは二番目に大事。
    自分のやりたいことを自分がやる、その気持ちを同じくする人とやるから楽しい」
    「家族だろうが親友だろうが恋人だろうが、やりたいことが違うこともあるでしょう?」と言った。
    この発想も、ユキの担任のマリア先生が言った「友達を作ることにフォーカスするというより、一緒に遊ぶ瞬間を増やしていくことにフォーカスする」に似ている。
    人間関係が先にあるのではなく、遊ぶことが先にある。
    そのあと、それを共有する関係を作る。

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    2026年08月04日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    フィンランドに移住した著者とその子どもたちの生活について。
    母親に関して、子育てに関して、こんなにも考え方が違うんだと驚き。
    保育園は親が就労するから預けるのではなく、子どもに保育を受ける権利があるから行く、母親は人間でいられるし、人間でいるべき、など。
    読んでいて、フィンランドいいなぁとうらやましくなる。

    でも、次の言葉で気付かされる。
    「フィンランドは、いや、フィンランドだけでなく世界のどの国のどの場所も、残念ながら日本の不幸を語るときの枕詞ではない。住めば都だけれども、どんな都に住んでいたって、隣の芝生は青く見える。フィンランドにはフィンランドの嫌なことがあり、日本には日本のいいところがある。それだけの話だ。
    日本に住んでいて自分達を不幸だと感じるとき、フィンランドがその不幸さを語るうえでの比較対象として持ち出されるのであれば、検討すべきはフィンランドの幸福度だけではなく、日本にいることが不幸だと感じる比較の仕方だ。」

    この本で著者は、どっちが優れてる、劣ってると言いたいわけではなく「違い」を伝えたい、違うことを面白がってもらいたいという。
    確かにフィンランドと日本は違っていて面白かった。そして、違いを知ることで自分の当たり前を見直すことができる、そんな本だった。


    以下メモ

    ・保育園
    日本との最大の違いは、保育園に入る権利は、保護者である親の労働状況にではなく、子どもの教育を受ける権利に紐づいていることにある。親が学生であろうが、主婦/主夫であろうが、働いていようが、子どもは基本的に保育を受ける権利がある。


    ・私はなんでも自分でやろうとするところに自信を持っていた。なんでも自分で判断し、自分で考え、可能な限り自分で頑張るのが自分のいいところだと思っていた。今回はこの思い込みと行動の癖が裏目に出た。(フィンランドでの家探しがうまくいかず、それを同僚に話すと社宅がある、と担当者を教えてもらった。担当者からは、困ってると言ってくれないと助けられない、と言われた。)
    もしかしたら、できるかぎりの努力で解決しようという発想が間違っていたのかもしれない。自立とは他人に頼ることだ、と学生時代に教えられたというのに。


    ・公的機関であれ、企業であれ、善良で優秀な個人が現場で頑張ることによって、公的な制度が不備のままにおかれている場面を目撃するときがある。現場の人々が一生懸命に頑張ることによって、制度の抱えている問題そのものが先送りにされたり、現場の工夫や情熱によって奇跡的に運営できてしまうがゆえに、現場の困難が放置されていて、頑張る人が偉いと思われたりする。こういう状況は保育園に限らないかもしれない。
    そして、誰かが苦しい中でも頑張るのを見て、私たちは喜んでいないだろうか。誰かが公私の別なく、すり減らして頑張ってくれることに、私たちは感謝していないだろうか。


    ・「正直さ」「忍耐力」「勇気」「感謝」「謙虚さ」「共感」「自己規律」等々を「才能」ではなく「スキル」と取ることについて、なんとなく狐につままれたような気分だった。
    私は思いやりや根気や好奇心や感受性といったものは、性格や性質だと思ってきた。けれどもそれは、子どもたちの通う保育園では、練習すべき、あるいは練習することが可能な技術だと考えられている。


    ・問題/技術に焦点をあてる
    先生方が子どもを褒めたり叱ったりするとき、それはその子の人格を褒めたり貶したりしているわけではなく、その場の状況や問題に焦点をあて、そこを褒めたり変えようとしたりしている。


    ・出産後半年
    でも、半年くらいしたら、このかわいらしい生き物とずっと一緒にいたら、私がなくなってしまうような気もしてきた。小さなユキと一緒にいると、自分の時間が欲しいと思った。でもユキと別れたら、私はあの可愛い生き物を放り出して何をしているんだろうと思った。
    子どもを産んだからといって、何かから「降りる」わけではない。でも、今までと同じだけの時間と体力と集中力を仕事に注げるはずがない。でも、どちらもできなければ、母親として、あるいは研究者・教委員としてあるいはどちらも、失格ではないかと思った。

    たぶん、このままではまずい。誰にとってまずいといって、子どもにとって、自分のことで頭がいっぱいな大人と住まなければならいことほどまずいことはない。
    (これ、すごく分かる。時々自分もこれを感じて息苦しくなる。こういう時は著者みたいに外部の人を頼っていきたい)



    ・母親は人間でいられるし、人間であるべきです。
    怒るのはOK。むしろ怒り方によっては子どもの教育につながる。
    今のあなたは人生の繁忙期なのと、怒るときは困っているときであることを考えると、何かと腹が立つことはおかしいことではない。
    そもそも怒ること自体に問題はない。それが虐待的な言葉や行動に結びつかなければいい。感情自体はいいも悪いもない。


    ・私は、自分は子どもたちにひどいことをしてしまうことと、その権能が自分にあることが嫌なのだ。子どもが親にしか頼れないのなら、親の権力はなんと巨大だろう。
    私はたくさんの人との関係の中でのみ、まともな人間でいられる。そうでなければ、私は自分の持つ力に酔い、傲慢に振る舞い、誰かを傷付けてもなんとも思わないだろう。子どもと親だけの関係は危険だ。社会が、つまり制度と規範と多様な人間関係が、介入してくれなければ、私は子どもたちにとって危険な存在になる。


    ・1番大切なのは何をやるかで、誰と一緒にやるかというのは2番目に大事。保育園でも友達を作ることにフォーカスするというより、一緒に遊ぶ時間を増やしていくことにフォーカスする。


    ・フィンランドの社会福祉は普遍主義に基づいている。誰もが社会福祉制度のお世話になるのであって、社会福祉制度を利用する人は「困っている人」ではない。福祉サービスを受ける敷居がとても低いことを意味する反面、受けられるサービスがそれほど素晴らしく手厚いものでないことを示す。
    私は税金の形ですでに公に奉仕し、公はそれをだいたい全員に配分する。配分を受け取る量が少ない人(例えば、その年たまたま医療費がかからなかった人など)には税金が戻ってくる。公は、多様な幸福を追求する個別な私のためにある。

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    2026年05月04日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    フィンランドの保育園の教育に、日本よりもたくさんの人員は配置されていて、一人一人の特性を把握してそれにどのように対処するかを対話するというのが素晴らしい。
    多様性に関して、マイノリティをマジョリティ
    デモをする権利や、女性の妊娠出産があることに対する配慮が当たり前のこととして認識されているのが興味深いね。
    働く人間はロボットじゃないんだからって、いう雰囲気。日本ではロボットみたいに働くことが良いとされているからここは大違い。

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    2025年10月08日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    もっと早く読めばよかった!
    子育ての話が多いけれど、アンナ先生の言うとおり、「一歳から死ぬまで練習できること」について書かれているので大人が読んでも、そういう考え方もあるのか!とハッとする。

    今いる場所、今言われていることが永久に正しいとは限らない。だったらより心地いい方へ、どんどん逃げていいのだ。

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    2025年09月21日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    ヘルシンキの暮らしに
    関西弁で軽快なツッコミを
    入れていく著書の語りを
    聞いているといろいろな
    当たり前が揺らいで来る。

    インクルーシブについて
    触れた4章の「特殊なのは誰か」が
    印象に残った。

    フィンランドの排外主義の
    政党のリーダーから
    「人口が減るきとも厭わず排外主義を貫く国」として日本が敬われているというくだりは、ずっこけた。どこのエルフの王国だ…

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    2025年02月11日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    パクさら さんという子供が二人いる人が
    ヘルシンキでの仕事を選ぶ。
    日本人のご主人も賛成してくれる。
    この本読むまで フィンランドの歴史を知りませんでした。
    ロシアから奪い返した土地なんですね。
    ヘルシンキは暗くて寒くて食べ物がまずい
    子供には親切
    よその国からきた人にも 平等にいろんな制度が使える。
    ママが子供にパニクって大声をあげそうになったら
    電話すると 話しを冷静に聞いてくれるシステムもある。
    さらさんが感情が激したシーン
    前 一緒にコーラスをやっていた韓国人のキムさんを 思い出しました。
    さらさんは 在日で両親もおじいちゃんおばあちゃんも日本にいる。
    キムさんは韓国から来て日本に住んでいるし ご主人も韓国の人
    わたしはキムさんが 大声を出した時
    胸の中に熱いパッションがある人なんだなあ!
    と思ってたことを思い出しました。
    さらさんは京都にお住まいだったけど 在日コリアンの人たちへの差別とか偏見とか
    いろんなものがあるんですね。
    日本でもなく韓国でもない所に住みたい!という願いで フィンランドを選択
    さらさんの子供たちへの話し方が 関西弁なので
    なにやら柔らかい。
    子供たちに ひとつひとつ ちゃんと話しをして
    話させている。
    子供たちも 小さいながら ちゃんと意見を言う。
    作者は自分に自信がなさそうですが
    いやいや立派なものです。
    幼稚園は 働く親のためにあるんじゃなく
    子供には 行く権利がある。
    戦争の話しも出てきます。
    今 私たちがここで生きてるのは その上の年代の人たちが 頑張って生き抜いてきたからなんですね。
    フィンランドには徴兵制もあるけど
    分別のある国なんだなあ!
    と思いました。

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    2024年12月28日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    1冊目に続きとても良かった。ガチ多様性の帯のとおり、世の中ガチ多様性。結局、その多様性を受容できるのって、経験に基づく想像力と、気づきによるものでしかないのだと思った。知らないことを知らないことが多すぎる、ということに気付かされる。知らないと、ないことになってしまうことに気づいたし、それってとても怖いことだと思う。そんなことを強く思った本でした

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    2024年12月22日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    期待を超えてきた〜素敵な文章だった
    私がヘルシンキ好きだな〜と思った理由と住みたくはないな〜と思った理由が詰まってた

    高校時代の探究発表のガバガバ発表をずっと情けないなーと思ってたけど、考えの浅さだけでなくどのように思考したらいいのかをアカデミックに淡々とでも関西弁で面白く!指摘してもらえてすごくスッキリした。この文章の温度感がめちゃくちゃ心地いい。ハイキューの北さんみたいな感じ。

    何よりも本のタイトル、生活の練習の意味するところがつくづく大切なことだなと思う
    ドライな人は能力と人格を切り離せるから、怒らない。もっと言うと問題と人を切り離せるから議論がちゃんと前に進む
    認知行動療法を実践中の身としても本当に学びのある考え方だった

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    2024年12月10日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    著者は、両親のうち片方が韓国人、著者本人は日本生まれ日本国籍ながら韓国式の名前なので、差別や偏見と無縁ではないという環境に育ち、それが海外移住の動機になっていると前書きに書かれている。そういう非差別意識に影響されたフィンランド推しの本かと思うと読む前から若干うんざりだったが、それは移住の動機やきっかけに過ぎなかった。この本はそういう内容ではなかった。いい意味で期待を裏切られた。
    ヘルシンキでの子育てを通じての諸々がメインではあるが、よくある子育て本とも海外事情をざっくりという本とも違う。たとえば、日本の保育園は親の都合で子供を預ける、親のための施設や仕組みだが、フィンランドは子供が生きていく上での基本を学ぶ(「生活の練習」をする)場で、子供のための制度であるなど、フィンランドの社会制度について書かれている。子育てを通じて垣間見えるフィンランドのものの考え方や、著者本人の成長環境を振り返って掘り下げた考察なども書かれており、非常に奥行きのある一冊である。
    著者は、私はいい母親ではないと言い切っている。フィンランドでは、母親は人間でいられるし、人間であるべきですと言われたそうだ。これは母親ではない私にも沁みた言葉でしたね。なぜか女性だけが良妻賢母像を暗に要求される日本社会で、そういう認識が広まって欲しいものだと思う。母親になったからって女神様になるわけじゃない。フィンランドにはメンタル的に行き詰まった親が相談できる仕組みがあるとのこと。そういうことを前提にすると、改めていい母親ってどういう母親だろう?と考えてしまうのである。
    著者は移住したが、この本では、彼女の夫の出番が少ないことが気になる。子供ファーストになると夫は二の次かもしれないけど…。この本は続きがあるようなので、そちらも読むことにする。他の人にも一読を薦めたい本なので星5つ。

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    2024年10月30日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    1作目に続いて、フィンランドについてやアイデンティティ、多様性について、著者が関西弁でツッコミともぼやきとも取れるセリフを入れながら考えていく様がとても快いなあ。

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    2024年10月21日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    予想以上に最高に良かった!続編も読みたい。

    フィンランドの保育園の描写がとても良かった
    人格ではなく「技術」と捉えて、
    「悪いところ」ではなくあくまで「練習が足りない」と表現するところが素敵だった

    ユキちゃん、クマちゃんのせりふも癒される

    しかしフィンランドの善とされる部分も悪とされる部分も、著者は常に冷静に見つめていて
    自分は社会をどう捉えているか見直すきっかけになる

    自分がもし子どもを育てることになったら、絶対に再読したい

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    2024年10月16日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    ヘルシンキ(フィンランド)と生活、そして練習という単語が連なっていると、私みたいに「ていねいな暮らしって、いいっすよね」というライフスタイルがんばってみたい勢にとっては、自分の時間を大切にするだとか、働きすぎない生活的な、ふんわりとした生き方のようなものにフォーカスが当たった本なのだとはなから思い込んで手に取った。これを読んだらきっと、私も少していねいな暮らしち近づけるに違いないとおもって読み始めたら、関西弁での論旨展開と、この社会と世界への鋭くも真摯な切り込みがうわーっと展開される。当初思っていたような内容の本では全然なかったけれど、ものすんごく面白い本だった!
    確かに私たち日本人には北欧、特にフィンランドは幸福度が高い国というイメージが強くて、やたらにいいものと思っているけれど、著者の朴さんはずっと冷静に自分の視点からフィンランドと人間の生きやすさを見つめている。楽に生きるためのスキルがあった方がいいという考え方は、軽やかでいいなと思った。なんだかんだと、日本人はすべてを人格に紐づけて考えすぎるのかも、と思った。

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    2024年09月15日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    前作よりも文章がなめらかになって、カジュアルで読みやすくなったと思う。
    前作のインパクトが強く、この作品にも最初から期待感があった。
    前作に引き続き面白かった!

    最も印象に残ったのは健康診断の話である。
    「仕事関係の悩み事やストレスのところに10点中4点をつけていますが、これはどういうものですか」と問診票を見て看護師が尋ねられ、作者は「この大学での仕事は楽しいし、ワークライフバランスもいいんですが、私のパートナーは日本にいます。私も日本で働いていましたが、私はヘルシンキで働くことにしました。それで家族を分断してしまったと思うのが苦しいです」と答えた。そうすると看護師さんは「あなたは人生の中でやりたいことを見つけ、いろいろな要因をロジカルに検討して選択して見事に手に入れた。それは祝われるべきことで、あなたが家族に悪いことをした罰ではない。もしアンフェアに負担が生じているなら助けを求めるべきことです。そのために私たちがいます」このように答えたという。
    こういう風に他人言われたことがないなと作者は驚く。
    しかし話はそれだけではなかった。
    「仕事の満足度に10点中7点と書いていますが、なぜですか」と看護師さんは引き続き質問する。そうすると作者は「毎日今日もダラダラしちゃった。時間があったなぁ。もっと頑張れたのになぁと思う」と答える。
    (私もきっと同じように答えると思う)
    それに対して看護師さんは怪訝な顔して、「70%以上頑張ったらおおよそあらゆる仕事の人が40代のうちに燃え尽きます。だから70%でもやりすぎな位です。60%に減らしてください」
    おおー!
    「8時間労働だったら、そのうち4割つまり3時間ちょっとぼんやりしてください。同僚とお茶するとか、窓の外を見て鳥がいるなとか」
    痛快!
    もっと私も休もうと心から思った笑
    看護師さん、海を超えて、日本でもカウンセリングしてます!

    フィンランドの現状はなかなか厳しいものもあるようで、フィンランドを全面的に賛美したり、日本と比較してどちらがいいと言ったりする本ではないが、こういうプロのエッセンシャルワーカーたちのきっぱりとした物言いは、前作同様感動できる。
    胸がすくようなフィンランドの人たちの働き方の感覚、人権の感覚。清々しいほど毅然としていて、まことにかっこいい。特に女性。

    それから、子どもたちのプラカード作りのイベントで、母である作者も一緒に作ったら、これで次のデモに出るプラカードが作れますねと気軽に言われたくだりも。その感覚の違いにキョトンとする作者に相変わらず笑えた。私も読んでキョトンとした。そんな社会、風通しよくていいね。

    ただ1つ気になる事は、作者がカジュアルに書きたいと言う気持ちが前に出すぎて「ウケる」っていう言葉を多投しすぎだなぁという所。ほどほどだと面白いし読みやすさにつながるけど、ちょっと多いかなぁ。
    自分は「痛く」ない、真面目だけじゃない、と思われたいうと言う気持ちあまり出過ぎてる感じがした。
    若い時はそういうことは気になるのだろうけど、かえって痛々しく見えてしまう。苦々しい経験をしてきた作者だからこそだろうけど、もう、気にしなくてもいいんじゃないかなぁ、堂々としてていいのになと読者としては思ってしまった。(老婆心でしかない笑)

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    2024年09月10日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    小さなお子さんを持つ2世の女性で旦那は日本に在住し2人の子どもとフィンランドで働く母親として生活している。自分のやりたい事のために子どもに不自由させているのではないかと悩んだり、2世ゆえの差別、偏見の経験で子どもらもフィンランドで差別されていないかとか、フィンランドでの学校生活や教育、そして自身の葛藤を事細かく書いていて文化や考え方の違い、そして子どもらの考え方と母親の考え方や見ている事の違い、そして成長過程も知れて自分も考えさせられる内容だった。
    フィンランドは遊園地はなく祭りでもトラックに乗るとか地味な祭りでアトラクションのない国があるとは想像すらしなかったが現地の子たちは他の国には遊園地があると知ったら羨ましいと思うのだろうか??そして休みが長い。3か月ぐらいありその間は宿題もない。子どもらは日本に帰って日本学校に通っているが日本とフィンランドの学校を比較したことないとそこでも考え方の違いが真新しく感じる。上の子は淡々としているので世渡り上手かも。下の子は負けず嫌いの感情を表現するのが苦手な男の子。
    どちらも成長した姿をみてみたいと思わせる書き方で子どもらが大人になった時の話が読みたいがまだまだ今時点で小学生。
    随分先の話になるので筆者が子どもらの成長を書いてくれるかどうか。フィンランドの教育を主に書いているので成長過程を書いてくれるように願っている。




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    2024年09月08日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    前作もとても好きで、本屋さんで続き(?)が出ているのをみつけて、即買い!

    夏休みの12日間の旅のお供にしたら、その旅で出会ったこと、考えたいこととリンクしまくりで、静かに興奮しながら読み進めた。

    もう一度じっくり読み返したい。
    とても大切な1冊!

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    2024年09月01日
  • 日本社会と外国人 入管政策が照らす80年

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    本書は、第二次世界大戦の敗戦以降、日本が辿ってきた入国管理および外国人施策の歩みを、歴史的背景から紐解いた一冊である。昨今相次いで刊行されている外国人労働者問題や人口減少対策に終始する実用書とは一線を画し、本書は全編の半分近くを費やして、旧植民地出身者を巡る戦後の制度変遷を詳細に検証しているのも特徴と言えるだろう。

    通読して強く印象に残るのは、日本の外国人政策に対する著者の批判的スタンスの烈しさだ。その不満や問題点の列挙は、論理的な体裁を整えつつも、時として「憎悪」や「怨嗟」を感じる強さを帯びている。全編を通じて一貫して否定的な論調が続き、肯定的な言及を見出すことは難しい。記述の多くは歴史的事実に基づいているのだろうが、行間に滲み出る著者の主観は、「本書の視点のみを鵜呑みにしてはならない」と度々感じた。

    一方で、著者は結びにおいて「本書が広く読まれることを望まない。外国人問題が議論されることで外国人に対する新たな憎悪が生じるくらいなら、無関心のほうがマシである」という趣旨の、一見倒錯した独白を残している。そこには、長年この問題と対峙してきた者特有の、深い諦念と無力感が漂う。著者の内面にある憤りと諦め、それでもなお記録を残さねばならないという使命感が複雑に交錯している、と捉えるのはいささか穿った見方に過ぎるだろうか。

    私自身は、外国人の受け入れに対しては比較的寛容な立場をとるものだ。しかし、権利や平等の理念をあまりに強く主張することが、果たして日本社会のみならず、当事者である外国人居住者にとって真にプラスに働くのかは疑問が残る。必要なのは、理想論に偏ることなく、アクセルとブレーキのバランスをデータに基づいて見極める冷静なガバナンスだ。一国民として、今後もこの混迷する政策の行方を注視していきたい。

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    2026年05月28日
  • ヘルシンキ 生活の練習はつづく

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    前作に続き、今回も楽しく読めた。

    特に印象的だったのが、著者の娘の言葉
    ・ユキは「ユキは、何も、しない、がしたいねん!」という。ごめん、それまだ母ちゃんにはすごい難しいねん…。

    私もそう。でも、子どもを見ているとただただソファーでぼーっとしてたりもするよなぁ。見習わなきゃ。

    そして著者は、健康診断で以下のように言われたという。
    「70%以上頑張ったら、およそあらゆる仕事の人が40代のうちに、肉体的にか精神的にかわかりませんが燃え尽きます。60%に減らしてください。仕事も家事も60%以下に減らして、1日8時間労働だったらそのうち4割、つまり3時間ちょっと、ぼんやりしてください。健康のために何もしないで!」

    これもやっぱり難しい、、


    あと、「普通」「特別」の考え方の違いに考えさせられたりした1冊。この本が出たのが2024年。また、数年後に続きが出ないかな、と期待。



    以下メモ
    ・私は子どもたちを見ていて、つい何かと心配になるし口を出してしまいたくなる。彼らの大きくなる世界は、私の大きくなってきた世界とは違うし、彼らは私とは違う人間だし、私の想像力も知識もたいしたことなどないのだから、所詮たいした手助けなどできないとわかっているはずなのに。


    ・原則としてすべての子どもにもサポートが必要。
    私は、普通な子どもとそうでない子どもがいて、後者は前者と切り離されるとしか考えたことがなかった。普通な子どもと特殊な子どもがいるなら、「特殊」とみなされることは異なる扱いを受ける根拠となる。それを差別(排除)と感じることもあれば、「あいつは得している」「ずるい」(特権)と感じることもあるだろう。
    他方で誰もが特殊で自分に応じた個別の支援を必要とするなら、特殊であることは当たり前のことになる。


    ・先生からは、小屋に閉じこもってもいいけど、言語化した感情を他人に伝えてもいい、ネガティブ感情を持つことは悪いことではないのだから、相手との関係を信頼して、伝えるステップを練習してもいいかもしれない、家庭でもその練習ができるように励ましてはいかがでしょうかと提案された。
    mököttää(モコッタァ / モコッテー) 小屋に閉じこもってぶつぶつ言う

    ・多様性を認めるというのは、特殊な何かを、普通の何かの中に受け入れてあげることではない。「普通」であるはずのマジョリティもまた、その特殊で多様な「何か」の一つに過ぎないものになるということだ。

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    2026年05月26日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    ネタバレ

    ・僕はイエロー…を彷彿とさせる軽い口調で海外生活を書いた一冊
    ・関西弁でサバっとした物言いが爽快
    ・文庫版あとがきを そこんとこよろしく。で締めるのもカッコイイ
    ・所々にあるフレーズ印象的
    ・反射、適切な服装をすれば天気が悪いということはないなど
    ・フィンランドの人格や能力、スキルに対する考え方は今後子育てしていくとなったら参考になりそう
    ・まだ子育てをする20歩は手前にいるけど
    ・もし子供ができたらフリーザのような口調にはならないよう気をつけたい

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    2026年03月13日
  • ヘルシンキ 生活の練習

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    本編のメインではないことを前提に。怒りというのは抱いて当たり前であるが、怒りで相手をコントロールすることはできない。たとえそれが自分の子供であっても。というのは非常に納得した。

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    2025年12月26日