無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
Posted by ブクログ
前作よりも文章がなめらかになって、カジュアルで読みやすくなったと思う。
前作のインパクトが強く、この作品にも最初から期待感があった。
前作に引き続き面白かった!
最も印象に残ったのは健康診断の話である。
「仕事関係の悩み事やストレスのところに10点中4点をつけていますが、これはどういうものですか」と問診票を見て看護師が尋ねられ、作者は「この大学での仕事は楽しいし、ワークライフバランスもいいんですが、私のパートナーは日本にいます。私も日本で働いていましたが、私はヘルシンキで働くことにしました。それで家族を分断してしまったと思うのが苦しいです」と答えた。そうすると看護師さんは「あなたは人生の中でやりたいことを見つけ、いろいろな要因をロジカルに検討して選択して見事に手に入れた。それは祝われるべきことで、あなたが家族に悪いことをした罰ではない。もしアンフェアに負担が生じているなら助けを求めるべきことです。そのために私たちがいます」このように答えたという。
こういう風に他人言われたことがないなと作者は驚く。
しかし話はそれだけではなかった。
「仕事の満足度に10点中7点と書いていますが、なぜですか」と看護師さんは引き続き質問する。そうすると作者は「毎日今日もダラダラしちゃった。時間があったなぁ。もっと頑張れたのになぁと思う」と答える。
(私もきっと同じように答えると思う)
それに対して看護師さんは怪訝な顔して、「70%以上頑張ったらおおよそあらゆる仕事の人が40代のうちに燃え尽きます。だから70%でもやりすぎな位です。60%に減らしてください」
おおー!
「8時間労働だったら、そのうち4割つまり3時間ちょっとぼんやりしてください。同僚とお茶するとか、窓の外を見て鳥がいるなとか」
痛快!
もっと私も休もうと心から思った笑
看護師さん、海を超えて、日本でもカウンセリングしてます!
フィンランドの現状はなかなか厳しいものもあるようで、フィンランドを全面的に賛美したり、日本と比較してどちらがいいと言ったりする本ではないが、こういうプロのエッセンシャルワーカーたちのきっぱりとした物言いは、前作同様感動できる。
胸がすくようなフィンランドの人たちの働き方の感覚、人権の感覚。清々しいほど毅然としていて、まことにかっこいい。特に女性。
それから、子どもたちのプラカード作りのイベントで、母である作者も一緒に作ったら、これで次のデモに出るプラカードが作れますねと気軽に言われたくだりも。その感覚の違いにキョトンとする作者に相変わらず笑えた。私も読んでキョトンとした。そんな社会、風通しよくていいね。
ただ1つ気になる事は、作者がカジュアルに書きたいと言う気持ちが前に出すぎて「ウケる」っていう言葉を多投しすぎだなぁという所。ほどほどだと面白いし読みやすさにつながるけど、ちょっと多いかなぁ。
自分は「痛く」ない、真面目だけじゃない、と思われたいうと言う気持ちあまり出過ぎてる感じがした。
若い時はそういうことは気になるのだろうけど、かえって痛々しく見えてしまう。苦々しい経験をしてきた作者だからこそだろうけど、もう、気にしなくてもいいんじゃないかなぁ、堂々としてていいのになと読者としては思ってしまった。(老婆心でしかない笑)
Posted by ブクログ
小さなお子さんを持つ2世の女性で旦那は日本に在住し2人の子どもとフィンランドで働く母親として生活している。自分のやりたい事のために子どもに不自由させているのではないかと悩んだり、2世ゆえの差別、偏見の経験で子どもらもフィンランドで差別されていないかとか、フィンランドでの学校生活や教育、そして自身の葛藤を事細かく書いていて文化や考え方の違い、そして子どもらの考え方と母親の考え方や見ている事の違い、そして成長過程も知れて自分も考えさせられる内容だった。
フィンランドは遊園地はなく祭りでもトラックに乗るとか地味な祭りでアトラクションのない国があるとは想像すらしなかったが現地の子たちは他の国には遊園地があると知ったら羨ましいと思うのだろうか??そして休みが長い。3か月ぐらいありその間は宿題もない。子どもらは日本に帰って日本学校に通っているが日本とフィンランドの学校を比較したことないとそこでも考え方の違いが真新しく感じる。上の子は淡々としているので世渡り上手かも。下の子は負けず嫌いの感情を表現するのが苦手な男の子。
どちらも成長した姿をみてみたいと思わせる書き方で子どもらが大人になった時の話が読みたいがまだまだ今時点で小学生。
随分先の話になるので筆者が子どもらの成長を書いてくれるかどうか。フィンランドの教育を主に書いているので成長過程を書いてくれるように願っている。
Posted by ブクログ
前作に続き、今回も楽しく読めた。
特に印象的だったのが、著者の娘の言葉
・ユキは「ユキは、何も、しない、がしたいねん!」という。ごめん、それまだ母ちゃんにはすごい難しいねん…。
私もそう。でも、子どもを見ているとただただソファーでぼーっとしてたりもするよなぁ。見習わなきゃ。
そして著者は、健康診断で以下のように言われたという。
「70%以上頑張ったら、およそあらゆる仕事の人が40代のうちに、肉体的にか精神的にかわかりませんが燃え尽きます。60%に減らしてください。仕事も家事も60%以下に減らして、1日8時間労働だったらそのうち4割、つまり3時間ちょっと、ぼんやりしてください。健康のために何もしないで!」
これもやっぱり難しい、、
あと、「普通」「特別」の考え方の違いに考えさせられたりした1冊。この本が出たのが2024年。また、数年後に続きが出ないかな、と期待。
以下メモ
・私は子どもたちを見ていて、つい何かと心配になるし口を出してしまいたくなる。彼らの大きくなる世界は、私の大きくなってきた世界とは違うし、彼らは私とは違う人間だし、私の想像力も知識もたいしたことなどないのだから、所詮たいした手助けなどできないとわかっているはずなのに。
・原則としてすべての子どもにもサポートが必要。
私は、普通な子どもとそうでない子どもがいて、後者は前者と切り離されるとしか考えたことがなかった。普通な子どもと特殊な子どもがいるなら、「特殊」とみなされることは異なる扱いを受ける根拠となる。それを差別(排除)と感じることもあれば、「あいつは得している」「ずるい」(特権)と感じることもあるだろう。
他方で誰もが特殊で自分に応じた個別の支援を必要とするなら、特殊であることは当たり前のことになる。
・先生からは、小屋に閉じこもってもいいけど、言語化した感情を他人に伝えてもいい、ネガティブ感情を持つことは悪いことではないのだから、相手との関係を信頼して、伝えるステップを練習してもいいかもしれない、家庭でもその練習ができるように励ましてはいかがでしょうかと提案された。
mököttää(モコッタァ / モコッテー) 小屋に閉じこもってぶつぶつ言う
・多様性を認めるというのは、特殊な何かを、普通の何かの中に受け入れてあげることではない。「普通」であるはずのマジョリティもまた、その特殊で多様な「何か」の一つに過ぎないものになるということだ。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
ビジネス・実用
小説・文芸