見切り千両、再挑戦万両
ここまで述べてきたロスカットルール、失敗の定義やシナリオなどは全て、「再挑戦」のためにあるということを強調したい。
新たな業態開発は、十の挑戦、いや百の挑戦で一つか二つ当たればいいほうである。大切なのは、傷を大きくしないうちの見極めと見限りだ。早期撤退を断行するからこそ、次の挑戦が可能になる。当社の過去には、そんな業態開発の失敗例が、数えきれないほど転がっている。
再挑戦を繰り返すことが、運を引き寄せ、大輪の成功の花を咲かせる唯一の道である。見切りには千両の価値があるが、再挑戦には、その十倍となる万両の価値があるのだ。
不可欠な「時間のテスト」とは?
一方で、「時間のテスト」という方法がある。すなわち、ある一定期間をかけながら、じっくりと人の真麗を見極める方法だ。結局、これに勝る評価・判断法はない。
ファーストインプレッション(第一印象)で、どんなに素晴らしい人間、どんなに魅力のある人物だと思っても、いやそうであればあるほど、過大な評価をしたり信用しすぎたりするのは禁物と心がけるべきである。
ちなみに、「時間のテスト」の期間は、短くても三~四カ月、長くて一年といったところだろうか(もちろん接触の密度と頻度、関係性によって異なってくる)。
見えにくく、取りにくく、買いにくい
ともあれ、商品をぎゅうぎゅうに押し込んだ圧縮陳列が「こりゃなんだ」と面白がられる、たまたま夜中まで営業してみたら喜ばれる・・・・・・そうした発見の連続が、横並びの小売業から一歩抜け出す切り札となった。
「泥棒市場」は、流通業における常識から考えると、“禁じ手のデパート”のような店だった。流通の教科書には「見やすく、取りやすく、買いやすく」が小売業の鉄則だと書いてあるが、私の店は真逆だった。「見えにくく、取りにくく、買いにくい」のである。
にもかかわらず、「泥棒市場」は大繁盛店となった。それはなぜなのかと言えば、一貫してお客様の立場になって考える姿勢を崩さなかったからだ。
小売業の世界では、世間一般の常識や理屈、既成のルールは全く無力で、むしろ有害な場合さえ多い。求められるのは、瞬時に相手の心の動きや欲求をキャッチする鋭敏な感性だけである。こうしたことを、私は「泥棒市場」の経験で学んだ。
圧縮陳列や深夜営業といった戦略について、よく「逆張り経営」で成功したと言われる。しかし、私はあくまで「順張り」をしてきたつもりだ。愚直に「主語の転換」をしているだけなのだが、それが他の人には「逆張り」をしているように見えたのだろう。
曖昧さを許容する謙虚さとは?
脳科学者の中野信子さんは、著書『脳の闇』の中で、「曖昧さを良しとするのが脳科学的にもいい」と喝破され、「曖昧さを許容する謙虚さがなければ、脳は間違える」というようなことを書いておられる。私は思わず膝を叩いた。曖昧味さを許容する謙虚さというのは、なんと言い得て妙な表現ではないかと。
最後に、「曖昧さを許容する謙虚さ」の重要性について述べておきたい。
基本的に人は曖昧な状態を嫌う。嫌わぬまでも、「居心地悪い」と感じるのが常だろう。分かりやすく明快な答えを出した方が、すっきりと気持ちがいいに決まっている。そういう意味で、「解」を求めるというのは、ある種の快楽に身を委ねる行為とも言えよう。しかし、安易に導き出した「解」は、必ずしも正解とは限らない。むしろ、そうではない場合のほうが、現実には圧倒的に多い。
逆説的に言えば、そうした快楽に身を委ねずに、難問に対して謙虚に模索しながら、ボトルネックから抜け出そうと真摯に格闘する姿勢そのものにこそ解がある。
「後始末」ではなく「前始末」
さて、「仮説は必ず間違える」ということの応用編とも言えるのが、第五章でも出てきた「前始末」である。この前始末というのは、すぐれたリスク管理の概念だ。後始末、すなわち「後で始末に困る」ような間違いは、じつは前始末で未然に防げることがほとんどである。これもあなたに幸運をもたらす秘伝のロジックとなるはずだ。
私の経験則から言えば、業務を進めていて後で不都合な状態に陥るような場合は、必ず事前に何らかの兆候を発しているものである。そのシグナルを見逃さず、きちんと前始末さえしておけば、後で大騒ぎをする必要はない。
「教える」ではなく「自分でやらせる」
一体どうすれば従業員たちに私の考えが伝わるのだろう?例のごとく、私は悶々ともがき苦しんで考えた。当時のドン・キホーテには、オーナーの意を汲んで動く“できる社員”など一人もいなかった。こちらから指示したり、懇切丁寧に教えなければ、従業員は動かない。でも、どれだけ教えても、私にできることが彼らには出来ない・・・・・・。
「もうダメだ、やめよう」と、絶望的な気持ちになったことも一度や二度ではない。店の売却話に心を動かされたこともある。
しかし、私は最後に踏みとどまった。悩みに悩んだ末、開き直ったのだ。あれだけ教えてもダメなのだから、そもそも教えるという行為自体が無意味だと結論づけたのである。そして、「これでダメならきっぱり諦めよう」と腹をくくり、「教える」のではなく、それと正反対のことをした。「自分でやらせた」のである。
それも一部ではなく、全部任せた。従業員ごとに担当売り場を決め、仕入れから陳列、値付け、販売まで全て「好きにやれ」と、思い切りよく丸投げした。しかも担当者全員に、それぞれ専用の預金通帳を持たせて商売させるという徹底ぶりである。これこそが後年、ドンキ最大のサクセス要因となる「権限委譲」の始まりだった。
もっとも、当時の経営常識からすれば、そうした「変化対応」は、要は現場に任せっぱなし、やらせっぱなしの、いわば経営権の放棄状態にも等しいとられ方をしていた。
「それでもいいや」と私は腹をくくった。もちろん、さすがにその間、追い詰められて逡巡に逡巡を重ねはしたものの、最後には結局、「えいや」とばかりに経営権という主権も思いきり現場に移したのである。
ビジネスは二者択一ではなく、常に「こちらも立て、あちらも立てる」という「AND」の発想をしないと成功しない。例えば、異なる調味料を混ぜると味に深みが増すように、料理の世界では「AND」が当たり前だ。経営も同じではないだろうか。実際に実行するのは難しいが、「AND」こそ成功の要諦なのである。
仕事をゲームに蹴るための四大条件
①明確な勝敗(勝ち負けがはっきりしないゲームはゲームではない)
②タイムリミット(一定の時間内に終わらなければゲームにはならない)
③最小限のルール(ルールが多くて複雑なゲームは分かりにくくて面白くない)
④大幅な自由裁量権(周りから口を出されるゲームほど、やる気が失せるものはない)
こうしたルールを明確にしておかなければ、「仕事はワークでなくゲーム」と言っても、単なる掛け声やスローガンに終わってしまう。何の決め事もなく、精神論的に「ゲームを楽しむようにして働け」と押しつけるだけでは、どこかのブラック企業と変わらない。
権限委譲をする中で、自発的に仕事がゲーム化し、皆で切磋琢磨するようになる。これが当社のDNAだ。どんなビジネス・経営書を読んでも、もちろんMBAの資格を取っても、決して会得できない独自の"お家芸”だと自負している。