ジョン・スチュアート・ミルのレビュー一覧

  • すらすら読める新訳 自由論

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    他者への危害を加えない範囲での自由の肯定と、積極的な議論を推奨している。
    現代における他者との関わり方について考えるために、絶対に読んでおきたい一冊。

    ただ気になるのは、「この話に賛同しない人は○○と言っているのと同じだ。」という極論にも思える論調が度々用いられ、ミル自身が反対意見を封殺しているようにも感じる。

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    2026年03月23日
  • すらすら読める新訳 自由論

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     この本から得た学びは2つ。1つ目は、この社会では許される自由と許されない自由があることを再認識することが出来たこと。2つ目は、権威やルールに反発して盲目的に自由を主張することと、多数派の意見や慣習を鵜呑みにしてそれを「正しい」行動だとみなすことは本質的には同じだと理解出来たことだな。

     1つめの学びについては言語化すると当然のことのようにも思えるが、どこに線を引くかは非常に難しい。特に昨今では、多様性という言葉が飛び交い自由な意見や考えを表明できるからこそ、極端な自由までも認容されている気がする。自分自身も少なからずそのような風潮に影響を受け、何者からも束縛されない自由を求める気持ちが芽生えるときがあるが、自由は程度問題であると断言してもらえると、少しばかりか救われた気持ちになった。

     2つ目の学びについては、自由になりたい本能を理性で制御することが当然ながら正しいものだと考えていたが、主流な考え・行動の根拠を知らないままに、盲目的に慣習に従うことの危うさを再確認できた。自分の信念が今の世の中において主流なものであればあるだけ、その根拠を理解するために反対意見に耳を傾けると、自分の信念もより強固なものになりそうである。

     この本では、社会が主体者となって、社会や国家がどの程度個人の自由を制限してよいかということをテーマにしている本であるが、主客を逆にして個人はどこまで自分の自由を行使してもよいのかと読むことも出来る。個人vs社会の関係性においては「危険原則」が自由の原則になるわけだが、1vs1の関係性における自由、例えば夫婦におけるそれぞれの自由など、個人間の自由の話となると、論点はまた変わってくるだろう。このあたりについては『自由論』で触れられていなかったため、個人的にもっと知りたいところである。

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    2026年02月23日
  • 自由論

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    侵してはならない個人の自由、言論の自由の大切さ、社会が個人に行使する権力の性質と限界について説く。明治日本の自由民権運動にも大きな影響を与えた、自由論の古典的名著。

    言論を統制する権力は不当である。その害は人類全体に及び、後の世代も被害を受ける。そして、意見の発表を禁じられた人以上に、意見に反対する人が被害を受ける。その意見が正しい場合、自分の間違いを正す機会を奪われるからである。

    「思想と言論の自由」は、人類の知性の健全な発達のために必要である。人は議論と事実によって、自分の誤りを改めることができる。人間の判断に頼ることができるのは、間違いを正すための手段が用意されている時だけである。

    古い時代、支配者は国民の意思とは無関係に権力を握っており、国民と利害が対立した。そして、自由とは「支配者による圧政からの保護」を意味した。その後、国家の行政を動かす役職に国民の代表がつく方が良いと考えられるようになると、一時的な支配者を選挙で選ぶ方法が求められるようになった。

    「国民の意思」とは、現実には多数派の意思である。このため国民の一部を抑圧するよう望む場合がある。これは権力の乱用の一種であり、いまでは政治について考える時、この「多数派の専制」は、社会が警戒すべき悪の1つとされている。

    社会が個人に干渉する時、それが正当かどうかを決めるのは、次のような原則である。
    ・人間が個人としてであれ、集団としてであれ、誰かの行動の自由に干渉するのが正当だといえるのは、自衛を目的とする場合だけである。
    ・文明社会で個人に対して力を行使するのが正当だといえるのはただ1つ、他人に危害が及ぶのを防ぐことを目的とする場合だけである。

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    2023年05月29日
  • 自由論

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    約150年前に執筆されたにも関わらず今も説得力を失わない、自由に関する最重要古典。国家権力が個人の行動に干渉するのは個人の行動が他者に危害を加える場合にのみ正当化される「他者危害の原則」を明確にしているのだが、何よりミルの想定する個人のあり方が素晴らしい。曰く、人間の知性というのは反論を聞いて自らの誤りを正すことによってもたらされるものであり、そうした反論は個性や多様性、少数派の意見というものを尊重しなければ決して生み出されないと言う。人は誰でも間違える、だからこそそれを克服するために自由は必要なのだ。

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    2013年04月12日
  • 自由論

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    他者に危害を与えるような行動以外、国家は制約を与えるベキではないという原則、すなわち他者危害原則を打ち立てた名著。
    現在、この適用をするのは非常に難しくなっているが、この本は名著だと思う。現代に通じる記述が多々あった。

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    2012年02月11日
  • 自由論

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    ネタバレ

    今の日本人にとって、自由とは当たり前の権利で、ごく普通に誰にでも与えられるものだという認識が強いだろう。
    しかし、それは大きな間違いで、私たちは自由についての考ることを放棄し、自ら自由でない状態に拘束してしまっているのかも知れない。

    現代社会の人々には、特に第3章を読んでもらいたい。
    まずは考え、対話しなければ、何も進展はしないのだ。

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    2012年01月18日
  • すらすら読める新訳 自由論

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    社会において市民の自由はどこまで守られ、社会の権力はどこまで行使されるべきか、を論じた古典。
    民主主義や信教の歴史を紐解きつつ、人間が本来的に不完全でどんな判断にも誤りがありえることも直視し、自由の原則と行使を見極めようとしている。

    完全な人間も政治も存在しないからこそ、「反対意見を抑圧せずに議論することで、間違いを正し、真理へ近づけようとする」姿勢は、国家や政治のみならず、あらゆる企業や組織においても根幹となり得る思想だと思う。

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    2024年12月25日
  • 自由論

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    「人間の身体と精神の全体的な構造は、足の形よりも個人差が少ないのだろうか。」

    自由とは何かについて書かれた本。権力を持っているのは、知的に高い水準、ポジションにいるものではなく、”一般大衆の多数派”であると考える。人は、他人や社会にマイナスの迷惑をかけない限り、何をする自由を有する。社会的財産である自身の知能を使わなくても、それを刑法で罰することはできない。しかし、悪評や批判等の世論による社会的制裁が加えられることがある。そして、それは問題ないとする。それを選んだのも本人の自由だからだ。

    売春を取り締まらず、売春あっせん者だけを取り締まるのは、主犯を見逃し、従犯だけ罰するようなものだ、という話の流れは、非常に素晴らしいたとえであると感じた。

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    2013年11月08日
  • 自由論

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    ネタバレ

    山岡洋一さん訳のミルの『自由論』(日経BP社)目を通しました。08年出版の光文社古典新訳文庫をさらに磨き上げた感じで、解説(大阪市立大・佐藤光氏)が素晴らしい。英語なので原著読めば早いけど、日本語としてはこなれているかなという感。※逐語訳としては岩波文庫がいいかな、とも 。

    光文社古典新訳文庫のミルの『自由論』は、昨年、斉藤悦則さんによって新訳。これはまだ未見。「〈あとがきのあとがき〉「『自由論』を普通に読めるようにし、 哲学を普通の言葉で語ること」 斉藤悦則さんに聞く」 kotensinyaku.jp/archives/2013/… を読むと面白そうではあります。

    ミルといえば、危害原則に目が向きがちだけど、ソクラテス流の対話術や弁証法の展開で共同認識へ至ろうとした経緯を押さえておくべきだなーと痛感。『自由論』の冒頭にはフンボルトの「人類が最大限に多様な方向へと発展していくことが絶対に決定的に重要だ…」(『国家活動限界論』を引用しているしね

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    2013年04月19日
  • 自由論

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    様々な問題の根底が気になるならば、一度読んでおきたい自由主義の古典。フリードマンらに影響を与え、資本主義につながる。

    論点はおおよそ二点にまとめられるため、すべて読むのが面倒ならば概略だけでも十分っちゃ十分。好きな人は全部読めばいいし

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    2012年09月29日