あらすじ
「自由は狂気と表裏一体だ」成田悠輔氏が「まえがき」を執筆。
165年を経た現代SNS社会にも通用する必読の名著!
「この本は『社会は個人に対し、どのような権力を、どの程度まで行使できるか?』について書いたものだ」とミルは言います。そして、「人は他人に危害を加えない限り自由だ」と主張します。しかし、「人の意見は反対意見を受け入れて考察されることによってさらに高まっていくのだ」とも述べています。19世紀において世界に、そして日本にも大きな影響を与えた哲学者の思索であり、イギリス経験主義哲学の極致とも呼ばれるそうです。その内容は現代人にも必ず役立つに違いありません。
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Posted by ブクログ
この本から得た学びは、この社会では許される自由と許されない自由があることを再認識することが出来たこと。また、権威やルールに反発して盲目的に自由を主張することと、多数派の意見や慣習を鵜呑みにしてそれを「正しい」行動だとみなすことは本質的には同じだと理解出来たことだな。
1つめの学びについては言語化すると当然のことのようにも思えるが、どこに線を引くかは非常に難しい。特に昨今では、多様性という言葉が飛び交い自由な意見や考えを表明できるからこそ、極端な自由までも認容されている気がする。自分自身も少なからずそのような風潮に影響を受け、何者からも束縛されない自由を求める気持ちが芽生えるときがあるが、自由は程度問題であると断言してもらえると、少しばかりか救われた気持ちになった。
2つ目の学びについては、自由になりたい本能を理性で制御することが当然ながら正しいものだと考えていたが、主流な考え・行動の根拠を知らないままに、盲目的に慣習に従うことの危うさを再確認できた。自分の信念が今の世の中において主流なものであればあるだけ、その根拠を理解するために反対意見に耳を傾けると、自分の信念もより強固なものになりそうである。
この本では、社会が主体者となって、社会や国家がどの程度個人の自由を制限してよいかということをテーマにしている本であるが、主客を逆にすると個人はどこまで自分の自由を行使してもよいかという読み方もすることが出来る。個人vs社会の関係性においては「危険原則」が自由の原則になるわけだが、1vs1の関係性における自由、例えば夫婦におけるそれぞれの自由など、個人間の自由の話となると、論点はまた変わってくるだろう。このあたりについては『自由論』で触れられていなかったため、個人的にもっと知りたいところである。