ロビン・ダンバーのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
タイトルに魅かれて読んだ。
私自身、特に信仰している宗教はない。
だからこそ、何故人々は神を信じ、信仰するのか。何故、宗教は存在するのかと常々疑問に思っていた。
著者の考察は大変興味深かった。
著者は、宗教には大きな二つの流れがあると考える。一つは、連続的共同体で実践される慣行体系と位置づけて、儀式などの慣行が果たす実用的な役割、つまり「行なうもの」。
もう一つは、より哲学的で、心理的な観点から、宗教を包括的な世界観ととらえる。共同体のなかで、さしたる証拠もなく受けいれられている一連の信念であり、この場合の宗教は「信じるもの」である。(p18)
特に興味深かったいくつかの項目を挙げる。
まず、グルーミングについてだ。
社会集団を拡大する必要に迫られたとき、一度に多くの人との信頼関係を構築するために(身体的接触なく)多くの人にグルーミングを同時に行う方法はないかと考え獲得されたものが、笑うこと、歌うこと、踊る事、感情に訴える物語を語る事、宴を開くこと、そして宗教儀式だ。(p124)
つまり、宗教儀式が集団の結束を生み出す。
宗教出現の地域についても興味深かった。
強大な世界宗教はすべて、熱帯地方のすぐ上に位置する北半球の亜熱帯地方という、非常に限られた緯度帯に出現したということだ(p219)
それはなぜか。
熱帯地方が病原体進化の温床であるからだ。
死を招く病にかかるかもしれない人の数を減らすには、交易や異なる集団との婚姻の数を減らすことが重要だが、それには隣人たちとちがう宗教を持つのがかんたんだ。つまりよそ者との交流を最小限に減らして、社会生活を部族を中心とした小さな共同体に限定するのだ。熱帯地方ではそれでもやっていける条件が整っている。一年を通して作物を栽培できることだ。年に何回も収穫があるので、よその集団と交易しなくても自給自足できる。
そして、病気がおよぼす影響と食料生産能力のあいだに、明らかなトレードオフが見られる(p223)
その関係を考えた時、栽培期間が充分に長く、感染症の負荷が小さい―人口急増の条件が完璧に揃っているのが、亜熱帯地方とその境界周辺なのだ。(p226)
宗教は小さな共同体を取りこむ形で進化してきたので、友情の七つの柱から派生した「私たちVS.あの人たち」というヒトの自然な心理を巧みに利用する。これがとても小さな共同体でとりわけ有効なのは、強烈な帰属意識を生みだすからだ。構成員は共同体に対しての誠実さを保ち、たがいに協力しあって物事を首尾よく進めることができる。(p282)
帰属意識を高めることはいいのだが、それにより他の宗教との対立が生まれるというのも至極当然の帰結なのだろう。
宗教を信じている人の方が、幸せだと感じる傾向にあるらしい。それは、自分がある集団に帰属していて、その構成員であると思うことで得られるようだ。
神を信じることよりも、自身の居場所があると感じることが信仰による幸福の理由だとしたら、それは意外であり、宗教の教えよりも集団としての価値の方が高いのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
難しかったけど面白かった。
まず翻訳はとても自然で、翻訳による読みにくさはほぼない。
「宗教は何で生まれたのか?」「なぜ人間は宗教を信じるのか?」「宗教はどうやって他人に共有されるのか?」「宗教はいつ生まれたのか?」といった、宗教に関する根源的な問いを考察している。
そのアプローチが物凄く幅広い。脳科学、文化人類学、地理学、進化論など、様々な分野を一冊で横断している。「ん?これって宗教の話だったよね?」と思うほど、各章で宗教ではない分野を深く論じた後に最終的に宗教の話に戻って来る、という構成になっている。
最後の解説が好き。イギリス人の著者が宗教を論じているので、宗教との距離感が独特な日本人がそれを読むというのは、特殊なハードルがあると思う。最後に解説でまとめてくれる長谷川さんは「同調的な行動が大嫌いな性格」で、「未知の現象に対する宗教的な説明は受け付けないし、占いも信じない」という立場で解説を加えてくれている。それが私にとってはバランスが取れたというか、最後に日本人が読みやすくなる良いまとめで終わってくれたなあという読後感になった。 -
Posted by ブクログ
生物学的な考え方から組織のあり方、リーダーシップのあり方を説いた一冊。
ダンバー数が150人ということは何となく聞いたことがありましたが、それがどういう意味で現代社会にどう影響をしているかということを改めて知ることができました。
冒頭で、著者はこの本の目的について、このように述べています。
○私たちの心理と行動が適応しているのは非常に小さな世界であって、現代人が暮らす大都市や仕事をするメガ組織ではないのだ。現代社会においてあらゆる人間の組織が直面するジレンマとストレスは、私たちの本来の姿と現在暮らしている環境間の緊張状態によって生み出されるのだ。これが本書の要諦である。
動物の脳の大きさなどにより社会集団の規模が制約されるという社会脳仮説に従い、有効な組織の規模を研究した結果が、最大数がダンバー数である150人、最小の単位が5人で階層状に広がっていくと説明しています。
それを組織に置き換えたとき、5人、15人、50人、150人という数を目安に効率的な組織人数が異なっているとのことです。これまで組織やその構成人数は目的や戦略によって異なるものだと思っていましたが、進化の仮定から把握できる人数に制限があるという考えは実に興味深く感じます。
そして、その考え方から、組織のリーダーとはどういう存在か、リーダーシップとは何かを述べていますが、これまで見てきたリーダー論とは異なり新鮮でした。
組織がうまくいっていないと感じたら、その規模を疑うというのも面白く、多いに参考になる内容でした。
▼社会脳仮説とは、ある動物種の脳の大きさと与えられた時間がその種の社会集団の規模を決定する(より正確には制約する)という考え
▼ダンバー数とは、一人の人がある時点で人間らしい関係を維持できる人数の上限を意味する。
この数値はたいてい便宜上150人に丸められる。
▼ダンバー・グラフの人数
①5人
・もっとも親しい友人の数
・迅速に決断を下すことができ、結果を出すことが重視されるチームに最適な人数
②15人
・親友の数
・多様な情報源とアイデアに恵まれる、ブレインストーミングに適したグループの人数
③50人
・良好な関係の友人の数
・何らかのリーダーシップを必要とせずに、民主的に運営できる集団の最大の人数
④150人
・友人の数(ダンバー数)
・この人数を超えると「内集団」と「外集団」に分かれてしまい、互いに対する信頼が薄れる。
<目次>
まえがき――社会集団の複雑な力学
第1章 序――生物学を基盤としたリーダーシップ
第2章 組織の規模が変わるとき
第3章 帰属意識
第4章 絆づくり
第5章 メディアとメッセージ
第6章 信頼の深さ
第7章 社会的空間、社会的時間
第8章 理想的な職場をつくる
あとがき -
Posted by ブクログ
無神論者、いや何でも受け付ける人が多い日本。
私も例外ではないが、宗教は身近で興味はある。しかし、いつ・なぜ発生したは知らない。
古代交流のなかった地球上の各地で、あらゆる自然現象や自身の周りで起こる出来事に対し超人的な何かがあると畏怖する心が芽生え、それが意図せずアミニズムやシャーマニズムにつながり、宗教に至るのは、まるでヒトの遺伝子に組み込まれているようで何とも不思議だ。
著者のロビン・ダンバー氏は、もともとサルの仲間の社会行動を研究する霊長類学者であったが、その後ヒトという生物が持っているヒトに固有の性質、即ちヒトの本性は何であり、なぜこのように進化したのかを研究する、進化心理学者になったとのことだ。
彼は、ヒトが真に親密性を感じて暮らすことができる集団のサイズには上限があり、それはおよそ150人であるという。(=ダンバー数 これが世界的に評価され「人類学のノーベル賞」と称されるトマス・ハクスリー記念賞を受賞)
ダンバーは、もともと、脳の新皮質の大きさから、その動物が処理出来る社会情報の限界を計算し、ヒトの場合は150人だという数字を導き出した。人類の進化史の90%以上において人類は狩猟採集生活をしていたが、この暮らし方では、15人くらいまでの小さなバンドで日常的に生活し、バンドが寄り集まって部族を形成してきた。
そしてその最大サイズは、およそ150人だとわかってきたらしい。
人類は、およそ1万年前に農耕・牧畜を始め、定住生活を始めた。そこから都市が形成され、文明が生まれた。つまり150人以上の数の人々が集まって暮らすようになったのだ。これは脳の自然な認識の限界を超えた数である。それを可能にしたものの一つが、宗教的信条を同じくする人々の結束であったのではないか。
「同じ私たち」という感覚を想起させ、一緒にいそしむようにさせる、それを可能にした重要な要素が宗教だったのではないかと言う。
では、なぜ宗教というものが出てきたのか、なぜそれは広まるのか?それはヒトが持っていた脳の働きに起因すると言う。
ヒトという生物は、自己と他者を認識し、自分の心が自分の状態を作り出していることを認識するとともに、他者も他者自身の心を持っており(メンタライジング、マインドリーディング)、それによって行動を決めることを知っている。そして、自分と他者とを脳の中でシミュレーションすることによって、自分に起こったことではなく、他者に起こったことを、まるで自分に起こったことであるかのように、他者に共感することができる。
また、ヒトは、このような想像とシミュレーションを働かせることにより、あまり原因がよくわからないことが起こった場合に、何か、自分たちとは異なる能力を持った存在がいて、それらの存在がそんなことを起こしているのではないか、と想像することができる。そして、それを他者に伝え、他者もそれに同意することができる。
では自分たちとは異なる能力のある何かが存在する、という感覚はどこから来るのだろうか?
それには、トランス状態というものが大きな役割を果たしている。踊り続ける、歌い続ける、ということをすると、脳内のエンドルフィンなどの伝達物質の分泌が変化し、「奇妙な精神状態」になるのだ。つまり脳がなせる技なのだ。
まとめると、
ヒトには、宗教を生じさせる脳内の基盤がある。しかし、それは、宗教を生み出すことが主眼で進化してきたのではない。物事の因果関係を推論すること、物事の原因として他者の心を想定すること、そのような解釈を、他者と共有すること、などが人類の進化史上、重要だったからこそ進化した。それが集まると、宗教というものがおのずと創発してしまうのだろう。そして、一度そういうものが出現すると、今度は、それが新たな意味を持ち始める。それは大きな集団をまとめる力にもなり、思いを同じくしない「他者」を攻撃する理由にもなる。これは宗教戦争が示している。
宗教的集団は、大きくなると「組織」になり、政治・経済と結び付く。
未来の人類は、あるいは脳は、どう対応すべく進化するのだろうか。 -
Posted by ブクログ
人間の認識能力と集団生活が宗教を生む。自然や集団の中で起こる理不尽な出来事を感じ取りそれをホモサピエンスの認知能力の力でメンタライジング(目に見えない世界を想像する段階の深まり。普通の人は五次まで扱える)することで超越的な存在を想像してきた。集団的な陶酔もツールとして使うシャーマニズム宗教が生まれる。陶酔感は大脳のエンドルフィン分泌により生み出される。その想像を共有できて互いに関係を持てる共同体はダンバー数の150人くらいまで。これも大脳の認識能力が制限している。人が外敵からの防衛を目的として大きな共同体を作る段階ではシャーマニズム宗教の手には負えなくなる。宗教はよりシステマティックに教義がまとめられて組織化され教義宗教になる。教義宗教はより大きな人数を内包できるが、構成員の帰属意識は低くなる。そのため常に内部に新たな思想の極が生まれ、カルト化する可能性を孕んでいる。
人間の脳の機能により陶酔感、集団意識が生み出されて宗教が成立し、人間の脳の限界により、その規模は制限されて分裂し、カルトが生まれる。しかし人間のメンタライジング能力は超越的な存在をなんとなく求めてしまう。皮肉な堂々巡りのようでもあるけどそれが人生や世界の成り立ちなのかもしれない。 -
Posted by ブクログ
なんとなく、タイトルと目次を見て読もうと思ってみたのだけれど、
よく見ると、ダンバー数(人間の安定した社会集団の上限はだいたい150人くらい)で有名な著者によるものだったと知り、楽しみにしながら読んでみた。
この本は、タイトルからすると、宗教の考古学的な研究や宗教の歴史研究のように思えるが、そうではない。
宗教の中身の問題ではなく、宗教があることが人間社会においてどのような役割を果たしているのかについての本になっている。
結論から言うと、人間の集団は本来の自然な規模であるダンバー数、100~200人を越えて(ある程度)機能しているわけだが、社会集団を機能させるための調整機能を宗教ははたしている。
また、シャーマニズム的な宗教から、やがてより複雑な教義的宗教が現れるようになってきた過程について、集団の規模が大きくなってきたこと、それにより、より大きな集団をまとめるための方法が模索された結果ではないか、と著者は述べている。
その他、枢軸時代に亜熱帯地域に現在の世界宗教となっているようなものが出現している理由や宗教の中でカルトやセクトなど分裂の起きる理由なども考察されている。
あくまでも個別の宗教の中身、教義の是非を問うようなものでなく、
人類学的、心理学的分析に基づいて社会と宗教の関係を見ていくような本になっていた。
日本人には宗教は馴染みうすいことも多いが、世界は宗教で動いているとも言われる。
そう言った目線で見るのには役立つ本だと思った。 -
Posted by ブクログ
ひろゆきが最近読んだと言っていたので気になって読んでみた。
六次志向性をこなせるのは成人の20パーセントってのが印象に残った。
小説とか読むとたまにこの六次ぐらいの文章に出会うこともあるけど理解するのに凄い時間かかるし疲れる。
なんかこいつの文章疲れるなと思う時あるけどこれが答えかも。
あと日常会話でも次元高くなると、ん?今誰の何を言ってるの?もう少しゆっくり言ってとなってしまう。
自分でこんな苦しんでるのに、20パーもいるわけないよ!と感じた。
うん、宗教とあまり関係ないクソみたいな感想だね。
でも一箇所印象深かったとこあげるとそこだね。