あらすじ
科学が隆盛を極める現代においても、
宗教は衰えるどころかますます影響力を強めている。
ときに国家間の戦争を引き起こすほど
人々の心に深く根差した信仰心は、なぜ生まれたのか?
そして、いかにして私たちが今日知る世界宗教へと進化したのか?
「ダンバー数」で世界的に知られ、
人類学のノーベル賞「トマス・ハクスリー記念賞」を受賞した著者が、
人類学、心理学、神経科学など多彩な視点から
「宗教とは何か」という根源的な問いに迫った、
かつてないスケールの大著。待望の邦訳刊行。
■ ■ ■
集団内に協力行動を生みだす信仰心も、
集団の外に対しては反社会的行動の原動力となる。
宗教的アイデンティティが国家に利用されるとき、悲劇は起こる。
――フィナンシャル・タイムズ紙
宗教と人間の生活のあり方は、かくも複雑なのである。
本書は、その両方を進化的ないきさつから説明しようと、
真に大きな考察を展開しようと試みる大作である。
――長谷川眞理子(進化生物学者、総合研究大学院大学名誉教授/「解説」より)
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メイン邦題『起源』ですがサブ邦題は『なぜ神が必要だったのか』。いつものごとくなくならないなら仕方ないとしてもその仕方なさを何度も読みたがる私。精神科医とかからすれば『その態度こそが信仰心の表れ。自分に合う神を探そうとしてるだけだ。』とか言われちゃうのかな。そうなのかも。世の中あまりにも寄るべきところがなさすぎて神(自分の脳内でどうにでもできるシロモノなので裏切られようがない)にでも縋らないと生きていけないですものね。さてこの本、しょっぱなからおもろい。
はじめに
この本がこれから考えていく基本的な問題を2つあげる。1つは『なんで人間はこんなに宗教を信じようとするのか(信念に関する疑問)』もう1つは『なんで宗教はこんなたくさんあるのか(歴史に関する疑問)』でもこれよね。この2点。ここを80億人全員がほんの少しでも冷静に考えることができたら世界はもっと優しくなるのにね。自身の信仰心の正当性を疑うのが難しいなら異教でもなんでもいいし、加えて異教でなくても同じ宗教のなかに派みたいなのがあるんでしょ?そこを『あいつらは間違ってる。悪魔だ。俺だけが正しいんだ。』じゃなくてなんで自分はこんなに宗教に拘ってるのか、なんで同じ宗教ですら派があるのかと考えればいい。ついでにあげると宗教の寿命もね。
第1章 宗教をどう研究するか
宗教の歴史を文字通り駆け足で。
第1章 神秘志向
トランスやシャーマンについての記述が続き章最後には『霊的世界への信仰(神秘志向)は大昔からあってそれが我々の心から引き出すのは言葉では説明しがたい圧倒的な生身の感情、どんな(原始的宗教に見えても洗練された最終系真理の宗教だと戯言をたれても)宗教も全ての宗教行動の土台となっていると思うわ。それが信仰心の原動力、宗教的経験に生彩を与えるんとちゃいます?』としている。
そうそう。宗教ってキモチイイから続いてるんだと思う。それについては5章で。
第2章 信じるものはなぜ救われるのか?
ここも書き出しがいい。『正当な進化的理由で存在する心理機構の非適応副産物っていうのもまるっきり間違いとはいわへんよ。人間は生物学的心理学的に正当な進化の副産物ってたくさんあるからね。でもこんだけ時間・感情(労力と言わずに感情ときたよ)・金を浪費すんのに完全に非適応で無益ってそんなことあるか?さすがに進化はそこまで非効率ちゃうやろ。』とのこと。ここまでの記述もそうなんですが特定の宗教への肩入れを一切感じさせないさっぱりした口調がいいですね。(AIに筆者の信仰を聞いたところ『無神論者』とのこと。だよね。まさに無を感じる。宗教を嫌ってたらこういうフラットな感じにはならんよな。子供の頃アフリカにいて様々な宗教が身近にあったことから無神論者として客観的に宗教を考えているんだとか。AIは平気で嘘をつくので本当かどうかわからんけど。)
個人・社会レベルのメリット、共同体の結束。まぁ内容は書いてある通り。そりゃありますよね。いつも議論になるのはメリットがあるかどうかではなく(あるのは明白)デメリットが大きすぎることだもの。
めっちゃ身近な例でいくと例の宗教って入るといろんな横のつながりができそうですもんね。仕事や結婚相手を斡旋されたり。芸能人に多いのもなんか納得。
第3章 共同体と信者集団
人間の自然な共同体、個人の社会ネットワーク、教会の信者集団、人間の脳の大きさから測定する適切な集団規模=150人。
楽しいのは個人の社会ネットワーク同心円。自分=1.5、親友=5、かなり親しい友人=15、良い友人=50、友人=150、知人=500、名前を知ってる=1500。なんでか分からんけど3倍ゲーム。
1日のうち平均3.5時間を社会的交流に使用。4割は5人に。6割は15人に。良い関係をキープするためには時間と努力が必要。友情は薄れやすくたえず強化する必要あり。そうだよねー。私は古い友人らと連絡を取らない(取れない、取ってもらえない)ことにちょっと罪悪感というか、自身の無価値具合をひけめに感じるところがあるんですがこうやって数字とともに説明されるとなんかうれしい。あと古い友人って良くなってるケースもあるけど悪くなってることも多々ありそうだしね。性格も経済的にも健康面でも。思い出は若く無邪気で綺麗なまま脳内で美化を進めた方が結果いいような気もするし。
まぁそれはいいのよ。
ちょっとページ戻って友達が多い人は脳の特定領域の容量が大きいと書いてある。こういうのもなんか嬉しいわ。俺に友達がいないのは生まれつきの脳(ちょっと小さい、ちょっとね)のせいかも知れないんでしょ?俺の性格とか努力不足じゃなくてさ。芸能人がポジティブ奇形のように、陽気で友達が多い人も脳のポジティブ奇形なのかもだし。
第4章 社会的な脳と宗教的な心
霊長類やサルは平均50。狩猟民族は50より小さいがバンドが集まって共同体を形成しさらにメガバンドが出来てそれが集まってひとつの部族になる。人間はどうやって50を超えて結束集団を作りえたのか、を考える章。で、集団結束力を高めるものとして脳内麻薬、エンドルフィン登場。
グルーミングに時間をかけるサルや類人猿。グルーミングは毛づくろいが真の社会的価値ではない。毛の中に指をすべりこませ皮膚に軽くゆっくりと触れる手の動きにあるそうで、ここで脳直結のC触覚線維(求心性神経)が反応、この神経の唯一の仕事は脳内でのエンドルフィン分泌を促すこと。
へーーーーーーーーーーーー。
エンドルフィンは気分が明るくなり、相手との強いつながり(帰属意識)を生じさせ免疫調整も行い健康状態の維持につながる。我々人間は200万年前に大半の毛を失っているがそれでも触れることでグルーミングとエンドルフィン分泌は受け継いでいるそうな。
でも、と。(こっから好き)グルーミングは数に限りがある→社会集団拡大の必要に迫られたときに2人以上に同時にグルーミングする方法を考え出した→触れずともエンドルフィン分泌を促す方法(獲得した順)笑う、歌う、踊る、感情に訴える物語を語る、宴を開く(飲んで食べる)、宗教儀式。
へーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
私は常日頃『人間は仕事とか社会的役割とかそんなゴミみたいなことのために生きてるんじゃない。ただ笑えること、歌えること、踊れること、この3つのために生きてるんだ』と話して周りから早く話終わんないかなこのキチガイという目で見られるんですがまさにこの順番(確かに必要な動作が大きくなってる)で新たに獲得した遠隔疑似グルーミングだったのね。これからはこの3つの前に『触れ合う』を入れないといけないんだ。んでこの並びに宗教が入ってるのがちょっと無理あるくない?と思ったものの一部の宗教感情は恋愛に似てるとの記述があって納得。
んで次にメンタライジング(マインドリーディング、相手の意図を理解する)の話なんだけど。
心の理論,メンタライジング,志向姿勢の次数などが解説されている)ここも気持ちいい話。
宗教が成りたつには人知を超えた別の宇宙があり霊的存在がそこにいることを想像できなければならないし伝道には自分の観念を他者に伝達する能力がなければならない→メンタライジング→5次志向性必要
どうせすぐ忘れるから書いとくけど『会議は2時からだと思ってるんじゃないかとピーターがスーザンに確認するつもりがあるかどうか、ジェニファーが知りたがっているとビルは思っているのではないかと私は思う』 これが5次だそうな。6次になると2割の人しか理解できないそうで大体3次から6次に分布すると。んでまた前頭前皮質・側頭頭頂接合部・側頭葉の一部・大脳辺縁系特に偏桃体とメンタライジング能力、友人の数、扱える言葉の複雑度、面白いと思える小説の複雑度、会話集団の大きさに相関関係があるとのこと。後にまた別の表現が出てくるからいいんだけど宗教に向いてる人って実は賢くて友達が多い人で向いてない人はその逆ってこと?私が宗教に嵌らないのは脳が小さくて友達がいなくて言葉選びが幼稚でアホみたいな本にしか興味が持てないからってこと?たとえ事実だとしても言い過ぎじゃない?
と、ヒステリックになってみたものの、頭の中にベン図を描いてみるとそれだけではまだ悲観することはないなと気を取り直して次に。
でさぁ。この章で最も好きな箇所なんですがね(P.142)
『メンタライジングは行為主体検出傾向や統合失調症と関係なく主教に正の影響を及ぼしている。また行為主体検出傾向と統合失調症には密接な関係があり統合失調症的な思考をする人は行為主体を過敏に検出する傾向がある。宗教心を持つ人は幻視を見やすかったり人智を超えた世界を想像して神の精神状態を深く考察できる人であることが示唆される。この結果は宗教心の強い人には2種類あって没入型と教義型とという全く異なる2つのタイプの宗教を信じている可能性を示唆している。』
ロングイヤーの違和感が説明されてるわ
○○を信仰していますっていう人たちを見ると、そのー。。。。真ん中がいないような気がしてたんですよね。上にちょろっと、下に大勢というか。えぇ勿論人間に上も下もないですよ。そんなことあるわけないじゃないですか。国とか肌の色とかそんなの関係ありません。あくまでも私の頭の中の整理の仕方の話です。行為主体過敏検出っていい言葉ですね。私の辞書で言い換えれば『何様?指数が高い』でしょうか。自分の人生に意味があると思ってる奴ら。物語の主人公は自分だと思ってる奴ら。(実際私も含めて脇役ですらない、ただの有機。)自分に神からのメッセージが届くと思ってる傲慢な奴ら。(自分にメッセージが来る前に行方不明の少女を探す両親や警察、小児がんで一度も外気に触れたことがない子供、とかに行くと思わないのかな。もし神がいたとしてもお前にメッセージを出すのはおそらく2000年後だよ。)ひどいのになると自分が野球場に観戦しにいったら。もしくはTVで観戦したらひいきのチームが勝つとか負けるとか言い出す奴もいますよね。まぁでもイライラするのはやめましょうか。統合失調症的なんですよと言われたらもう何も言っちゃいけないし。
続けて同ページ。『自閉症と診断される人はメンタライジング能力が低く体系化傾向(規則に基づく整然とした精神世界を好む、集める・並べる・整理する)が強いが、神を信じるかどうかはメンタライジング能力のみ。男は女性より自閉症傾向が強く体系化傾向がありメンタライジング能力が低い。』
それだけじゃない。ええ。それだけじゃないけど。信じる奴は統合失調症だし信じない奴は自閉症ってことでいいですかね。今までこんな簡単な解決法あった?誰も傷つかない。お前宗教やってるってさては統合失調症だな?って言われたらお前こそ自閉症だろ黙って切手でもペットボトルのキャップでもシールでも集めてろよ、で終わり。平和。だって全員キチガイなんだから。宗教にどっぷり嵌って金貢いで結婚相手勝手に決めてもらって霊感商法してサリン作って政治や大学箱根駅伝に侵入するのもキチガイ。神なんているわけねぇだろと整然と整理された部屋で自慢のコレクションを眺めてる奴もキチガイ。ステキやん。
P.144 さらっと書いてることなんだけど『アメリカの調査で人格神を信じている男は女性の半分だった』てことはよ。調査したアメリカ成人の半分以下はキリストを信じてないってこと?あいつらにそんなことある?調査対象にイスラム教徒入ってるだけなのでは?みたいな。ここさすがにおかしくないかな。
第6章 儀式と同調
『なんで儀式があるかっていうのはシボレテ仮説(作法を知ってることで自分がちゃんとした共同体の構成員であることを示す)、コストリーシグナル仮説(不便苦痛時間費用がその宗教から離れずづらくさせる),向社会性仮説(そのまんま)、共同体結束仮説(そのまんま)とか言われてるし互いに対立するとか言われてるけどそんなことないで。要は儀式がエンドルフィン分泌を促すかどうかが重要なんやで。エンドルフィンは脳の疼痛抑制やから痛み誘発で分泌されるけどめっちゃ出やすいのはジョギングとか踊りみたいなリズミカルな動きで持続的で弱い痛みで出るんやで。さらにカギになるのは同期性、みんなで同じ動きをすることやで。(エンドルフィン効果を増幅することは確かやけど仕組みはようわからんままや)』
私はマラソンやサウナを愛する人たちへの嫉妬(私には何十キロも走る気力も体力もなければ非常識な高温多湿な箱に閉じこもっていられるほど安定した自律神経もないので)としていつも心の中で『脳内麻薬中毒患者がなんかほざいてるわ。そりゃ脳内で麻薬がドバドバ出るからやめられへんやろうけどそんだけお前の身体は危険な状態やと警告発生してるってことちゃうんけ?せいぜい膝、脳や心臓の血管を大事にしぃや。』とつぶやいていますが(嫌われるので声にはしません。まぁ目には出てるかも。)、宗教儀式にも同じようなことがありそれは笑い・歌・踊りに近いと。まぁ近いどころか大声で歌って踊ったりしますもんね一部の宗教では。私たちに自由意志なんて贅沢なものはなくて目に見えないほどのホルモンによって動いてるだけなんでしょうねぇ。蟹とかカブトムシと一体何が違うというのか。犬や猫のようにとびきりかわいいわけでもなく。
本筋からずれるサイドメニューのような話題ですが、儀式の中で重要な歌唱。男の声がきっちり1オクターブ違う(オクターブ等価性)ことで大きな集団での結束を固めることに役立ってる仕組みだそう。しかも対格差から考えても男の声は低すぎてなぜきっちり1オクターブなのか説明がつかないとか。なんでしょうね。1オクターブ下(もしくは上)の音域で話す個体に性的魅力を感じるようにできてるのか。高すぎると耳障りで、低すぎると聞き取れないとか?
第7章 先史時代の宗教
宗教が人間から分かつごとができないとして、じゃあいつからなのよということでまた宗教の歴史に。ネアンデルタール人は声を合わせて歌いトランス状態になることがあったかも知れないがシャーマンの登場はないだろうと。メンタライジングが5次に到達したのがホモサピエンスからであろうし我々が考える宗教(極めて原始的なもの)のスタートは20万年前あたりからなのでは、とのこと。
P.182『死後世界への信仰は普遍的でなくシャーマニズムや祖先崇拝とともにアニミズムよりあとにまとまって進化したようだ』『至高神はアニミズム・シャーマニズム・祖先崇拝・死後世界信仰・特定場所の地域神信仰とは違って狩猟採取社会の人たちはほとんど信じていない。農耕や牧畜とだけ結びつくのだろう。』欧米の人たちはそういった部族を見つけると『神様の存在も知らない可哀そうな未開の人(動物同然)』とさっそく布教するんでしょうけども至高神は集団がメガ規模になったから(人々の脳内に)現れたOR植え付けられただけなんですね。なんか繰り返し書いてるうちにこの考え方がより馴染んできた。
第8章 新石器時代に起きた危機
『農耕のための労働力確保=定住化は間違ってる。①自給自足なら家族単位でいい。大量の労働力が必要になるのは産業規模になる時。②農業の歴史は古く、定住が始まった後もしばらくは狩猟採取がメイン。③農業は労少なく栄養大と刷り込みされているが発掘された骨はそうは言ってない。農耕は狩猟生活よりストレスフルだ。農業は重労働で狩猟に戻りたくてももう戻れない。集落が一定の規模になってからは村で生活するために農業を始めた。』わざわざデメリットの大きい方大きい方を選んでますよね人間は。人間の中の無意識がもし喋れるならずっと そっちじゃないってば! と叫んでるかも。いや、人間に搭載されてる限り正しいことは何もしないか。
労働集約のためでなく収穫物防御のために始まったであろう農耕で定住化が進むと、対人関係のストレスも高まる。狩猟民族なら分裂すれば解決だができない。ならばと様々な戦略を試しただろう。歌・踊り・指導者、そして教義宗教。儀式。教義宗教は巨大国家を目指すうえでの最終手段であり至高神は住民の数が膨大になったときのみに出現する発展の最終段階を表す。
主要宗教はいずれも北半球の亜熱帯地方で出現。熱帯は農業生産に有利だが人口密度が上がった場合の病原体への感染リスクは高い。亜熱帯地方は栽培期間が十分に長く感染負荷が小さく人口急増しやすい。それへの対応として至高神を持つ組織宗教が興ったと考えられる。
第9章 カルト,セクト,カリスマ
統合失調症患者は他の人よりも激しい形で宗教現象を経験する。5章の続きのような。
統合失調症って100人に1人とかでしょ?でも進化心理学的には大半の人間が統合失調症的なんじゃなかったっけ。十字架がどうこう豚肉がどうこう言ってる人たちに統合失調症の検査受けました?って聞いたら殺されるんだろうけど。こっちはこっちでASDだし。
第10章 対立と分裂
結論1つめ。信者集団の最適な大きさは多少の入れ替わりがあっても動じないほどの大きさと帰属意識が薄れない程度の小ささが必要。つまり150人程度。んで、それを超えると急速に結束が失われていき分裂の危機に対応するためには階層構造が必要になるが代償としての帰属意識希薄化は不可避。
結論2つめ。宗教は帰属意識を高めるために「私たちvsあいつら」というヒトの自然な心理を利用するんだけど狩猟採集社会では社会は最適規模なのでうまく作用したが農業革命以降これは分裂や宗教戦争を
現代西洋では宗教が衰退しつつあるように見えるけどこれからどんな影響が?とか代替宗教の創設って可能?とかいくつか疑問は湧いてくるけどまぁ宗教は深く人間に根差したものだから中身は時代とともに変わっていくだろうけど私たちから離れることはないだろう。(分かってたけど。。。はぁぁぁぁぁ)
宗教には多大なメリットがあるのは疑いようのない事実だし、人間から取り外せないならばせめて少しでも利用していくしかないんだけどさ。。。でもあまりにも害となるものも大きすぎてやはりため息。まぁでも仕方ないか人間がやることだから。まともなわけがない。1人1人の人間が他人を不幸にするために生まれてきたのだから。
どうせまた3日後には全ての内容を忘れるんだけど、この本で最も良かった点は3つ。
① (めちゃくちゃ乱暴に言いきっちゃうならば)宗教にどっぷり嵌りやすい人(統合失調症的)も全く嵌らず興味ゼロの人(自閉症的)もどっちも脳に問題(障害)があるかもねとやんわり言ってるところ。私が無神論者なのはそういう風に生まれついたから。以上。
② 大きくなった集団は分裂不可避。つまり各宗教の○○派とかは生まれるべくしてそうなってる。本人らは『分裂があらゆる共同体の運命だとしても真実の教義は我々が信仰しているものだ』って言い張るんだろうけどやっぱ無理でしょ。神の教え()が分裂しちゃだめよ。
③ 宗教も所詮脳内麻薬のためにやってるだけ。しかもドーパミンでもセロトニンでもアドレナリンでもない。エンドルフィン。これから宗教の話をされることがあったら『うん、信仰してる。肌に触れること、笑うこと、歌うこと、踊ること。あと激辛料理も。』って言おう。宗教も含めてすべてエンドルフィンブラザーズなのだから。
星5。
Posted by ブクログ
著者の提唱している人間にとって安定的な集団サイズである「ダンバー数」について書かれた4章が興味深かった。
本書のテーマからは逸れるが3年会わなければ、かつての親友もただの知人になる。継続的に会う努力を惜しめば友情はすぐに薄れるという部分に思わずハッとなった。
アニミズム信仰からシャーマンの登場、教義宗教の成り立ちがわかりやすく書かれている。
人類の歩みの中で人間の性質上必然的に発生し、時にとんでもない悲惨な事件や戦争を起こしてしまう宗教とは、人類の味方なのか敵なのか?
最大の役割は信念と儀式を共有することによって帰属意識を作り出すことというのが腑に落ちた。
Posted by ブクログ
特定の宗教の成り立ちを論じているのではなく、ヒトという生き物が宗教というものを必要としてきた歴史を解き明かしている。
著者自身が開拓してきた進化心理学・進化人類学の知見のみならず、あらゆるジャンルの研究を横断的に分析し、人類の共同体拡大の歴史と宗教の密接な関係性があらわになってゆく過程が見事だった。まさに「巨人の肩の上に立つ」喜びを最初から最後まで提供し続けてくれる。
そもそも、霊長類研究に端を発し進化心理学において偉大な業績を残してきた著者の関心が最終的に「宗教」に結び付いたことが面白い。本書終盤の記述通り、宗教の役割が後景化したように思えても、宗教の代替物は見つからっておらず、宗教が不要となる世界が長続きすることは立証できない。それ故に宗教は、偉大な研究者をも惹きつける研究対象としての魅力に溢れているのだろう。
その事を裏付けるかのような長谷川眞理子氏の解説に登場するエピソードも非常に良かった。個人的体験の域を出ないはずのエピソードが、本書を読んだ後だと非常に示唆的で意義深いものに見える。
Posted by ブクログ
生物学の観点から宗教を捉えることで、歴史的な流れだけでは理解しづらかった、当時の人は何を求め信仰したのかを想像することができた。
音楽、酒、踊りでエンドルフィンが出て幸せと感じることを、システマティックに儀式とできることが宗教機能として重要だと知るなど、新しい気づきが多い楽しい読書だった。
Posted by ブクログ
宗教が発生する理由を、人類進化学の観点から解き明かす。ダンバー数という集団構成人数の限界は著者にちなんで名付けられた。人類が社会的にある程度発展してからでないと宗教は発生しない。宗教のない国にも宗教のある国にもこの本をすすめたい。
Posted by ブクログ
進化心理学関連。
とても面白く、分厚いが一気に読み進めた。(途中のキリスト教各派などの事例解説は斜め読み)
まて、巻末の、長谷川先生のまとめ的な解説のわかりやすさが秀逸で、かつ心に染み入る内容でした。
動物としての適正集団規模を超える共同体を成立させるために、社会的なグルーミングとして必要であり、動物としての高度なメンタリング能力が反映されている、という解説に納得感がありました。
Posted by ブクログ
宗教というものを紐解いていく上で、過去をしり現在の状況を知る、そして、人間というものの心理的作用についても考慮していうことが重要であるということがわかりました。ヒトの潜在的心理や骨格のつくり等から起源を探るということに興味を惹かれました。
Posted by ブクログ
社会学、哲学、人類学、宗教学などの様々な立場からの宗教研究について、具体的な世界各地の宗教や信仰を例示しながら解説している。索引も細やかで再読しやすい。
Posted by ブクログ
キリスト教の本質を読んだあとにきになっていた本。紹介文でアニミズムやシャーマン文化について触れていたのが手に取るきっかけだったのだけれど、宗教が脳の発達や増えすぎた人間の適応の結果であることや、人間の社会的集団の人数の限界についての考察が面白い。宗教がある一定の信者数を超えると分裂することがわかり、それを超えないようにしている宗教があることなどタイトルからは思いもよらなかった内容に驚いた。
集団人数についてパーティーに置きかえると、予々思っていた大規模になりすぎると野暮な客や調和しない客が混ざって雰囲気が損なわれることが多々あり、適切な規模のやや閉ざされたパーティーが良いのではないか?と考えていたことと重なる。
カルチャー全体に視点を当てても、パーティー、スケートボード、キャンプ、釣り、などなどあらゆるカルチャーの一般化により、かろうじて保たれていたカルチャー自体の反社会性が多数の人の流入により崩れたことも頭をよぎる。
SNSが普及した今はもう受け入れるしかない事態なのだけれど、これらの問題が社会的にに問題になった後の再構築はどう為されるのか。
結びで宗教は人間の本質であり、宗教に取って代わる何かの存在を証明するのは難しいとあるが、日常のストレスを和らげ共同体の結束を強くするパーティーは現代の宗教だなと思う。
宗教の起源を読んで様々なことに思いを馳せることになった良書でした。
Posted by ブクログ
宗教がなぜ生まれてきたのか、脳内でのエンドルフィンの分泌作用、人口増加による集団の防衛、集団の統率など、様々な実用的な目的で発達してきたという仮説。
神秘的な観点ではなく、必要があったから生まれてきたという客観的な根拠にも依拠する説明は目から鱗が落ちる読書体験でした。
Posted by ブクログ
かなり読みやすく、それでいて深い知見を得られる素晴らしい一冊。宗教そのものというより、私は、同じ志によって行動する組織──つまり、会社のような組織に応用できる考察はないかと思って読んでいたが、その期待を裏切らなかった。
ダンバー数が圧倒的に正しいと信仰するかどうかは別にしても、一定の尤もらしさや、組織マネジメント論に比して検証なされている人類学の共同体に関する研究について、人々と関わり、字義通り目に見える実利以外の効果を期待する場合、宗教の起源について学ぶことの意義は小さくない。
Posted by ブクログ
宗教について、人間というかむしろ生物の起源にまで遡って、行動心理などを通して科学的に考察した良書。
宗教の集会などが、大麻やマジックマッシュルームなどによるある意味今のドラッグパーティーのような感じだったんじゃ無いかとも感じ、独特の高揚感が人を呼び込み、また極端な集団行動の生まれる理由にもなるんだなと。
日本からも天理教などの起源にも言及されてますが、日本の宗教観は世界からすると独特なんだなと改めて。
Posted by ブクログ
ダンバー数(=人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数の認知的な上限、150人)を提唱した筆者が、宗教がなぜ人間社会に生じたのかを宗教の各構成要素を切り口として考察した本。
久しぶりにこういう本をドシッと読めて楽しかった。
「コミュニティの規模が増えると統治が難しくなり、そのコミュニティを維持するためのストーリーが必要になる。それが宗教」というよくある語り口を丁寧に解説していく。
そこに追加して人間が持つ特異なメタ認知能力が、ストーリーの納得感を高め、宗教の発展に寄与したという視点が新鮮でよかった。
Posted by ブクログ
宗教の起源について、人類学と進化心理学の専門家である著者が迫った。そもそも霊長類は外敵脅威から身を守るため集団で結束して生活するが、その集団の規模は脳の大きさによって決まっており、人間の場合は身近な共同体や個人の社会ネットワークには150人という上限が存在する。それを超えた集団を作ろうとすると、規模の拡大に合わせてストレスや集団内の暴力を減らす方法が必要になるが、宗教はそのための効果的な仕組みとして発達したとする。
宗教の起源へのひとつの明快なアプローチであった。
Posted by ブクログ
ダンバー数のダンバーさんが書いた本ということで興味を持って購入。宗教が生じた理由を経過を、進化人類学や生物学的な観点で考察されていて、新たな発見となった。
脳のデフォルト・モード・ネットワークが友人の数と相関関係にあることや、やはり150人という数字が組織を維持する最大数であり、宗教もその影響を受けて構造的にカルトを生み出すことなどは面白かったし、ビジネスの組織論を考えるうえでも参考になりそうだった。
Posted by ブクログ
まず翻訳本にも関わらず日本語が非常に読みやすい。記述されている内容も興味深く、実社会でも役に立ちそうなことが多い。最も興味深いのは社会脳仮説と「ダンバー数」で、これは会社の組織にも当てはまるのかもしれない。組織のまとまりに対して分裂・崩壊しようとする力が働くのに対して、エンドルフィンの分泌を促すような行動が組織の構成員の社会性を促し、組織を強固にする働きがあるという。その行動が一緒に歌を歌ったり、笑ったり、食事をしたり、宴会をしたり、そして宗教行事に参加したりすることであるとのこと。これはまさに昭和のサラリーマンの「飲みニケーション」であり、またブラック企業がどこか宗教じみているのも同じ説明が十分説得力ある。
Posted by ブクログ
中盤からどんどん面白くなっていく。主張が強いと感じるところもいくつか見られるが、宗教がなぜ生まれ、なぜ人類だけに備わっているのかをマクロに理解することができた。果てはなぜ特定の地域でしか教義宗教が生まれなかったのかについても語られる。
前提知識や具体例が多すぎたり長すぎたりして少し読みづらく感じた。
Posted by ブクログ
様々な宗教に光を当てているのは分かるが、分裂などダンバー数の裏付けのまとめにも見える。教義や系列にはフォーカスせず、人間のもつ集団維持に対する儀式のバリエーションの紹介が興味深かった。 気になったのは、いくつかの宗教は幻覚的な物を起源としている点についての指摘。
Posted by ブクログ
タイトルに魅かれて読んだ。
私自身、特に信仰している宗教はない。
だからこそ、何故人々は神を信じ、信仰するのか。何故、宗教は存在するのかと常々疑問に思っていた。
著者の考察は大変興味深かった。
著者は、宗教には大きな二つの流れがあると考える。一つは、連続的共同体で実践される慣行体系と位置づけて、儀式などの慣行が果たす実用的な役割、つまり「行なうもの」。
もう一つは、より哲学的で、心理的な観点から、宗教を包括的な世界観ととらえる。共同体のなかで、さしたる証拠もなく受けいれられている一連の信念であり、この場合の宗教は「信じるもの」である。(p18)
特に興味深かったいくつかの項目を挙げる。
まず、グルーミングについてだ。
社会集団を拡大する必要に迫られたとき、一度に多くの人との信頼関係を構築するために(身体的接触なく)多くの人にグルーミングを同時に行う方法はないかと考え獲得されたものが、笑うこと、歌うこと、踊る事、感情に訴える物語を語る事、宴を開くこと、そして宗教儀式だ。(p124)
つまり、宗教儀式が集団の結束を生み出す。
宗教出現の地域についても興味深かった。
強大な世界宗教はすべて、熱帯地方のすぐ上に位置する北半球の亜熱帯地方という、非常に限られた緯度帯に出現したということだ(p219)
それはなぜか。
熱帯地方が病原体進化の温床であるからだ。
死を招く病にかかるかもしれない人の数を減らすには、交易や異なる集団との婚姻の数を減らすことが重要だが、それには隣人たちとちがう宗教を持つのがかんたんだ。つまりよそ者との交流を最小限に減らして、社会生活を部族を中心とした小さな共同体に限定するのだ。熱帯地方ではそれでもやっていける条件が整っている。一年を通して作物を栽培できることだ。年に何回も収穫があるので、よその集団と交易しなくても自給自足できる。
そして、病気がおよぼす影響と食料生産能力のあいだに、明らかなトレードオフが見られる(p223)
その関係を考えた時、栽培期間が充分に長く、感染症の負荷が小さい―人口急増の条件が完璧に揃っているのが、亜熱帯地方とその境界周辺なのだ。(p226)
宗教は小さな共同体を取りこむ形で進化してきたので、友情の七つの柱から派生した「私たちVS.あの人たち」というヒトの自然な心理を巧みに利用する。これがとても小さな共同体でとりわけ有効なのは、強烈な帰属意識を生みだすからだ。構成員は共同体に対しての誠実さを保ち、たがいに協力しあって物事を首尾よく進めることができる。(p282)
帰属意識を高めることはいいのだが、それにより他の宗教との対立が生まれるというのも至極当然の帰結なのだろう。
宗教を信じている人の方が、幸せだと感じる傾向にあるらしい。それは、自分がある集団に帰属していて、その構成員であると思うことで得られるようだ。
神を信じることよりも、自身の居場所があると感じることが信仰による幸福の理由だとしたら、それは意外であり、宗教の教えよりも集団としての価値の方が高いのかもしれない。
Posted by ブクログ
難しかったけど面白かった。
まず翻訳はとても自然で、翻訳による読みにくさはほぼない。
「宗教は何で生まれたのか?」「なぜ人間は宗教を信じるのか?」「宗教はどうやって他人に共有されるのか?」「宗教はいつ生まれたのか?」といった、宗教に関する根源的な問いを考察している。
そのアプローチが物凄く幅広い。脳科学、文化人類学、地理学、進化論など、様々な分野を一冊で横断している。「ん?これって宗教の話だったよね?」と思うほど、各章で宗教ではない分野を深く論じた後に最終的に宗教の話に戻って来る、という構成になっている。
最後の解説が好き。イギリス人の著者が宗教を論じているので、宗教との距離感が独特な日本人がそれを読むというのは、特殊なハードルがあると思う。最後に解説でまとめてくれる長谷川さんは「同調的な行動が大嫌いな性格」で、「未知の現象に対する宗教的な説明は受け付けないし、占いも信じない」という立場で解説を加えてくれている。それが私にとってはバランスが取れたというか、最後に日本人が読みやすくなる良いまとめで終わってくれたなあという読後感になった。
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長谷川眞理子さんが解説してることがきっかけで読み始める。ダンバーっぽい主張してるけど本文にダンバーの名前ないなーと思って読み終わって表紙見たら作者がダンバー本人。リチャード・ドーキンスが感情的に宗教を否定するのに対し、ダンバーは世界中の宗教をいっしょくたにしてドライに片付ける感じ。
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知的好奇心を満足してくれる一冊。社会科学や脳科学を中心に、多くの視点から宗教を解説してくれるのは非常に興味深い。かつての俗説や自身の誤った知識を昨今の研究成果等をもとに指摘してくれるのも有り難い。
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無神論者、いや何でも受け付ける人が多い日本。
私も例外ではないが、宗教は身近で興味はある。しかし、いつ・なぜ発生したは知らない。
古代交流のなかった地球上の各地で、あらゆる自然現象や自身の周りで起こる出来事に対し超人的な何かがあると畏怖する心が芽生え、それが意図せずアミニズムやシャーマニズムにつながり、宗教に至るのは、まるでヒトの遺伝子に組み込まれているようで何とも不思議だ。
著者のロビン・ダンバー氏は、もともとサルの仲間の社会行動を研究する霊長類学者であったが、その後ヒトという生物が持っているヒトに固有の性質、即ちヒトの本性は何であり、なぜこのように進化したのかを研究する、進化心理学者になったとのことだ。
彼は、ヒトが真に親密性を感じて暮らすことができる集団のサイズには上限があり、それはおよそ150人であるという。(=ダンバー数 これが世界的に評価され「人類学のノーベル賞」と称されるトマス・ハクスリー記念賞を受賞)
ダンバーは、もともと、脳の新皮質の大きさから、その動物が処理出来る社会情報の限界を計算し、ヒトの場合は150人だという数字を導き出した。人類の進化史の90%以上において人類は狩猟採集生活をしていたが、この暮らし方では、15人くらいまでの小さなバンドで日常的に生活し、バンドが寄り集まって部族を形成してきた。
そしてその最大サイズは、およそ150人だとわかってきたらしい。
人類は、およそ1万年前に農耕・牧畜を始め、定住生活を始めた。そこから都市が形成され、文明が生まれた。つまり150人以上の数の人々が集まって暮らすようになったのだ。これは脳の自然な認識の限界を超えた数である。それを可能にしたものの一つが、宗教的信条を同じくする人々の結束であったのではないか。
「同じ私たち」という感覚を想起させ、一緒にいそしむようにさせる、それを可能にした重要な要素が宗教だったのではないかと言う。
では、なぜ宗教というものが出てきたのか、なぜそれは広まるのか?それはヒトが持っていた脳の働きに起因すると言う。
ヒトという生物は、自己と他者を認識し、自分の心が自分の状態を作り出していることを認識するとともに、他者も他者自身の心を持っており(メンタライジング、マインドリーディング)、それによって行動を決めることを知っている。そして、自分と他者とを脳の中でシミュレーションすることによって、自分に起こったことではなく、他者に起こったことを、まるで自分に起こったことであるかのように、他者に共感することができる。
また、ヒトは、このような想像とシミュレーションを働かせることにより、あまり原因がよくわからないことが起こった場合に、何か、自分たちとは異なる能力を持った存在がいて、それらの存在がそんなことを起こしているのではないか、と想像することができる。そして、それを他者に伝え、他者もそれに同意することができる。
では自分たちとは異なる能力のある何かが存在する、という感覚はどこから来るのだろうか?
それには、トランス状態というものが大きな役割を果たしている。踊り続ける、歌い続ける、ということをすると、脳内のエンドルフィンなどの伝達物質の分泌が変化し、「奇妙な精神状態」になるのだ。つまり脳がなせる技なのだ。
まとめると、
ヒトには、宗教を生じさせる脳内の基盤がある。しかし、それは、宗教を生み出すことが主眼で進化してきたのではない。物事の因果関係を推論すること、物事の原因として他者の心を想定すること、そのような解釈を、他者と共有すること、などが人類の進化史上、重要だったからこそ進化した。それが集まると、宗教というものがおのずと創発してしまうのだろう。そして、一度そういうものが出現すると、今度は、それが新たな意味を持ち始める。それは大きな集団をまとめる力にもなり、思いを同じくしない「他者」を攻撃する理由にもなる。これは宗教戦争が示している。
宗教的集団は、大きくなると「組織」になり、政治・経済と結び付く。
未来の人類は、あるいは脳は、どう対応すべく進化するのだろうか。
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一定以上の集団を結ぶ役割としての宗教の考察が丁寧になされている。
宗教は何も不思議なものではなく、背景がある。
アメニズム的信仰にも言及されている。
内容は難しい。相当数の宗教分派に関わるワードが多数出てきており、詳しい理解のためには他に勉強の必要がある。
しかし、前段の通り、普遍的な意味での宗教を捉えるには背景知識が多少不足していても可能であり、非常に面白い書籍である。
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ダンバー数という概念をご存知だろうか。そのダンバー数を提唱したロビン・ダンバー氏の著書『宗教の起源―私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか』を読んだ。ちなみに、ダンバー数の1つの数値として、「ヒトの自然な共同体の大きさは150人」というものがある。同著で個人的に注目したものは、「宗教の進化的基盤の分析」と「ダンバー数の理論の宗教教団の発展論への応用」の2点。人間の認知の仕組み、集団における心理をもとに、宗教というものがなぜ成立したのかを、さまざまな研究をもとに解き明かしている。
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人間の認識能力と集団生活が宗教を生む。自然や集団の中で起こる理不尽な出来事を感じ取りそれをホモサピエンスの認知能力の力でメンタライジング(目に見えない世界を想像する段階の深まり。普通の人は五次まで扱える)することで超越的な存在を想像してきた。集団的な陶酔もツールとして使うシャーマニズム宗教が生まれる。陶酔感は大脳のエンドルフィン分泌により生み出される。その想像を共有できて互いに関係を持てる共同体はダンバー数の150人くらいまで。これも大脳の認識能力が制限している。人が外敵からの防衛を目的として大きな共同体を作る段階ではシャーマニズム宗教の手には負えなくなる。宗教はよりシステマティックに教義がまとめられて組織化され教義宗教になる。教義宗教はより大きな人数を内包できるが、構成員の帰属意識は低くなる。そのため常に内部に新たな思想の極が生まれ、カルト化する可能性を孕んでいる。
人間の脳の機能により陶酔感、集団意識が生み出されて宗教が成立し、人間の脳の限界により、その規模は制限されて分裂し、カルトが生まれる。しかし人間のメンタライジング能力は超越的な存在をなんとなく求めてしまう。皮肉な堂々巡りのようでもあるけどそれが人生や世界の成り立ちなのかもしれない。
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なんとなく、タイトルと目次を見て読もうと思ってみたのだけれど、
よく見ると、ダンバー数(人間の安定した社会集団の上限はだいたい150人くらい)で有名な著者によるものだったと知り、楽しみにしながら読んでみた。
この本は、タイトルからすると、宗教の考古学的な研究や宗教の歴史研究のように思えるが、そうではない。
宗教の中身の問題ではなく、宗教があることが人間社会においてどのような役割を果たしているのかについての本になっている。
結論から言うと、人間の集団は本来の自然な規模であるダンバー数、100~200人を越えて(ある程度)機能しているわけだが、社会集団を機能させるための調整機能を宗教ははたしている。
また、シャーマニズム的な宗教から、やがてより複雑な教義的宗教が現れるようになってきた過程について、集団の規模が大きくなってきたこと、それにより、より大きな集団をまとめるための方法が模索された結果ではないか、と著者は述べている。
その他、枢軸時代に亜熱帯地域に現在の世界宗教となっているようなものが出現している理由や宗教の中でカルトやセクトなど分裂の起きる理由なども考察されている。
あくまでも個別の宗教の中身、教義の是非を問うようなものでなく、
人類学的、心理学的分析に基づいて社会と宗教の関係を見ていくような本になっていた。
日本人には宗教は馴染みうすいことも多いが、世界は宗教で動いているとも言われる。
そう言った目線で見るのには役立つ本だと思った。
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ひろゆきが最近読んだと言っていたので気になって読んでみた。
六次志向性をこなせるのは成人の20パーセントってのが印象に残った。
小説とか読むとたまにこの六次ぐらいの文章に出会うこともあるけど理解するのに凄い時間かかるし疲れる。
なんかこいつの文章疲れるなと思う時あるけどこれが答えかも。
あと日常会話でも次元高くなると、ん?今誰の何を言ってるの?もう少しゆっくり言ってとなってしまう。
自分でこんな苦しんでるのに、20パーもいるわけないよ!と感じた。
うん、宗教とあまり関係ないクソみたいな感想だね。
でも一箇所印象深かったとこあげるとそこだね。