井奥陽子のレビュー一覧
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巷で話題の図書。美術や芸術という言葉にアレルギーがある私でしたが、「美学」は哲学的な学問だと冒頭での説明に急に親近感。
近代西洋における美学の概論という内容で、各テーマごとに起源、成り立ち、現代における捉え方と丁寧に解説してくれており、初学者としてとてもとっつきやすい構成となっている。
前半は古代、中世、近代と芸術や芸術家、美の意味することが異なっており、一部にはそれらの概念が17-18世紀ごろの近代までなかったという驚き。現代の私たちが当たり前と思っている感覚の成り立ちにおける趨勢を体感できる。
特に感じ入った点。カントの「判断力批判」を引き合いに出し、個人的に疑問に感じていた美的感覚 -
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井奥陽子(いおく・ようこ)
日本学術振興会特別研究員。東京藝術大学美術研究科博士後期課程修了。博士(美術)。二松學舍大学、実践女子大学、大阪大学などの非常勤講師、東京藝術大学教育研究助手を経て現職。専門は美学・思想史、とくにドイツ啓蒙主義美学。著書に『バウムガルテンの美学――図像と認識の修辞学』(慶應義塾大学出版会、2020年)、共著に樋笠勝士編『フィクションの哲学――詩学的虚構論と複数世界論のキアスム』(月曜社、2022年)がある。
私はあるとき、茶道に造詣の深い友人に「和菓子は芸術だと思う」と言われました。話を聞いていると、それは次のような理由からでした。茶道教室で頂く和菓子 -
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ネタバレ建築家や彫刻家や画家はギルドに所属し教会や貴族からの注文通りの造形作品を制作していたが、ルネサンス期には商業が発展し豪族などが職人のパトロンとなることで制作の自由度が増し、技術の向上の余地も生まれる。職人の諸技術のうち美しいものが芸術と呼ばれ、その地位は向上、アカデミーも創立され、芸術家は独立した知識人の地位を認められる。やがて芸術作品には作者の内面が表現されているとされ、美を対象のプロポーションに見出す客観主義ではなく美は受け手の内面に生ずるとする主観主義が優勢となり、芸術家は独創的な世界を創造する天才と扱われるに至る。この傾向は作者の感情を表現するロマン主義に通じる。また、美が主観的なもの
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この本を読んで、美しいものに対峙した時の語彙が増えたと思う。
美、崇高、ピクチャレスク。これらの概念を整理し、さらに現代の美が近代ヨーロッパの基準に沿って作られていることも明らかになって、そこを強く意識できるようになった。
美はそれだけで賞賛すべきか?
「人種的な美しさ」という回答に沿って我々は美容をしていないか?
また、自分の美に対する考え方が、客観的美の立場であること、さらに言えば、「幾何学の神」であることがわかった。ならば、積極的に主観的美の立場を取り込んでいきたい。
この本を読んで覚えていることは、美、崇高、ピクチャレスクを意識すること。そして、芸術という単語は近世のものであ -
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美学についての論考だが、難しかった.美をどのように定義するかに関して、神が登場するのは予測していたが、17世紀辺りまで、その影響は多大だった由.芸術に関しても、詩、音楽、絵画、彫刻、建築の主要ジャンルが18世紀頃に確定して、それぞれ独自の発展が見られるが、当時は一般大衆がそれらを味わうことはなく、富裕層の嗜みだったようだ.風景を素晴らしい感じるのも、裕福な人たちがグランドツアーと称する旅行で特異な情景を目にしたのがきっかけで、写真のない時代に現地でスケッチしてものを、後から絵画に表すことでアルプスなどの絶景が紹介されたようだ.「美」をベースに歴史の勉強をさせてもらった感じだ.
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われわれが「美」についていだいている素朴な理解が、近代以降に形成されたものだということを解説し、そうした「美」の理論をつくり出した思想家たちについて紹介をおこなっている本です。
古代から中世にいたるまで、「アート」に相当する概念は、近代以降の「芸術」とは大きく異なるしかたで用いられていました。天災による創造ではなく、職人の技芸を表わすことばとして理解されてきたこれらの概念が、どのような経緯をたどって現代のわれわれが理解する「アート」に変遷してきたのかということが、簡潔に解説されています。つづいて、近代美学の中心的な概念である「美」と「崇高」と、さらに「ピクチャレスク」の概念がとりあげられ、そ