友田健太郎のレビュー一覧
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まず「自称詞」という聞き慣れない言葉は、著者は意図的に使っている。簡単に言えば、一人称代名詞+α=自称詞である。αには社会的機能や使用者の自意識が入る。このαの部分について書かれたのが本書となる。
日本語の一人称代名詞(本書における自称詞)には英語における“I”がない。”I“には、自分のことを指す以上の意味はなく、英語で“I”を使われたとき、それだけではその人がどのような人なのか類推することはできない。性別さえわからない。
しかし日本語においては「俺」にせよ「僕」にせよ「私」にせよ、自分のことを指すというだけではない意味が含まれてしまう。性別はおろか、TPOや本人の意図まで推測できることが -
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米国人研究者によるユニークな江戸時代の政治力学に関する論考。精読したわけではないがたいへんおもしろかった。跡継ぎ不在で領主がなくなると、本来は領地没収となるのだが、そこを領地では「生きているかのように」演技し、それを見届ける徳川の大目付としても事情をわかっていてなおその演技におつきあいすることで、互いに秩序を守る=「表」を維持することに協力する姿が描かれる。そこらへん、事前に徳川とは「内証」の交渉をしておくわけだ。ほんとうにあったことは「表」の記録だけではわからない。江戸時代は体面を維持することがなにより重要だったため、この「表」と「内証」の政治が広く行われたが、近代において立憲制と個人の権利
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「僕」という自称詞の歴史について考察している内容だそうなので、面白そうなので読んでみた。いわゆる日本語にある自称詞「僕」の使用された歴史を、上代の『古事記』『日本書紀』『万葉集』から、現代の芸能人である「あのちゃん」まで、その使い方を考察しているわけだ。その中心は「僕」が頻繁に使用されるきっかけとなった江戸時代の元禄から幕末まで、特に吉田松陰を巡る人間関係、明治時代の学校教育で使われた教科書関連、そして現代の村上春樹の小説での使い方が中心となっている。当然ながら、漢字では日本と深い関係にある中国や、歴史的に見て過去に漢字文化圏であった国々との比較にも言及している。ただ、幕末の記述の充実さに比べ