塩崎省吾のレビュー一覧
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焼きそばといえば、ソース焼きそばである。
しかし、よくよく考えると不思議だ。焼きそばに使うのは『中華麺』なのである。そう普通にラーメンと同じ麺である。ラーメンの味は、今は色々あるけれど『醤油』『みそ』『塩』が昔からの味だろう。それなのに、焼きそばになったとたんに『ソース』である。今は『塩味』の焼きそばもあるけれども、『ソース』なんである。ラーメンから派生したなら、醤油あたりが主流になりそうなモンであるのに……ソースなのだ。
タイトルをSNSで見かけて、私の脳裏に上記のことが駆け巡った。これはもう……読むしかない。
面白かった。著者の本業はITエンジニアだそうだが、細かく文献を調べてあり、引用先もはっきりさせている。そうした意味でも誠実にまとめられているし、細やかな論の展開に、本の構成もわかりやすくて大変読みやすかった。
焼きそばの今についての記録も残されているので、半世紀も経過したなら、この本自体も貴重な資料として扱われるのだろうと考えると、ロマンを感じる。
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ネタバレ<目次>
プロローグ カップ焼きそば食べ比べ
第1章 幻の「世界初」~1974年<エビスカップ焼きそば>
第2章 角形容器で市場を席巻~1975年<ペヤングソース焼きそば>
第3章 「打倒!カップヌードル」後継者の挑戦~1976年<日清焼そばUFO>
第4章 カップ焼きそばが「食事」になった~1988年<スーパーカップ大盛りいか焼そば>
第5章 袋麺の王者が放ったスマッシュヒット~1992年<サッポロ一番おたふくソース焼そば>
第6章 三強時代のはじまり~1995年<明星一平ちゃん夜店の焼そば>
第7章 オープン価格帯の頂点に立つダークホース~2010年<マルちゃんごつ盛りソース焼そば>
エピローグ 麺を蒸して揚げるということ
<内容>
焼そば三部作の完成!ソース焼そば・あんかけ焼そばに続いて、「焼いていないのに」カップ焼きそばは、”焼そば”を名乗るのか?というが、カップ焼きそばの歴史を詳細に紐解いたもの。これで十分という感じ。読後にはもちろん、カップ焼きそばを食べました。 -
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焼そばの歴史から中国の革命まておよぶ内容は面白かった
「揚州炒麺」など「揚州~」と表記される中華料理は「五目」のこと。江蘇省揚州のことで、この地域出身者は富裕だったので「豪華」という意味でつけられている19
麺と具を炒めて味つけする「上海焼そば」のルーツは寧波料理。明治期に西園寺公望の要請で中国の留学生を猪熊治五郎が招聘。宿舎を神田神保町あたりに作る。その留学生向けに神保町には中国料理屋が建ちはじめる。そこは寧波コミュニティの料理人が多く、その系譜の店は上海焼そばを提供する。寧波は上海と直線距離で約100km。但し上海は江蘇料理。寧波は浙江料理。なぜ「寧波焼そば」や「浙江焼そば」と名乗らないで「上海焼そば」と名乗ったのか。当時の中国料理はほとんど広東料理。その差別化をするため別の地名を名乗りたいが、寧波や浙江はマイナーだったので「近隣」で「世界的にも有名な」上海を使った60
主に支那蕎麦や中華そば、と呼ばれていた料理が「ラーメン」という呼び名が主流になったのは日清のチキンラーメンのCMがきっかけ128
あんかけ=中華丼、広東麺、八宝菜のルーツはチャプスイたが、元々は19世紀のサンフランシスコで、閉店した中華屋に中国人労働者が来て、仕方なくごった煮を提供したら名物になったのがチャプスイ。労働者の多くが広東出身だったので「広州~」「広東~」と名前がつけられた118
カルフォルニアからニューヨークにも伝播した中国料理は「安く、珍しい」としてボヘミアン(上陸階級の生活に否定的な白人)に人気だった。そして黒人やユダヤ人も「差別されない」として中華屋を利用。ユダヤ人はクリスマスになるとキリスト教徒の店か軒並みクローズするので「クリスマスには中華」という文化が生まれた163
かた焼きそばのクリスピーな揚げ麺はおそらくアメリカで開発された。元々両面焼き麺をアメリカ人の嗜好に合わせてカリカリ揚げにした可能性。アメリカ人はクリスピーでスパイシーで甘いものを好む。ポテチ、タコスのハードシェル、スナックのプリッツェル、シリアルは全てアメリカで開発された188
長崎の「元祖チャンポン」を謳っている四海楼は黄禍論でアメリカを追われた中国人によって創業された可能性が高い。創業当時は「アメリカ料理」を謳っていた214
「ちゃぶ台」「カメチャブ」のチャブはピジン語の「chow-chow」由来281
一番最初に日本で食べられたやきそばは横浜の会芳楼の炒麺。明治2年ころ。ここのやきそばは麺を両面焼きするタイプ。そこで炒麺を「やきそば」と翻訳した。上海焼そばやソース焼そばの炒め合わせ料理なら「いりそば」と訳されていた293
会芳楼はその後神田に支店を出し清国留学生の重要拠点となる。辛亥革命などはここから産まれた部分がある。横浜の跡地は山下公園になり、そのあずまやは最近それにちなみ「会芳亭」と命名された300 -
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<目次>
プロローグ 明治二年の「鳥やきそば」
第1章 支那料理屋の「ヤキソバ」考
第1節 老舗「ヤキソバ」実食分析
第2節 戦前料理本の「ヤキソバ」レシピ
第3節 「上海風焼きそば」の真実
第2章 長崎皿うどんを解きほぐす
第1節 皿うどんのルーツ「支那うどん」
第2節 太麺皿うどんの起源に迫る
第3節 太麺から細麺へ~長崎皿うどん革命
第4節 細麺皿うどんとカタ焼きそば
第3章 「炒麺」(チャーメン)はどこから来たのか
第1節 アメリカ式中華料理「チャプスイ」
第2節 「チャウメン」の誕生と変容
第3節 アメリカでの中国人排斥がもたらしたもの
第4章 明治期の横浜居留地へ
第1節 南京料理屋列伝
第2節 横浜の欧米人と清国人
第3節 一三五番 南京ちゃぶ屋・会芳楼
エピローグ 会芳楼後日譚
<内容>
『ソース焼きそばの謎』の著者の第2弾というか、姉妹版というか。もともとセットでブログに載っていた記事らしい。理系の著者らしい章立て。緻密な調査と推測。ただ第4章はちょっと粗いか。そして文脈も「カタ焼きそば」のルーツ探しから、歴史的な横浜南京町(現中華街)のお話へ。まあ、カタ焼きそばが長崎皿うどんへ、そしてアメリカへ飛ぶあたりはなかなかでした! -
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ソース焼きそば、考えてみれば不思議な食べ物である。うどんでも蕎麦でもなく中華麺を蒸して鉄板で焼き、醤油でも塩でもなくソースで味を付ける。東洋起源と西洋起源の素材がなぜ日本で出会って全国で花開いたのか。そんなソース焼きそばの歴史について、複雑怪奇な謎を1つ1つ丁寧に紐解いていくミステリー仕立てで物語は進んでいく。
それもそのはず、この本の出版社は早川書房でありタイトルは『ソース焼きそばの謎』なのだ。諸説あるソース焼きそばの起源についても、戦前戦後の時代背景をベースにかなり確実なところまでアプローチしているので、文献的な価値もある。そして全国各地に派生するご当地焼きそばの流れについても、様々なローカル的要素の影響を受けつつも進化している様子が理解できる。
個人的には、某食品メーカーで焼きそばの担当だったこともあって、一日20食は作って試食するような生活を送っていた。どうしてソースを後で加えるのか、焦げてしまう以外の合理的な理由を見つけられたのは最も納得した瞬間だった。 -
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ソース焼きそばに、まさかこんな歴史があろうとは思わなかった。
戦後に登場したみたいな話は確かにどこかで聞いたことはあったが、それよりも随分遡るというのも興味深かったし、材料調達や商売になるか(儲けが出るか)という点から丁寧に考察してあったのも面白かった。
歴史を追うという点ではとても真摯に書かれていた印象。
ただのソース焼きそばのオタクによる本と侮るなかれ、ちゃんとした歴史本だった。
焼きそばの全国普及をご当地焼きそばの歴史も絡めて考察しているので、地元の焼きそばの歴史や有名店も出てくるのも嬉しい。
注意点は、焼きそばの写真が多数出てくるので、読んでいると猛烈にお腹が空いてくる点かと。
鉄板でじゅうじゅう焼く焼きそばが食べたくてたまらなくなりました。
お腹空いた。 -
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何故、醤油でなくソースなのか?その発祥は何処?
ソース焼きそばの謎を各種の史料から読み解き、探索する。
全国各地の60を超えるソース焼きそばのカラー写真も掲載。
・昭和15年頃の浅草周辺の地図
・まえがき
・プロローグ 昭和11年の焼きそばマニュアル
第1章 ソース焼きそばの源流へ
第2章 ソース焼きそばの発祥に迫る
第3章 戦後ヤミ市のソース焼きそば
第4章 全国に拡散するソースの香り
・あとがき
・ソース焼きそば年表、参考文献有り。
各節ごとに節の要約有り。
ソース焼きそばの発祥を求めての探索は、ミステリーの如く。
多くの史料・資料や文献、書籍を調べ、店を訪ねての取材は情熱。
大正初期に既にあった中華料理屋。製麺機と屋台の支那そば。
明治・大正・昭和期の小麦粉の事情の変遷。
浅草、千束の店や屋台の焼きそばを検証。
戦前の、屋台のお好み焼きからのソース焼きそば単独へ。
戦後の、ヤミ市でのソース焼きそばの人気。
醤油よりもソースが入手し易かった訳と
ソース後がけスタイルの理由。
ヤミ市から全国に伝播したソース焼きそばは、
やがて各地で新たな食文化して芽吹く。
それら各地の焼きそばのルーツと現在のご当地焼きそば。
一口にソース焼きそばと云っても、膨大な参考文献で見る
ように、断片的であり、辿ることの困難さが窺える謎解きでした。
関東と、関西や他地域での事情の違いも興味深いもの。
その紹介するカラー画像の焼きそばが実に美味しそう。
ソース焼きそばを食べながらその歴史を味わうのも、また良し。 -
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<目次>
第1章 ソース焼きそばの源流へ
第2章 ソース焼きそばの発祥へ迫る
第3章 戦後ヤミ市のソース焼きそば
第4章 全国に拡散するソースの香り
<内容>
もう学術論文やん!?というのが正直な感想。特に第1,2章は様々な文献に当たり、巻末に強烈な出典注がつく。著者をここまで追い込んだ?のは、ソース焼きそば愛だろう。ソースの香り、もちもちとした食感、食事でも酒の肴でもOK!。確かに縁日の屋台に始まり、「日田やきそば」「そばめし」「富士宮やきそば」「横手やきそば」…。B級グルメとしてあちこちで名乗りが上がっている。食べたくなること請け合いである。 -
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麺業界が鎬を削って販売しているカップ麺、中でもカップ焼きそばにスポットをあてて、焼きそば研究家がまとめた一冊である。
各企業がどのように市場に台頭し、トップを争い続けているのか、消費者の時代のニーズも関わり面白く、読みやすい構成だった。
では何故星3にしたのか。
私は実はかなりのカップ焼きそばファンである。愛してやまないごつ盛り、知らないのか。周囲に聞いたけれどほとんど食べたことがない人たちばかり、とある。あまりにも庶民とかけ離れている。コンビニでは見かけないかもしれないが、ドラッグストアやスーパーではごつ盛りはもはや令和のヒーローだ。大盛りでありながら辛子マヨも貼付されている、その商品を知らないとは。焼きそば研究家としていかがなものかと思う。
あとは大変面白い本だと思うのでおすすめ。 -
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audible67冊目。
なんとなく、大阪(関西)発祥と思っていたソース焼きそば。
身近な食べ物だからこそ、その歴史について実は知らないなあというものがたくさんあると思いました。
起源を突き止めようにも、必ず文字資料が残っているわけでもないだろうし、なかなか難しい。
でも、そのために、かつての社会情勢などを踏まえて考察することになるから、それはそれで面白いなあと感じました。
塩焼きそばや海鮮焼きそば、あんかけ焼きそばも好きだけれど。
やっぱりソース焼きそばの、あのジャンキーな感じがいいなあと再認識。
夫が作ってくれる焼きそばと、お祭りの屋台の焼きそば、どっちも食べたくなりました。 -
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ソース焼きそばのルーツを探る一冊。諸説あるらしい起源を迫っていく様が必死で、何とも言えない熱意に溢れています。著者さんの焼きそばブログも見てみようかな。
yakitan.info
■ソース焼きそばは、もともとお好み焼きの一種。
■どうやら戦前の浅草にルーツがありそうというのが著者さんの説。歴史が興味深くて、
日本が関税自主権を取り戻す→海外製の粉と価格勝負できるようになる。粉を清に輸出するまでになる→東武線が出来て東京まで粉を輸送するルートができる→浅草は粉の仕入れに適した場所だった。
■浅草近辺の老舗が気になった。田原町の染太郎、千束のデンキヤホール、清川の大釜本店 -
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現代でもある「ソースあとがけ」の焼きそばは戦中戦後統制で砂糖が手に入らない時に、ソース業者がサッカリンやズルチン代用ソースを作った。それを焼きそばに入れたのがルーツ。サッカリンは熱に弱く、火入れをすると苦くなるため、あとがけにした。尚、代用の代用でチクロが後に使われたが、こちらは大変味が良かったという。166
鉄板でステーキを焼く「高級鉄板焼」の元祖は、
神戸みその。1945年焼け野原のなか、造船所で手にいれた鉄板でお好み焼きを焼いたのがルーツ231
前橋市あくざわは昭和23年以前創業202
「エンコ」浅草公園の愛称。コウエン⇒エンコ63 -
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熱い。
いやいいっすよね。こう言う本。
巻末の参考図書もそうだが、実際足で歩いて色々と検証されている。
焼きそば好きで全国食ってるだけやんと言う面もあるが。
で、著者なりに、仮説を立て検証している。誰もその検証を再検証していないのは学術書じゃないのでしょうがないのだが、それでも何年か何十年か先に、日本の食を研究している誰かが、紹介する一冊になるのではないかね。
大阪人としては、コナとソースは大阪やと思ってるからちょっと辛いが、どうやら焼きそばとかお好み焼きは、大正末期の浅草あたりから発祥したようなのだ。で、お好み焼きというのは料理そのものではなく、どうやら料理の「分野」で、そこに焼きそばも含まれていたようだな。
面白かったが、後半の具体的な焼きそば屋はほとんどぶっ飛ばした。
で、なぜ醤油でなくソースだったのかっていうこの表紙の問いは、一瞬で終わるのでそこの考察を期待してダメです。