岡典子のレビュー一覧
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ネタバレ日本に杉原千畝がいたように、ドイツにシンドラーがいたように、有名ではないけど残虐行為から自分のできることを命をかけてナチスからユダヤ人を守った人たちの記録。
ユダヤ人音楽家のコンラート•ラッテの「たいていの人は、なされるがまま、運命に身をゆだねてしまっているが、僕には理解できない。何とか脱出の道を探すべきだ。」と自ら生きる道を模索した人がいたこと、ルート一家のように少ない食料と恐怖に怯える中、家族と一緒にいられる幸せを感じる人たち。また、当時のドイツ人の中に、ユダヤ人の苦難を見過ごすことができず、何か行動しなければと動いた人たちがいたこと。(その数、およそ二万人ほど)
そして、いまと共通する -
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■信念に基づいて行動する勇気
ナチスによる独裁政権下での思想と言論の統制、ゲシュタポによる弾圧、そして隣人による監視、密告の恐怖。そんな息苦しい暗雲立ち込める状況で、自らに危険が及ぶリスクを承知で立ち向かった人たちがいる。人種や身分、貧富を問わず。
歴史というジャンルの特性として、大きな潮流を俯瞰する必要性から国家や軍、政府といった単位、いわば人間の集合体でその思想や行動、また善悪が語られることが多く、それは歴史を理解するうえで非常に重要なことだと思う。
しかし、虫の目で市井の人々の思想や行動、生き方に目を向けると、鳥の目では見えなかったものが見えてくる。例えばこの本では人種 -
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ナチス政権下で1941年10月にユダヤ人の強制連行が始まると、一部のユダヤ人は収容所移送を逃れるため地下に潜伏した。その数はドイツ全土で1万人から1万2千人といわれ、約半数に近い5千人が生きて終戦を迎えたという。ゲシュタボが監視の目を光らせる中で、それが可能だったのは、彼らのために隠れ場所や食物、衣類を提供し、身分証明書を偽造し、あらゆる非合法手段を講じて匿った救援者がいたからこそだった。
こうした行動に関与したドイツ市民は少なくとも2万人いたと考えられている。
本書では、この「沈黙の勇者たち」に焦点を当て、救援活動の実態、善意と身に迫る危険との葛藤を、多数の当事者の証言や手記、聞き取りから生 -
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オットー・ヴァイトの評伝を兼ねた本。副題にあるように「盲人オットー・ヴァイトのユダヤ人救援」でヴァイトは盲人作業所の事業主として経営していたが、古い本の復刻版ならともかく今頃「盲」という言葉を多用する本が刊行されるものだ。それも明石書店から。ヴァイトにしてもゲスターポやSSに賄賂を渡して逮捕された人々の面倒を見ていた。個人が顔見知りか何かの動機でユダヤ人を自宅などで匿うならともかく、ある程度の人数になると「聖人君子」とは言えない事をしないといけないだろうか。
ヴァイトに匿われたが結局は逮捕されて強制収容所で殺されたカイム・ホルンというユダヤ人が登場する。索引には(Chaim Horn)とある -
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ホロコーストの暴風荒れ狂う、ナチスドイツ下で、ユダヤ人を匿い続けたドイツ人がいた。
目鱗。
そりゃそうだよな。
ヒトラー、ナチスが非道であったって、ドイツ人全員が「非道」になりきれる筈もない。色んな思いから、潜伏したユダヤ人を庇った人たちがいたんだ。考えたこともなかった。
もちろん、全員が組織的に、というわけでもなく、強い使命感に突き動かされたわけでもなく、当たり前の素朴な人間の感情に従った人たちも多く、結果として「勇者」であった。
見つかって処罰を受けたものも沢山ある。
それにしても、あれだけ膨大なユダヤ人が抹殺されておきながら、潜伏したユダヤ人が1万人ちょっと、逃げ切ったのが五千人