トマス H クックのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
以前にクックの「夜の記憶」を読んだことがあり、この作品はまあかなり、いわゆる「イヤミス」で読んだ後になんとも言えない気持ちになって、登場人物の名前を全く別のシチュエーションで聞いてもその気持ちが蘇るトラウマミステリーでした。
なので、なんとなくしばらく遠ざかっていたクックなのでした。
こちらの作品も形は違えど、遠い日に起こった出来事を深い悔恨をもって回想する、そして出来事の真相が明らかになる、という点では同様の展開。
他にも「記憶シリーズ」があるらしくて多くがこのようなパターンで展開されるお話との事、普通ならばワンパターンと感じてしまうところなのですが、これがクックの筆力にかかると仮にワンパと思っていたとしても深く引き込まれてしまうのです。
ミステリーといってもかなり文学フレーバー強し。
エンタメを求める方にはフィットしないでしょう。
巻末の翻訳家の解説によると本国アメリカの書評家の間ではクックは「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」と表現されているらしいのですが、ほんと、これ、上手い事言うな〜と感心しました。
まさにその通りで、事件の起きた背景や小さな誤解や保身の嘘や優しい嘘などをとても繊細に描いて秀逸。
人物描写、その感情の描き方もとてもセンシティブです。
この作品は「アメリカ作家クラブ賞最優秀長編賞」を受賞していたり、邦訳された1996年の「文春ミステリーベスト10」の海外部門1位、「このミス」海外編2位など、クックの実力を日本国内にも知らしめた1冊なんですよね。
クックを初めて読む方はこの作品をぜひお勧めしたいです。 -
Posted by ブクログ
ネタバレまさかのトマスHクック、緋色の記憶、版元を変えての新版。20年ぶりくらいに再読。
村に降り立った美術教師が同僚を愛した。その結果、悲劇が起こる。過去を悔やむ老弁護士が語る、チャタム校事件の真相とは。
過去を振り返る系の小説としては、完璧。最高の小説だと思う。
あの日あの時、誰が何をして、誰に何が起こったのか。徐々に明らかにする読ませ方が良すぎる。
全編を通して漂う悲劇の匂い。合間合間に幸せだった頃の思い出がカットバックする。そこがまた、最後の悲劇をより強いものとし、胸が締め付けられる。
ミステリというより、文学か。
緋色の記憶で海外ミステリの良さを知り、どっぷりとはまってしまうことに。感慨深い小説。
しかしまさか新版で出るとは思いもよらず。このまま夏草の記憶、死の記憶、沼地の記憶も続けて出て欲しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこれは、ものすごく身につまされた。
周囲を見下し、孤高を保つ夫・サミュエル。
過剰な自意識。自分はこんなところにいるはずではない。
頑なに自分を守り、他人を排除する。
内心は不平・不満・怒りに満ちている。
これは学生時代の私か?
しかも私は、そのプライドの高さから、そんな自分すらも他人から隠していた。
自分の不平・不満・怒りは日記の中にだけ。
いや、年齢と共に頑なに自分の中に閉じこもっていく姿は、私の母のようにも思える。
感情が表面にあらわれることはなく、他者への興味・共感を失い、家族の心配に心を向けることはない。
いや、いや。やっぱりこれは夫婦の問題。
知らず知らずに変わっていくのは人間として当たり前。
しかし、人として大事なものを失っても気づかず、相手の些細な変質を騒ぎ立てる。
自分を棚に上げて、相手への不満ばかりがたまっていく。
そんな夫婦にならない自信、ある?
読みながら、思考は過去へ未来へと揺れ動く。
サンドリーヌもサミュエルも、どちらも相手を愛していた。
愛していたから期待もした。
期待に応えてもらえないからサミュエルは孤高の存在を演じた。
そしてサンドリーヌは。
サミュエルは、自分ができる人間だから周りを見下していたのではない。
ゆきすぎたコンプレックスが、彼を鼻持ちならないインテリへと押しやった。
なんて深くて繊細な人の心と、その闇。
なんて深くて広い愛情。哀切。
読んでよかった。 -
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泣かされる本には本当に困る。ガツンと音が出そうなくらいの痛みが、読後の充実感に変わって心の中に広がるとき、人間としての弱さを突かれたような驚きによって感動が一気に沸騰してくるようなケースだ。
時にそれは最後の一行であったり、最後の一シーンであったりする。この本に関して言えば最後の一ページだ。このページが心を銃撃する火薬量は生半可なものではなかった。
いつもながらの回想シーンの叙述と現在の状況とを交互に繰り出して、事件の全体像を抉り出す、丹念に仕上げられた木工細工のような誠実な仕事ぶりはクックそのものである。しかしこれまでと違うのは、現在の状況が裁判の初日の冒頭陳述に始まり、十日後の結審に終わるという流れは、この作家の新機軸である。リーガルサスペンスに挑んだのも初めての試みであろう。
裁判で数多くの証人が陳述する流れの中でこの物語の語り手でもある被告人は、まるで他人事のように裁判の流れを遠くから見やり、その心の中は常にこの事件の被害者と目される亡き妻への心情でいっぱいである。
一人称文体で、妻の死の真実を語らせずに裁判の流れと回想で長いページを繰らせるという語り口は、実に苛立たしく不思議な感覚であるのだが、実は作者は被告人の心の内部の声を読者に伝えてゆくことによって、この悲劇の渦中にある夫婦の人生を実に誠実に丹念に描写し、考えさせてゆくのである。
読めばすぐ答えの出るシーンばかりではなく、むしろではあの時代あの出来事は夫婦にとって何だったのだろうかと改めて一緒に考えさせられることの方が多い。主人公の心に入り込んで、過ぎてきた結婚生活や娘のこと、隣人や友人のこと、仕事、人生のことをともに考えさせられざるを得ないのが本書の仕組みなのである。
これはミステリーなのだろうか、といい加減疑問に感じてきたとき、ああ、この仕組みはともすれば、一昨年にミステリ界を賑わせたとある海外小説にとても似た仕掛けであるということに気づく。しかし、行方も作品の目指す方向性も異なってゆく。
しかしながら実に強く印象深いヒロインの存在は二作に共通したものである。そして亡き妻をともに見送る娘の存在に対し、父親としてまた夫としてどう対処すべきかという解決しそうにない昏い問題に対し、作品は最後の回答を用意する。そこが本書の味噌なのである。派手でもなんでもない事件。
さほどトリッキーではない裁判のなかを通り過ぎてゆく比較的地味な証言者たちと、傷つく心の数々。本書は失敗作なのではないかとの懐疑がよぎる終盤、これほどの感動のフィナーレが待ち受けていようとは。久々に、やられた! と感じさせる凄まじい仕掛けを、巨匠トマス・H・クックは手練の業でやってのけてくれたのである。 -
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ネタバレチャタム校に赴任してきた女性教師エリザベス・チャニング。懸想するリード。そばで彼らを見続ける主人公ヘンリー。老ヘンリーの回想で物語が進んでいくのだけど、この「におわせ」が苦手な人もいるだろうなと思いながら読んだ。
結局、男のロマンと女の嫉妬で正気のチャニングは破滅してしまうんだけど、一番かわいそうなのは前向きに勉強していたサラかなと。しかも主人公サラと良い仲になってるにも関わらず、事件が過ぎた後もチャニングのことばかり考えててなかなか理解できない。男尊女卑の時代の話なので貧乏くじを引くのは女性、というのはわかるけどあまりにも救いがないなあと思う。メアリとの最終章も男(ヘンリー)にやさしいだけ。 -
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土瓶さんの『夜の記憶』のレビューに触発されてトマス・H.クックを初読み。
平穏な村に美しい女性教師が訪れたことによって起こった事件は、どんな悲劇だったのか…
いや〜焦らされる。
こうして思い出すと…、あの時はまだ…、こんな恐ろしいことになろうとは…みたいな思わせぶりにずっと焦らされる。
「一体何が起きたのよ〜、早く教えて!」という思いからどんどん先へと読まされていく。
ヒロインの登場シーンは、色や音や空気感までもが映画のスローモーションのようにゆっくり描写されている。
クック作品の比喩で「雪崩を精緻なスローモーションで再現するような」と言われているのがすごい納得できる。
描写や言葉一つ一つがとても美しくて、ミステリーだけど文学小説を読んでるよう。
倒叙やスピーディーな展開が好きなので、思わせぶりな匂わせが続くクックさんは正直焦れったかった。
でも最後まで読むとその過去の緻密な振り返りも深く効いてくるし、スローモーションのような登場シーンも全てがこの作品の魅力だった。
「速く進むだけが面白さではないぞ」と、クック先生に教わった気がする。
とても良い作品だった。
真相が何とも言えない。。。
土瓶さん!ありがとうございました(◍•ᴗ•◍)
クックの他の作品も新版が出ないかな。 -
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ミステリーに分類されているが、ネタバレや謎解きに重きが置かれている訳ではない。
事件発生までの時系列に加えて、主人公の少年が老齢になった現代の描写や裁判の公判での証言を織り交ぜることで飽きの来ない展開がされている。
少年の一途な心理が描かれているが、大人の自分としては、彼が興醒めする大人側の視点で考えてしまう。学校長の父親に対する評価が、主人公の少年と女性教師で違っていたことが判明し、彼自身の成長に併せてそれも変遷していくことが描かれている。美人教師の赴任に端を発する事件の裏で展開される、親子や家族関係がテーマなのだろう。
一つ気になったのは、主人公の心理描写と重ねられて陰鬱に描かれているチャタム村が、自分のイメージがなくてあまり共感出来なかった点。現地の人には一般的なステレオタイプなのだろうか。 -
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ある田舎町の学校に女性教師が赴任し、そこから起きた事件
田舎町の平穏だけど退屈な空気感
そこに現れた異質な存在に惹かれる少年(過去)と、それによって人生が変わり果てた老人(現在)が事件について語っていく。
真相がわからないまま進むが
引っ張り込むようなエンタメの要素は無い代わりに各場面静かで鮮明な描写と比喩に浸り、物語に引き込まれた。
意図してるものかはわからないけど、現在と過去を交互に読むうち老人と少年が混ざり切り替わりの境目が無くなる瞬間を何度か感じ、混乱するではなくて「語っている現在の主人公自身が過去と行き来している」ように読めた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ1926年、アメリカ。ケープ・コッドにあるチャタム校に、新しい美術教師のミス・チャニングがやってきた。校長の息子ヘンリーは絵の才能を見込まれ、放課後や休日も黒池のほとりにあるチャニングのコテージを訪ねるようになる。だが、チャニングが同僚の文学教師リードと親しくなりはじめてから、少しずつヘンリーの世界は歪みはじめた。少年時代の記憶の澱を揺さぶるミステリー。
完成度が高くて面白かったんだけど、最後まで読んで語り手がやらかしたことを知ると、途中で何度も「しんどい記憶だけど、今思えばあれも青春だった……」みたいな感慨を漏らしてたのが後からムカついてくる(笑)。最終章は激しい罪悪感から生みだされた捏造記憶の可能性もあると思うけど。
これは保守的な父母や村の人びとを見下し、外の世界に飛びだしていきたいという憧れに目が眩んだ思春期の認知の歪み小説だ。前半は、村の異物でしかないチャニングの教養豊かで凛とした姿をきらきらとした理想化込みのヘンリー目線で追う心地良さがあり、たしかにヘンリーが”青春の日々”としてチャタム校事件を追憶する気持ちもわかるのだ。一方でチャニングが村に降り立ったその日から、絶え間なく悲劇がほのめかされ続けるのだが。
認知が歪んでいたのはヘンリーに限らないのだと思う。棄てられるという不安に怯え続けたアビゲイルも、チャニングにファム・ファタルを見いだしたという意味で似た者同士のリードとパーソンズも。灯台での最後の会話からして、リードはアビゲイルを棄ててもメアリは連れていくとチャニングに話したのだろうし、その身勝手さに父の面影が重なり、チャニングは絶望したのだろう。ヘンリーもリードもチャニング自身とチャニング父の放浪癖を同一視しすぎていた。そして、生徒に詩を読み聞かせるリードの姿を眺めていたチャニングも、リードを誤解しながら恋に落ちたと言えるのかもしれない。そんななかで、思春期のヘンリーからつまらない人間と決めつけられていた父(校長)だけは噂に惑わされず、目先のわかりやすい”正しさ”に飛びつくこともない静かな真心に溢れた人物として面目躍如する。
少年時代の回想と証人となり裁判で語った言葉、そして弁護士になった老ヘンリーの現在と、何層もの時間が重なり合い、悲劇をほのめかしながら丹念な心理描写で焦らしに焦らす。思わせぶりなミスリードの匙加減がとても上手く、死ぬのがサラだと察した瞬間が一番悲しかった。チャニング、サラ、アビゲイル、メアリが悲劇のなかに閉じこめられ、ヘンリーの母も(奥行きのある書き方はされているが)倦怠感に飲み込まれ怒り続けた女性として退場することを思うと、本書は女性の苦しみ、特に女性が一人で生きていくのがまだ難しかった時代の苦しみをテーマの中心に据えていながらも、老いた男の後悔と甘美な思い出から奥へ踏み込み切れてない、前時代的な”リアル”を感じられる物語だとも思う。 -
Posted by ブクログ
トマス・H・クックは、人間の内面に旅する物語が多いせいか、空間よりも時間を縦に穿孔してゆく作品が多い。それも鋭い鋼のメスでではなく、浸透する雨垂れの一滴一滴で、静かにしっとりと穿ってゆく文体で。
なので本書の内容には驚かされた。クックという、心を描くことでファンを掴んできた作家が、このように歴史や国や時代としっかり結びついた長大なスケールの物語を書いたということに対して。初めての試みに巨匠と言われる作家が取り組みを見せたことに対して。
そう言えば『キャサリン・カーの終わりなき旅』においても、この作家は神秘的ともオカルト的とも取れる新種の作品を書いて我々を驚かせたのではなかったか。今、この巨匠は徐々に自らの可能性を拡大しようと試みているのかもしれない。
本書は、親友である作家が、ボートの上で両手首を切って、穏やかでありながら、しかし決然と、自らの命を絶ったことから始まる。親友の死を止められなかったことを悔いてやまぬ主人公は、彼の作品を通じて舞台となった場所に彼が求めてきたものに死の謎を見定めようと長い旅を始める。まさにジュリアン・ウェルズの人生をなぞる親友の旅である。
しかし、亡き親友は、世界中に残虐な事件を追いかけ、インタビューし、それらの残虐さと救いのなさを書き綴るものであり、その傾向にはエスカレートすら見られる。なぜ彼がそうしたものに惹かれていったのか。謎は深まるばかりであるが、一人の行方不明となった女性を彼が追いかけていたという事実に、主人公はついに辿り着く。
その女性の生涯こそが、スパイ疑惑、裏切り、ゲリラ組織などの渦巻く南米のカオスの中にあったことで、この小説はスケールを大きくしてゆくのであり、それはこれまでのクックには全くと言っていいほど見られることのなかった舞台であり世界である。
それでも文体は明らかにクックならではの緻密に織り込まれたタペストリーのような精緻さであり、その読書的味わいは少しも損なわれることがない。今後、クックという作家がどこへゆくのか、との高まる興味と期待に胸を弾ませているのは、おそらくぼくだけではあるまい。