濱浦奈緒子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
テックリバタリアンたちが思い描いた理想のデジタル社会の夢がことごとく破れ、結局は今と同じような一部の権力者による統治という姿に落ち着いていくのがなんとも皮肉で面白いです。テクノロジーを使っているのは人間であり、結局は利己的な面も含めた人間の特性によって社会が動くことに変わりはないということでしょうか。
結局はプラットフォームの運営側が権力になる皮肉。グローバルな労働プラットフォームが賃金低下をまねき、地理的な国境の代わりにプラットフォームが国境になる皮肉。ネットの自由市場がアルゴリズムによる計画経済になる皮肉。信頼がコードに置き換わるが、運用のためにそのコードを人間が書き換える皮肉。 -
Posted by ブクログ
これはすごく良い本。骨太で読むのに時間がかかったがそれだけの価値のある本。
感想を言えば、IT企業の技術を使えば全ての問題が解決するという風にナイーブに考えていた自分が恥ずかしくなったというもの。
ネット社会の黎明期から、順に有名企業の成り立ちと課題そして彼らのとった解決策とその解決策が彼ら自身が目指していた理想といかに乖離してしまったかが分かりやすく論じてある。この本を読むと、中世から現代に向かって「国家」のような様々な仕組みが必要になったのと同じ事が、IT 企業でも起きているということがよくわかる。社会学、経済学、政治学といったいわゆる「文系」学問の大事さを再認識した。
以下、最終章から引用。ネタバレかもしれませんのでご注意下さい
実際のところ、彼らの試みが失敗に終わったのは、たとえインターネット上であっても、技術者は全能ではなかったからだ。そこでは彼らのコントロールを超えた社会的、経済的な力がはたらいており、その力こそが、それぞれの制度がうまく機能するかどうかを左右するのである。
非公式で、分散化され、非強制的で大規模な社会秩序を実現するというバーロウ主義者の考えは、故意ではないにせよ、人間が持っている難儀な本質に屈したのだ。理想として掲げたものは、悪人によってというよりも、その純粋さによって裏切られたのだ。
したがって、いわゆるテック企業の多くが今用いているのは、ある意味、従来型の政治術にすぎない。シリコンバレーの技術者は、国家がすでに経験した多くのことをトライアルアンドエラーによって再発見しているという意味で、経済を再発明しただけだと言える。
その逆もまたしかりだ。国家が伝統的にやっていることというのは、ある意味、単なるテクノロジーである。世界で最初のデータベースは、古代メソポタミアの帝国における税と行政に関する記録だった。 古代帝国もまた、地図、郵便網、そろばん、数学的アルゴリズム、そして所有地を管理するための暗号を開発した。近年でも、国家がコンピューターやインターネット、全地球測位システム(GPS)の開発を推進している。国を治める術のほとんどは、情報処理やコミュニケーションが別の形式に置き換わったものであり、それゆえ、情報やコミュニケーション技術がつねにその根幹であることは変わらない -
Posted by ブクログ
「競争は敗者のためのものだ」
資本主義が生み出した自由な市場競争が、極限まで行き着くと逆説的に中央計画経済に到達するという強烈なブラックジョーク、けれど厳然たる現実が描かれる。実際の事例をもとに順序を追って解説してくれるので、あまり経済・経営について詳しくない人でも分かりやすい親切設計になっていてありがたい。特にeBayの例などはとても理解しやすかった。
ある特定の個人の悪意が独占を導くのではなく、複数の人々が引き起こす種々の課題への対応を積み重ねることで結果として独占へとたどり着いてしまうというのが、より逃げ場のない感じがある(〝A〟から始まる某企業は暴利を貪ろうとしてる感ハンパないけど)。水面の中央の水をすくいあげても、すぐにそこに水が流入して埋めてしまうように、筆者の提案が形にでもならない限り、人類は永遠に「まんなか」のない社会を作ることはできないのかもしれない。
そしてもう一つ感じたのは、インターネットの登場は世界を変えたというよりも、元ある世界の特徴をより際立たせただけだったのでは、ということ。本書を読んだ感じ、少なくともデジタルプラットフォームが抱える課題点は、諸々の道具立てが異なるだけで、歴史上の国々が抱えていた課題点と本質的な部分は変わらない(中世ヨーロッパの貴族・農民社会の問題とか)。インターネットはそれを解決するのではなく、むしろグローバル化によって課題を本質はそのままに巨大化させ、より解決を遠のかせた感すらある。
昨今はAIの発展が著しいが、真の意味で世界を〝変える〟日は来るのだろうか?